江戸糸あやつり人形劇団 結城座 平賀源内作『荒御霊新田神徳』復活公演インタビュー 「時空がゆがむような舞台に」

インタビュー
舞台
2023.2.20
 十三代目結城孫三郎 画像提供:結城座

十三代目結城孫三郎 画像提供:結城座

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江戸糸あやつり人形劇団の結城座(1635年旗揚げ)が、2023年3月2日から東京芸術劇場シアターウエストで『荒御霊新田神徳』を上演する。安永8年(1779年)に福内鬼外(平賀源内)が結城座のために書き下ろした本作は、同年に初演して以来、244年ぶりの再演となる。

今回の物語は、『荒御霊新田神徳』にその前日譚である『神霊矢口渡』を加えた構成で展開する。『神霊矢口渡』で愛する義峯をかばい、実父である頓兵衛の手にかかって命を落としたお舟は、義峯への未練から亡霊となって、次々と女たちに取り憑いていく――。作中では稀代の色男、新田義峯(にったよしみね)に惚れてしまった女たちの悲しい運命がそれぞれ描かれる。

源内の遺作である本作については、先人たちが演じてきた型を受け継ぎながら、新解釈を加え更新していく従来の古典とは違ったアプローチで挑むという。歌舞伎を現代的にアレンジし、いまの娯楽として楽しめる“ネオかぶき”を打ち出してきた花組芝居主宰の加納幸和を迎え、源内が書いた物語をどのように現代に蘇らせるのか。結城座の十三代目結城孫三郎三代目両川船遊(りょうがわせんゆう/十二代目結城孫三郎)、脚本・演出の加納に話を聞いた。

まずは以前から本作の復活公演を考えていたという船遊氏に、口火を切っていただいた。
 

■古典へのチャレンジになる

――『荒御霊新田神徳』を復活上演することに至った経緯を伺えますか?

船遊 いつかやりたいとは思っていましたが、なかなかその勇気が湧かなかった。一度やったきりで本しか残っていないので、一から作ることになるわけです。これは大変だなと。基本的にあの台本のままじゃできないんです。

――以前お話を伺ったとき、古典には型があって、まずはそこに自分を当てはめていく作業が必要、とおっしゃっていましたが、今回いわゆる古典の向き合う方とは異なるのでしょうか?

三代目 両川船遊

三代目 両川船遊

船遊 (古典の場合、そのスタイルに)当てはめていくところも、新規に何か足していくところもあります。古典はその(引き継がれてきた)スタイルを引きずりながら新たに創作していくものだと思います。だからずっと舞台に上がってきた作品は観ていただくと、「あれ、あそこは違う」と感じるところがあると思うんです。ですが今回、ほとんどスタイルが残っていのでそれはありえない。どんなふうにやっていたのかがわからないので、どうしようかと思っていました。

ただ僕も年が年なので、今やらないと後で悔いを残すなと。それで加納さんにお願いしたんです。ですから今回僕は、古典を残すというより古典へのチャレンジになると思っています。

加納 結城座さんは古典のレパートリーをたくさん持っていらっしゃるのですが、今回は財産をやるのではなく、十三代目以降の新しい時代に、これからの古典の窓口になるような作品をお作りになりたいという考えをお持ちでした。ですから僕も「ちゃんとしよう」と思って、作曲も義太夫(人間国宝の鶴澤津賀寿)にしてもらいました。

加納幸和(花組芝居)

加納幸和(花組芝居)

――源内が書いた戯曲には、どういった特徴があるでしょうか?

船遊 (いい意味で)とんでもなくいい加減な人ですよ。ただ、真面目にやるだけがいいとは思わない。融通(がきく)というか、遊び心(が必要)。ただその遊び心が多すぎる。平賀源内と言うとエレキテルを作った何だかすごい人と思われているけれど、案外な人だよと。

――(笑)

船遊 ただ市井の人に向けて難しいことは書いていないですし、それでいいのかなと。(作品が)面白いか、つまらないかは、また別の問題ですが。

――『荒御霊新田神徳』には、どういった遊び心が見られるのでしょうか?

加納 人形浄瑠璃の場合、本筋とは関係のない、ただ笑わせるためのシーン「チャリ場」と言うものが一ヶ所ぐらいあるものですが、それが複数あるんです。(こういう本は)初めて見ましたね。

船遊 ははは

加納 みんながドンチャン騒ぎして、言葉遊びでケラケラ笑っているだけのシーンとか。

船遊 学者が書いたって感じじゃないですよね。

加納 遊んでいますよね。面白いだろうと思ったことを、パパパッと書いている感じです。頭が切れる人だったんでしょうね。

十三代目 結城孫三郎

十三代目 結城孫三郎


 

■源内のテキストを脱構築・再構成する

――加納さんは花組芝居で、古典が現代の人に受け入れられるように、意識的に作品づくりをしていらっしゃるわけですが、今回、脚本を書くにあたってどんなことを考えられましたか?

加納 『仮名手本忠臣蔵』のように歌舞伎でもたびたびやっているような作品ですと、型がいろいろ伝わっているから、壊しようのない部分があるんです。ですがその型が残ってないなら、逆に作ってしまえばいい。もちろん一から作るとなると大変ですが、型に縛られないから自由にできますね。

――台本をどのように再構成したのでしょうか?

加納 昔の時代物はたいがい五段構成で、浄瑠璃にはお決まりの書き方があります。『荒御霊新田神徳』は全九段の大長編です。時代物の浄瑠璃作品で、脇筋も絡んでくるそれを単純に短くすることもできなくはない。ただそこに意義はあるか?と思いますし、人間関係もわからなくなってしまいます。

『神霊矢口渡』も、今も上演されていると言っても、文楽では絶えています。歌舞伎では四段目「頓兵衛住家(とんべえすみか)」のシーンしかやっていないんです。2015年に二代目中村吉右衛門が三段目と四段目の前半を復活上演をしていましたが、取り上げられたのはそれぐらいです。『神霊矢口渡』の他のシーンはどうなっているのか、明治に出版された本を古本屋で取り寄せて読んだのですが、これも人間関係が複雑でした。

いろいろ考えて、主軸とは違ったテーマを持ってこないといけなくなった。すると流浪している義興の弟・義峯は、前編『神霊矢口渡』でも、後編『荒御霊新田神徳』でも、なんだか女ったらしなんです。美男子なので女性もすぐに言いよってくるし、本人も。それで全部解体して、義峯が絡んでくるシチュエーションだけをキュッと一本にまとめました。

稽古の様子

稽古の様子


 

■時空が飛び、ズレが生じる古典の面白さ

――義峯の他に四人の女性が出てくるそうですね。

加納 お舟、初花姫、うてな、おりくですね。

船遊 この短い中に四人出てきて、義峯は次から次へと手を出していくんです。

加納 すぐにキスしちゃうんですから。

――(笑)

船遊 それぞれ違った色模様になります。死んだお舟の霊が、他の三人の女性に憑いていくんです。だから基本的には最初のお舟が大切なんです。

――お舟は初めて会った人を助けるために身代わりになったり、付きまとうところが少しストーカーのようで、現代の感覚で見ると少し変わっているように感じるのですが。

加納 でも、ストーカーって現代もいますから。

稽古の様子

稽古の様子

――たしかにそうですね。だから現代でも共感できるわけですよね。

加納 義峯をすぐに好きになって、泊まっていけと言ったり。話を聞いたら追われているらしい。義峯が殺されそうになると、自分が身代わりになって死ぬって。そういうことですよね。(恋をしたら)こうなる(視野が狭まる)女性。もちろん芝居なので、リアルなら殺されるまでにもう少し日にちがかかるかもしれないですが、お芝居は一場面でもって起承転結をつけようとしますので。

昔の台本というのは大体そうなんです。普通の時間軸とは違って、ここは端折ろうというところは当たり前のように時空が飛びます。そしてじっくり見せようという場面は時間をかける。例えば切腹しても、腹を切ってから長々と喋っているじゃないですか。歌舞伎の場合は、「ううん、腹帯腹帯」と止血作業を一応はするんです。ただ止血しても、死ぬものは死ぬんですから。文楽では止血なんてしませんからね。

でもそれでいいんです。ものの5分で死ぬだろうというところを、彼なり彼女なりがなぜこういう結果に至って、どういった心情なのかを10分20分と語ることで、お客さんは感動するわけです。

――独自の時間軸なのですね。結城座さんに以前、古典は人形遣いの台詞の後に、義太夫が状況や登場人物の心境を説明する語りが入るので時間がズレる、というお話を伺ったのですが、今回の作品でもそういった時間のズレが生じるのでしょうか?

船遊 義太夫の語りの間は、芝居で埋めていかないといけません。

――そこに時間のズレが生じると。

船遊 古典はそうでなければ面白くない。そこが僕は好きなのですが。

稽古の様子

稽古の様子

――今回客演で花組芝居の武市佳久さんがキャスティングされていますが、結城座さんの舞台には役者も出演しますね。

船遊 加納さんも初花姫役で出てくださります。

加納 引っかき回す役です。

――加納さんに伺いたいのですが、役者さんのみの舞台と人形芝居で、演出は変わってくるものですか。

加納 いえ、役者一人を生かすのも、人形や人形を遣う人間を生かすのも、スタンスは基本的に同じです。もちろん役者と人形の動きには、それぞれできることとできないことがありますが。

ただ、今、結城座さんがおやりになっている構造は、同一平面に人形と人間がいるという形をとっていらっしゃる。喋っている人(人形遣い)は後ろにいて、動いている人形が登場人物らしい、という構造はとても演劇的なんですね。そういったものも含めて、役者がいて人形がいて操っている人がいる、という構造を何か面白く見せたいと考えています。

――文楽と違って舞台の奥行きを使ったお芝居だと思っていましたが、それは演劇的なことなんですね。

稽古の様子

稽古の様子

船遊 人形遣いがいて俳優がいて、人形がいる。それを一体化するのかではなく、どうすれ違っていくのかというところにも面白さがあります。

――すれ違い、ですか。

船遊 そう。たとえば、人形が見栄を切っていても、人形遣いは見栄を切っていません。人形遣いは人形を操っているので、(人形、あるいは物語の流れと)全く違う動きをしています。そのズレが面白いのかなと。

――なるほど。

船遊 ようするに整地されていないものにあるズレって、観ている方の見え方もそれぞれ変わっていくと思うんです。ずっと人形遣いしか見ていないお客様だっていらっしゃるんですから。

――自分の見方で自由に観ていいと。

船遊 そう。自分の見方で観ていただいて結構なんです。

――今回、お人形の着物も鮮やかですよね。

船遊 そうなんですよ。加納さんから人形の着物にも要望がかなり出たので、多くを作り直しました。

加納 基本的に歌舞伎の感覚なんです。歌舞伎って役者が自分の着物を選ぶので、こだわってしまうんですよね。着付けがこの色だったら、帯はこの色って。僕は歌舞伎の影響があるものだから、演出家のくせに配色についても細かいことを言ってしまって。

船遊 加納さんが要求したものがなくて、コンピューターで生地を印刷したんです。うちの若い子がこういう方法があるからやってみたらどうですかって。

――そういったアイディアも出ていたんですね。

加納 何センチ何センチでお幾ら、という値段がついていて、デザインと色を指定すると綺麗に仕上がるんです。人間のサイズになると、べらぼうな値段になりますけど。

船遊 その点、人形は小ぶりですから。ただ小ぶりなために人間の生地が使えないんですね。

加納 柄が大きくなっちゃう。

十三代目 ものを探すのが結構大変でした。いろんなところに訪ねても、もう作っていなくて。

船遊 昔はあったみたいですけれど。

加納 (結城座さんが)昔から持っていらっしゃるものには、かわいらしい柄や、きれいな良い生地がたくさんありますけれど、今ではもう手に入らないんですよね。

稽古の様子

稽古の様子

――華やかな舞台が期待できそうです。最後に読者へコメントをいただきたいのですが、本作の見どころと作品への意気込みを、まずは加納さんにお願いできますでしょうか。

加納 義興が死んでいわゆる雷神になってあちこちに雷を落としている真っ只中に、お舟は体に電気が走るように、雷に打たれるように義峯にコロリと参ってしまいます。(恋に)取り憑かれるということですね。義峯もお舟という女に憑かれた人物です。

結城座さんは糸操りの人形をずっとやっていらっしゃって、お人形に取り憑かれた劇団とも取れますね。だから、何かに取り憑かれるということが今回のテーマかな。人形と人形遣い、そして俳優が不思議な時空間で遊びまわるような芝居にしたいと思っています。

復活上演と謳っていますがいじりまくっていますので、研究家からは怒られてしまうかもしれませんね。

稽古の様子

稽古の様子

船遊 国文科の人にはずいぶん言われたんです。嘘でしょ、こんなのやるのって。

加納 『荒御霊新田神徳』は一部の研究家から、愚作とも名作とも言われている作品なんです。

船遊 え、何がいけないのと。だったら今僕らが全部作り直して、面白くして、平賀源内原作でやりますよと。だから僕的にはチャレンジで冒険なんです。冒険をおかすからには、のちのちにもやれる結城座のレパートリーにしたいですね。

――骨太な表現者の熱と大胆さをひしひしと感じます。では締めは十三代目にお願いできますでしょうか。

十三代目 父がかなり前からやりたいと言っていたものがやっとできることになりました。私としては必死に食らいついていかないといけない。そして何とか形にして成功させたいと思っています。

取材・文・撮影=石水典子

公演情報

江戸糸あやつり人形 結城座『荒御霊新田神徳』

■日程:2023年3月2日(木)〜3月6日(月)
■会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
料金:一般6,000円/ペア券10,500円/U30(30歳以下)3,000円/学生2,000円
 
■出演:十三代目 結城孫三郎 結城育子 湯本アキ 小貫泰明 大浦恵実 中村つぐみ
三代目 両川船遊
加納幸和 武市佳久(花組芝居)
義太夫:竹本京之助
三味線:鶴澤津賀寿
 
■原作:福内鬼外(平賀源内)
■脚本・演出:加納幸和(花組芝居)
■作曲:鶴澤津賀寿
■舞台美術:古川雅之
■照明:齋藤茂男
■音響:益川幸子
■殺陣:山下禎啓
■録音:金曽武彦
■演出助手:鳥居和真
■舞台監督:安田美知子
■宣伝美術:小田善久
 
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