中村鷹之資インタビュー「守られ続けている感じがします」父・富十郎が愛した『船弁慶』に歌舞伎座で挑む

2023.1.20
インタビュー
舞台

『歌舞伎座新開場十周年 二月大歌舞伎』に出演する中村鷹之資。

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2023年2月2日より歌舞伎座『二月大歌舞伎』で、「五世中村富十郎十三回忌追善狂言」として舞踊劇『船弁慶(ふなべんけい)』が上演される。静御前と平知盛の霊の2役を勤めるのは、富十郎の長男・中村鷹之資(たかのすけ)。

「父の十三回忌追善の機会をいただき、先輩方が快くお力添えくださり、本当にありがたく思っております。『船弁慶』は大変大きな演目です。そして父・富十郎が生涯をかけて研究し、愛した特別な作品でもあります。心から感謝し一日一日を精一杯勤めます」

『船弁慶』は、能から作られた長唄を、河竹黙阿弥が歌舞伎舞踊にしたもの。明治18年に九代目市川團十郎が初演し、六代目尾上菊五郎が現在の形に完成させた。本作の魅力、本作を通して感じた父親の存在について、鷹之資に話を聞いた。

『船弁慶』は、新開場10年を迎える歌舞伎座では初の上演となる。


 

■富十郎が生涯をかけた『船弁慶』

人間国宝の五代目中村富十郎は、時代物、世話物、踊りまで幅広い芸域で長年にわたりファンを魅了し続けた。数多くの当たり役の中でも、繰り返し勤めた『船弁慶』は、鷹之資にとって憧れの作品となった。

「物心がついた頃には、『船弁慶』が父にとって特別な作品なのだと感じていました。一世一代(『船弁慶』の演じおさめ。2003年11月歌舞伎座)の時、僕は4歳でしたが、千穐楽の日、母に抱かれて1階の一番後ろから舞台の父を見たことを覚えています」

中村富十郎。2009年、富十郎が80歳で弁慶を、鷹之資が10歳で義経を勤めた『勧進帳』は大きな話題に。

2011年1月3日、富十郎は81歳で他界した。11歳だった鷹之資は、今年24歳になる。

「あれから息つく間もなく、目の前のことに精一杯でした」

自分自身のあり方に目を向けられるようになったのは、ここ2、3年のことだと言う。パンデミックにより、歌舞伎公演を含む世の中の動きが一度止まった時期と重なる。

「この先、役者としてどうありたいか、どのような役を勉強していきたいのか考えた時、今でなければ勉強できないことがある。今でなければ教えていただけないことが、絶対にあると思ったんです。父もそうですし、ここ数年でお亡くなりになられた先輩方もおられます。あの時に教えてもらっておけば……という後悔は絶対にしたくないと思い、次の自主公演で、一番やりたかった『船弁慶』をやろうと決めました」

2022年7月、鷹之資は勉強会『第七回 翔之會』(国立劇場小劇場)を自ら開催し、『船弁慶』を上演した。その約半年後、はやくも歌舞伎座での本興行が決まった。鷹之資は「支えてくれた方々のおかげ」と感謝を述べ、「正直自分が一番驚いています」と笑顔をみせた。
 

■義経と静、義経と知盛

タイトルは『船弁慶』だが、主人公は義経の愛妾・静御前と、亡霊になった平知盛だ。その2役を、鷹之資は演じ分ける。

「義経に対して、相反する強い気持ちを持った2人です。静は義経への愛と悲しみ。知盛は義経への強い怨念。どちらも力強さだけでは出せないものです」

前シテには静御前が登場する。義経は頼朝に命を狙われ、弁慶たちと船で逃げることに。静もついていく覚悟だったが、義経から都へ戻るように言われるのだった……。

富十郎が一世一代で勤めた『船弁慶』の静御前。当時74歳。

「静は“義経と会うのはこれが最後”という思いで、『都名所』を舞います。踊りながらも義経との思い出がフラッシュバックして、心は悲しみのどん底ですよね。普通に踊ったとしたら、あれほど淡白な踊りはありませんが、心の内側の動きがすごい。その思いが滲み出なくてはいけません。静は義経への愛をもったまま、最後は泣く泣く別れます」

後シテに登場するのは、知盛の霊。壇ノ浦の戦いで、義経軍に敗れた平家方の武将だ。

「知盛は、義経への怨念で海から出てくる亡霊です。(観世流能楽師の片山)九郎右衛門先生は、知盛には“陰の迫力”がなくてはいけない、とおっしゃっていました。海に沈んだ平家の人たち皆の怨念を背負う思いで勤めます。屍人であっても平清盛の息子ですから、栄華を極めて滅亡に至った思いも内からわき上がらせて」

知盛は、長刀を手に義経と弁慶に迫るが、最後は花道に追い返されて海に消える。

富十郎が一世一代で勤めた『船弁慶』の知盛。当時74歳。

知盛は、果たして成仏できたのだろうか。

「成仏は、できていないんじゃないかな……。ある方がおっしゃっていたんです。静は義経のそばにはいられず、知盛も仇を討てなかった。どちらも目的を果たせず、やるせない気持ちで帰っていく、と。たしかにハッピーエンドではありませんが、そこに未完の美しさがあるような気がします。静にとっては命がけの愛です。知盛も勇壮でありながら、恐ろしいだけではなく、最後はどこか儚げです。美しい作品です」

鷹之資は、長唄の魅力にも言及した。

父は芝居でも踊りでも、音楽が大事だと言っていました。『船弁慶』は名曲ですよね。『翔之會』に向けて夜中に一人、父の映像を見ながら稽古をしていた時、曲がはじまり、静の世界がバーッと広がっていくのが見えたんです。父が『船弁慶』にかけた何十年もの歳月を感じ、涙がボロボロこぼれてきました。それからしばらくは、外を歩いていても曲を脳内再生するだけで涙が出てきてしまって(笑)。僕は『船弁慶』の魅力をまだまだ分かっていませんでした。この作品をいっそう好きになりました」
 

■富十郎が鷹之資に遺したもの

かねてより仕舞を、観世流能楽師の人間国宝の片山幽雪に、幽雪の後には九郎右衛門に教わり、踊りは藤間宗家のもとで稽古を積んできた。昨年の『翔之會』の感想を問うと、鷹之資は「打ちひしがれました!」とうれしそうに振り返る。

「稽古や準備の時から、父の『船弁慶』に携わっていた方々が色々な話を聞かせてくださいました。『天王寺屋(富十郎)さんは、こんな風に教えていましたよ』とか、床山さんから『旦那は“ここはこう、あっちはこう”って注文が多かった!』とか(笑)。父のこだわりや、何度も勤めたお役にも研究を怠らなかった熱意を知ることができました」

歌舞伎の舞台を支える職人たちが、静の壺折と呼ばれる衣裳や中啓、鬘帯、知盛の長刀など、富十郎が使っていたものを用意した。

鷹之資が勉強会で上演した『船弁慶』静御前。富十郎が使った装束で舞台に立った。

「静の衣裳は、近くで見ると年季を感じられ、色が淡く褪せているところも。それが舞台に上がると、不思議なほどきれいに見えるんです。九郎右衛門先生に着つけていただくと、ピタッとして動きやすく崩れにくい。お能の世界では、大事な舞台の時に、ご先祖の代から使われている何かを身につけることがあるそうです。『翔之會』では、九郎右衛門先生が幽雪先生の胴着をもってきてくださいました。父にも幽雪先生にも見守られているようで、稽古より本番の方が安心して踊れました」

鷹之資の『船弁慶』知盛の霊。富十郎の長刀は、通常よりも長いのだそう。

2月の歌舞伎座でも、富十郎の衣裳、道具を使用する。

「父の人徳に助けられてばかりです。父が亡くなってからも、ずっと守られ続けている感じがします。皆さんが、父の芸や言葉を教えてくださるこの環境が、父が僕に遺してくれた何よりの財産です。それに、自分が知らなかった父の話を聞けるのは、やっぱりうれしいです」
 

■古典歌舞伎をできる役者になりたい

好きな食べ物は、いちご大福。ここ一番の時はコカ・コーラ(赤)を飲み、余暇にはダイビングや釣りを楽しむ。2022年3月に、学習院大学経済学部を卒業した。歌舞伎以外の職業を考える瞬間もあったのでは。

「大学生活を通し、興味の幅は広がりました。たとえば僕は海が大好きなので、海の近くにいられる仕事ができたら、と想像したことはあります。でも、歌舞伎の道を進むことに疑問はありませんでした」

「着物でポーズをきめるのは照れますね」と鷹之資さん。

子どもの頃は、父親の楽屋で多くの時間を過ごした。「横で遊んでいただけですが」と言いつつも、父親の姿を覚えている。

「舞台へ向かう父の真剣さは、子どもの僕にも分かるものでした。父は世阿弥の『風姿花伝』に倣い、『14歳になったら本格的に教える。それまでは楽しくのびのびやるのが一番』という方針。家で芝居の話をするタイプでもなくて。だから父から役や踊りを本格的に教わることができなかったんです。けれども父は、楽屋で歌舞伎役者としての姿をみせることで、その心を教えてくれていたのでしょうね」

そんな富十郎が敬愛していたのが、六代目菊五郎だった。

「父は後輩に役を教える時、自分のやり方ではなく『六代目さんはね』と、古典に忠実に教えることを強く意識していたようです。父や先輩方が守ってきた歌舞伎を次の世代に残すために、今からもっとがんばらなくてはいけません。古典歌舞伎をできる役者になりたいです。それが、僕の目標で信念です」

中村鷹之資

『二月大歌舞伎』は2月2日から27日まで。『船弁慶』は、14時30分開演の第二部での上演。

「2月が終わる頃、僕は『もっとああすれば良かった、こうすれば良かった』とばかり言っているでしょうし、一生その繰り返しだと思います。それも含めて、とても楽しみです。古典に忠実に。そして僕も生涯をかけてこの作品に取り組み、70歳、80歳になる頃に自分の『船弁慶』を作れていられたらと思います」

やっぱり照れる鷹之資さん。

取材・文=塚田史香

公演情報

『歌舞伎座新開場十周年 二月大歌舞伎』
 
■会場 歌舞伎座
■日程 2023年2月2日(木)~25日(土)【休演】10日(金)、20日(月)

■第一部 11:00開演
 
三人吉三巴白浪
序幕 大川端庚申塚の場
二幕目 巣鴨吉祥院本堂の場 裏手墓地の場 元の本堂の場
大詰 本郷火の見櫓の場
浄瑠璃 「初櫓噂高音」
和尚吉三 松緑
お嬢吉三 七之助
手代十三郎 巳之助
おとせ 壱太郎
捕手頭長沼六郎 橘太郎
八百屋久兵衛 橘三郎
堂守源次坊 坂東亀蔵
お坊吉三 愛之助

■第二部 14:30開演
 
一、女車引
千代 魁春
八重 七之助
春 雀右衛門

 
二、新歌舞伎十八番の内 船弁慶
静御前/平知盛の霊 鷹之資
源義経 扇雀
亀井六郎 松江
片岡八郎 亀鶴
伊勢三郎 宗之助
駿河次郎 吉之丞
舟子浪蔵 左近
舟子岩作 種之助
舟長三保太夫 松緑
武蔵坊弁慶 又五郎

 
■第三部 17:30開演
 
通し狂言 霊験亀山鉾 亀山の仇討
片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候
序幕 甲州石和宿棒鼻の場より
大詰 勢州亀山祭敵討の場まで

 
藤田水右衛門/隠亡の八郎兵衛 仁左衛門
芸者おつま 雀右衛門
石井源之丞/石井下部袖介 芝翫
源之丞女房お松 孝太郎
石井兵介 坂東亀蔵
若党轟金六 歌昇
大岸主税 千之助
石井源次郎 種太郎
石井家乳母おなみ 歌女之丞
縮商人才兵衛 松之助
丹波屋おりき 吉弥
藤田卜庵 錦吾
仏作介 市蔵
大岸頼母/掛塚官兵衛 鴈治郎
貞林尼 東蔵
 
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