南こうせつ 75歳となった現在の心境、最後の『サマーピクニック』への想いとは「“こうせつが昔のキーで歌ってたから俺も頑張ろうかな”ってなったら嬉しい」
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南こうせつ 撮影=(C)GEKKO
1981年から1990年まで、九州各地で開催されていた野外コンサート『サマーピクニック』。主催者の南こうせつが50歳を迎えた1999年(福岡:香椎パークポート)以降は、2009年(静岡:つま恋)、2014年(大阪:万博記念公園)、2019年(福岡:海の中道海浜公園)にも開催された伝説的なイベントが、今年2024年9月23日(月・休)に日本武道館で復活する。今回のタイトルは『南こうせつ ラストサマーピクニック in 武道館』。さだまさし、森山良子をゲストに迎える。5年ぶりの開催に至った経緯とは? 忘れられない印象的な風景とエピソード、75歳となった今の想いなども語ってくれた。
――前回の『サマーピクニック』は、2019年9月28日、福岡・海の中道海浜公園で開催されました。タイトルは『サマーピクニック~さよなら、またね~』でしたね。
そこで終わりにしようと思っていたんです。最初に発表したタイトルは、『サマーピクニック~さよなら~』でしたから。
――なぜタイトルを変更することになったんでしょうか?
『サマーピクニック』のお客さんは、第1回から来てくださっている筋金入りの人たちがいっぱいいるんです。リュックサックを背負って会社を1週間くらい休んで、泊まり込みで臨んでくれる人たちが、このイベントをずっと応援をしてくれていたんですよね。前回のタイトルが発表された時、そういう人たちを中心として「“さよなら”という言葉が寂しい」という声が上がりまして。それで、最後の開催だとしても希望が見える“またね”を付け加えたんです。
――そこから5年ぶりに開催されるのが今回です。
僕も2019年が最後だと思っていたんですけど、2、3年くらい前から「“さよなら、またね”と言いましたよね?」という脅しに近い声が寄せられるようになって(笑)。みなさんの署名も頂いて、「これはどこかのタイミングで僕が終わらせないと一生続くことになる」と思いました。それで今回のタイトルは、“ラスト”を付けた『南こうせつ ラストサマーピクニック in 武道館』にしたんです。
――今回は、屋内ですね。
はい。野外コンサートは、もうつらいところもあって。自分であらゆることを背負って開催するとなると、負担が大き過ぎてしまうんです。例えば「雨が降ったらどうしよう?」とかもありますし、場所、ステージ設営、警備についても考えないといけないので。だからせめて一番の懸念材料である天候の心配がなくなる屋内で開催することにしたんです。
――想定外のことになるのが天候ですからね。
そうなんです。1回目の『サマーピクニック』も雷の影響で中止になりましたから。「屋根があるところにしたい」と話す中で「武道館良いよね」ということになったので、今回は屋根の下でのピクニックです(笑)。
――(笑)。日本武道館のステージは、何度も立ってきましたね。
はい。意外なことに日本人のソロアーティストで最初にやったのは、僕だったんです。1976年です。そういう会場でラストの『サマーピクニック』というのもいいなあと思って、タイトルに“in 武道館”も付けました。ただ、
――(笑)。発表されているゲストは、過去の『サマーピクニック』にも出演したさだまさしさん、森山良子さんですね。
お二人とも今でも現役でコンサートツアーをやっていますけど、同世代で亡くなった方々もいらっしゃるんです。僕も75歳ですから、そういう年齢です。「神田川」の歌詞を書いた喜多條忠も2021年に亡くなりましたし。そういう中でさだまさし、森山良子は現役バリバリなんです。「ちょっと来ない?」とお誘いしたら、二つ返事で「行く!」と言ってくれました。この二人がそばで歌ってくれるというのは、僕にとって勇気になります。
――さださんが2014年にご出演された際は、「神田川」でコラボレーションをしました。
そうでしたね。さだまさしは、ご存知の通り喋りも上手いですけど、同じ時代を共に生きてきました。まさしのすごさは、生命力です。映画を撮ったことで借金を30億以上も抱えて、5、6年前に完済したんです。それなのに彼は飄々としていて、あんな感じなんです。借金を抱えて困っているような顔は見たことがないですから。あの生命力は、今回の『サマーピクニック』にもぜひ欲しいです(笑)。生命力のある人って、「手弱女(たおやめ)系」が多いんですよ。戦国時代の武将もそうだったみたいです。柔らかな佇まいの人は、生命力が強くて生き残る人が多くて、「益荒男(ますらお)系」のがっちりしているタイプは、意外とぽっきり逝ってしまうようです。フォークで一番生命力があるのは、さだまさし。ロックでは、矢沢永吉(笑)。永ちゃんも、すごい借金を返しましたからね。
――森山さんは2009年、2014年、2019年の『サマーピクニック』にご出演されました。
良子さんは、先輩なんです。僕が東京に出てきてフォークソングを歌い始めた頃には既にヒット曲があって、「フォークの女王」と呼ばれていました。当時から美しい声で歌っていらっしゃいましたね。「さとうきび畑」を歌われた時は、「フォークソングの人だな」と改めて思いました。平和へのメッセージを込めていますから。BEGINと作って夏川りみちゃんが歌ってヒットした「涙そうそう」も、フォークソングだと思っています。自分の亡くなった兄に対する思いをそのままに詞に表現しています。そういう良子さんにご出演いただけるというのは、とても名誉なことです。
――『サマーピクニック』は、40年以上にわたって開催されてきましたが、特に印象的だった年はありますか?
1981年の第1回目ですね。みんなが大自然の中で過ごして、自由に歌ったりしながら朝を迎えるというのをやりたかったんです。1975年に開催した『吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋』は、7万人くらいのお客さんが来てくださったんですけど、あれが忘れられなくて。信じられない数のお客さんの前で歌った感覚が、僕の中でずっと残っていたんです。
――どのような思い出がありますか?
大勢の人たちと一緒に夕焼けを見て、星空を眺め、共に歌い、明け方を迎えたんですよね。吉田拓郎が歌う「人間なんて」をみんなと合唱して終わったんですけど、あの時の体験は言葉にできないくらいの感動でした。誰が主役とかいうことではなくて、酒を飲んで暴れる人がいても「やめろよ」と止める自治も生まれて、「このコンサートを成功させたい」という意識がオーディエンスの中にもあったんです。全員がプロデューサーのような。それがすごく嬉しくて、その感覚はずっと僕の中に残りました。つまり、「ああいうコンサートを誰かやらないかなあ」と思っていたけど、誰もやらないから自分で始めたのが『サマーピクニック』(笑)。大勢の人と共に季節の風に吹かれながら何かを感じ合うというのは、本当に素敵なことなんです。一番のヒントになったのは、1969年にアメリカで開催された『ウッドストック』でした。
――野外音楽フェスの先駆けですよね。
はい。僕は映画で観ました。『ウッドストック』は、3日間にわたってオールナイトで開催されたんです。当時のアメリカでは、ベトナム戦争が泥沼化していました。ナパーム弾をどんどん打ち込まれて、枯葉剤が撒かれた影響は、今でもベトナムに残っているんですよね。一般市民の中に兵士がいるので無差別攻撃をして、終わらない戦争に若者たちが送り出されていたのが『ウッドストック』の頃です。若者たちがラブ&ピースと戦争の終結を訴えて、当時はいろんな歌が登場しました。ザ・フー、ジョーン・バエズ、クロスビー,スティルス,ナッシュ&ヤング、ジョー・コッカー、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジミ・ヘンドリックス……そういうのを『ウッドストック』の映画で観て、「野外コンサートってこんなことができる。いいなあ!」って思いました。
――今でも様々な逸話が伝説として語り継がれていますよね。
お客さんも出演したアーティストも素晴らしかったんです。人が集まり過ぎて食料が足りなくなったら、応援してくれた行政側からの支援でヘリコプターが食べ物を運んで上空から落下傘で落としてくれたりもして。吉田拓郎とかぐや姫で開催したつま恋は「これで失敗したら野外コンサートが今後できなくなってしまう」という緊張感があって、事故がなかったんです。すごく良かったそのコンサートが忘れられなくて、『サマーピクニック』を1人でやってみることにしました。
――先ほど第1回のお話がありましたが、他にも特に思い出に残っている年はありますか?
福岡市のシーサイドももちでの開催した10回目(1990年)の『サマーピクニック』ですね。約3万3千人のお客さんが集まってくださって、
――(笑)。出演者が多いと、その点も大変ですね。
そうなんです。あと、どの順番で歌ってもらうのかも気を遣います。吉田拓郎が「俺、最初に歌う」と言ってくれて助かったことがありました。彼が最初に歌ったら、誰も文句を言わないですから(笑)。
――(笑)。主催者として考えなければいけないことは、やはりたくさんあるんですね。
2回目の坊中キャンプ場では気球を飛ばしたんですけど、明け方に遠くの丘までお客さんがいた風景もよく覚えています。あそこはマムシが出る地区なので、誰も咬まれる人がいなくて良かった(笑)。あの時は、サザンオールスターズが出演してくれて、すごく良いステージをやってくれました。山下久美子ちゃんも出てくれましたね。終わってから仮眠をとって、宿舎でみんなで乾杯したんです。プールに服を着たまんまで飛び込んで(笑)。楽しかったなあ。青春ですよね。
――感じる風とかも、野外コンサートならではの魅力ですよね。
そうなんです。自然の風とかは、CGやレーザー光線とかでは作れないですよね。夏の香りのする風が吹いてきて、「大丈夫?」ってお互いに声をかけ合いながら時間を共有して、同じ音楽を聴きながらリズムをとって歌い、個人的な記憶を思い出したりもする。それが野外コンサートなんです。自然の中で音楽と大勢の人たちが一緒にグルーヴしていくあの感じは、縄文時代に狩猟から帰ってきて火を焚きながら喜びを分かち合った人間の原点みたいなことなのかもしれない。つまりお祭りですよね。ねぶた祭とかみたいに人間の根源的な喜びに通ずるものがあるんだと思います。『サマーピクニック』の第1回の時に少年少女だった人たちは、そろそろ定年を迎えたり、還暦が間近だったりするんです。そういう人たちがまたこのイベントを体験することが、生きる希望に繋がったらいいなあと思っています。
――今回は屋内ですが、野外の要素を盛り込んだりはするんですか?
それは無理(笑)。『サマーピクニック』を愛してくれたみなさんがイメージの中で「南こうせつが、またやりたがってる。わかった、わかった。観に行ってやるよ」というのが今回ですね。クーラーボックスにビールを詰めて来たり、おにぎりを分け合って食べたりしていた昔の『サマーピクニック』のことを思い出してくれたら、『サマーピクニック』が出来上がるのかなと思います。
――『サマーピクニック』では、多彩な音楽が鳴り響いてきましたよね。
そうですね。オールナイトでの開催だった頃は長時間の開催だったので、リズム、グルーヴをみんなで感じ合うこともありました。あるいは、日本人の感性に響くメロディを共有し合うこともあったと思います。僕は小学校4年生の時に初めてエルヴィス・プレスリーを聴いてびっくりして、中学、高校にかけて洋楽にたくさん触れていたので、そういう要素も僕の中にあるんです。『サマーピクニック』では、バンドで演奏するビート感のある曲もたくさんやってきましたね。
――今回の『サマーピックニック』でも、ビート感のある曲を披露することになりますか?
はい。前半は勢いで行かないと。1曲目が「神田川」じゃ、四畳半フォークですから(笑)。ロックンロール、ロックで飛ばしていきます。
――現在、75歳ですが、とても溌溂としていらっしゃいますね。
ラッキーなのか、親に感謝なのか、昔と同じキーで歌えています。でも、これからきっと肉体が衰えていくんです。それは宇宙の理で、仕方のないこと。でも、枯れていきながらも言葉を喋るように歌えたら、それはそれで味だと考えています。衰えた僕を観て、「こうせつ、声が出なくなったなあ」と感じていただくのは、みなさんに優越感という喜びを与えるんです。他人のスキャンダルが気持いいのと同じ(笑)。そういう喜びを与えながら、味で勝負していきたいです。
――曲作りに関しては、昔と比べて変化してきていますか?
天がいつメロディをくれるやら。出てこないんですよね。でも、枯れたものも、魅力的です。ジョニ・ミッチェルがグラミー賞で椅子に座って歌った歌も良かったですから。現役ミュージシャンに囲まれながら「Both Sides, Now(邦題:青春の光と影)」を歌ったあの姿。あれだね。僕が行き着くところは。あれは全てを超えて自然体でカッコ良かったです。
――喉のコンディションを保つためにしていることは、何かあるんですか?
例えばアスリートは、トレーニングによって鍛えられるんです。ところが喉だけは鍛えられない。ライブで歌い続けるしかないんですよね。それでも枯れていきますから、出なくなったらキーを3つくらい落として歌おうと思います(笑)。
――現在、デビュー55周年の全国ツアー中ですから、歌う日々の連続ですね。
仕事以外に何も考えなくて、目的を持たないというのが一番栄養になっています。「休ませる」ということを意識しているわけでもないんですけど、静寂の時を作るって良いんです。僕はそれが一番好きです。朝起きて「何をやろう?」と考えていくうちに今出会った出来事に集中しちゃって、「もともと考えていた目的は、どこへ行っちゃったの?」ってなったり(笑)。そういうことの繰り返しですね。誰かに会って「楽しい」って思ったら、次の人との約束を忘れちゃいますし。
――自分の心の声に正直ということでしょうか?
そうですね。ただ、「良い声を出す」ということに関しては、睡眠をきちんととって、歌う前の日はお酒は飲まないというのは、70代になってからするようになりました。あと、もう一つ言うのならば、今こうして生きていることをすごく大事にするし、幸せなことだなと思うんです。「この瞬間」というものが重なって1日が形作られるわけじゃないですか? その「1日」が重なって「1ヶ月」「1年」「10年」「100年」という寿命になっていく。だから「瞬間」を心地よく、柔らかく生きられたら、そういうのが一生続いていくんです。そういうのをわりと大事にしているところはありますね。
――大切にしている「瞬間」が凝縮されているのが、ライブですか?
はい。最も命を表現する時ですから、大事にしていますね。コロナ禍の時期に仕事がゼロの状態が続いた時は不安になりましたけど、それと同時にすごく自分と冷静に向き合うことができました。「若い時はこういう歌を歌って、ああいうライブもやった。でも今は歌えなくて寂しい」と思う中で、自分と向かい合えたのがコロナ禍です。そこで至った結論が、「死ぬ時は死ぬ」ということでした。もしかしたら明日死ぬかもしれません。そんなもんなんですよ、人生は。なーんも心配いらん。全部天に任せればいいんです。その人にとってどのような理由で死のうが、それで良いんだと思う。
――今回の『サマーピクニック』も、かけがえのない空間となるはずです。開催されるのは9月23日ですが、セットリストは既に考え始めていますか?
はい。楽しみですねえ。今日も東京に来る飛行機の中で自分の昔の曲を聴いたんですけど、全然売れなかったアルバムの中にも良い歌があって(笑)。「これ、サマピで歌おうかな?」と思ったりもしました。年齢を重ねたおばちゃん、おやじたちの良い思い出になって、「こうせつが昔のキーで歌ってたから、俺も頑張ろうかな」ってなったら嬉しいです。この時間をみなさんと共有して過ごして、その先に何が生まれるのかも楽しみにしています。
取材・文=田中大 撮影=(C)GEKKO
イベント情報
2024年9月23日(月・休)日本武道館
開場16:00 開演17:00(20:30終演予定)
出演:南こうせつ
ゲスト:さだまさし、森山良子
[全席指定]¥13,000
[車いす席]¥13,000
[ファミリー席(エリア指定:1階スタンド/1組4名まで)]大人¥13,000 子供(小・中学生)¥4,500
※保護者の方が小・中学生を同伴できるお席になります。お子様だけの入場は出来ません。
■イベント公式サイト https://kyodotokyo.com/pr/summerpicnic2024.html