メンバーと共に音を楽しむプロジェクトが始動ーー上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonderが導いてくれる新しい冒険の旅、その楽しみ方
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上原ひろみ 撮影=渡邉一生
「ようこそ、新しい冒険の旅へ」―――Hiromi’s Sonicwonderのニューアルバム『Sonicwonderland』のリリースに先駆けて、上原ひろみが自らの作品に寄せたコメントが冒頭の一文だ。これを読んだだけでもワクワクしていた。どんな作品になっているのだろう、と。今年、映画『BLUE GIANT』のサウンドトラックと劇中での演奏シーンの吹き替えも手がけ、活躍の幅をグッと広げた姿を見せてくれた彼女。自身としては約2年ぶりとなるニューアルバムは、アドリアン・フェロー(Ba)~ジーン・コイ(Dr)~アダム・オファリル(Tp)という気鋭のミュージシャンと組んだ4人組編成のバンド・Hiromi’s Sonicwonderという新プロジェクトの作品だ。このアルバムは今回のプロジェクト用に書き下ろした新曲に加え、コロナ禍中に自身のSNSで企画された1分間の演奏配信『One Minute Portrait』で発表した楽曲などをバンド用にリアレンジし収録している。冒頭の本人のコメント通り、アルバムはジャズ〜ラテン〜テクノなどを縦横無尽に行き来し、音楽を聴く・体感する楽しさに溢れた一枚になっている。小難しいことは一切ない、体が自然に動き出すアルバムだと言っていい。このアルバムの制作を、いかにして上原ひろみ自身は楽しんだのか。そして私たちはどのようにしてその冒険の旅を共に楽しむことができるのか。それを知りたくて、来阪中の彼女に話を聞いた。
――今日は楽しみにしていました、よろしくお願いします! 早速ですが上原さん、今年はデビュー20周年イヤーなんですよね。
そうみたいなんですよね(笑)。意識はしていなかったんですけども。
――20年、その長い時間を振り返ってみるとどんな年月だったでしょうか。
アルバムやライブを1枚1枚、1本1本大切に積み重ねてきて、気がつけば20年が経っていたという感じですね。作ってきたアルバムの枚数やライブの本数を振り返ると、20年経っているなと思うので、すごくあっという間だったということもないですね。
――アニバーサリーイヤーを迎えて、まさに今はどんな心持ちですか?
正直あまり考えてはいなくて、20年目だからどうこうというのもないし、新しいプロジェクトやアルバム、今日も新しいことがあるというスタンスでいつもやっているんです。全てはひとつひとつの積み重ねだと思っているから、ひとつひとつ丁寧に真剣にやろうという気持ちはありますね。ライブであっても今日は何本目だという考え方ではなく、この日のこのライブは今日が最初で最後だという思いでやってきて、ライブに対する渇望感や喜び、興奮度というのは、2003年に初めてプロとしてステージに立った時から全く変わっていないんです。そう思えることが20年続けてこられた理由なのかなと思います。
上原ひろみ
――今日はニューアルバムの『Sonicwonderland』についてお話を伺っていきたいと思うのですが、その前に……今年手がけられた人気ジャズ漫画『BLUE GIANT』の映画版サントラが長く人気を博しています。上原さんのリスナーの幅をグッと広げている印象も受けているのですが、この作品に参加されたことでご自身にプラスになったと感じていることはありますか?
『BLUE GIANT』を通じて私のことを知ってくださった方もたくさんいらっしゃると思うんです。たくさんの人に見ていただけたことは本当にラッキーだなと思いますし、映画に音をつけるというのは新しい挑戦だったので、キャラクターの音を演じることやストーリーがある作品の曲を書くという意味では、自分のアルバムの曲の作り方とは全く違っていました。尺の長さも決まっていて、そこに監督がこういう感情を込めたいというのもあって、それをひとつひとつ作っていく作業は勉強になりましたね。
――なるほど。その『BLUE GIANT』のサントラを経て、新プロジェクト・Hiromi’s Sonicwonderというバンドで、アルバム『Sonicwonderland』がリリースになりました。作品全体を通してはもちろん、それぞれ1曲の中でもとてもカラフルで緩急のある楽しい作品だと感じました。そもそもこの新プロジェクトを立ち上げた経緯からお伺いできますか?
まずは2016年、ベーシストのアドリアン・フェローとの出会いから始まりました。その時は、組んでいたバンドの代役ベーシストとして来てくれたんです。彼と演奏をしてみて、もっと一緒にバンドをやりたいという気持ちが湧いてきました。ならばと、彼とバンドを組むことを目指して曲を書き始めたんです。そして曲を書いていくうちにどんどんバンドとしての音像がはっきりしてきて、ドラマーのジーン・コイとトランペッターのアダム・オファリルをスカウトして今の形になりました。
――まずアドリアン・フェローさんのどういったところに惹かれて、もっと一緒にバンドをやりたいと思えたのでしょう。
とにかく音の化学反応がすごくおもしろかったことですね。初めて一緒に演奏したと思えなかったし、英語でエフォートレス(=肩肘張らない、頑張りすぎない)という単語があるんですけど、まさにエフォートレスだし、彼の音と一緒ならどこへでも行けるという気になれました。
――そういう感情になることは稀ですか?
そうですね、稀です。その感情が湧いたことをキッカケにして、彼のベースプレイを活かせるような曲をと思って書き進めていきました。やはりアルバムを作ったりバンドをプロデュースする時には、演者ひとりひとりが輝く作品を作りたいんです。自分が俯瞰で見た時に、ひとりひとりの強みをフィーチャーできているかどうかを意識しながら曲を作っていきました。
自分たちの音の緩急についてきてくれるようなメンバーというのをイメージしていました。パワープレイというよりはオーガニックなプレイヤーで、音にユーモアのある人。そこでスタンリー・クラーク・バンドでも共演したことがあるジーンを思い出しました。そしてアドリアンとジーンはLAのシーンで何度も一緒に演奏しているということもアドリアンに聞いていたんです。やはりベースとドラムの相性は音を作るうえでとても大事なので、このふたりならうまくいくなと思ってジーンをスカウトしました。そしてメンバーが3人になってさらに曲を書き進めていくうちに、曲にトランペットが欲しいなということが見えてきたんです。トランペットは、パンチのある金管楽器っていうイメージが強いでしょう?
――確かにそういうイメージはあります。曲の中でもアクセント的に響いて聞こえることも多いですし。
そうですよね。でも今回の私たちのバンドでは、どちらかというとまろやかで深みのある、少しダークな音が合うなと思っていました。なので、エフェクト……ペダルなんかも使える人がいいなと思って、アダムに声をかけました。
――その4人が揃ったタイミングで、もう少しこんなことがやりたい・やれるかもとか、新しい方向性も見えてきたのかなと思うのですが、アルバムを本格的に作り上げていくにあたってコンセプトにしたこと、テーマにしたこと、みなさんで話をしたことなどはありましたか?
話をしたことは……ないですね。ただ自分がメンバーを集めていって、この人のこういうプレイが光る曲とかこの人にこういうことを弾いて欲しいなということを大切に曲を書き進めていって、一緒にリハーサルをしていく中で彼らからアイデアをもらったり、音で会話をする中でバンドとしての音を詰めていきました。
――なるほど。音の会話をはじめとしたバンド内でのやり取りの中で、このメンバーだからこそ、でたこともあったのでは?
すごくフリーなインプロビゼーションがある曲が何曲かあって。フリーというのは、例えばコードだったり拍子だったり、そういうものが決まっていないんです。その日の出たとこ勝負で演奏するんです。
――出たとこ勝負!
メロディーの前後や真ん中など、しっかり決まっているところもあるんですけど、間のところは完全なる即興、自由、筋なしという感じで。そういう綱渡りのような作り方をすることが全く怖くないメンバーでした。みんな予測できないことが好きで、そういう4人だったからこそできたことだなと思いますね。
――それはメンバーを信頼した上で、あえて筋なしの部分を作っておいたんですか?
なんとなくそういう部分を作っていても最初のメロディーのグルーヴを引き継いでできあがっていくことが結構あるんです。ライブを重ねるにつれてみんな曲の中で脱線し始めて、それがすごくおもしろいなと思って。それからはどんどん脱線を推奨するようになったんです。自分もどんどん脱線するし、今日はこれどう戻っていくのかなって思うことも(笑)。ライブが終わってからも「ちょっとやりすぎたんじゃないか」とか、でも「あれでよかったと思う」とかのやりとりもあって。演奏していてもパッと全員の音が止まることがあるんです。本当の静寂になって、誰も何も弾かない瞬間が訪れるんですよ。
上原ひろみ
――全員が脱線した結果、偶然にも全員が止まっちゃう。
それも曲の最中で(笑)。みんな「誰がいく?」と目配せする瞬間があるんです。そこで「はい、いきます!」と手を挙げる人が毎回違うっていう。毎回、実験室みたいですよ。試験管の中に違う液体を入れてしまうのが好きな人たちが集まった感じがありますよね。
――それはライブだけでなく?
そう、レコーディングでも同じだったんです。自由に脱線を楽しんだ結果、ちょっとこれはレコーディングのテイクとしては長すぎるんじゃない? ということもありました。そういう時はテイクを聴き直して、もうちょっとキュッとしようかとか言いながら。ライブと違って録音しているので、そういうことができましたね。でもライブは本当に雰囲気で。そういう時はお客さんもクスクス笑ったりしていて、まさに緊張と緩和という感じがすごくあります。グチャグチャグチャっとしながら急にグルーヴに戻ったりもするし、今日は誰が運転してる? という感じです。なんなら全員がハンドルを握っていて、急にアクセルを踏んだ人がいるかと思ったら、急に左折したみたいなシーンは本当におもしろいですよ。
――そういうハプニングが怖くないというのは、メンバーの音楽性と技術に信頼を寄せているからこそですよね。
それもあると思うけど、正直なんでなのかわからないんですよ。私と同じようにメンバーみんなも不思議がっているんです。「なんであそこで合うんだろうね?」という話はよくしています。本当に何も相談していないのにリズムがバシッと合った時は笑っちゃう。声が出ちゃいます。それを見てお客さんも笑うみたいなシーンもあるんです。本当に暗がりを提灯一個で進んでいっているような感覚ですよね。それで誰が突っ込んでいくかは客席から見ていてもわかるから、楽しいと思いますよ。
――そういう脱線が一番おもしろく作用した曲は、どの曲だったのでしょうか。
アルバムだと脱線はやや抑えめになっているんですけど、「ゴー・ゴー」ですかね。ライブになると、下手すればこの2倍3倍の長さになってしまうこともあります。
――聴き込んでライブに行ったとしても違うものが聴こえてくる可能性があると。
そうですね。「ゴー・ゴー」と「トライアル&エラー」はテイク1、2、3自体も全く違う曲でしたから。まる、さんかく、しかくぐらい違うものになりました。本当にライブは見るたびに違うと思います。
いや、それは特になかったです。
――それはすごく幸せな制作現場ですね。
うん、そうですね。
――実際に『Sonicwonderland』を世の中に放ったことで見えてきた景色はありますか?
とりあえず原型というか、こういう完成形もあるというひとつの指針みたいなものがアルバムだと思っていて、そこから他の完成形を探すことができるのがアルバムの魅力でもあると思っているんです。それをこれから探すことができる喜びはありますね。
――海外ではすでにHiromi’s Sonicwonderとしてライブで『Sonicwonderland』の曲を披露されていると思いますが、どんな手応えを感じられていますか?
毎回ライブごとに別バージョンの曲が完成していっている感じです。いい感じの完成を迎えることもあれば、まぁまぁな時もあるんです。今日はこの曲が思ってもなかったところに行ったねとか、即興演奏の部分が多いので、今日は誰がどこに連れて行ってくれるのかなというメンバーに対しての期待もありますしメンバー同士で煽ることもありますし、それがすごく楽しいです。そういうどこに行き着くかわからない・何が起こるかわからないということも含めて、このアルバムを「音の遊園地のような作品です」と表現しています。
まさに「どういったライブになるのでしょうか!?」という感じですよね(笑)。それは本当に自問自答でもあって、それがわからないからこそ楽しいし、来てくれるお客さんも「今日はどこへ行くのかな?」という。色が青いということと形だけは決まっているけど、どういう動きをするのかわからない乗り物に乗せられる感じもあるかなと思いますね。
――確かに! 「どういう動きをするのかわからない乗り物に乗せられる感じ」という表現は、すごくライブの内容をイメージしやすいです。大阪公演だけでもフェスティバルホールとなんばHatchという毛色の違う会場での開催になります。なんばHatchに至ってはツアー全17公演中、2公演だけ設定されているスタンディング公演です。
私たち、本当にいろんな場所でライブするんですよ。バンドツアーも、どちらかというと由緒正しきコンサートホールみたいなところもあれば、ジャズクラブもあれば、ライブハウスも、野外フェスもあって。そういうところで、ひとつひとつ自分たちの演奏はその雰囲気やお客さんの感じで全然変わってくるし、違う完成形が生まれてくるんですよね。それと曲を書いていて、スタンディングのお客さんの映像がすごく見えたんですよ。だからなんばHatchのようなスタンディングでのライブは特にやりたかったことなんです。その都度、オーディエンスも含めてライブだと思っていいます。私たちだけで作れるものではないですから、場所が変われば曲も変わるし、お客さんの雰囲気が変わればまたライブもどんどん変わっていくので、全然違うものになるんじゃないかなと思います。
――オーディエンスも含めてライブとおっしゃっているように、参加する私たちもコロナが明けてようやくライブを一緒に楽しめるところまでやってきたと実感しているんです。コロナ中はライブでも曲を聴くことに徹していたというか。
うんうん。
――参加して一緒に楽しめるというのは、本当にライブの醍醐味なんだとひしひし感じられるところまでやっと……! という感じですよね。うれしいなと思います。
そうですよね。それはやっている方も全員が感じていることだと思います。参加してもらえて初めてライブだなというか。
――世界でこのアルバムを披露する中で、ライブに対する変化も感じられていますか?
正直、世界規模の話では、(日本に比べると)開かれるのが早かったんです。去年がまさに今の日本のような感覚で、戻ってきたなと。やっと声を出せるとか「ブラボー」と言えるとか。なので、当たり前のことではないなということを知ったからこそ、みんな感謝の気持ちを持って一緒に作っていけるなという気持ちはあります。
上原ひろみ
――私たちオーディエンスが、よりグッと入り込んで参加するためには、こういう参加の仕方がいいよなど、言えることがあるとしたら何かありますか。声で、立って踊って、バンドのみなさんを盛り上げるには楽しい方法はありますか?
んー自由、ですね。
――自由(笑)。
なんかもう自由でお願いしますという感じですね。私も自由に演奏して自由に表現するので、お客さんも自由に表現してもらえたらいいなと思っていて。もう、ブルース・リーですよね。
――考えるな! と。
考えるな感じろ! ですね。
――ハハハ! いいですね!
それに尽きます。Don’t think. Feel!
――脱線を心待ちにして。
そうですね。どんな乗り物に乗るんだろうなという気持ちで。一応アルバムという青写真はありますけど、「アルバムのような曲が聴けます」(笑)。
――のような曲! なかなかないですね。
アルバムの曲が聴けますというのはちょっと詐欺みたいになっちゃう! 保証はないです。アルバムからどう変化して、進化して、変わっていくのか。変えているのは私たちでもあるけど、要因はお客さんたちにも大いにあるわけで。そこでワーッとエネルギーが押し寄せてきたからこんなに曲が長くなっちゃったよとか、あの人あんなに長くソロしちゃってとかよくあるんです。
――ということは終了時間なんかも、会場によって多少の変化はあるのでは?
そうですね。本当に曲の長さっていうことだけにフォーカスするつもりはないですけど、ソロの構成も今日は激しいソロだなとか、その人にすごくエネルギーを送っているお客さんがいるなというシーンもありますし。本当に一緒に作っていくものだなと常に感じます。オークランドでライブした時に、私の後ろでずっと踊り続けているおじさんがいたらしいんです。アドリアンは私を見るたびにおじさんしか目に入らなかったと。
――でもご自身はピアノ弾いているし、見えないわけですよね?
ときどきキーボードを弾くと見えるんですけど、私はほぼ見えなかった! 他の会場でも踊りまくっている女性がいたり。踊っている人だけじゃなくて、真珠のネックレスをつけた上品なおばあさまがどんどんグルーヴに乗っていくとか、そういう小さい変化でもいろんなことが全て音楽の栄養になっていくんです。激しいのがいいというわけではなくて、音楽で何かが動いたと感じられる瞬間、そのひとつひとつが音楽になっていくんだと思います。だからこそ、Hiromi’s Sonicwonderへは一緒にライブを作るという気持ちで来ていただけたらうれしいですね。
取材・文=桃井麻依子 撮影=渡邉一生
ヘアメイク=神川成二 衣装=LIMI feu
リリース情報
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