現代美術作家・塩田千春×キュレーター・中野仁詞 アーティストトーク レポート
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©girls Artalk
KAAT神奈川芸術劇場にて、10月10日(月・祝)まで開催されている塩田千春『鍵のかかった部屋』。 本展覧会は第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館で展示した、塩田による大規模なインスタレーション作品《掌の鍵》のマテリアルを使用しつつ、KAAT神奈川芸術劇場で再構成した新作展示である。 美術館やギャラリーではなく劇場という空間での展示において、作品に対する想いや、作品としての役割は違ってくるのだろうか。9月14日(水)に、KAAT神奈川芸術劇場の展示室で開催された、キュレーター・中野仁詞と塩田千春のアーティストトークから、彼らの考えを紐解いていきたい。
撮影:西野正将 ©girls Artalk
中野仁詞(以下、中野): まず、本展覧会の作品構成に関してですが、世界中の方々から提供いただいた鍵15,000個と、一巻き75mの赤い毛糸が3,000個使われています。これはおよそKAAT神奈川芸術劇場から福島県いわき市までの距離に相当します。そして、扉は塩田さんがドイツ・ベルリンで持っているものを輸入して使用。9月6日から制作を始め、12日の朝に完成しましたね。メンバーは塩田さん、塩田さんのアシスタント3名、インストーラー5名、美大の生徒さんなどで作りました。KAAT神奈川芸術劇場という、展示室ではないスタジオを使った展示はいかがでしょうか?
塩田千春(以下、塩田): 普段、美術館という白い壁の展示室で展示することが多いので、このように黒い壁に糸を張るということは少ないですね。照明も劇場用のものなので、張った糸が立体化していくのがわかり、とても展示しやすかったです。
中野: こちらの展示室には、普段ダンサーの人たちが振り付けを確認する鏡があります。そのことを塩田さんに伝えると、興味を持ってくださいましたよね。視覚的にも、展示室が倍に見えるといった面白みがあるのではないのでしょうか。
塩田:普段の美術館での展示はキュレーターとともに作っていくことが多いのですが、今回は舞台監督さんや照明さんなどといった舞台の関係者の方とのスケジュールを考えながら作品を構成していきました。段取りが普段の美術館で作る感覚とは違っていたので、大変でしたが勉強になりました。
中野: さて、本展はヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の帰国記念という側面もあるので、その時の話をしたいと思います。正直言って、大変でしたよね(笑)。
塩田: そうでしたね(笑) 。
中野: 2014年1月31日付で外務省の外部団体である国際交流基金からの手紙が送られてきました。 「貴方はキュレーターの候補に挙がりました。 つきましては、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で展示する 作品を提示するコンペティションに参加してください。」と。 そこで、国際美術展ということなので訪れる世界中の方々が知りたいであろう 「今の日本の美術とは何なのか?」を考え、千春さんに声をかけました。 そしてプレゼンした翌々日に電話がかかってきて、ヴェネチア・ビエンナーレでの仕事が決定しました。
塩田: プレゼンするにしても企画書4枚にコンセプトから予算まで収めなければならなくて……。
中野: 国際交流基金のサイトにてコンペの詳細が記されているので、もしご興味がある方はチェックしてみてください。それで作品も無事に完成、と言いたいところだけど無事ではなかったね……。日本館での展示は世界中から集めた180,000個の鍵のうち天井から吊ったのは50,000個。 そして、人間の掌に見立てた船を2隻使用し、掌で鍵を受け止めるといった作品構成になっていました。塩田さんにとって鍵とはなにを表しているのでしょう?
塩田: 鍵の形って、手で持つ丸い部分が頭に見え、細長い部分は体に見え、人間の形に似ていると感じていて。赤い糸で一つ一つの鍵が人と人とをつなぎ、その赤い糸が人々の持っている記憶を連想させる。まるで記憶を編んで紡いでいくようなイメージで作品を制作していました。
撮影:西野正将 ©girls Artalk
中野: また、作品展示の際にはインスタレーションと合わせて、子供の掌に鍵をのせている写真と映像も展示しました。鍵というのはとても大切なもので、知らない人に滅多に渡さないものですよね? それを子供という存在に託すというのは、”未来”や”責任”を託したり、大人が次世代に大事なものを譲って行くというコンセプトに基づいた表現でした。それは、”3.11以降の日本”を表すという意図でもありましたよね。人類の歴史的な経緯を汲み取り、人間の叡智を次に渡していくということを、3.11に絡めて作品を構成したのです。また、制作するにあたり現地で苦労したことはほかにもありましたね。
塩田: ヴェネチアにある日本館の壁はふかし壁(仮設壁)だったのです。
中野: そうでしたね。日本館は、日本を代表する建築家・吉阪隆正さんが手がけた貴重な建物なので、直接壁に釘を打って作品を飾るといった行為ができない。
塩田: その仮設のふかし壁が糸のテンションと釘の重さによって歪んできたんですよね。「壁が歪んだ」という事実を伝達式で伝えしたら、日本では「壁が倒れたらしい」ということになっていまして。最終的には「日本館が潰れる」という話にまでなって伝わってしまったんです。
中野: 「そんな馬鹿な!」と思いましたけど(笑) 。でも、そのことにより「これ以上糸を編んだり、鍵を吊るさないでくれ。キュレーターから作家を説得してくれ。」という話をされまして……。当時は、鍵を10本ぐらいまとめて吊っていたのですが、一本、一本、集合体の鍵をばらして展示する方法に変えたんですよ。作家にとって展示中止と言われるのは辛い経験でしたよね?
塩田: そうですね。制作を始めて3週間ぐらいの「あと、もう少しで出来るかな?」という時期に、「今すぐやめてください。やめていただかないと日本館のオープンはできません。」と本部の方から言われて、どうすることもできなかったです。
中野: それで、一旦中断をして対策を考えて……。その間、2週間ぐらいお休みしましたよね。
塩田:一旦休んで、再度ヴェネチアに行き、最後は1週間で仕上げました。
中野: しかも、その時は厳重警戒で会場に人が入れず……。僕、塩田さん、アシスタントの1人で作業したんですよね。今回は、帰国記念展という形で再構成したので、船ではなく扉を使用した展示を試みました。 この扉については、どのようなイメージやテーマがあるのでしょうか?
塩田: 今回は《鍵のかかった部屋》でということで、扉が閉ざされている状況なんです。空間に扉を設けることによって内と外の世界が出来上がります。たくさんの部屋を作ることにより、その狭間に佇んでいる扉の存在自体が面白いと思い、本展覧会では鍵と一緒に展示しました。
撮影:西野正将
中野: 扉っていうのは内側から外側に行く。つまり、自分の世界から外の世界へと導き、危険も孕んでいるが新しい体験へと繋がっていくものだ、という見方ができますね。また、扉を隔てて"人が移動する"ということから"状況の変化"といったこともテーマになっています。かつて使用されていた窓もそうですよね?
塩田: そうですね。旧東ベルリンで窓を集めた作品がありまして、その窓の一つ一つに家族のストーリーがあり、内と外との世界をつなぐといった作品構成をしました。
中野:塩田さんのベルリン在住歴はもう長いですよね。
塩田: もう20年になります。私自身、その扉や窓のように狭間にいるので、内にいるのか、外にいるのか、度々分からなくなってしまう時があります。作品内で扉や窓を使うのは、私自身の存在を考えた時に共通するものがあるからです。
中野: そもそも、僕たちの出会いっていうのは美術での繋がりではなかったんです。私は神奈川芸術文化財団につとめており、初めの3年間は現代演劇の担当だったんです。そして、その後の4年間は現代音楽を担当しておりまして、能と現代音楽と現代美術の要素を組み合わせた「創作能」というものを手がけました。そして、第二弾を制作する際には”能”ではなく”文楽”を選んだのです。その際に、「曽根崎心中」などの”心中”といった言葉に焦点を当てて現代風に構成しようと思っている、と千春さんにお話ししたのがキッカケでしたよね。
塩田: そうでしたね。ミーティングもしましたね。
中野: それで、そんな話を進めていたのにも関わらず、人事異動がありまして。私が現代美術の担当になって、神奈川県民ホールのキュレーターに就任しました。そこで、県民ホールで「展示とパフォーマンスをしよう!」という話になり、2007年の『沈黙から』という展覧会で千春さんとの試みをスタートさせました。千春さんはオペラとか、ダンスとか、パフォーマンス系の美術も手がけられていますよね?
塩田: その時はベルリン在住の振付家・コンスタンツァ・マクラス&ドーキーパークの美術を担当しました。 その後も、ベルリンの国立劇場でザシャワルツが演出する細川俊夫さんの『松風』という演目で舞台美術をしました。
中野: 美術館とは違うスタジオという空間において、自分の作品が舞台美術として劇場に入ることをどのように感じているのでしょうか? 今回もダンス公演が2公演あり、コンサートプログラムもありますが。
塩田: ただ単に展覧会をしてしまうと、誰も作品に入り込めないと思うんです。「作品に触れないでください。」といった世界になってしまい、パフォーマンスの人たちにとって作りにくい状況に陥ってしまう。 現代美術の場合だと、不在の中の存在を作り出すことを目的としているのですが、今回は舞台美術なので、人が扉を開けたり、鍵や糸に触れたり……といった余裕を自分の中で持たせながら作品を制作しています。人がいることで完成するものだと思います。
中野: 実際、同じ”美術”と言っても、現代美術は作家の思想が造形物になるのですが、舞台美術は舞台関係者の一人、その役割を担うものなんです。その上、舞台に立つ役者さんを何よりも引き立てなくてはいけない。舞台美術を担当してみていかがでしょうか?
塩田: ドイツ・キールにあるオペラ劇場でワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の舞台美術を担当した際には、照明さんなどが関わってくれないと、成立しないものだと改めて思い知りました。最後にしたリハーサルでスポットライトが当たった時、作品が役者と一体となって引き立ち、「一つの作品となった」と思いましたね。やはり、そういった過程においても現代美術との違いはあります。
今回、現代作家・塩田千春とキュレーター・中野仁詞のアーティストトークを取材し、現代美術としてではなく舞台美術を手がける塩田氏の側面に触れることができた。今後予定されているダンスとコンサートのプラグラムによる化学反応で、どのような変貌を遂げて私たちを魅了してくれるのか、とても楽しみだ。
文=新麻記子 写真提供=KAAT神奈川劇場
会期:2016年9月14日(水)~10月10日(月・祝)
会場:KAAT神奈川芸術劇場・中スタジオ
開館時間:10:00~18:00(入場は閉場の30分前まで)
休館日:会期中無休
入館料:一般 900円、学生・65歳以上 500円、高校生以下無料
特設ページ:http://www.kaat-seasons.com/chiharushiota/
住所:神奈川県横浜市中区山下町281
〈何か〉の気配。ずっとそこにいたのか、まだいないのか。同時に流れるいくつもの時間が、ふいに接触して現れる互いの姿——
平原慎太郎 「のぞき/know the key」
「のぞく」自分という存在を薄めて他者を見つめるのか、自分の存在を尊重して他者を薄めるのか。その部屋の中には沢山の「いと」が凝結した空気のように張られている。そこに沢山の「いと」を持ち運び融解をほのめかす。ポール・オースターのテキストをモチーフに展開される、身体と言語を使ったパフォーマンス。
http://kaat-seasons.com/chiharushiota/events/know-the-key/
《MUSIC》
音楽: mama!milk 曲目:「2台のコントラバスと古い扉とアコーディオンと無数の鍵による組曲」
白井晃が塩田千春作品にあわせてセレクトした「mama!milk」による公演インスタレーション空間そのものをモチーフに、古い扉と鍵が奏でる音と、コントラバス、アコーディオンが奏でる音が折り重なる……。
一柳慧プロデュース 「Music with and without the key」
一柳慧が本展覧会をイメージして、自らプロデュースするプログラム。 一柳作曲の「弦楽四重奏曲第3番」と「ピアノ協奏曲第4番」の豪華2本立て。