新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会レポート【演劇部門】~幕開けはシェイクスピアのダークコメディ交互上演

2023.3.9
レポート
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新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 小川絵梨子演劇芸術監督

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新国立劇場の2023/2024シーズン演劇ラインアップ説明会が2023年3月7日(火)に開催され、小川絵梨子演劇芸術監督が登壇した。

ラインアップの発表に先立ち、銭谷眞美理事長から「本来予定されていた来シーズンの一部の演目の延期」があったことと、「オペラ・バレエの代金の値上げ」が行われることが伝えられた。理由については、コロナ禍による公演中止や収容率制限により入場料収入をはじめとする劇場の収入が減る一方で、感染予防対策関連の支出が増えた上に、戦争の影響による物価上昇やエネルギー価格の高騰により、劇場の財政状況が厳しくなっているため、当初予定していたすべての演目を上演できない状態であることと、苦渋の選択として代金の値上げを行うことになったと述べた。

新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会

続いて小川芸術監督より演劇ラインアップが発表された。任期6年目のシーズン幕開けは、シェイクスピアの『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』の交互上演だ。上演にあたっては、2009年の『ヘンリー六世』三部作の上演を皮切りに、2012年『リチャード三世』、2016年『ヘンリー四世』二部作、2018年『ヘンリー五世』、2020年『リチャード二世』と、新国立劇場でのシェイクスピア歴史劇上演に携わってきたカンパニーが再び集結する。上演される2作品は、複雑な物語と屈折したキャラクターが多く登場することから“暗い喜劇(ダークコメディ)”と呼ばれており、シェイクスピア戯曲の中では上演回数もそれほど多くはない。キャストは全員が両作品に出演し、基本的には日替わり、もしくは昼夜の交互上演を予定しているという。小川は「“問題劇”と呼ばれる2作品で、歴史劇とは違った視点の面白さがある。歴史劇は男性が中心の物語だが、この2作品は女性が物語の軸になっているので、また違った魅力をお届けできるのではないか」と語った。

2023年12月には、フルオーディション企画の第六弾『東京ローズ』が上演される。フルオーディション企画初のミュージカル作品で、2019年にイギリスで初演された、次世代を担うクリエイター集団による新しい作品だ。日系二世で戦時中に連合国側向けプロパガンダ放送の女性アナウンサー「東京ローズ」として活動していた実在の人物、アイバ・戸栗・郁子を描いた物語で、小川は「先日ロンドンに行った際に、今作の創作チームと会ってきた。非常に協力的で、活発なやり取りをしながら作っていくことができると思う」と述べた。演出は、新国立劇場には2021年の『東京ゴッドファーザーズ』以来2度目の登場で、かねてよりフルオーディション企画に興味を示していたという藤田俊太郎が務める。

2024年4月~7月は、ポーランド出身の世界的映画監督、クシシュトフ・キェシロフスキが1980年代に映像化した『デカローグ』という、十篇のドラマで構成された連作を舞台化する。上演台本は、2022年に上演された『私の一ヶ月』の作家、須貝英が担当する。小川は「十戒がテーマになっているが、宗教に限った話ではなくて、人間の根源的な葛藤を真摯に見つめた、普遍的で等身大の人間の物語。十篇がそれぞれ独立した作品になっており、一作品につき3~5人程度の小さな編成だが、それぞれキャストは違うので総勢で30~40人くらいのキャストが出演することになる。演出は上村聡史さんと私で半分ずつ担う」と語った。

新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 小川絵梨子演劇芸術監督

長期に渡って作品を育てていく「こつこつプロジェクトーディベロップメントー」は現在第三期に向けて準備中で、詳細については後日改めて発表の場を設けるとした。第二期に参加した柳沼昭徳演出の『夜の道づれ』(作:三好十郎)は現在もプロジェクトを継続中で、一般の観客に公開してフィードバックをもらう形での「こつこつプロジェクトStudio公演」を目指しているという。同じく第二期に参加した船岩祐太構成・演出の『テーバイ』(原作:ソフォクレス)も上演を目指して画策中だという。

一般の方々に向けてのワークショップや講演などを実施していく「ギャラリープロジェクト」は、2020年よりオンラインでの実施となっていたワークショップやバックステージツアーなどを、今後は少しずつでも劇場での実地開催を再開していきたいという希望を小川が語った。

質疑応答にて、コロナ禍を経て公共劇場の役割について改めてどのように思うかを問われた小川は「いわゆる公演だけを打つだけの場所ではないという、作る場所としての役割や、劇場に来ればそこに何かしらの文化があるという役割はどうしても収益が出にくい部分ではあるが、公共だからこそできるアウトリーチの部分やエデュケーションの部分としてもっと強化していっていいのではないかと思う」と述べた。

新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 左から小川絵梨子演劇芸術監督、大野和士オペラ芸術監督、吉田都舞踊芸術監督

説明会終了後、小川芸術監督を囲んでの記者懇談会が行われた。

3月13日以降は新型コロナウイルス対策のマスク着用を個人の判断に委ねるとする政府の発表を受け、劇場の対応はどうなるのかという質問に対しては、太田チーフプロデューサーが「3月13日の前に劇場として新しいガイドラインを発表する準備をしている。基本は政府の方針に則った形になると思う」と回答した。

コロナ禍を経たことで逆に得ることができたことや、新たな取り組みなどはあるかという質問が出ると、小川は「中高生ワークショップをオンラインで開催することで、遠方の人も参加できた。劇場に来てもらわないとできないことももちろんあるが、そうした広がりはとても大事だと思う。今後はオンラインも継続していけたらいいなと思っている」と答えた。

シェイクスピア交互上演の2作品は女性が物語の軸になっている、という説明会の小川の発言を受け、『東京ローズ』も女性が主人公だが、今回のラインアップを考えるにあたり「女性」ということは何か意識したのか、という質問が出ると、小川は「図らずなところももちろんあるし、女性のことは“自分事”なので興味がそこに行ったというのはある。例えばシリーズとしてジェンダーのことをやるのであれば、もっとプリペアしなければいけないこともあるので、今回あえてそこを押し出すということはしていない」と述べた。

今回のラインアップはすべて翻訳物であることについて問われると、小川は「実は『夜の道連れ』のスタジオ公演をラインアップの中にプランしていた。違う形でもいいから何かできないかなと思っている」と、説明会の冒頭に銭谷理事長が述べた「本来予定されていた来シーズンの一部の演目の延期」が、演劇部門は『夜の道連れ』であったことを明かした。スタジオ公演というのはどこでやるのかという質問に太田チーフプロデューサーは「稽古場にお客様を入れるのが劇場的に難しい状況なので、どういう形でやるかはこれから検討する」とまだ未定であることを示唆した。

スタジオ公演という形態について小川は「機動力が高いことをしたかった、というのがとても大きい。ただ、稽古場などでは機構の問題や契約上の問題で有料の公演を行うことが難しい。小劇場は“小”と言っても十分大きな劇場なので、半分に切ってもらいたいくらい(笑)」と述べ、記者から「じゃあ、テント公演とか?」という声が上がると、「本当にそうなんですよ!」と興奮して思わず立ち上がる場面も。「それこそストリートでもいいと思う。そうした機動力をなんとか上げられないかと取り組んでいます」と、“劇場”という枠組みにとらわれない活動にも意欲をのぞかせた。

新国立劇場 2023/2024シーズン ラインアップ説明会 左から小川絵梨子演劇芸術監督、大野和士オペラ芸術監督、吉田都舞踊芸術監督

演劇ラインアップ一覧を見て、4演目(うち2演目は交互上演)という少なさに正直驚いた。『デカローグ』は全十篇からなる超大作で公演期間が4か月と長期に渡ることを考慮に入れても、劇場側の発表にもあったが「演目を減らされた」という印象は否めない。また、2019/2020シーズンは「ことぜん」、2020/2021シーズンは「人を思うちから」、2021/2022シーズンは「声  議論, 正論, 極論, 批判, 対話...の物語」、2022/2023シーズンは「未来につなぐもの」と、テーマを設定したシリーズ企画が、毎回小川芸術監督の視線が向いている先をよく示しており、また次代を担う演出家や作家の発掘に繋がる面もあり、劇場としての色も出るなど大きな役割を果たしていただけだけに、2023/2024シーズンにはシリーズ企画が行われないことが残念である。

小川芸術監督の話からは、公共劇場だからこそ果たすべき役割や目指すべき理想がありつつも、公共劇場であるがゆえに自由にやることのできない歯がゆさも感じられた。同じ公共劇場でも、例えば世田谷パブリックシアターでは1997年から開催している世田谷アートタウン『三茶de大道芸』で劇場の外でのパフォーマンスを行っているし、KAAT神奈川芸術劇場でも大通りから見える劇場内1階アトリウムの特設ステージでの公演を何度か行ってきている。新国立劇場にも、劇場の中だけで行われているため興味のない人には知られないまま終わってしまうことの繰り返しから抜け出し、演劇の持つ力やぬくもりをもっと外に向けてアピールしていってほしい。前例にないことを新たに始めることは我々が想像する以上にハードルが高いのだろうと察するが、それでも小川芸術監督にはぜひ新たな前例を作ってもらいたいと切望する。

取材・文・撮影=久田絢子

公演情報

2023/2024シーズン 演劇 ラインアップ
 
シェイクスピア、ダークコメディ交互上演
『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』

■会場:新国立劇場 中劇場
■日程:2023年10月18日~11月19日

■作:ウィリアム・シェイクスピア
■翻訳:小田島雄志
■演出:鵜山仁
■出演:岡本健一、浦井健治、中嶋朋子、ソニン、立川三貴、吉村直、木下浩之、那須佐代子、勝部演之
小長谷勝彦、下総源太朗、清原達之、藤木久美子、川辺邦弘、亀田佳明、永田江里、内藤裕志

フルオーディション Vol.6
『東京ローズ』
[日本初演]


■会場:新国立劇場 小劇場
■日程:2023年12月7日~24日

台本・作詞:メリー・ユーン/キャラ・ボルドウィン
作曲:ウィリアム・パトリック・ハリソン
■翻訳:小川絵梨子
訳詞:土器屋利行
音楽監督: 深沢桂子
■演出:藤田俊太郎
■出演:飯野めぐみ、シルビア・グラブ、鈴木瑛美子、原田真絢、森 加織、山本咲希

『デカローグ  I~X』 [新作]

■会場:新国立劇場 小劇場
■日程:2024年4-7月

原作:クシシュトフ・キェシロフスキ/クシシュトフ・ピェシェヴィチ 
翻訳:久山宏一
上演台本: 須貝 英
演出:小川絵梨子/上村聡史

こつこつプロジェクト ―ディベロップメント―
 
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