2年半ぶりの「真夏の夜の夢」Hikaruが魅せたありのままの音楽
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Hikaru
2023.7.23(Sun)『Hikaru B-day LIVE 2023 -Be the Best day-』@吉祥寺 CLUB SEATA
うだるような猛暑の中、早い時間から吉祥寺SEATAの前では観客が行列を作っている。
この日、Hikaruの実に自身2年半ぶりとなるオフラインライブ『Hikaru B-day LIVE 2023 -Be the Best day-』が開催された。
Kalafinaとしての活動、そしてソロプロジェクトH-el-ical//としての活動を得て、完全にフリーとなったHikaruの色々な意味での生誕を祝う貴重な機会とあって、
ソロ活動としてのH-el-ical//は新型コロナウイルス感染症の影響を猛烈に受けたというのは紛れもない事実だ。今回はギター兼バンマスのHaKAが率いるフルバンド形態でのライブだが、フルバンドを従えて彼女が歌ったのは『H-el-ical//LIVE 2019「紡-TSUMUGU-」』以来となる。3年半の空白は「音楽でファンと会話したい」というHikaruにとって苦渋の季節だったのではないだろうか。
それらを吹き飛ばすように一曲目「Surviver」からエンジンは全開だ。これまでのキャリアの印象からオリエンテックでクラシカルな楽曲を得意とする印象があるかもしれないが、Hikaruには思った以上にロックが似合う。続く「JUST DO IT」もライブハウスの低い天井に乱反射するようにサウンドが飛び交う中、全くブレずにHikaruは歌う。
雰囲気を少し変えて「IMPOSSIBLE LOVE」はとても軽やか、歌い終わると客席からは「ひーちゃんお誕生日おめでとう!」の歓声が飛ぶ。今回はマスク着用の上での発声OK、一人ソロライブに挑む彼女に歓声が飛ぶのはほぼ初となる会場では、Hikaruが持ち前の距離感の近いフランクなトークで和ませていく。
また実験的だと思ったのは、ペンライトの使用可能曲を事前に指定するというやり方だ。確かに彼女が所属していたKalafinaではペンライトを振って応援するということはなかったため、ファンとしても「ここで使っていいのか?」というのはそれぞれの考えにならざるを得ない。どこまでもユーザーフレンドリーを貫くHikaruは「この曲は使ってもらっていいので! 言われないと使いどころ困っちゃうからね」と説明する。疑問を一つも持たずにただ音楽を楽しんでもらいたいという彼女の考えはデビュー時から少しも変わっていない。
暖かなMCの時間の後は少ししっとりとした時間。「空 –Look ahead」の涼し気な雰囲気を感じる音楽から、神秘的な「landscape」へ。バンドサウンドでもその透明感は変わらない。そこから披露されたのは新曲「Flow」。水滴が落ちるような静かな雰囲気から淡々と紡がれる音楽。だが決して単調なわけではない。叙情的な言葉の一つ一つはHikaruを解することで何倍もの意味を持つ。具体的なサビというものを持たない作りのメロディーが染み渡るように会場に広がっていく。
「ちょっと一回ハケルね、何をしに行くか分かると思うんだけど…」そんなフレンドリーな言葉にまた笑いが起きる。転換中はまさかの今披露した新曲「Flow」の音源を改めて聞かせるというのも斬新だ。ライブでのアレンジと、音源との差を現場でいち早く確認できるのはとても面白い試み。自分の新曲に自信がないとこれはなかなか出来ない。
帰ってきたHikaruは先程のワンピース姿からアクティブな印象のパンツ姿へ。勿論先程の転換時間は着替えの時間だ。アグレッシブな「イエスノウ」からライブは再開。リズムの取り方が素晴らしい。才能だけではない努力で身につけた音楽センスが彼女の背骨になってしっかりと身体を支えている。
「次はペンライトOKの曲です、曲の最後にこう…掲げたくなるようなところがあって」
それを聞いてファンは赤い色を確認する。TVアニメ『最果てのパラディン』OPテーマ曲「The Sacred Torch」だ。テクニカルに変拍子で疾走する楽曲を歌いこなしながら、最後の決めで「灯火掲げ」の叫びに合わせて会場中が赤いペンライトを掲げる。H-el-ical//のライブでも中々感じられなかった一体感がある。そこから更に重々しく骨太な「Determination」で吉祥寺SEATAを壮大な雰囲気に染め上げる。そのヘヴィな流れを組むようにステージが真っ赤に染まっていく。浮かび上がるHikaruのシルエット、奏でられる「disclose」のダークでスリリングなメロディが響き渡る。
ここまで見て、改めてHikaruのボーカリストとしての素質と練度を感じる。楽曲によって甘い少女のようにでも、地の底から響くようにも聴こえるそのボーカリゼーションはまさに演技を見るようだ。決してキーが高い訳では無い彼女の歌声は、その瞬間瞬間のシーンを切り取るように色も形も変える。圧倒的にボーカルが内包する情報量が多いのだ。歌を通じて会話するというというのはあながち比喩ではない。曲の主人公の思いの中には、Hikaru自身が伝えたい思いも言葉もふんだんに込められている。
「この空間を作ることができて本当に良かったと思っています」毎週自身が配信しているアプリ「Music Champ」の企画で衣装、お立ち台、そしてステージの後方を飾るバックドロップを誇らしげに語るHikaru。中々直接出会うタイミングが無かったからこそ、何かしら彼女のライブを素晴らしいものにしようというファンの熱い想いがそこには詰まっている。
ここからはラストスパート、「Altern-ate-」は原曲よりもロックテイストな印象。ラフでタイトでパワフル。そんなバンドのパワーの真ん中でもピッチが全くブレない。「螺旋の繭」で更に加速した後は「Escape」。今日一番の激しさが突き刺さる。Kalafinaしか知らない人には意外かもしれないが、Hikaruには本当にロックが似合う。
いや、Kalafinaの時も「音楽」「One Light」などの激しいナンバーでステージを走り回り、完璧に歌いこなしてきた彼女のポテンシャルはずっと示されてきた。「運動不足!」と満面の笑みで叫ぶHikaruのライブをもっと見たい、もっと歌っていてほしいと真剣に感じる瞬間。
本編最後で披露されたのはこれも新曲の「Awe」。どこか原点も感じられるような楽曲という話だったが、確かにこれはKalafinaの時の歌い方だ。
個人的な話になるが、解散後の三人を取材し続けた身としては、彼女たちのソロ活動それぞれを応援していきたいと心から思っている。確かにKalafinaは唯一無二の音楽ユニットで、そこに今も魅了されている人がいるのは理解している。それでも今は“その先”を歩む彼女たちの刻んでいく音楽が気になって仕方ないし、今の彼女たちに注視してもらいたいとも思っている。
だからこそ、今2年半ぶりのライブを行ったHikaruが、Kalafinaを想起させる話をするのは、とてもリスキーな事なのではないかとこの時思った。だが彼女は軽やかに「それがあったから今のわたしが居る」と語り、また前にステップを踏めるようになっていた。気弱な末っ子に見えたHikaruは自分を誇れるアーティストへと進化している。
アンコールではライブTシャツに着替えて、H-el-ical//としての始まりの曲「pulsation」からスタート。Hikaruといえばお馴染みのグッズ紹介のMCでは「ほとんど売り切れちゃって…ほら、フリーだから、在庫とか抱えるの大変だから!」と明るく語る。結果終演後は全てのグッズが完売したと言うから、次回はもう少しだけ強気に生産してもらいたい。
アンコール二曲目はこれまた新曲の「Treasure」。初舞台企画でも一緒に作品を作り上げたHaKAとHikaruは意欲的に新曲を作り続けている。今のHikaruを切り取った挑戦的な楽曲たち。どこかキュートさを感じさせるこの曲もまた新しい魅力を感じられる。
年明けにはソロとして初のツアーも発表された彼女が最後に選んだのは「紡-TSUMUGU-」。ファンとのつながりを描いたHikaruにとって大事なこの曲。彼女のイメージカラーである青いペンライトが会場を優しく照らす。独りじゃ成長できないと言ったHikaruがずっと願っていた、ファンとのコールアンドレスポンス、響くラララの歌声の向こうに、過去最高に自由で、過去最高にかっこよくて、過去最高にありのままのHikaruがそこには居た。
終演後も鳴り止まない拍手に応え、幕の隙間から顔だけ出して挨拶したHikaru。まるでコメディのようなワンシーンだが、それも今の彼女なら素敵と思える。早く次の会話をまた、貴方と一緒に。見た人だれもがそう言いたくなる、真夏の夜の夢のようなライブだった。
レポート・文=加東岳史
セットリスト
2023.7.23(Sun)『Hikaru B-day LIVE 2023 -Be the Best day-』@吉祥寺 CLUB SEATA