劇団唐組『透明人間』唐十郎との共同演出・久保井研が語る。「テントは虚構の世界を強烈に体験できる、密度の濃さが必要なんです」
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唐組 第71回公演『透明人間』共同演出+出演の久保井研。 [撮影]吉永美和子
テント芝居の元祖にして、現在も全国テント公演ツアーを行なっている希少な団体でもある、唐十郎率いる「劇団唐組」。2023年の4都市ツアーでは、1990年初演の『透明人間』を上演する。外部プロデュースも含めて、これが6度目の上演ということで、唐の代表作の一つと言っていいだろう。病気療養中の唐と、共同という形で演出を担当する久保井研が、大阪で会見を行った。
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「水を恐がりますので、水を遠くにやってください」という小旗を持って、犬に付きそう男が現れた……という噂が町に流れ、狂犬病(恐水症)を恐れた保健所員・田口(岡田優)が調査を開始。そして元軍用犬調教師・合田(久保井)と、時次郎という名の犬が住む焼鳥屋にたどりつくが、そこは店で働く娘・モモ(大鶴美仁音)や、彼女の世話をする辻(稲荷卓央)などの人間も集っていた。さらに、田口との賭けに負けた上田(全原徳和)や、モモに似た女(藤井由紀)などの人物も絡み、犬と「水中花」にまつわる記憶が、田口たちを思わぬ所へと連れていく――。
唐さんはすごく〈水〉のモチーフが好きで、舞台でもよく水を使いますが、この話では水がいろいろ形を変えて、舞台上に現れます。どしゃぶりの雨とか、人の汗とか、雨溜とか……本物の水もあれば、水という観念でもあったり、結構重要なアイテムとして出てきます。詳しくは言えませんが、かなりの水を使うことは確かです(笑)。
その〈水〉のイメージの連鎖の面白さが、この作品の特徴。『透明人間』は何なのか? って話になると、水って透明ですしね。目に見えないものということでもあるし、実態のつかめないもの、誰かの目には見えてるけど、周りの人には見えないものであったり。そういうようなことを考えながら、今作っています。
唐組第55回公演『透明人間』(2015年)。
この時期に本作の上演を決めたのは、狂犬病に翻弄される人々の姿が、新型コロナウイルスに振り回された近年の私たちの姿と、重なる部分があったからだという。
感染病の問題が、人をどのように変えてしまうのか。行動で楽な方を取るようになったり、了見の狭い人間の側面を垣間見るようなことも多かったと思いますが、そういう人々がこの作品にはいっぱい出てきます。コロナと距離を置けるようになってきた時に、その日常をある種面白おかしく、舞台の上に抽出できたら……と思って選びました。
ちなみにこの作品は久保井にとっても、現在の「演出家・久保井研」の原点となった、思い入れのある一本だそう。
以前唐組では年2回ぐらい、若い劇団員だけで芝居を作る発表会をやってたんですが、97年の夏に僕の演出で『透明人間』を上演したんです。そうしたら唐さんが「これ、秋公演で客にも見せようか」と言い出しまして、その時の秋公演『ジャガーの眼』のあとに、2日間だけ上演したことがありました。自分にとっての演出家デビューって、これになるかな? という風に考えてます。
久保井研。 [撮影]吉永美和子
新型コロナがまん延した2020年以降、ツアーを中止したのは1年目だけ。あとは来場者数を半分に抑えたり、テントの裾を開けて換気をするなどの対策をしながら、何とかツアーを敢行した。そして今年は久々に、マスク着用やアルコール消毒などは引き続き推奨しつつも、紅テントならではの「密な空間」を復活させたいという。
テントは舞台と客席の距離が近くて、客席もギュウギュウ詰めで密度が高いのが特性だし、物語を伝える上では重要な武器でもある。お客様に虚構の世界を、皮膚感覚も含めて強烈に体験してもらうためには、密度は必要。客席の距離を空けた状態で観るのとでは、やっぱり見え方が変わるのではないかと思うし、何よりも我々はこれに一つの活路を見出していますので。
唐十郎が「状況劇場」を旗揚げしてから、今年でなんと60年。「考えたら恐ろしい」と久保井は笑うが、意外なことに観客席は若返りの傾向が進み、今は20~30代の人々が観客のメインになっているそう。その一方で、上演する側の後継者の育成が急務だとも言う。
唐組第55回公演『透明人間』(2015年)。
60年も経つと、若い人は逆に「新しい」と感じる所もあるでしょうし、やっぱり他所では絶対に観られない世界ですからね。芝居を上演するような場所ではない所に、突然紅テントが現れて芝居を打って、終わるとパッといなくなる。そういう美学のようなものに加えて、物語の展開のスピーディーさとダイナミックさを、テントはすごく活かせる。それを目の当たりにした時にすごく記憶に残って、また来るようになるのかなと思います。
アンケートを読むと「両親や祖父母に勧められた」というのがあって、唐十郎もアカデミックになってしまった、と思います(笑)。これをどこまで続けていけるのかはわからないけど、続けてくれる若い連中を養成するというのが、今やるべき仕事です。観るだけではなく「やりたい」と若い世代に思わせる何かを考えていかなくちゃなあ、と。他に続けている所もほとんどないし、どうにかして後の世代につなげたいと思います。
久保井が指摘した通り、1963年に唐十郎が「状況劇場」(当初は『シチュエーションの会』)を旗揚げしてから、今年でまる60年。彼が作り上げた世界が、今の若い人たちを引き付けて止まないということは、それだけの強度と普遍性を持つということが、半世紀以上を経て証明されつつあるということだろう。その醍醐味となる密な劇場空間が、3年ぶりに完全復活する可能性が大ということと合わせて、唐ワールドのシンボルである紅テントに、ぜひ引き寄せられてほしい。
唐組第71回公演『透明人間』公演チラシ。
取材・文=吉永美和子
公演情報
■作:唐十郎
■演出:久保井研+唐十郎
■出演:久保井研、稲荷卓央、藤井由紀、福原由加里、加藤野奈、大鶴美仁音、重村大介、栗田千亜希、升田愛、藤森宗、西間木美希、岩田陽彦、春田玲緒、金子望乃、壷阪麻里子、全原徳和、友寄有司、岡田優
〈岡山公演〉
■日時:2023年4月22日(土)・23日(日)
■会場:岡山市旭川河畔 京橋河川敷(岡山市北区京橋町地先)
■問い合わせ:086-233-5175(NPO法人アートファーム)
〈兵庫公演〉
■日時:2023年4月28日(金)~30日(日)
■会場:湊川公園
■問い合わせ:090-8168-5353(TRASH2)
〈東京・新宿公演〉
■日時:2023年5月6日(土)・7日(日)/11日(木)~14日(日)/6月2日(金)~4日(日)
■会場:花園神社
■問い合わせ:03-6913-9225(唐組)
■日時:2023年5月20日(土)・21日(日)/26日(金)~28日(日)
■会場:雑司ヶ谷 鬼子母神
■問い合わせ:03-6913-9225(唐組)
〈長野公演〉
■日時:2023年6月10日(土)・11日(日)
■会場:長野市城山公園 ふれあい広場
■問い合わせ:026-217-0608(ISHIKAWA地域文化企画室)
■開演時間:19:00(全都市共通・雨天決行)
■料金:一般=前売4,000円、当日4,200円 学生=3,300円 子ども(小学6年生まで)=2,000円(全都市共通)
※長野公演は5月8日(月)から
■公演サイト:https://karagumi.or.jp/information/1102/
※この情報は2023年3月27日時点のものです。新型コロナウイルスの状況次第で変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。