ヴァイオリニスト高松亜衣、雄弁に語るメロディと情熱 3都市を巡ったリサイタルツアー最終公演をレポート
2023年9月27日(水)、ヴァイオリニスト・高松亜衣による「高松亜衣リサイタルツアー2023『Diavolo』」の東京公演が浜離宮朝日ホールで開催された。ピアニスト・長富彩とともに全国3都市を巡ったツアーの最終公演となった東京公演。全席完売の大盛況となった。
「悪魔」をテーマにしたツアー最終公演、その公演について、音楽評論家・道下京子氏による公演レポートが到着した。
ヴァイオリニストの高松亜衣は、ライヴや動画の配信などにも力を注ぎ、幅広いファンを獲得している。SNSの総フォロワー数は40万人を超える人気アーティストである。愛知県出身で、高校時代には全日本学生音楽コンクール全国大会第3位に入賞。名古屋の菊里高校音楽科を経て東京芸術大学を卒業。オーケストラとの共演や全国ツアー、レコーディングを行なうなど、着実に経験を積み重ねている。
2023年9月、高松はリサイタルツアー2023『Diavolo』を開催した。共演したピアニストの長富彩は、ハンガリーとアメリカで研鑽を積んだ実力派。私はツアー最終日の東京公演を聴いた。
会場には、若いファンにとどまらず、中高年の熱心なファンも詰めかけていた。
リサイタルのテーマ「Diavolo」は、イタリア語で悪魔を意味する。パガニーニは、「悪魔に魂を売って手に入れた」と言われるほどの、演奏技術の持ち主と伝えられている。プログラムには、そんな彼を代表する作品と、悪魔にちなんだ作品が並んだ。
プログラムの冒頭2曲は、無伴奏のヴァイオリン独奏曲。
リサイタルは、パガニーニ《24のカプリース》の第24番で始まる。この第24番は、主題と11の変奏、そして終曲からなる作品で、さまざまな性格の変奏が連なる。高松は、技巧に終始することなく、音程の跳躍を活かした深い呼吸を通して、メロディをたっぷりと歌い上げていく。音の一つひとつに魂を込め、音楽に情熱を注ぎ込む。その丁寧な演奏が心に残る。
続いて、ミルシテイン《パガニーニアーナ》は、パガニーニ《24のカプリース》をその冒頭の主題とし、パガニーニのさまざまな曲もとり入れられた作品。高松は、さらに音楽へと没入していく。急速なパッセージであっても、平板な表現に陥ることなく、伸びやかに奏でていく。この曲には、ミルシテインならではのさまざまな奏法が散りばめられており、超絶技巧が駆使される場面も多い。しかし、彼女はこの曲特有の気品を損なうことなく、メロディを美しく際立たせる。妙技性もさることながら、凛とした表情も感じさせる見事な演奏であった。
ここで、ピアノの長富彩も舞台に登場する。高松のトークによると、今回のリサイタルでは、ヴィエニャフスキ《「ファウスト」の主題による華麗なる幻想曲》をどうしても取り上げたかったという。
ほの暗い情熱を裡に秘めたピアノに導かれ、ヴァイオリンが現われる。透き通るようなヴァイオリンのサウンドは、音楽に潜む神秘的な雰囲気を巧みに醸し出す。ふたりは徐々に感情を昂らせていく。多様な楽想が取り入れられた作品で、高松は音の色彩を大きく変化させ、優美なハーモニーを生み出す。また、ワルツの部分では、ピアノによる精彩に富んだステップとともに、ヴァイオリンは繊細な緩急をほどこしてメロディを大胆に歌い上げる。華やかさと、同時に内面のデリケートな動きも表わした演奏であった。
休憩を挟み、後半のプログラム1曲目は、パガニーニ《魔女たちの踊り》。
冒頭、高松は息の長いメロディラインをなめらかに奏でていく。高音域での演奏や多彩な奏法を駆使した難曲であるが、彼女は曲想を鮮やかに際立たせ、音楽が次々と展開していくなかで、生き生きと音の物語を織り上げていく。オリジナルは、ヴァイオリンとオーケストラのための作品であるが、長富はヴァイオリンとピアノ用に編み直したクライスラーによる版を使用。カデンツァもドラマティックに表出した。
プログラムを締めくくるのは、タルティーニ《ヴァイオリンソナタ「悪魔のトリル」》。
美しさのなかに佇むほのかなメランコリーを、ふたりはデリケートに浮かび上がらせる。3楽章構成で、特に第1楽章は豊かなメロディラインが特徴的であるが、作品の構造を大きく捉え、手堅くまとめ上げていく。高松のヴァイオリンは表情に富み、落差の大きなデュナーミクを伴なって、ドラマティックに音楽を織り成した。カデンツァはクライスラー版を使用。ピアノの長富は、音楽を快活に推し進めた。
アンコールは、パガニーニ《カンタービレ》。高松は、文字通り、表情豊かなカンタービレでリサイタルを締めくくった。
高松のヴァイオリンは、メロディを雄弁に語らせていく表現が魅力的である。また、内面からわき上がるような情熱も、聴き手の心にダイレクトに響く。
長富は、ソリストとして出演機会の多いピアニストであるが、当夜は彼女のアンサンブルを聴くことができた貴重な機会であったと言える。高松の持ち味を引き立て、肩肘張らない自然な音の表現に心を惹かれた。
高松と長富によるデュオは、それぞれの個性を尊重した演奏が印象的であった。今後も共演を重ね、さまざまな作品を多くの聴衆に伝えていってほしい。
文=道下京子