猿之助と愉快な仲間たち『ナミダドロップス』取材会レポート~荒廃した近未来に鶴屋南北と『ノートルダム・ド・パリ』が融合する
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「猿之助と愉快な仲間たち」が、2023年3月8日より第3回公演『ナミダドロップス』を上演する。本作は鶴屋南北の古典歌舞伎『金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)』と、ヴィクトル・ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』を融合した、オリジナル作品だ。藤倉梓が脚本を書き下ろし、市川青虎が演出する。スーパーバイザーは市川猿之助。取材会で青虎、穴井豪、石橋正高、市川翔乃亮、市川翔三、そして下村青が意気込みを語った。
「猿之助と愉快な仲間たち」とは
2021年、猿之助のプロデュースにより、「コロナ禍により、活躍の場が失われ役者たちに出演の場を」とのコンセプトではじまった演劇プロジェクト。公演延期を経て2022年2月、第1回公演を行った。参加メンバーの主な活動領域は、歌舞伎、ミュージカル、新国劇、現代劇、大衆芸能、アクション、コンテンポラリーダンスなど多岐にわたる。
■神田明神と『金幣猿島郡』
東京公演の会場は、神田明神ホール。神田明神は平将門を祀っている。そこで猿之助から、将門伝説から創られた「『金幣猿島郡』を現代劇としてアレンジしてみては」との提案があった。これを受けて青虎は、藤倉を脚本に抜擢した。藤倉が、『ノートルダム・ド・パリ』と融合するアイデアを思いついたのだそう。取材会では藤倉のコメントが代読された。
「鐘といえばノートルダム……カップルがいてそこに嫉妬する人がいるシチュエーションが似ている……マッシュアップできるんじゃないか!という思考の流れです」
なお青虎と藤倉は中学時代の同級生。Instagramをきっかけに、藤倉が手がけた舞台を青虎が観劇し、オファーに至ったという。
■どこかの国、どこかの時代の『ナミダドロップス』
猿之助が演じるのは、清日古(キヨヒコ)。『ノートルダム・ド・パリ』における“せむし男”のカジモドにあたる役だ。ジプシーの踊り子エスメラルダを想起させるのは、キサラギ舞踊団の翡翠(ヒスイ)。松雪泰子がキャスティングされた。そして聖職者フロロにあたる権力者・帯刀(タテワキ)を、下村がつとめる。取材会では、5名がそれぞれの役と意気込みを語った。
穴井豪
舞踊団のダンサー・麓(ロク)をつとめる穴井。「麓は少し影のある役になるのでは」と分析し、役者として「空気感や内面を舞台上でどう表現していくかが挑戦」だと語った。台本には、時代設定が書かれていないため、「読んだ印象では、漫画『AKIRA』や『北斗の拳』のような、近未来の荒廃した日本」を想像しているという。このイメージは、穴井が担当する、ダンスシーンの振付のヒントにもなるようだ。
「キャバレーのシーンを振りつけるとき、通常であればシアタージャズ(ミュージカルでよくみられるダンス)で踊る場面だと思います。しかし今回は時代が明らかではありません。踊る皆さんが、どのような振付にしたらより映えるかも意識し、型にはまらないダンスシーンを創れたらと思っています」。
穴井豪
石橋正高
石橋は「自分1人で台本を読んでいるだけでは、全然話が分かりませんでした。青虎さんが稽古場で教えてくださるそうなので、稽古をしながら勉強します。 楽しみで仕方がありません!」と前向きなコメント。警備兵・篁(たかむら)役を演じる。
「警備兵の琉(りゅう)役・下川真矢さん、櫂(かい)役・市瀬秀和さんと、3人組の役です。ふだんストレイトプレイをしている3人なので、劇中では、他のグループと違う色を出していきたいです」
石橋は、第1回の朗読公演から出演し、第2回公演『森の石松』ではタイトルロールをつとめた。第2.5回や篠原演芸場での番外リサイタル公演も振り返り、「『猿之助と愉快な仲間たち』の公演スタイルが、様々な方向に向いてきているように感じます。たくさんの方に観ていただきたいです」と意気込みを述べた。
石橋正高
市川翔三
翔三は「先輩方との稽古の段階から、より多くを学び、本番で消化していきたい」と意気込みを語った。舞踊団の菫(すみれ)を演じる。舞踊団の長・如(じょ。石橋正次)、月(げつ。市川段之)を筆頭に、劇中には舞踊団のメンバーが一団となって登場する。
「僕が演じる菫は、キサラギ舞踊団の1人です。舞踊団のメンバー1人ひとりに個性を感じます。菫は情に厚い人だと捉えています。感情が高ぶり、大きな声を出すシーンもありますので、役をよく解釈して演じたいです」
市川翔三
下村青
青虎から「心強い!頼もしい!」と紹介されたのは、帯刀役の下村。
「はじめて台本を読んだ時に、カジモド(清日古)、エスメラルダ(翡翠)、フロロ(帯刀)をやる方は台詞が多くて大変だろうな、と思いました。ですから、フロロ役は下村さんを想定しています、と聞いた時は衝撃を受けました。フロロは煩悩に揺れる役です。『金幣猿島郡』においては、将門討伐の総大将のような立場でありながら、将門の身内を愛してしまい揺れに揺れます。これほど難しい役は、ハムレット以来かもしれません」
今回楽しみにしているのは、“舞台上で初めて、猿之助さんと対峙”すること。「猿之助さん、松雪さんとの三つ巴をどこまでできるのか。楽しみです」と声を弾ませた。
劇団四季在団中より今に至るまで、独特の美しさと個性を光らせてきた下村。しかし取材会では、ふとした話の流れから、楽屋の鏡の前を占領しがち(物を広げて左右の席に侵食しがち)な一面も明らかに。弁明するやり取りにも笑いが溢れ、座組内のフラットな関係性をうかがわせた。
下村青
市川翔乃亮
「青虎さんから、“ナメめてる?”とよく言われます。今回はナメめないよう一生懸命がんばります」
一同から「その挨拶が、もうナメてる!」と笑いとツッコミが相次いでいた。役は、舞踊団の彼方(カナタ)。
「盛り上げ役の明るいキャラクターではないでしょうか。今は、そのつもりで稽古をしています。ただ経験上、僕の役は本番になると(稽古とは)キャラが変わってしまう可能性が高いです。どのような彼方になるか、お越しいただきご覧いただければ幸いです」
市川翔乃亮
翔乃亮と翔三は、2017年に市川笑三郎に入門した。歌舞伎役者の子どもでない場合、台詞をもらえる名題になる(ための、試験を受ける資格を得る)までに10年かかる。青虎は、そのような歌舞伎界の慣例に言及した上で、「『猿ゆか』では、役者同士のキャリアを大きく越えて舞台に立ってもらいます。この世代には特にがんばってほしい」とエールをおくった。
松雪は、『藪原検校』(2021年)で猿之助と共演したことをきっかけに、“仲間”の一員に。青虎は「松雪さんは、ものすごい数のアイデアの引き出しをお持ちです。これとこれなら、どちらがいいですか? など提案をしてくださり、稽古場では背中でみせてくださいます。頼らせていただいています!」と、感謝と信頼を言葉にしていた。
音楽は、SADA(破天航路)。衣裳は、京都芸術大学の学生が制作する。猿之助は出演者に徹し、青虎が「自分の信念で、自分の責任の下で」作品を作れるように、口を出すことはまずないという。
■今の時代の自分たちの感覚で向き合う
演出は3作目となる青虎。古典歌舞伎と『ノートルダム・ド・パリ』の現代劇化に、どんな思いを込めるのだろうか。
「どの時代も、戦乱で一番苦しむのは無辜(むこ)の民です。多様性の時代と謳っていても、根本的には解決できていなかったり、令和にもなって未だに戦争で人が人を殺します。先人たちは昔から、芸術によって解決できることはないか考えてきたはず。古典作品に向き合う上で、僕らもまた今の時代の自分たちの感覚で考え、”令和にもなって、人間はまだこんなことを”と自分たちの世代で悩み、答えを探すことに意味があるように思います」
市川青虎
そこに、歌舞伎以外の“仲間たち”と一緒に創る意義も生まれてくる。
「古典を生業とする僕ら歌舞伎俳優にとって、“今の感覚で”は何よりも難しい。それでも古典歌舞伎と言われる作品にも、必ず初演はありました。新しいモノを生みだす時だからこそのエネルギーに、我々は意識を向けるべきでは、とも思うんです」
■猿之助と愉快な仲間たちによる、幕の内弁当
お客さまに向けて、藤倉は「歌舞伎にミュージカルに演劇、色んな要素が詰まった『幕の内弁当』のような本作。初演ということもありますし、私もこれからこの作品がどうなってゆくのかとても楽しみにしております。是非、ご高覧頂けましたら幸いです」とメッセージを寄せた。
『ノートルダム・ド・パリ』の要素が強い現代劇となる『ナミダドロップス』。歌舞伎の要素はどこに期待されるのだろうか。青虎は答えた。
「最初にこの台本を読んだ時、これを歌舞伎俳優がやる意味があるのか悩みました。何をもって歌舞伎なのか。そもそも歌舞伎とは。考えに考えて基本に立ちかえり、“傾く”精神をもって歌舞伎役者がやれば歌舞伎になるのでは、と思ったんです。そして先日、娘と一緒にTikTokで流行りのメイガン・トレーナーの曲を踊ったところ、娘に『歌舞伎になってる』と言われまして(笑)。僕でいえば30年、歌舞伎だけをやってきました。どうしたって歌舞伎になるんだ、と思いました」
東京公演は、神田明神ホールにて3月8日から14日まで。その後、3月19日に京都芸術劇場・春秋座、21日に愛知・岡崎市民会館あおいホールを巡演する。なお岡崎公演では、古典の舞踊作品を披露する『岡崎市民会館開館55周年記念 特別公演』も開催され、『操り三番叟』『共奴』『藤娘』『元禄花見踊』が披露される。
取材・文・写真撮影=塚田史香