愛、無邪気さ、奇跡のような才能――ピアニスト紀平凱成に見た“クラシック”の解放
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2022年10月15日(土)、浜離宮朝日ホールにてピアニスト・紀平凱成が『ピアノコンサートツアー2022-2023』の初日を迎えた。2023年3月まで、東京・奈良・岩手・広島・愛知・北海道を巡る(※東京・奈良はすでに終了)。SPICEでは、紀平の演奏を聴くのは初めて、という小田島久恵氏のレポートを届けする。
ピアニスト・紀平凱成さんの浜離宮朝日ホールでのリサイタル。2022~2023ツアー初日(10/15)で、筆者が紀平さんの演奏を聴くのはこれが初めて。土曜の午後のリサイタル、客層は多様でほとんどの席が埋まっている。網のような白いローゲージのセーターをまとった紀平さんが登場。「あ、天使みたいな人」と咄嗟に思った。
一曲目はカプースチンの「24の前奏曲」より第23番。ジャズ・テイストのくつろいだ雰囲気の曲で、万華鏡のように変化していくリズムが楽しい。紀平さんは遊ぶような表情で次々と面白い旋律やカラフルな和声を聴かせていく。音の粒立ちが素晴らしく、どの指も信じがたいほど強靭。天性のリズム感は次の「トッカティーナ Op.36」でも発揮された。テンポは容赦なく、2分強くらいの曲だと思うが、一瞬一瞬に電光的なエネルギーが満ちていた。
弾き終わると、客席に向かって手を振る紀平さん。お客さんもピアニストに向かって手を振る。なるほど。こんな素敵なカプースチンを弾いた後には、ピアニストだって手を振りたくなるに違いない。曲間には幕に引っ込んだ紀平さんのアナウンスが流れる。今日のコンサートに向けた思い、これから弾く曲がいかに素敵かを元気な声で語ってくれる。三曲目はガーシュウィン・メドレーで、耳に親しいガーシュウィンのスタンダードナンバーを軽快に弾き切った。
ドビュッシーの「月の光」は紀平さんによるアレンジ。どこまでも自由なのだ……と思いつつ、冒頭は意外な始まり方で、作曲家でもある紀平さんがドビュッシーのイマジネーションの延長にある世界を描き出していることが分かった。幽玄できらびやかで、技巧的には原曲より高度なことをやっている。譜面通り弾くことだって可能なはずだが、演奏家によるアレンジ版にはさらに宇宙的に膨張していく月の光のファンタジーが感じられた。
ドビュッシーの後にはオリジナル曲「Winds Send Love」。シンプルなモティーフが風に乗って運ばれていくような清冽な曲で、途中からショパンのプレリュードのような憂いを帯びた展開部があらわれ、終わり近くではまた異なる表情を見せる。冒頭の再現部はモーツァルト的だと思った。前半最後の2曲はスペイン・テイスト。エルネスト・レクオーナ『スペイン組曲』「アンダルシア」より「マラゲーニャ」と、チック・コリアの『スペイン』の紀平さんアレンジ・ヴァージョン。「マラゲーニャ」の超絶技巧と、狂気の舞踏を思わせる妖艶さに、ピアニストの無限の表情が見えた。一音一音に強いメッセージがあり、やはりリズム感が卓越している。チック・コリアは背後にアコースティック・バンドの気配さえ感じた。
二部はディズニー・メドレー、「さくらさくら」のピアニスト編曲版、オリジナル曲「No Tears Forever」と続き、ラブリーなイメージのディズニーの名曲が、香り高いスタンダードナンバーに聞こえる。「No Tears Forever」はマイナーコードで始まる憂いのあるロマンティックな曲。21世紀という乱世に生まれた紀平さんがこの世に思うこととはどんなものだろう……とこの曲から色々想像した。中間部の明るい曲調は洗練されたジャズのようで、打鍵のダイナミズムに圧倒された。このほかにも後半には「Fields」「Blue Bossa Station」とオリジナル曲が演奏され、その間にショパンのエチュードOp.10-3「別れの曲」が挿入されたが、ショパンと前後のジャジーな曲とが、なんの齟齬感もなく溶け合っていたのが印象的だった。作曲家としても精力的に活動している紀平さんにとって、ドビュッシーやショパンは対等に会話できる友達のような存在なのかも知れない。
非常にユニークであり、客席から高度な「知性」が感じられたリサイタル。紀平さんが聴覚と視覚の過敏症を抱えており、メディアでそのことが紹介されていると後から知ったが、聴衆はこの演奏会から何を聴くべきかを深い次元で理解していたように思う。愛、無邪気さ、奇跡のような才能、コミュニケーションすることの楽しさである。クラシックのリサイタルは、あまりに堅苦しすぎる。聴き方まで右へ倣えさせられていると感じることがある。ピアニストは、ありのままでいい。芸術性は多様であり、鋳型にはまらないものこそが面白い。「王道路線」のプログラムを前に、審査員か何かのように「間違い探し」を続ける聴き方は時代遅れなのだ。一昔前の「クラシック・クロスオーバー」というカテゴリー分けも、もうなくてもいいのではないか。その人自身が、唯一無二のジャンルになっていく時代がやってきている。
後日、鳥の声を採譜し音楽にしたメシアンの「鳥のカタログ」をピエール=ロラン・エマールの演奏で聴いた。鳥の声を音楽にしたメシアンは天才だが、紀平さんも幼い頃から風や鳥の声を音符で表現していたという。独自の作曲法は、鍵盤に触れず一気に書き出すというスタイル。メシアンと似たところがあるのではないかとふと思った。
構成として新しいが、バランスもよく、従来的なピアノリサイタルとしてのインパクトもあった。ロマン派は後期の作曲家とも相性がいいように感じたので、紀平さんのラフマニノフも将来聴いてみたいと思った。
取材・文=小田島久恵 撮影=鈴木久美子
公演情報
予定曲目:
Winds Send Love, No Tears Forever, Fields/紀平凱成
Toccatina Op.36/カプースチン
ディズニー・メドレー
ガーシュウィン・メドレー
月の光/ドビュッシー(紀平凱成アレンジ)
スペイン/C.コリア(紀平凱成アレンジ)
歌を歌おう[24時間テレビ ver.](MISIA さだまさし 紀平凱成)
ほか、オリジナルの新曲演奏予定!
2022.11.20(日)開演 14:00 矢巾町文化会館(田園ホール)【岩手】
2022.12.4(日)開演 14:00 はつかいち文化ホール ウッドワンさくらぴあ 大ホール【広島】
2023.1.21(土)開演 14:30 日進市民会館 大ホール【愛知】
2023.3.11(土)開演 12:30 札幌コンサートホールKitara大ホール 【北海道】