石黒英雄、大湖せしるらがあらゆる理不尽に立ち向かう 舞台『トムラウシ』観劇レポート
-
ポスト -
シェア - 送る
小説家・劇作家として活躍し、『アンフェア』などの人気作を手がけた秦建日子が書き下ろしたオリジナル舞台『トムラウシ』が、2023年2月4日(土)より東京・自由劇場にて開幕した。演出も秦建日子が手掛け、石黒英雄、金子昇、日向野祥、田中稔彦、市川慶一郎(9bic)、細貝圭、大湖せしる、伊藤純奈、山口真帆といったキャスト陣が集結した。
北海道にある難攻不落の牢獄・トムラウシを舞台に繰り広げられるストレートの芝居に和太鼓の生演奏を組み合わせた本作の観劇レポートをお届けする。
物語が始まった途端、大湖せしる演じる梨花が自分の境遇を語りだし、疾走感がありながら心地よいテンポの語りにぐいぐい引き込まれる。
彼女の心を掴む大スター・大和役の石黒英雄は、ストイックな雰囲気の中に泥臭い熱さを感じさせる。納得できない仕事は受けない、逮捕されてもセリフの練習を続けるといった姿から、彼が実力で世間を魅了してきたこと、権力者にとって目障りな存在であることなどが理解でき、理不尽に逮捕・投獄されたことへの憤りを覚える。
トムラウシに入れられた大和と、彼を救おうと奔走する梨花が出会う人々もみな個性豊かで魅力的だ。大和と一緒に収容されているのは、短気で頑固なところもあるが一本芯が通っているラーメン屋・春田義海(金子昇)、怪我によってスポーツの道を諦めてホストとして働いている夏目礼生(日向野祥)、思い込みが激しく自分の考えを押し付けがちな家電販売員・秋村智晴也(田中稔彦)、WEBやAIに詳しいサラリーマン・冬丘忠人(市川慶一郎)の四人。
それぞれが抱える事情、彼らが投獄された理由がコミカルながらシリアスに描かれる。また、激しい立ち回りに合わせて和太鼓が演奏され、緩急のついた展開で客席を惹きつける。序盤から時間をかけて練習を行ったというだけあって、生演奏は迫力満点。腹の底から響くような音が、北の大地にある脱獄不可能の牢獄という厳しさや重苦しさを思わせる。太鼓に合わせて全身でリズムを取る場面やラップを行うシーンでは、緊迫した雰囲気や監獄の冷たい空気、その下で燻る熱がひしひしと伝わってきた。
ある日突然侵略してきた「白い巨人」の一族であり、トムラウシの監獄長・モッチは角田信朗と宮迫博之のWキャスト。この日は角田が演じており、自前の筋肉や重みを感じさせるアクションで、周りが束になっても敵わない強さを説得力を持って見せる。トムラウシの絶対的な権力者として君臨する彼だが、モッチにも様々な背景やコンプレックスがあり、単純な悪として切り捨てられない部分もある。
そんなモッチの下で働く看守たちも一枚岩ではない。看守の音波(細貝圭)だけがモッチから贔屓されていることで、倉持(杉江優篤)をはじめとする他の看守たちは嫉妬や怒りを募らせ、監獄内の雰囲気はより冷たく厳しくなっていく。モッチの思惑を知りながら何もできずに鬱屈した思いを抱える音波や、ストレスを囚人たちで晴らそうとする看守たち、理不尽だと思いながら声を上げられない囚人たち……。圧倒的な権力と理不尽を前にした人間の脆さがリアルに描かれる。
また、囚人たちに優しい看守・南部は日替わりゲストが務める。この日は小出恵介が登場し、過去の出演作に絡めた話や自らの出演作の宣伝といったアドリブ満載のやり取りで和ませた。笑いだけでなくラストに繋がる重要なシーンも担っており、ゲストのファンも楽しめるだろうと感じた。
トムラウシでシリアスなストーリーが繰り広げられ、大和の心が少しずつ弱っていく中で、彼を救い出そうする梨花の猪突猛進な姿が眩しく楽しい。春田の妻・沙羅(伊藤純奈)、梨花の追っかけ・夢(山口真帆)といった女性陣のパワフルさも見どころだ。愛する者のために後先考えずに行動し、次々に降りかかる理不尽に屈しかけていた男性陣にはっぱをかける彼女たちの力強さと覚悟が、物語を大きく動かしていく。
メインキャラクターたちだけでなく、裁判長(武智健二)・検事(山本康平)・弁護士(田中しげ美)や看守たち、春田の店で働いていた牧田(平山佳延)など、脇を固めるキャラクターたちも笑いとシリアス、魅せるシーンのバランスが絶妙。また、サスペンス要素のあるストーリーとともに派手なアクションも存分に楽しめる。それぞれがキャラクターらしさを活かして戦う場面もあり、見応えは充分だ。
全編を通してコミカルでありながら、私たちを取り巻く問題、つい目を逸らしてしまう事実を突き付けてくるような本作。キャスト陣の芝居によってユーモアたっぷりに表現されているものの、大和たちが逮捕された理由も、それに対する世間の反応、白い巨人の侵略を受けた国の対応も、「ファンタジーだ」と笑い飛ばせないリアリティがあり、どこか張り詰めた空気が漂っている。些細な台詞に大切なメッセージが詰められていたり、シーンによって繰り返し登場する台詞の印象が大きく変わったり、笑いながらもハッとするシーンがいくつもあった。
世界のいろいろな問題を、いつどのタイミングで自分ごとにするのか。折り合いをつけるのか戦い続けるのか。そんな問いかけに大和たちがどう答えるのかは、ぜひ劇場で見届けてほしい。
本作は12日(日)まで自由劇場にて上演されるほか、パッケージ化も決定した。当日券情報を含めた最新情報はオフィシャルサイトで確認しよう。
取材・文=吉田沙奈 写真=オフィシャル提供
公演情報
● ショルダーポーチ(A公演:ネイビー / B公演:ブラウン) ● クリアファイル(A5)