世界トップ級マリンバ奏者・岩見玲奈に聞く~変動期に「生きる」ことの重みを再確認するソロリサイタルを東京で開催
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「岩見玲奈マリンバリサイタル」が2022年11月27日に東京・トッパンホールで開催される。岩見は、2007年ベルギー国際マリンバコンクールソロ部門第2位、2008年第25回日本管打楽器コンクール第1位、2010年現代音楽演奏コンクール“競楽XI”第3位・聴衆賞、そして2009年ザルツブルク国際マリンバコンクールで第1位を獲得、さらには兵庫県立芸術文化センターのワンコイン・コンサート2018年間No.1アーティストに選出されるなど、国内外で数々の輝かしい栄誉に浴してきたマリンバ奏者だ。
現在、東京と関西を行き来しつつ、大阪音楽大学の特任准教授など教える仕事も多い岩見が、久々に東京で開催するリサイタル。演奏曲目は、今年(2022年)10月に急逝した一柳慧の代表的なマリンバ曲や、石井眞木の重要作品、そして西村朗、権代敦彦、薮田翔一の新作、さらにはクリストス・ハツィスのデジタル・オーディオとマリンバの作品や、バッハの作品までと、意欲的なプログラムがふんだんに用意されている。公演会場は、音響に定評のある、飯田橋のトッパンホール。岩見の、空気を一変させるような集中度の高い演奏を聴いて以来、彼女を注目し続けてきた音楽著述家・プロデューサーの西耕一が、このほどインタビューをおこなった。(取材日:2022年10月30日)
■変動する世の中で「生きる・生きている」ということを再確認するリサイタル
西 今回、久々となる東京でのリサイタルですね。どのような想いでのリサイタルでしょうか?
岩見 この数年、コロナや戦争、災害などで世界中の方々が苦しい思いをしている中で、私自身、命の尊さや儚さを強く実感し、「生きる・生きている」ということの重みを改めて感じています。音楽家として、なにか世の中に発信したい、思いをしっかりと込めたリサイタルを開催したい、と考えました。
西 トッパンホールは、音響的にも大変優れていて、豊かな響きを持つ楽器には最高のホールですから、美しい余韻を持つマリンバの響きには最適ですね。
岩見 トッパンホールには学生の頃から何度も出演させていただき、大好きなホールです。マリンバの音や、作曲家の皆さんが要求する多彩で幅広い音の表現のために、トッパンホールで聴いて頂くのが理想的だと思いホールを選びました。
■同じ時代に生きている作曲家と、新たな表現を作りたい
西 リサイタルでは、西村朗さん、権代敦彦さん、薮田翔一さんという3人の方への委嘱作品の東京初演もありますね。
新作提供の作曲家と、演奏者 左から権代敦彦、西村朗、岩見玲奈、柴原誠、薮田翔一
岩見 日本の作品を演奏することは、ソロ、アンサンブル、オーケストラなどの活動を通して、大きな価値を感じています。これまで、伊福部昭さんの協奏曲は様々な場で演奏させて頂き、CDも作らせていただきましたが、旧作を演奏するだけでなく、私と同じ時代に生きている作曲家と、新たな表現を作りたいという思いはずっと持っていて、これまでも新作の初演を演奏させていただいてきました。この度は「生きる」というテーマに思いを込めて、また自身にとっての挑戦も含め3人の作曲家に新作をお願いしました。
■圧倒的な存在感の西村朗
西 今回演奏される新作について、作曲家の印象と、今回の新作についてお話ください。年齢順に、西村朗さんの《神籬(ひもろぎ)》は?
岩見 圧倒的な存在感を発揮する作品です。新作をお願いした折に、私にとって、特に「生命」を感じる膜質楽器と木質楽器のみを使用して作曲していただきました。マリンバの木には私たちが生まれるずっと前からこの地球で生きてきた歴史があります。そこには「神」が宿っていて、膜質打楽器は「人間」として描かれ、対話や、それぞれのエネルギーが折り合わさった時の躍動感や高揚感につながっていきます。「生きる」ということの根源的なエネルギーを存分に引き出してくださる作品です。この曲の打楽器で共演する柴原誠さんは、東京音楽大学の先輩なのですが、様々な機会で素晴らしい演奏でサポートしてくださる頼れる存在です。1音で変えてしまう空気中の緊張感、また絶妙な緩さとグルーブ感を持って、私のマリンバに寄り添ってくださいます。
■心を掴みゆっくりと引き込んでしまう権代敦彦
西 権代敦彦さん《ローズウッド霊歌》は?
岩見 タイトルのローズウッドは、マリンバの鍵盤を作っている木のことです。鍵盤から生まれる音の美しさや、複雑に音が絡み合った場面の和声展開はぜひ聴いてほしいです。とても集中力のいる作品で、それは演奏者だけでなく、鑑賞されるお客様にとっても、精神が研ぎ澄まされるような感覚が得られると思います。感情を沈め、精神を一本の強い糸にし、「無」の状態から生まれてくる世界を表現したいと思っています。権代さんの音の世界は、人の心を掴みゆっくりと引き込んでしまう力を持っていると感じます。先日、権代さんに演奏を聴いて頂いた折には、「ここまで自分の意思を汲み取ってくれて…」と喜んでくださって、私もとても嬉しくやりがいを感じました。作曲者の思いを受けた演奏を心がけたいと思っています。
ローズウッドの鍵盤が輝くマリンバ。岩見玲奈のステージからの視点
■多彩なスピード、エネルギーでホールを充満させる薮田翔一のサウンド
西 薮田翔一さんの《ローツェ》については?
岩見 東京音楽大学の一学年先輩の薮田さんは、出身も同じ関西なのです。今や世界的な作曲コンクールでも評価され、多方面で活躍されていますが、学生時代から交流があり、新作を演奏させていただいてきました。私の演奏を何度も聴いていただいている分、私の特徴を作品に活かしてくださり、音のスピードや、エネルギーの緩急を素早く、激しく切り替え、最終的には音がホールを包み込み充満させる音楽となっています。
薮田翔一氏と共に、2014年
■生前に交流があった一柳慧作品へかける想い
西 一柳慧さんについては?
一柳慧先生と共に、2015年
岩見 一柳さんの突然の訃報を耳にして驚いています。私にとって一柳さんの《源流》は現代音楽を本格的に勉強するきっかけとなった作品です。演奏者として、楽譜に書かれた音をどのようにすれば血の通った音として発することができるのか、また休符に対する息遣い、自身のイメージしたものをどう表現し、どこまでお客様にお伝えできるのかなどを学ぶ原点となった作品をこの度オープニングに演奏したいと考えています。一柳さんには、様々な作品で演奏をさせて頂きました。神奈川県民ホールのオペラ初演で打楽器を担当したりしました。思い切ってやってほしい、自由にやってほしい、と奏者の力を引き出すような指示を受けました。源流を入試で演奏したという話もさせて頂きました。にこやかな笑顔など、今でも様々なことが思い出されます。
■「The 生命」=石井眞木
西 石井眞木さんについては?
岩見 石井さんの「飛天生動Ⅲ」は「The 生命」です。学生時代は盛んに演奏していて、久しぶりに演奏するのですが、エネルギーと呼吸を大切にしている曲だと思います。今回、演奏するにあたって、初演を担当された藤井むつ子先生からレッスンを受けさせて頂いたのですが、この作品は、石井眞木さんが、お父さんである舞踊家の石井漠さんを思って作曲した曲ではないかと、大変ダイナミックで、エネルギッシュで、まさに「The 生命」です。
■デジタル・オーディオとマリンバの作品で生命の本能を描く
西 クリストス・ハツィスのデジタル・オーディオとの作品とは?
岩見 最近では、オーディオを使った作品も少しずつ増えてきていますが、こちらの作品は生命の本能を描いた作品で、動物的な要素をふんだんに取り込んだ「息遣い」がデジタルオーディオからホールに流れ、その音と奏者が奏でる生の音が、網のように絡み合って、不思議な空間へと導いてくれるような感覚になります。他の作品とは随分とカラーが変わりますが、一味違う「生きる」をお聴きいただけることと思います。
■マリンバのトレモロ奏法を使わないでバッハに取り組む
西 今回は、現代曲のなかに一曲だけバッハが入っています。マリンバでバッハを演奏する奏者は多いですが、岩見さんならではの演奏をするそうですね?
岩見 バッハはマリンバのオリジナル作品がありませんし、マリンバはどうしても音が減衰する楽器なので書かれてある音符通りに音の長さを伸ばそうとすると、トレモロ奏法を用いて演奏することになります。しかし、私自身はバッハに関してはトレモロ奏法を用いず、奏者が奏でる音の厚みや重み、共鳴管やホールの残響によってしっかりとした音の長さを表現できると信じています。どの音も無駄にせず、一音一音に対する音のエネルギーや音にのせる息遣いをたっぷりと表現したいです。今回、現代作品の中でバッハは一曲ですが、長い歴史の中であらゆる楽器で演奏されてきた「シャコンヌ」と、生まれたばかりの新作との対比もお楽しみいただきたいと思います。
■作品の持つエネルギーや生命力を体感してほしい
西 今回のリサイタルをどんな方々に聞いてほしいですか?
岩見 マリンバや打楽器を、また作曲を勉強している学生の皆様にはもちろん、音楽を愛する方々、また全ての皆様に作品の持つエネルギーや生命力を一緒に体感していただきたいです。そして言葉では上手く伝えることが難しいのですが、私自身が生きていて、どのような思い、どのようなエネルギーを作品一つひとつ、音の一粒一粒に込めるのか、全身全霊で演奏した先に、どのような音の空間が生まれるのか、私自身もその時その場になってみないとわかりませんが、お客様と一緒に体感させていただけることを楽しみにしています。
取材・文=西耕一
【プロフィール】
■岩見玲奈(いわみれいな)
2009年ザルツブルクにて行われた国際マリンバコンクールにて第1位受賞をはじめ、2008年第25回日本管打楽器コンクール第1位、2007年ベルギー国際マリンバコンクールソロ部門第2位、2010年現代音楽演奏コンクール“競楽XI”第3位・聴衆賞を受賞など国内外の多くのコンクールで優秀な成績を収め、早くから注目を集める。兵庫県高砂市出身。8歳よりマリンバを、16歳より打楽器を始める。日ノ本学園高等学校音楽科から東京音楽大学器楽専攻管打楽器(打楽器)に進み卒業後、同大大学院の管打楽器研究領域を特別特待奨学生として修了。2010・2011年度(財)ロームミュージックファンデーション奨学生。これまでにソリストとして関西フィルハーモニー管弦楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、ソフィアフィルハーモニー管弦楽団、航空自衛隊西部航空音楽隊をはじめとする、さまざまなオーケストラや吹奏楽団とマリンバ協奏曲を共演。現在、ソロコンサートやディナーショー開催のほか、子供のためのコンサート、和楽器との共演や新作発表など精力的に活動している。ピアノと打楽器のために自身のアレンジによるオーケストラの作品も発表している。「オーケストラ・トリプティーク」ティンパニ・打楽器奏者。兵庫県立芸術文化センターのワンコイン・コンサート2018年間No.1アーティストに選ばれ2020年3月18日にアンコールリサイタルに出演。これまでに、広谷陽子、前川典子、松本真理子、菅原淳、有賀誠門、岡田真理子、村瀬秀美、藤本隆文、久保昌一の各氏に師事。
<ディスコグラフィー>
☆2010年5月、土気シビックウインドオーケストラ Vol.14 CD「ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス」にソリストとして参加、真島俊夫のマリンバ協奏曲「睡蓮の花」を収録(CAFUAレコード)。
☆2011年7月、デビューソロアルバムCD「The WAVE」(CAFUAレコード)。
☆2017年4月、CD「レアトラクッス真島俊夫アンソロジー」マリンバとバンドの為の協奏曲「睡蓮の花」を収録(CAFUAレコード)。
☆2017年9月、岩見玲奈(マリンバ、シロフォン)、菅原淳 (ティンパニ)他 CD「伊福部昭、池野成、黛敏郎:打楽器作品集」(スリーシェルズ)。
☆2020年4月、CD「岩見玲奈マリンバコンサート〜セレナータ・マリンバーナ」(REレコード)
■柴原誠(しばはらまこと)
長崎県出身。東京音楽大学器楽専攻(打楽器)卒業。第22回日本管打楽器コンクール打楽器部門第1位。日本フィルハーモニー交響楽団とジョリヴェ作曲「打楽器協奏曲」を共演。これまでに、菅原淳、岡田眞理子、藤本隆文、久保昌一、関修一郎の各氏に師事。現在、新日本フィルハーモニー交響楽団 打楽器奏者。東京音楽大学 非常勤講師。
公演情報
■会場:トッパンホール(東京・飯田橋)
■料金(全席自由):一般4000円、学生2000円
■共演:柴原 誠 (打楽器)
◇ 一柳 慧 /《 源流 》~独奏マリンバのための~ (1990)
Toshi Ichiyanagi / The Source for solo Marimba
◇ 石井 眞木 /《 飛天生動III 》~マリムバ独奏のための~ (1987)
Maki Ishii / HITEN-SEIDO III for marimba solo op75
◇ 薮田 翔一 /ローツェ ~マリンバのための~ ( 2022年 岩見玲奈委嘱作品、世界初演 )
Shouichi Yabuta / Lhotse -for Marimba- ( Reina Iwami’s Commission Work )
◇ 権代 敦彦 / ローズウッド霊歌( 2022年 岩見玲奈委嘱作品、世界初演 )
Atsuhiko Gondai / Spiritual Voice of Rosewood for Marimba ( Reina Iwami’s Commission Work )
◇ クリストス ハツィス / ファティリティ ライツ〜マリンバとデジタルオーディオのための〜
Christos Hatzis / Fertility Rites for Marimba and Digital Audio (1997)
◇ J.S.バッハ / 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番二短調より「シャコンヌ」
J.S. Bach / Violin Partita no. 2 in d minor BWV 1004 “Chaconne”
◇ ⻄村 朗 / 《神籬(ひもろぎ)》~マリンバと打楽器~ ( 2022年岩見玲奈委嘱作品、世界初演 )
Akira Nishimura / Himorogi for Marimba and Percussion ( Reina Iwami’s Commission Work )
人は生きている限り、喜びなどのポジティブな感情に加え、悲しみや苦しみといったネガティブな部分も存在します。時には対立をはらむこともありますが、様々な考えがあるからこそ、より良いものを求めたり、芸術の多様な広がりが生まれるようにも思います。すべては生命のエネルギーがあってこそ沸き起こる感情ではないでしょうか。
私の生きてきた世界はたくさんの物に溢れ、何不自由のない便利な世の中。しかし、今だからこそ原点を見つめ、まさに “生きる” を考える良い機会だと思い、この度このリサイタルのテーマとしました。その大枠のテーマから具体的に 3つの “セイ” 「生」「静」「勢」 の漢字を取り上げ、マリンバを通した“生きる”を表現したいと思います。
・イープラス
・トッパンホール
■協賛:パール楽器製造会社
■後援:(特非)日本現代音楽協会、日本作曲家協議会
■問合せ:スリーシェルズ https://www.3s-cd.net/