演劇集団円公演『ペリクリーズ』、演出の中屋敷法仁と俳優の石原由宇に聞く

2023.2.21
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演劇集団円公演『ペリクリーズ』左から、ペリクリーズを演じる石原由宇、演出家の中屋敷法仁(柿喰う客)。


いまから約2年半前の2020年9月、新型コロナによって公演中止を余儀なくされたことがきっかけで、演出家の中屋敷法仁は大転換を試みる。演劇集団円で上演する作品を、政治と群衆に翻弄される『ジュリアス・シーザー』から大海と運命に翻弄される『ペリクリーズ』に変更して、和解と寛容を説くシェイクスピアの後期ロマンス劇への挑戦を決意するのだ(2023年3月1日~8日 シアターXにて上演)。その理由について演出を手がける中屋敷に、そして作品の魅力をペリクリーズを演じる石原由宇に聞いた。
 

■演劇集団円という「大船」に乗ってみる

──演劇集団円で演出されるシェイクスピア劇、はじめは『ジュリアス・シーザー』を考えていたのを、『ペリクリーズ』に変更なさったいきさつからお話しいただけますか。

中屋敷 そもそも演劇集団円の個々の俳優さんの魅力は当然ですが、集団のチームワークや粘りみたいなものにも興味を持っていて、チームで作品をつくることができたらいいなと思っていました。ですから、シェイクスピアのなかでも群衆、多くの人々が登場する作品がいいなと思っていて、最初は『ジュリアス・シーザー』を選びました。

 それがコロナ禍で中止になりまして、政治に翻弄される題材よりも、もうすこし人間のやさしさとか、運命の奇跡を描いたものの方がよいのではないかと思い始め、『ペリクリーズ』を調べていくうちに、旗揚げから3本目に上演していたことを知り、これはなにかの運命じゃないかと思って……。

──コロナというパンデミックのなか、演劇の神様に導かれたのかもしれないですね。

中屋敷 あと、安西(徹雄)先生の、円での初演出作品だったとも聞き、興味を抱きました。

──政治的な混乱よりも、大海で生じる混乱や運命に翻弄される人々を描くことを選んだ理由を聞かせてください。

中屋敷 『ジュリアス・シーザー』をやるときは、演出プランをかなり用意していて、ぼくの演出で円のみなさんと出会えるといいなと思っていたんですけど、コロナを経まして、円のみなさんが動いていれば、それだけでドラマティックだし、みんなで旅をするような、大船に乗りたい気持ちになってしまって(笑)。

 元々の題材が、場面もすごく多いし、登場人物も多いし、奇想天外な展開がたくさんある。演出家の意図では抑えきれない魅力のある作品です。そこで方向転換して、円のみなさんに甘えてつくってみたくなりました。

──稽古で起きることに、とりあえず演出の流れは乗ってみようかと。ペリクリーズ王が大海に翻弄されるように、中屋敷さんが円という集団のなかで旅をする感じですね。

演劇集団円公演『ペリクリーズ』演出を手がける中屋敷法仁(柿喰う客)


 

■周囲に翻弄されるペリクリーズ

──では、ペリクリーズ王を演じる石原さん、配役を発表されたときはどうでしたか。

石原 本当にびっくりしました。最初に『ペリクリーズ』を読んだときは、すごく荒唐無稽な物語で、思わず笑っちゃうところがいっぱいあったんです。

──後期ロマンス劇と呼ばれるシェイクスピア劇は、『ペリクリーズ』『シンベリン』『冬物語』『テンペスト』の4作品があり、ご都合的主義な話ばかりが続くんです。はじめに大きないざこざが起きるんですが、最後には和解と寛容をもって結末を迎えるのが特色です。

石原 これは中屋敷さんにも話したんですけど、ぼくは前の舞台で、髪を全部剃ってツルツルだったんです。それが終わって、『ペリクリーズ』の稽古が始まるのがまもなくだったんで、「髪も伸びないし、ツルツルですが、キャスティングしていただけるなら、ぜひやりたいです」とお返事したんです。だから、逆にツルツルの頭を活かすのなら、たとえば、暗殺者をこの頭でやったら面白いんじゃないかとか思っていたら、まさかのペリクリーズで本当にびっくりして。王様はまだやったことがないので、それもびっくりですし。

──しかも、ペリクリーズはかなり立派な王様ですよね。困っている国の人々がいたら、攻め入るのではなく、食糧を届けたり……。

石原 そうなんですよ。シェイクスピア劇に登場する王様は曲者が多いイメージがある。でも、ペリクリーズって、すごく真っ当というか、特に妬み深いとか、裏切りとか、権欲とかもない。本当に国のことや家族のことを思ったりしている。で、若干ひと目惚れしやすいのかなと(笑)。

──たしかに、そういう面もありますね。

石原 だから、まわりで起こることとか、取り巻きの人物の方がはるかに個性的で、どぎつい人たちが出てくる。冒頭から近親相姦もありますし、本当に周囲に翻弄される役だろうと思っています。

演劇集団円公演『ペリクリーズ』ペリクリーズを演じる石原由宇。


 

■流されるけど、生き残るイメージ

──石原さんをペリクリーズにキャスティングしたことに、こだわりはありましたか。

中屋敷 『ジュリアス・シーザー』をつくる座組から考え直すことになりました。誤解を招く表現ですけど、嵐に巻き込まれて流されるけれど、ぎりぎり生き残りそうな俳優ということで、石原さんのイメージがあったんですよ。

──生命力というか、サバイバルする力が強そうな……。

中屋敷 で、流されないほど強い人でも駄目で、流されるんだけど、ぎりぎりまだ息を吹き返すくらいの軽やかさみたいなところに頼ろうかなと思っています。

──後半では、ふさぎ込んでしまう弱さを持っていながら、同時に、心の強さというか、信念も持っている。そんなペリクリーズを石原さんはどのように演じようと考えていますか。

石原 先ほど中屋敷さんもおっしゃってましたけど、『ペリクリーズ』はすごい大冒険で、物語的にも荒唐無稽なところがある。いま、演出がついて、ちょっと立体的になってきて、ひとりで何役も出られている方々がたくさんいて、しかも、すごい勢いで動きっぱなしの状況に巻き込まれる役なので、そういったエネルギーをもらって、しぶとく生き残る。雑な言いかたをしてしまえば、他人(ひと)任せですけど……(笑)。

──でも、きちんと受けるには、それ相応のパワーが必要ですから。

石原 ウチの劇団員は個性的なので、ぜんぜんちがう弾丸(たま)が飛んでくる。それを見逃したくないし、新たなやりかたで来てくれたときにはわくわくするし、うれしくなる。そういった試みに乗っかりたいと思っています。

演劇集団円公演『ペリクリーズ』(シェイクスピア作、中屋敷法仁演出)のチラシ。


 

■安西訳シェイクスピアの魅力

──シェイクスピアにはいくつか翻訳があり、最近では松岡和子さんの全訳が完結しましたが、安西訳の『ペリクリーズ』の魅力はどんなところにありますか。

中屋敷 もともとシェイクスピアはすごい好きで、翻訳を読み比べたときに、安西訳がいちばん読みたくなるという印象を持っていました。

──読みたくなるというのは、声に出して読みたくなるということですか。

中屋敷 俳優としてですかね、上演台本として。小田島訳とか松岡訳は、読むときに臆するところがあるんですけど、安西訳はしゃべってわかる、聞いてわかるみたいな親しみがあると思っていました。最初、『ペリクリーズ』の上演台本を読んだとき、読みやすくて、すごいスピードでどんどん読めちゃうんですよ。

──ガワーという語り手が登場するのも『ペリクリーズ』の特色で、昔に起きた物語をいまの観客に語って聞かせる設定になっています。

中屋敷 ただ、上演台本にするとき、安西訳は固有名詞を置く位置が変更されています。円の俳優が上演して伝わるように、そして観客に届くように、緻密な修正を加えていることに気づいてびっくりしました。

──安西さんは日本の古典にも通じていらっしゃったから、たとえば、ガワーの台詞には、文楽の太夫の語りの影響があるような気がします。

中屋敷 語り芸の魅力ですね。あと、俳優さんがおたがいの台詞をよく聞ける台本になっているとすごく思いました。お芝居が組み立てやすくなっている。だれかがしゃべった言葉が舞台上の全員が聞ける状態になっているぐらい、言葉の浸透率が高い。

──石原さんは安西訳を語ってみて、どんな感じですか。

石原 すごくしゃべりやすいです。ぼくは以前、『十二夜』(2018年4月、渡邉さつき演出)のとき、全員男性キャストで、ヴァイオラをやらせていただいて。それが安西訳で演じた最初だったんですが、そのときにも本当に話しやすいなと思いましたし、役者がしゃべりやすい話し言葉に翻訳されているイメージがすごくあって。

 ただ、ぼくは安西先生に実際にお会いできなかったんです。新会員になった1年目のときに、安西先生は具合を悪くされてしまって。演出される舞台に裏方でぼくも付いていたんですけど、結局、お会いできないまま、実際に本読みする姿を見られてないですし、見たかったなと。

──本当に読み始めて、悲しい場面になると、お泣きになるので驚きました。

石原 それがすばらしいということを先輩から聞いていたので。

 それから、安西訳は、他の訳では2行ぐらいで訳させれているところを、上演台本ではひと言とか、驚嘆の声だけになっていることもあって、これはどういうことなんだろうと思って他の訳文を読んでみると、動作的なことが説明的に書かれていたりする。最後の方で、ペリクリーズが近寄ってきたマリーナを突き飛ばす場面でも、「ふむ。ハッ!」しかないんですよ。最初読んだとき、この「ハッ!」は、どういう「ハッ!」なんだろうと思って。

──このときのペリクリーズ王は、もうすっかり衰弱しきって寝込んでいる状態ですが、原文ではもう少し長い台詞なんですね。

石原 「近寄るな」とか「こっちに来るな」という台詞があるんですよ。でも、安西訳では「ハッ!」だけなんで。役者の体を通して出たときに、どう伝わるのかをよく考えられている上演台本だという気がします。

演劇集団円公演『ペリクリーズ』(シェイクスピア作、中屋敷法仁演出)稽古場風景。


 

■見どころは緻密なアンサンブル

──他に推しの見どころなどはありますか。

中屋敷 円の俳優たちは見どころだということは伝えておきたいです。この集団性に魅力を感じている個々の俳優さんがいるので、今回も相当緻密なアンサンブルで……。

石原 すごいですよ、ほんとに。

中屋敷 ほぼ全員が舞台に出っ放しで。いくつかの役を兼ねるだけじゃなく、いろんな状況をみんなで作っていくんですけど、そういうことにみんながとても前のめりというか意欲的で、集団でお芝居することを楽しまれる方が多いので面白いなあと。

 あと、シェイクスピアが劇団の座付き作家だったので、主役がメインに見えるよりも、チームでお客さんに届けるものができるといいなと思っています。

石原 ぼくも最近、特に思うんですけど、やっぱり演劇は座組みが大事だと思うんです。まだ、稽古をご覧になっていないからわからないと思うんですけど、今回、すごいんですよ、動きとか、みんなのやる気とか……

──役もひとりで何役も兼ねられるようですね。

石原 もう最初の方は、誰がいま何をやってるのか、わからないぐらいすごいんです。もっと精度を上げていけば、ものすごくいいものになるような気しかしないので……。

──稽古場での印象的なエピソードはありますか。

石原 たとえば、嵐の場面。本読みしているときから、『ペリクリーズ』で嵐は大事だなと思っていて。他劇団の上演を映像で見ると、大きな布を使ったりして嵐の海を表現している。今回は、少し道具を使いますが、主に肉体で表現する。けっこうな人数が出てきて、みんなで嵐に巻き込まれるんですよ。まわりに大勢いるから、そのエネルギーをもらって演じることができる。やっていてすごく楽しいんですよ。そういう場面が随所にあるんで、役者の力量を試されることになるかなとは思っています。

演劇集団円公演『ペリクリーズ』(シェイクスピア作、安西徹雄訳、中屋敷法仁演出)


 

■海と運命に翻弄されるスケールの大きな作品

──では、最後にお客さんにひと言ずつお願いします。

中屋敷 シェイクスピア劇というと、『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』など、いろいろな作品がありますが、人間関係や内面心理よりも、もっとスケールの大きい作品を描いたことがシェイクスピアが大作家たるいちばんのゆえんだと思っています。

 『ペリクリーズ』はそんなに知名度は高くないですけど、描いている世界はとんでもなく大きなもので、不寛容で悲しい事件が多い現代に生きるわれわれにとって、すごく勇気を与えられる作品だと思うので、ぜひ劇場で俳優を見にきていただけるといいなと思っています。

石原 ぼくもシェイクスピアは個人的には好きなんですけど、どうしても小難しいとか、とっつきにくいというイメージが強いと思うんです。でも、それは安西さんの翻訳によって、聞きやすく、耳に入りやすい言葉になっていますし、『ペリクリーズ』は展開がとても速いし、キャラクターもどんどん出てくるので、そういう意味では、いまの若い人たちにすごく合っているような気がするんですね。

 今回はいろんな登場人物が出てきて、俳優もひとりで何役も兼ねて、すごく体を使って演じます。生の舞台の迫力だったり、シェイクスピアの面白さだったり、さらには演劇集団円の集団力と中屋敷さんの演出がかけ合わさったときに、どんな化学反応が起きるのか、ぜひ劇場で見ていただきたいと思います。

取材・文/野中広樹

公演情報

演劇集団円『ペリクリーズ』

■作:W・シェイクスピア
■翻訳:安西徹雄
■演出:中屋敷法仁(柿喰う客)
■出演:藤田宗久、磯西真喜、上杉陽一、石井英明、玉置祐也、石原由宇、清田智彦、相馬一貴、杉浦慶子、大橋繭子、新上貴美、友岡靖雅、古賀ありさ

 
■会場:シアターX
■日程:2023年3月1日(水)~8日(水)
■公式サイト:http://www.en21.co.jp/