20cmの厚さ規定から溢れ出る才能 『VOCA展 2023 現代美術の展望』レポート
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『VOCA展2023 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─』
上野の森美術館にて、2023年3月30日(木)まで『VOCA展2023 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─』が開催中だ。
『VOCA』とは、The Vision of Contemporary Artの頭文字。本開催で30回目を迎えたこの展覧会は、全国の学芸員・美術研究者などから推薦を受けたアンダー40の若手作家が、平面作品の新作を出展するものだ。アートの専門家たちが期待を寄せる、次世代を担う才能を一度にチェックできる熱い企画である。
今回は29名の作家が出展し、その中から5つの作品がVOCA賞をはじめとする各賞に輝いた。上野公園の桜に先がけて、今年も、展示室内はアートが満開である。その見どころを、いくつかピックアップして紹介していこう。
30回を記念し、エントランス付近にこれまでのVOCA展のポスターが一挙に展示されている
《山衣(やまごろも)をほどく》
第30回のVOCA賞に選ばれたのは、永沢碧衣《山衣(やまごろも)をほどく》。倒れた熊の姿と山の姿が重なり、249.5×399cmの大画面に、宗教画かのような厳かさが満ちている。
永沢碧衣《山衣(やまごろも)をほどく》アクリルガッシュ・岩絵具・熊膠・墨汁・ティッシュ、カンヴァス・木製パネル 249.5×399×4.5cm
作家は自ら狩猟免許を取得してマタギの猟に同行したり、害獣駆除に参加したりしているのだという(会場で見かけた作家の華奢な姿からは想像もできない一面である)。
仕留められた熊は解体され、部位ごとに活用されるが、夏の毛皮は無用品としてそのまま土に還してしまうことが多いそう。作者はその毛皮を加工し、そこから日本古来の画材である熊膠(くまにかわ)を作成し、本作を描いた。そもそも膠の語源は「煮皮」であり、動物の皮を煮出して得た動物性タンパク質を接着剤、画材として用いたものだ。現在では牛がメインだそうだが、かつては熊膠も利用されていたらしい。つまり本作は、“熊の身体を使って描かれた、熊の姿”なのである。画面に向き合った時に感じる神聖さは、そこから来ているのだろう。
永沢碧衣《山衣(やまごろも)をほどく》(部分)
ツキノワグマは山の神と崇められる一方で、人の暮らしに近づき過ぎれば害獣として駆除される。熊からしたら納得しかねるダブルスタンダードだろうが、その表情は全然怒っていないし、悲しげでもない。これが当たり前のことである、とでも言いたげに白い息を吐いている。画面を見つめると、山中には電気や道路が通り、人が自然を切り拓く姿が描きこまれている。そして同様に、自然が人の営みを飲み込む土砂崩れの場面も描きこまれている。与え与えられ、奪い奪われ、生きることの大きなサイクルの象徴として、この熊はここに居るのだ。
感覚フル動員で楽しんで
1階展示室風景
展示室内でひときわ鮮やかな色彩を放っているのは興梠優護《| AM》だ。レイヤーを何層も重ねたような奥行きを感じさせるタッチで、てっきりキャンバス上に紗幕か何かが掛かっているのかと思って近づいたら、純然たる絵画作品で驚いた。イメージが切れ目なく移ろっていく様子は、見る角度によって絵が変わる3Dポストカードを思わせる。ミュージアムショップでよく見かけるアレである。
興梠優護《| AM》油彩・水彩、カンヴァス 241.2×116.7cmが3枚
描かれているのは3名の人物の深夜1時の肖像。「1:00AM」と「I am」のダブルミーニングになっているタイトルの《| AM》も含めて、心地いいイリュージョンを感じさせてくれる作品だ。
横山奈美《Forever》木炭・鉛筆、木炭紙・額 31.6×24.6×2.4cmが30枚
とても気になる作品、横山奈美《forever》についても触れたい。コロナ禍の2020年9月に1日1枚ずつ描かれたという30枚のドローイングが、カレンダーのように並んでいる。草に寝転ぶ自画像が、版画なのかと思うほど同じ調子で繰り返される。予備知識なしでパッと見て、そっくりな絵が30枚あったら、おそらく皆同じことを考えると思う。間違い探しである。
横山奈美《Forever》(部分)
じっと観察して、気が付く。「Tシャツの柄が毎日違うんだ!」なるほどTシャツのプリントで時間経過を表すのはアニメでよく見るやり方だ。しかし、一拍置いてゾッとする。全部、forever(永遠)って書いてある……。フォントこそ違えど、結局同じことが書いてあるのである。様々な解釈ができるだろうが、個人的には「昨日と違う今日、今日と違う明日、同じ日は1日として無い」といったポジティブな思考へのアンチテーゼだと感じた。恐るべき閉塞感である。あぁ、このループから解脱したい。まさかこれは涅槃像のポーズ……なのか?
七搦 綾乃 《Paradise IV》 アクリル・鉛筆・色鉛筆・墨汁、石膏・麻布・木材 151×400×4.5cm
七搦綾乃《Paradise Ⅳ》は、奨励賞と大原美術館賞をダブル受賞した作品だ。薄いヴェールをのせたような波打ち際の表現が美しい。ところが近づいていくと、繊細な第一印象から一転、これは力を込めた身体運動の痕跡の集まりだと気がつく。描いているというより、削っている。
七搦 綾乃 《Paradise IV》(部分)
解説文によると、合板に墨汁を含んだ石膏(つまり黒い石膏)を塗り、さらに石膏(白い石膏)を重ねたものを、引っ掻いたり刻み込んだりして制作されたらしい。絵画は基本的に、キャンバスに絵具を乗せて加えていくもの。彫刻は、塊から余計なものを取り去って、あるべき姿を晒すものだと言えるだろう。単純な足し算でも引き算でも語れないこの作品は、絵画と彫刻の間に位置するような不思議な質感を生み出している。
なぜ、くっついた古着に心が震えるのか
2階展示室風景
さて、VOCA展の出品規定には「縦横自由だが250cm×400cm以内の壁面展示、厚さ壁から20cm以内」とある。平面でさえあれば、表現手段は完全にフリーである。たとえばVOCA佳作賞を受賞した黒山真央《SIBLINGS》の場合、素材は兄弟姉妹ごとに組み合わせられた古着だ。
黒山 真央 《SIBLINGS》 古着 250×400×20cm
古着はニードルパンチの手法で互いが互いに埋め込まれあっている。針の“返し”に引っかかって、刺した下の布の繊維が引っ張り出されることで、ふたつの服は圧着されたように重なり、お互いのシルエットが浮かび上がる。推薦者である藤川氏(茅ヶ崎市美術館学芸員)による解説コメントが秀逸で、「(本作には)誰かの影響を受けないことも傷付かず生きていくことも出来ない、そんな我々の姿も重ねられているように思える」との言葉が胸に迫る。人間同士の関わり合い、言ってしまえば傷つけ合い、それによって生まれる関係性を表現するのに、こんなやり方があったのかと衝撃を受けた。
黒山 真央 《SIBLINGS》(部分)
作家が「関係性の標本」と語る通り、素材提供者たちの関係性は良好だったり険悪だったり様々。中央の全身コーデが、発想のきっかけとなった作家自身の姉妹関係を表現したものだという。会場ではそれぞれの兄弟姉妹の背景を短く解説するキャプションが添えられているので、ぜひ併せて鑑賞したい。
「平面」の冒険は続く
内田聖良《余白書店のバーチャルな本棚》本の3Dデータ・背表紙のスキャンデータ QRコード・モニター・木材・Raspberry Pi 72×119×15cm (オフィシャル提供)
これも平面作品としてアリなのか、と驚いたのは内田聖良《余白書店のバーチャルな本棚》。壁のモニターに映し出されたバーチャル本棚である。本の背にはQRコードが付されており、携帯などで読み取るとそれぞれの本の姿を再現した3D画像と、本たちが歩んできた独自のストーリーを見ることができる。
QRコードを読み取った携帯画面のスクリーンショット
「余白書店」とは、電子書籍化によって本の内容は写し取れても、そこに宿る人の想いや歴史は、手に取らないと分からない……ということで、もともと折れや書き込みなど、前所有者の痕跡を残した書籍に独自の価値を見出し、一点ものとして流通させきたプロジェクトだという。本作ではその「“電子化できない良さ”を、電子化する」という多層的な挑戦がなされているのが面白い。ちなみに本棚の本は70冊ほどあり、時間によって入れ替わるらしい。
上野友幸《神戸の森 2022》小枝・真鍮リング 約395×245×4cm(可変)
会場の出口付近にある上野友幸《神戸の森 2022》がとても心に残る一作だったので、最後に紹介したい。壁に掛かった網? と思ったら、作品を構成しているのは、リングで繋ぎ合わされたY字型の小枝たちである。離れて見ると、Yが集まって大きなY(X?)が形成されているのがわかる。
上野友幸《神戸の森 2022》・部分
小さなパーツが集まって大きな形を成すのは普通のことだが、面白いのは木の枝が使われているところだ。好きに伸びるはずの自然のものが、歯車然として並んでいる。それぞれの枝を遡ればもっと太い枝があり、幹があり根があるはずだ。自身のルーツから切り離され、よく似た別の存在と金属で繋ぎ合わされた小枝たちは、不自然で美しい。社会的に生きるってこういうことなのかもしれない、と眺めているうち、しだいに枝が「人」の字に見えてきて笑ってしまった。
やっぱり春は、VOCAですね。
本展は平面作品に限定された展覧会だが、だからこそ、その奥行きは計り知れない。作品ごとの背景は想像を超えて深いし、質感は驚くほど多様だし、「私を見て!」という主張は情熱的だ。改めて、実際に足を運んでアートと向き合う面白さを実感できた展覧会だった。
『VOCA展2023 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─』は上野の森美術館にて3月30日(木)までの開催。
文・写真=小杉 美香
展覧会情報
会場:上野の森美術館(〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2)
https://www.ueno-mori.org
会期:2023年3月16日(木)~30日(木)〔15日間/会期中無休〕
開館時間:10:00~17:00 ※入場は閉館30分前まで
主催:VOCA展実行委員会、公益財団法人日本美術協会 上野の森美術館
特別協賛:第一生命保険株式会社
入場料: 一般800円、大学生400円、高校生以下無料
※手数料がかかる場合があります。
※障害者手帳をお持ちの方と付添の方1名は無料 (要証明)。
※日時指定は不要です。
※新型コロナウイルス感染症対策の為、開催情報は変更の可能性があります。最新情報をHPでご確認ください。事前予約なしでご覧いただけます。ただし混雑時に入場制限を行う場合があります。
ご来場の際は必ずマスクをご着用いただき、検温、手指消毒、会場内での会話を極力控えるなど、感染症対策へのご協力をお願いいたします。