「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23」ロイヤル・オペラ《イル・トロヴァトーレ》~史上最大のスケールとなったシーズンのフィナーレにふさわしい至福のひと時をスクリーンで
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《イル・トロヴァトーレ》 ©Monika Rittershaus
英国はロンドンのコヴェント・ガーデン、ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)で上演された、ロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエ団による世界最高峰のオペラとバレエを、特別映像を交えてスクリーンで体験できる人気シリーズ「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2022/23」。史上最大のスケールとなった今シーズンもいよいよフィナーレを迎え、全13演目の最後を飾る、ヴェルディ中期の三大傑作のひとつ《イル・トロヴァトーレ》が、2023年9月22日(金)~9月28日(木)、TOHOシネマズ 日本橋ほかにて1週間限定で全国公開となる。本記事では、香原斗志氏(オペラ評論家)による解説とともに、本作の見どころを紹介する。
【動画】The Royal Opera: Il trovatore cinema trailer
ヴェルディ中期の三大傑作といわれる《リゴレット》《イル・トロヴァトーレ》《椿姫》の中で、もっとも幻想的なストーリーを持つのが中世のスペインを舞台にした《イル・トロヴァトーレ》である。それは、夢見るような美しい旋律にあふれた傑作オペラ。
《イル・トロヴァトーレ》 Opernhaus Zürich ©Monika Rittershaus
香原氏は本作の魅力について「勇猛果敢な、または、おどろおどろしいイメージのある《イル・トロヴァトーレ》。そういった音楽の要素もあるにはあるが、アントニオ・パッパーノが指揮する演奏を聴いて、それ以上に、美しいメロディがあふれんばかりに詰めこまれ、耳に最高の幸福をもたらしてくれるオペラだと、あらためて実感した」と語る。
《イル・トロヴァトーレ》 Opernhaus Zürich ©Monika Rittershaus
物語はじつに刺激的である。伯爵に母親を火あぶりにされたロマの女のアズチェーナは、復讐のため、伯爵の2人の息子のうち1人をさらって火中に投げたつもりが、誤って自分の息子を――。結局、彼女は手もとに残った男児を育て、それが、マンリーコという名で「トロヴァトーレ(吟遊詩人)」として成長、宮廷の女官のレオノーラと愛しあっている。だが、ルーナ伯爵、すなわち先代伯爵のもう1人の息子も彼女に思いを寄せていて、マンリーコに激しく嫉妬している。伯爵はとうとうマンリーコを処刑するが、それは自分の弟だった――。ドラマは終始、スリリングに展開する。
《イル・トロヴァトーレ》 Opernhaus Zürich ©Monika Rittershaus
荒唐無稽な物語だと後ろ向きに評されることもあるが、香原氏は、「私はまったく同意しない。ヴェルディの音楽が、あらゆる場面に深いリアリティをあたえているからである。そのため、観客は否応なくドラマの中に引きずり込まれ、メロディに心を預けざるをえなくなる」と反論。しかし、それにはある条件があるという。「ただし、このROHの《イル・トロヴァトーレ》のような質の高い公演であれば、である」その質の高い公演と評価する今回のパッパーノの演奏については、「オペラ全体を覆う夜の雰囲気をたくみに醸し出し、ヴェルディが楽譜に記した発想記号に従い、歌手の声を存分に引き出し、呼吸を測りながらたっぷり歌わせる。だが、歌手まかせではない。声を細かくコントロールさせながら感情を豊かに表現させる。だから、心に染み入るメロディにも勇壮な音楽にも、登場人物の真摯な生きざまがリアルに感じられて観客の心を打つのである」と惜しみない賞賛を与える。
《イル・トロヴァトーレ》Opernhaus Zürich ©Monika Rittershaus
2024年のシーズンをもって音楽監督の任期を終了することが決定しているパッパーノによる極上の演奏、ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルの絵画のような怪奇性に富んだシュールな世界を視覚的に表現したアデル・トーマスの演出、そして、そこに深い感情を注ぎ込む歌手たちとこの上ない融合を果たした、まさにシネマシーズンのフィナーレにふさわしい最高に幸福なひと時をスクリーンで堪能したい。
《イル・トロヴァトーレ》 ©Monika Rittershaus
※香原斗志氏(オペラ評論家)『イル・トロヴァトーレ』解説全文は下記URLにて閲覧可能です。