開幕間近、総勢41名出演、天野天街演出『不思議の国のアリス』~天野ほか関係者たちに聞いた
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『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』の出演者一同。前列中央が演出・構成・潤色の天野天街。後列左端がプロデューサー・制作の鋤柄遼
先日(2022年10月12日)に当サイトで開催告知をお届けした、東海ラジオ主催による『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』が、いよいよ2022年11月19日(土)に愛知の「知多市勤労文化会館」で開幕する。
イギリスの数学者で論理学者、写真家、作家、詩人であったチャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン(1832-1898)が、“ルイス・キャロル”の名で記し、1865年に刊行された「不思議の国のアリス」。現在まで150年以上に渡って世界中の人々から愛され続けている、言わずと知れた児童文学の傑作である。本公演は、河合祥一郎 訳による角川文庫版「不思議の国のアリス」を原作として天野天街(劇作家・演出家・少年王者舘主宰)が演出を手掛け、公募により集まった33名と特別出演8名の、総勢41名が出演する舞台作品として立ち上げるものだ。
東海ラジオが開局以来初めてプロデュースする演劇作品として上演される本作は、同局に所属し、プロデューサーと制作を担当する鋤柄遼(すきがらりょう)が立案した企画だ。過去には役者として名古屋の劇団に所属し、天野天街ワークショップの受講経験もあるという鋤柄は、「敬愛する天野天街の演出で、名古屋の小劇場を巻き込んだ演劇作品を立ち上げたい」という強い想いのもと始動。天野に演出を依頼して快諾を得ると、名古屋近辺で活動している多くの演劇人にも参加してもらうべく、〈日本劇作家協会東海支部〉に協力を要請する。そこで企画推進メンバーとして加わった同協会副支部長の天野順一朗が、主催側と創作現場を繋いで交渉や調整、サポートなどを行うドラマトゥルクの役割を担うことに。こうしてこのプロジェクトは、今年2022年3月にスタートを切った。
『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』チラシ表 原画は、1865年の初版「不思議のアリス」の挿絵を描いたジョン・テニエルの絵をモチーフに天野天街がコラージュ
■天野作品を初めて観て受けた衝撃、小劇場演劇の面白さを、今まで演劇を観たことのない人やライト層にも届けたい」
「最初は、何か天野さんと面白い事がやりたい。マスコミ人として少しでも名古屋小劇場に貢献したい、という想いだけで動き出してしまったので、具体的な作品案はありませんでした」と言う鋤柄が天野と出会ったのは、今から9年前のこと。天野が主宰し作・演出を務める〈少年王者舘〉の公演を初めて観て、大きな衝撃を受けたという。
「2013年に「七ツ寺共同スタジオ」で初めて『ハニカム狂』という作品を観て、僕の中で「こんな演劇があるんだ!」と、すごい衝撃だったんです。観終わってすぐ、当時はあまりお金がなかったんですが近くのコンビニのATMでお金を下ろして『ガラパゴス』(2010年上演)のDVDを買って。その時は「怖い人だなぁ」と思いながら、天野さんにサインをもらいました(笑)。それが大学4年の時ですね。それから大学を卒業して〈劇団うりんこ〉に入って、3年間で辞めてしまいましたけど、演劇をやろう! と思ったきっかけは間違いなく『ハニカム狂』でした。
劇団で全然違うお芝居をしている中でも、どこかでずっと〈少年王者舘〉の存在が引っ掛かっていたんですが、当時は一役者として活動しているだけで公演を企画できるような立場ではなくて。2016年に東海ラジオに入社してからも、イベントやコンサートやいろいろな催事を企画する中で、「いつか演劇公演を企画したい」という想いがずっとあったんです。ただ、会社員として演劇の収支構造を考えると、自主企画として実施するのは難しい。それでなかなか踏み出せなかったんですが、文化庁の「ARTS for the future!2」(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)の補助金があれば実現することができると思い、これはチャンスだ、と申請しました。
僕が大学生の時に受けた衝撃を、少しでも多くの今まで演劇を観てこなかった人達に届けたり、名古屋の演劇の裾野を拡げたい、という想いがあって。大袈裟なことを言うと、「これが名古屋の小劇場だ!」というのを、放送局という立場を利用して届けられたら…と思っているんです。だからなるべくいろいろな人に参加してもらいたいと考えて、〈日本劇作家協会東海支部〉に協力していただこう、というのは最初から決めていました。ひとつの劇団などでは裾野を拡げるという意味に於いてちょっと主旨が違ってくるので、出来るだけいろいろな人に協力を仰いで今回のプロジェクトを作り上げていきたい、と思いました」
『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』稽古風景より
その後、無事「ARTS for the future!2」の補助金が支給されることが決まったが、対象となる事業は2022年内の実施という規定のため、上演作品や公演日程、会場等の決定や出演者の募集が急務に。そこで当初未定だった上演作は、下記のように決まっていったという。
「まず第一に、演劇ファン以外の方にも興味を持っていただきたいので、観劇のハードルを下げるためにオリジナル脚本ではなく誰もが知っているような作品を原作にした方がいい、と思いました。そして、大人数が出演可能な設定であること。それから、天野さんが今まで手掛けたことのない作品であること。という3つの条件を挙げて、天野さんと話し合いました。そこに僕自身が「天野演出で観てみたい」と思った冒険モノやSF、ファンタジーといったジャンルも加味して「不思議の国のアリス」を提案したところ、快諾していただいたという形です」
そこからスケジュールを調整し公演日を決めた時点で半年を切っていたため、当初想定していた名古屋市内の劇場には空きがなく確保出来なかったが、名古屋駅からアクセスしやすい立地の「知多市勤労文化会館 つつじホール」(名鉄「名古屋駅」から特急で約20分。「朝倉駅」下車、徒歩5分)を会場として決定。
「出演者も41人と多いので、“名古屋小劇場演劇のお祭り”という感じも打ち出したかった。僕は観られませんでしたが、2005年に名古屋で上演された伝説の『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』(原作:しりあがり寿、脚本・演出:天野天街で、東海や関東、関西で活動する役者と一般公募により集まった出演者ら総勢172名が出演)のような公演をイメージしていたので、なるべく大きな劇場(「知多市勤労文化会館 つつじホール」は約1,000席)で開催したかったというのもあります」
「出来るだけ多くの地元演劇人に関わってほしい」との想いから当初は脚本も、〈日本劇作家協会東海支部〉に所属する中堅~若手の劇作家7名が原作の各章ごとに1本ずつ書き、それを劇作家・演出家の鹿目由紀が統括するという形式を取っていたが、プロジェクトが進行していく過程で紆余曲折があり、現在それは変更されている。結果的にはプロデューサーと演出家双方の判断によって、原作の続編である「鏡の国のアリス」(1872年刊行)の要素も盛り込まれた鹿目の統括脚本を手掛かりとしながら、脚本も天野が担当することに。
『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』稽古風景より
■「ルイス・キャロルの“奇妙な論理”を誤読しながら、グニャリと曲がった世界をもう一度、グニャリとねじ曲げています」
プロジェクト立ち上げの当初、演出依頼を受けた天野は、「不思議の国のアリス」という題材を鋤柄から提案された際、「昔から、いつかはやることになるんじゃないかと思っていた」という。
「ただ、今まで本格的にどこかから依頼されたことはないし、原作も1回も読んだことはなかったです。でも、あまりにも有名なのでなんとなくは知っていて、チェシャーネコの存在とかは相当惹かれるものがある。それは存在論的というより、量子力学的だからです。実際に原作を読むと、地口とか英語でしかわからない面白さ、時代背景を知らないとわからない面白さが満載で、ルイス・キャロルは言葉遊びの天才だから、翻訳でそのニュアンスを伝えるのはなかなか難しいのではないかな、と思いました」
と、天野。結果的に今回、原作(河合祥一郎 訳による角川文庫版)を元に脚本も手掛けることとなった天野は、これまで原作モノを舞台化する際には、「批評的な視点で原作を一度バラバラに解体し、分析や解析を行って再構築することで本質を抽出し、それを“演劇でしか表せないものに変換する”」という作業を行ってきた。今回も同様の作業を行ったのか尋ねてみると、
「全体の構造は全く踏襲して書いたので、解体はしていません。なぜかというと、「不思議の国のアリス」という原作の特色は、串団子状のエピソードの羅列であり、一個ずつバラバラなものがくっついていって、“夢”という枠の中で「枠物語」になっている、という構造だからです。つまり、既に解体されているので解体する必要がない。
ルイス・キャロルの言っていることを誤読しながら書いていくと、いろんなものがいろんなところにくっついていって、イメージがどんどん多重に膨らんでいきます。キャロルの“奇妙な論理”というものを別な論理に置き換えたり、そのまま用いたりして、グニャリと曲がった世界をもう一度グニャリとねじ曲げていく。数珠繋ぎのエピソードを踏襲しながら、原作よりいろんなものが近接して繋がっていくように見えるよう創っていますし、変なダイナミズムが出たらいいな、と思っています」
と、回答。恒常的に、脚本を書くこと=演出プランの提示である天野の台本には、セリフやト書きだけでなく、役者の発声に関する注文や立ち位置、動線、舞台美術、小道具、衣装、映像、音楽、音響、照明の指示などが、イラストも交えながらぎっしりと書き込まれている。そこには観客を驚かせる手品のような仕掛けやからくり、バカバカしく可笑しいやりとりなどもふんだんに盛り込まれ、そうした見せ方には、奇妙な出来事が次々と巻き起こる「不思議の国のアリス」の世界観と相通ずるものが。
『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』稽古風景より
そんな天野演出の特色のひとつとして、一人の人物を何人かに分散して描く、といった表現がよくみられるが、本作の物語の主人公である少女アリスは、6人登場する。3人でも5人でもなく、なぜ6人なのか?
「出演者がいっぱいいるから、というのが主な理由ですけど、6にしたのは勘です。物質の基本的な構成要素であるクォーク(素粒子のグループのひとつ)がちょうど6種類なので、その型(アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトム)を役名にしました」
この6人のアリス達と、アリスの姉、白ウサギ、ネズミ、アリスの飼い猫ダイナ、青虫、公爵夫人、チェシャーネコ、帽子屋、トランプ兵、ハートの王様と女王様、海ガメもどきにグリフォン、トゥイードルダムとトゥイードルディー、ハンプティ・ダンプティ…etc.といった多彩なキャラクター達が代わる代わる絡んでいくわけだが、33名の出演者全員に役名があり、個々のセリフや見せ場も設けられているなど、濃密な作品世界が形づくられているようだ。
さらに【特別出演】として、石本由美、エレコ中西、木村文典、坂井遥香、田辺泰志、平野舞、フルカワタカシ、森正吏の大阪チーム8名が参加。天野が唯一無二の師と仰ぐ、松本雄吉が率いた大阪の劇団〈維新派〉(松本の逝去に伴い、2017年に解散)の象徴的なシーン『路地の蒸気機関車』(作:松本雄吉 音楽:内橋和久)が彼らの出演によって劇中でよみがえり、江崎武志(木鳥works)が製作した特殊美術と相まって大きな見どころとなるはずだ。
「何か機会があった時に大阪のみんなとも一緒に芝居をやりたいと思って、鋤柄君にお願いして声を掛けました。初めは「不思議の国のアリス」が題材なら、『路地の蒸気機関車』のシーンはどこに差し込んでもいいし、唐突なものをポンと挟むのがいいな、と思っていたんです。でも「鏡の国のアリス」を読んだら、偶然ですけど列車のシーンがあった。ヴィクトリア朝(ヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年~1901年の期間を指し、産業革命による経済発展が成熟に達した絶頂期とされる)の頃の作品で機関車がすごく流行っていた頃だから、原作にも登場していてピッタリ合っちゃった感じですね」
また、天野演出の重要な要素のひとつである音楽は、〈少年王者舘〉の役者であり長年に渡って劇伴も手掛ける珠水と、古くから親交の深いチェロ奏者の坂本弘道が担当。天野いわく、「切なくて美しくて、永遠にどこまでも上っていくような、心がドキドキ高揚するメロディーを、とお願いして、良い曲がたくさん出来上がってきました」とのことなので、アリスの世界を彩る数々の楽曲にも期待したい。しかも坂本は生演奏での参加となるため、こちらもお楽しみに。
『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』稽古風景より。音楽・生演奏の坂本弘道
他にも、出演者33名による壮観なダンス、コーラス、ハンドベルの合奏なども盛り込まれ、原作を凌ぐお楽しみ要素がまさにてんこ盛りの本作。夕沈・池田遼によるダンスの振付、雪港による衣裳とコラース&ハンドベルの編曲、岩本苑子・る・旧劇団員の丹羽純子による小道具製作など、〈少年王者舘〉メンバーによる特筆すべきスタッフワークにもぜひご注目を。最後に、アリスの世界を具現化・立体化するための最重要ポイントと言っても過言ではない、舞台美術などのビジュアル面はどのようなものになるのか尋ねると、
「予算的な問題もありますけど、今回は大掛かりなセットを組むという感じの作品ではないので、それぞれのシーンをアイデアを駆使して見せていきます。せっかく舞台に奥行きのある構造の劇場でもあるので、それもきっちり使いたいと思います」
と、天野。舞台美術は、天野作品には欠かせない田岡一遠と小森祐美加(共にマタタキマケット)が担当。今作でも構想段階から美術案を提示し、劇場にワンダーランドを出現させるべく製作を進めているが、田岡からは以下のようなコメントが。
「〈少年王者舘〉の公演などではたいてい背景となる大きなセットを作ることがほとんどですけど、今回はメインセットというものがなくて、各シーンで天野が欲しいという単体の装置や道具をひたすら作っています。初めて作るような造形のものもあるので面白さはありますけど、いつもの公演では考えられない物量です。アリスのように迷子になって、僕の方が深い穴に落ちていきそうな状況(笑)」
アリスは多彩な登場人物たちと出会いながらさまざまな場所を巡るだけでなく、魔法の飲み物や食べ物を口にするたび身体が大きくなったり小さくなったりするため、それを舞台上でどう表現するかも大きな見どころのひとつだろう。例えば、今回登場する仕掛けをひとつだけ紹介すると、遠近法を利用したシンメトリーに並ぶ幾つもの扉を、大きくなったり小さくなったりした(ように見える)アリスが行き来する、といった具合だ。
他にも、さまざまな装置と映像や照明との合わせ技によって、これまで以上に天野お得意のマジカル手法もふんだんに盛り込まれるであろう本作。不思議の世界を駆け巡る41名の個性豊かなキャストと超絶のスタッフワークが織りなす、“アリス in アマノワールド”体験をぜひ劇場で。
『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』 PV Long Version 映像撮影・編集/田中博之
『不思議の国のアリス 【ALICE Win Underground.】』チラシ裏
取材・文=望月勝美
公演情報
■演出・構成・潤色:天野天街(少年王者舘)
■脚本統括:鹿目由紀(劇団あおきりみかん)
■ドラマトゥルク:天野順一朗(劇団「放電家族」/日本劇作家協会東海支部副支部長)
■出演:飯塚勝之、篠田ヱイジ、る、森春介、岩本苑子、佐伯ピン子、宮璃アリ(以上、少年王者舘)、新部聖子(少年王者舘/FUKAIPRODUCE羽衣)、味潮浅利、ましゅちゃん、ナオミ、大脇ぱんだ(劇団B級遊撃隊)、月ノ宮果玖夜(舞創集團「綺兵隊」)、珠杏、あさぎりまとい、岡本理沙、平林ももこ(劇団あおきりみかん)、森山珠妃(劇団「放電家族」)、ほしあいめみ、真臼ねづみ(うめめ)、今津知也(オレンヂスタ)、橘朱里、千賀桃子、小野寺マリー(以上、優しい劇団)、空沢しんか(劇団ジャブジャブサーキット)、ふくしま(どっかんプロ/舞創集團「綺兵隊」)、平手さやか(星の女子さん)、畔柳愛里(株式会社ゼスト)、長谷川乃彩(株式会社ゼスト)、佐藤和佳(南山大学演劇部「HI-SECO」企画)、水上碧(中部大学演劇部 劇団『とらの穴』)、うえだしおみ(てんぷくプロ)、日栄みえ 【特別出演】劇団維新派より『路地の蒸気機関車』(作:松本雄吉/音楽:内橋和久)石本由美、中西エレコ、木村文典、坂井遥香、田辺泰志、平野舞、フルカワタカシ(RIP)、森正吏
■会場:知多市勤労文化会館 つつじホール(愛知県知多市緑町5-1)
■料金:5,000円 大学生以下2,000円 ※大学生以下は、当日受付で学生証を提示し指定券と引換
■アクセス:名鉄常滑線「朝倉」駅から徒歩5分。名鉄「名古屋」駅から常滑方面へ特急で約20分
■問い合わせ:東海ラジオ放送 事業部 052-962-6151(平日10:00~12:00、13:00~17:00)
■公式サイト:https://www.tokairadio.co.jp/event/concert/%20tokairadio_alicewinunderground.html
■主催:東海ラジオ放送/東海テレビ放送
■企画:東海ラジオ放送