「義平と由良之助の対峙が最大の見せ場」~中村芝翫が3月歌舞伎座公演『仮名手本忠臣蔵 十段目』への意気込みを語る
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中村芝翫
歌舞伎の人気演目のひとつ『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』。47名の義士による主君の敵討ちまでの物語が、全十一段にわたり描かれる。その中の十段目 天川屋義平内の場が、2023年3月3日(金)より歌舞伎座で上演される。主人公の天川屋義平(あまがわやぎへい)を勤めるのは、中村芝翫。取材会で意気込みを語った。
■四十七士の武器を調達した商人、天川屋義平
十段目は、義士たちの討入りを手助けした大阪堺の商人、天川屋義平にスポットをあてた話だ。松竹のプロデューサーから「十段目を見取りで(その場面だけ単独で上演すること)」と提案された時は驚いたと言う。
「『忠臣蔵』の五・六段目は昨年11月にやらせていただきました。七段目もポピュラーですね。(中村)歌右衛門のおじがやっていた八・九段目も上演はありますが、十段目は飛ばされることが多いです。あまり上演されることがなく、見取りでは私もほとんど拝見したことがありません」
主人公の天川屋義平は、大星由良之助に頼まれ討入りに必要な武器を人知れず調達する。秘密を守るために、奉公人たちに真実は明かさず、女房おそのも実家に帰すのだが……。
「九段目までドラマが色濃く描かれてきて、いよいよ十一段目の討入りへ。十段目はその手前のホップ・ステップの助走のような場面。仇討ちを果たすことだけでなく、背景や人情が描かれています。男の中の男1匹、“天川屋義平は男でござる”という有名な台詞もございますが、義平という人物の心意気、大きさをお見せできるよう勤めたいです。胸がスッとすくような、そしてこれから討入りだというワクワクとした高揚感を、お客様にお伝えできれば」
■3つの台本から、今回のチームならではの十段目を
芝翫は、初めて義平を勤める。初代市川猿翁の台本を主軸に、前半は八代目坂東三津五郎と五代目中村富十郎の台本を反映した構成になると明かす。
「初代猿翁のおじさま、八代目三津五郎のおじさま、そして今月追善をされている天王寺屋(五代目富十郎)のおじさまの台本を照らし合わせ、混成でやらせていただきます。1月に『弁天(娘女男白浪)』でご一緒した(市川)猿之助くんに、台本をお借りしてよいかうかがったところ、“どうぞどうぞ、お兄さんやってください”と二つ返事で。心置きなくふんだんに使わせていただきます、初代猿翁のおじさまの台本は、最後に義士の衣裳が変わる派手な演出があり素敵なんです」
『仮名手本忠臣蔵 十段目天川屋義平内の場』天川屋義平=中村芝翫 /(C)松竹
衣裳も、初代猿翁を参考にした。公開されたスチール写真に目を向け「どこか幡随院長兵衛のようでもありますね」と芝翫。
「義平の衣裳は縞や格子の柄が多いのですが、猿翁のおじさまは(澤瀉屋の)紋の澤瀉の衣裳をお召しでした。心意気のすきっとしたところを出せたらと思います」
『仮名手本忠臣蔵 十段目天川屋義平内の場』天川屋義平=中村芝翫 /(C)松竹
初役に挑む心境を問われると、「どんな大きさのキャンパスにどの色の絵の具を使うかから自分で組み立てられる楽しさがある」と明るく語る。
「今、主流とされている五・六段目のやり方も、六代目尾上菊五郎のおじさまが工夫に工夫を重ねて、脈々と伝わってきたものです。平成中村座で『忠臣蔵』を通し狂言でやらせていただいた時(2008年)は、(中村)勘三郎のあにきと色々な資料をあわせみる中で、これほど多くのやり方がある作品は珍しいと感じました。歌舞伎の三大義太夫狂言の中でも『忠臣蔵』は、比較的制約の少ない出し物と言えるのでしょうね。今回も少し柔軟に工夫をしたいと考えています」
ポイントのひとつとして、芝翫は十段目の「関西的な匂い」を挙げた。
「十段目は、『忠臣蔵』の中で唯一、関西的な匂いがあります。和事とまではいきませんが、女房おそのが去り状を持って義平に会いに来る場面は、門口で口説きのようになります。(片岡)孝太郎さんがおそのをどのように演じられるかはまだ分かりませんが、どこかに関西的な匂いを感じていただけるのでは。そして義士4人は中村松江さん、坂東亀蔵さん、そして(芝翫の)次男の福之助と三男の歌之助です。話し合って自由に工夫してもらいたい、と伝えました」
そして大星由良之助を勤めるのは松本幸四郎。
「3つの台本を見て、『十段目』はやはり嫌いじゃない出し物なんです。いわゆる“男の中の男”、義平の脂の乗った男ぶりをまずお見せする。それから脂の乗った義平と大星由良之助の対峙。これが最大の見せ場になるのではないでしょうか。私なりの、今回のチームだからこその十段目をお見せできたら」
■『花の御所始末』でも初役に挑む
同月の第一部『花の御所始末』では、芝翫は畠山満家を勤める。足利義教(幸四郎)の悪事に加担する役だ。
「残酷な芝居ですが、読めば読むほど面白い作品ですね。アイデアマンの幸四郎さんと一緒にやれるのは楽しみです」
40年ぶりの上演となる作品だ。芝翫は、こちらでも初役となる。
「ここ2、3年は感染症対策もあり、やり慣れた演目がかかることが多かったですね。けれども3月は『花の御所始末』と『十段目』。僕自身、歌舞伎座でどっぷりと長い時間芝居ができることが大変うれしいです」
■3人の息子には「現在にそぐう歌舞伎俳優として胸をはって」
中村橋之助、福之助、歌之助の父親でもある芝翫。
「私の父(七代目中村芝翫)は女方でした。僕は立役でしたから、父からは片手で数える程度の役しか教わりませんでした。けれども他の先輩方に教えていただいたものが血となり肉となり、今があります。子どもたちにも、なるべく外の先輩に習うよう伝えています。薄情ということではなく、親子で教えるとどうしても違った感情が入ってきてしまいます。僕はあまり口を出さないようにしています」
決して無関心なわけではない。兄弟3人による、初の自主歌舞伎公演『神谷町小歌舞伎』(6月浅草公会堂)に話題が及ぶと、芝翫は「そうなんですよ~」と、もどかし気に机にふせて笑顔をみせた。記者たちに笑いが起きた。
「時期的に大丈夫だろうか、といった心配はあります。けれども僕が彼らの年頃には、勉強の場がたくさんありました。今はそれが奪われています。毛利元就の3本の矢ではありませんが兄弟で力を合わせ、一門の皆とともにがんばってほしいです。昨晩も夜遅くまでリモートで相談をしていたようです。口は出さず、とはいえ彼らがやりすぎないよう見守りたいです」
そして「そういえば先日!」と続ける。
「家内の誕生日に皆で食事にいったところ、3人とも金髪になっていたんです! 一体何が始まったのかと驚きました。不良息子を3人抱えた親のようで、ちょっと恥ずかしかったです(笑)。でも僕たちが修行していた時代とは、歌舞伎界も世の中も変わりましたからね。現在にそぐう歌舞伎俳優として胸をはって、自主公演を成功させてほしいです」
最後に「芝翫さんも金髪にされるご予定は?」との声が上がると「しないしない!」と手を振り笑顔で否定。取材会は一同の笑いの中、和やかに結ばれた。歌舞伎座の3月公演『三月大歌舞伎』は、3月3日(金)より26日(日)までの上演。
【歌舞伎座】「三月大歌舞伎」第二部『仮名手本忠臣蔵 十段目』中村芝翫コメント映像
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
畠山満家:中村芝翫
安積行秀:片岡愛之助
足利義嗣:坂東亀蔵
陰陽師土御門有世:中村亀鶴
茶道珍才:澤村宗之助
同 重才:大谷廣太郎
畠山左馬之助:市川染五郎
執事一色蔵人:市村橘太郎
執事日野忠雅:松本錦吾
明の使節雷春:澤村由次郎
廉子:市川高麗蔵
足利義満:河原崎権十郎
入江:中村雀右衛門
大星由良之助:松本幸四郎
竹森喜多八:坂東亀蔵
千崎弥五郎:中村福之助
矢間重太郎:中村歌之助
医者太田了竹:市村橘太郎
丁稚伊吾:市川男寅
大鷲文吾:中村松江
義平女房おその:片岡孝太郎
太郎冠者:河原崎権十郎
侍女千枝:坂東新悟
同 小枝:中村玉太郎
奥方玉の井:中村鴈治郎
平重衡の亡霊:片岡愛之助
善信尼:河合雪之丞
町の女小環:中村歌女之丞
女房長門:坂東新悟
蒲原太郎正重:中村亀鶴
烏男:市川男女蔵
阿証坊印西:中村鴈治郎
吉田屋喜左衛門:中村鴈治郎
太鼓持豊作:中村歌之助
阿波の大尽:片岡松之助
喜左衛門女房おきさ:上村吉弥
扇屋夕霧:坂東玉三郎