東京二期会 ワーグナー『タンホイザー』が開幕間近 指揮者アクセル・コーバー&ワーグナー歌手サイモン・オニール来日会見レポート
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(左から)タンホイザー役のサイモン・オニール、指揮者のアクセル・コーバー
2024年2月28日(水)、29日(木)、3月2日(土)、3日(日)東京文化会館大ホールにて、東京二期会オペラ公演『タンホイザー』が上演される。
バイロイト音楽祭の常連指揮者であるアクセル・コーバーが指揮を振り、タンホイザー役を現代最高峰のワーグナー歌手として名高いサイモン・オニールが演じる。そして、演出にはワーグナー作品の大胆な演出で知られるというキース・ウォーナーという、期待の高い公演だ。
開幕を間近に控えた2月10日(土)、コーバーとオニールの来日記者会見が開かれた。会場となったのは、稽古場として使用されている場所。取材陣にあてがわれた椅子は座面が若干高く、黒塗りであまり見慣れないもので、これは第2幕に使用されるのだそう。床には小道具の置き場を示す“バミリ”が見られたりと、稽古場の雰囲気に包まれながらの会見となった。
指揮者のコーバーにとって『タンホイザー』はこれまでに何度も指揮をした十八番作品。2021年の東京二期会『タンホイザー』でも来日予定だったが、コロナ禍における渡航制限によりかなわず、今回が待望の初来日となる。バイロイト近郊で生まれ育ち、バイロイト音楽祭でジェームズ・レヴァインや、ダニエル・バレンボイムの指揮を見て学んだという。ワーグナー作品を数多く手がけるなかでも、『タンホイザー』は自身が2013年にバイロイト音楽祭にデビューしたときの演目。それ以外にも、新しいステージへステップアップの際に、なにかと縁のある作品だという。そして、今回は日本デビューを飾るタイトルにもなった。コーバーは初来日を喜びつつ、『タンホイザー』の音楽の特徴を次のように語った。
アクセル・コーバー
コーバー「『タンホイザー』において忘れてならないのは、ワーグナーの初期の作品であるということです。そして、だからこそ彼の音楽の発展が見て取れることが重要だと思います。彼の音楽の起こりは、メンデルスゾーンの影響を受けていると言われているように、どちらかというと“軽い”音楽。しかし、例えば第3幕の「ローマ語り」のシーンではすでに後期の音楽を彷彿とさせます。
一方で、第1幕の「ヴェーヌスベルク」のシーンはパリ版(1861年初演)で上演するので、ドレスデン版(1845年初演)と比べるとハーモニーの発展や音の使い方が全く異なります。音楽が初期の手法で書かれている箇所なのか、それとも後期の手法なのかを理解しながら演奏しなければならない作品です」
タンホイザー役のオニールは、これまでにワーグナーのテノール役をほとんど歌ってきた。その上でタンホイザー役はワーグナーのテノール役の集大成だと熱く語った。
サイモン・オニール
オニール「ワーグナーテノールの重い声の役として、ジークフリート(『ジークフリート』やトリスタン(『トリスタンとイゾルデ』)があげられますが、その頂点にあるのがタンホイザーだと思います。タンホイザーを歌う歌手は、モーツァルトやシューマンの『詩人の恋』で求められるような技術も必要です。なおかつ、ジークフリートのようなスピントな声も持ち合わせていなければいけないということがとても複雑なのです。力で押し切ろうとすれば最後まで歌い切ることはできません。すべてのテクニックを駆使して、健康的に、余裕を持って聞こえるように歌わなければならないのです」
他のワーグナー作品のテノール役と比べてどのような発見があるかという問いには、楽譜を見せながら明かしてくれた。
サイモン・オニール
オニール「例えば第2幕の冒頭、私は“シューベルトを意識して歌うと良い”とメモしています。そして第3幕冒頭には“ワーグナーの後期を意識して”と書き込んでいます。マエストロが、どの時代の手法で書かれているかを見極めることが大切だと言っていましたが、歌手も場面ごとで違う色を出さなければいけないところがタンホイザーなのです」
さらに、歌手にとっての腕の見せどころを二人は次のように語った。
(左から)サイモン・オニール、アクセル・コーバー
コーバー「エリーザベトとのデュエットでは、タンホイザーと3度のハーモニーを成しています。この箇所はベッリーニやロッシーニといったイタリアのベルカント作品から受け継がれた箇所です。しかし、ワーグナーのオーケストラは厚みがあるので、声を客席に届けるには声量が必要です。また低音でも、シューベルトのように美しく、軽く響かせなければいけない箇所もあります」
オニール「テノールとしては極端に高い印象はないが、声域としては常に高くあり続けなければいけません。第2幕の「ヴェーヌス讃歌」では同じ旋律で、調が高くなり、歌詞も変わりながら進行します。声があたたまっていなければ最高音まで達することができない、チャレンジングな場面です。
一方で、第3幕はテノールとしては低音が多く、グルネマンツ(『パルジファル』)のような深いフレーズで書かれています。声を変えるわけではないですが、音楽を理解した上でアプローチを変える必要があります。
テノールは低音を押して歌おうとすると高音が出なくなってしまったりと、低音・高音の両方を美しく響かせるために、発声方法のバランスを取らなければならない難しさがあります。これはジークフリート(『ジークフリート』)にも言えることですが、小鳥に歌っているシーンでは美しく響かせなければいけないのに、ファフナーと喧嘩をするシーンでは、重く響かせないといけない。ワーグナーはそういった異なる色合いを、他の自身のオペラ作品から引用し、影響させあって書いていると思います。その集大成がタンホイザーなのです」
サイモン・オニール
オニールは難しさの一方で、そんな難役を歌う喜びも教えてくれた。
オニール「『タンホイザー』の初演は1845年。その前後にはシューマンの『詩人の恋』をはじめとした歌曲集や、ワーグナーの『ローエングリン』も誕生しています。そして『タンホイザー』はドレスデンという音楽が集まる地で生まれた作品です。そのような作品を歌えることは幸せですし、バイロイト音楽祭のマエストロと共演できてとても光栄です。演出のキース・ウォーナーとは、コペンハーゲンの『ニーベルングの指環』でご一緒し、親しくなりました。そんな彼が信頼している演出助手のカタリーナ・カステニングや、東京二期会の皆さんに囲まれ、招聘歌手として呼んでいただき大変光栄です。タンホイザーは今後も歌い続けたい役。ベストを尽くします」
二人にとってこんなに多くの日本人歌手に囲まれたプロダクションは、当然ながら初めて。東京二期会歌手たちの印象を聞かせてくれた。
(左から)サイモン・オニール、アクセル・コーバー
コーバー「まだ日本に来て5日目ですが、彼らの役に対してのアプローチは素晴らしいと感じています。また、彼らは日本語とは母音や子音の全く異なるドイツ語の歌詞を覚えて歌っています。それがどれだけ大変なことか想像もつきません」
オニール「タンホイザーがエリーザベトに慈悲を乞うシーンでは、エリーザベト役の渡邊仁美さん(2月28日(水)/3月2日(土))、梶田真未さん(2月29日(木)/3月3日(日))の表情が大変豊かなので、私は自然にリアクションをするだけでその場を生きることができます。これはとても楽しい経験になっています。また、共演するヴェーヌス役の林正子さんはたいへん美しく、その場にいるだけで緊張感やエネルギーを保つ力があります。ワーグナー作品の女性役には、常にそのような存在感が求められますが、林さんにはそれがあるのです。そして、ダブルキャストのジークフリート役の片寄純也さん(2月29日(木)/3月3日(日))にも敬意を示したいと思います。お互いに学ぶことも多く、それがとても楽しいプロセスになっています」
質疑応答では、ヴェーヌスとエリーザベトの間を揺れ動き、エリーザベトの犠牲によって救われるタンホイザーというキャラクターについてどう思うかという質問があがった。
オニール「僕、個人的にはタンホイザーという人間は好きではありません(笑)。ワルター(『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)」もです。不満の多い人ですからね。ジークフリートもあまり好きではありませんでしたが、演じる上で次第に好きになりました。あくまで“人として”ですよ(笑)。歌う上ではもちろん好きです。しかし、欲望を知る彼だからこそ、「歌合戦のシーン」では他の歌い手たちを愛を知らないのだと馬鹿にできるのです。それにここ、東京でもタンホイザーのような人たちがたくさんいるのではないでしょうか? 欲望と正気の間を行ったり来たりしている人たちが。欲望は人生のひとつの側面です。ヴェーヌスとエリーザベトをひとりのソプラノが演じることもありますよね」
アクセル・コーバー
コーバー「はい、あります。私もそのようなプロダクションで振ったことがあります。大切なことは、ワーグナー作品の中の役を見る上で、ワーグナー自身について考えなくてはいけないということです。ワーグナーが子どもの頃、貴族の家を訪ねたことがあり、寝室に豊満な女性の大きな肖像画がたくさん飾られていたそうです。その経験があって、ワーグナーは常に女性に拠り所を求めていたと言われています。そして、作品の中で描かれるエルダ(『ニーベルングの指環』)」、ゼンダ(『さまよえるオランダ人』)といった女性像も自分自身の経験から生まれているのではないでしょうか」
コーバーの柔らかな雰囲気と、オニールの陽気な語りの中で行われた記者会見。最後に、記者会見の当日が誕生日のコーバーへバースデーケーキがプレゼントされた。
バースデーケーキを受け取ったアクセル・コーバー
(左から)サイモン・オニール、アクセル・コーバー
ワーグナーを知り尽くしたと言っても過言ではない指揮者アクセル・コーバーと、今一番聴いておきたいワーグナー歌手のサイモン・オニール。そして東京二期会の歌手たちとが織りなす『タンホイザー』。開幕が待ち遠しい。
取材・文・撮影=東ゆか
公演情報
独立行政法人日本芸術文化振興会
フランス国立ラン歌劇場との提携公演 〈東京二期会オペラ劇場〉
ワーグナー『タンホイザー』
オペラ全3幕 日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
日程:2024年2月28日(水)17:00、29日(木)14:00、3月2日(土)14:00、3日(日)14:00
会場:東京文化会館 大ホール
演出補:カタリーナ・カステニング 装置:ボリス・クドルチカ 衣裳:カスパー・グラーナー
照明:ジョン・ビショップ 映像:ミコワイ・モレンダ 合唱指揮:三澤洋史 演出助手:彌六
舞台監督:幸泉浩司 公演監督:佐々木典子 公演監督補:大野徹也
ヘルマン 加藤宏隆
タンホイザー サイモン・オニール
ヴォルフラム 大沼 徹
ヴァルター 高野二郎
ビーテロルフ 近藤 圭
ハインリヒ 児玉和弘
ラインマル 清水宏樹
エリーザベト 渡邊仁美
ヴェーヌス 林 正子
牧童 朝倉春菜
4人の小姓(全日) 本田ゆりこ 黒田詩織 実川裕紀 本多 都
配役:2月29日(木)/3月3日(日)
ヘルマン 狩野賢一
タンホイザー 片寄純也
ヴォルフラム 友清 崇
ヴァルター 前川健生
ビーテロルフ 菅原洋平
ハインリヒ 伊藤 潤
ラインマル 水島正樹
エリーザベト 梶田真未
ヴェーヌス 土屋優子
牧童 七澤 結
4人の小姓(全日) 本田ゆりこ 黒田詩織 実川裕紀 本多 都
管弦楽:読売日本交響楽団
●2月28日(水)、3月2日(土)、3日(日)公演
S20,000円 A16,000円 B12,000円 C9,000円 D6,000円 学生2,000円
●2月29日(木)公演は「平日マチネスペシャル料金」=S〜B席 各1,000円引き
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、日本ワーグナー協会
主催:公益財団法人東京二期会、公益社団法人日本演奏連盟
支援:宗次未来基金
助成:公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、ドイツ連邦共和国大使館、日本ワーグナー協会
シーズン特別協賛企業:
興和株式会社、ソニーフィナンシャルグループ株式会社、ダイドー株式会社、三井住友銀行株式会社