義経千本桜の世界を十三代目團十郎が13役早替りで魅せる『星合世十三團』 歌舞伎座『七月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

2024.7.5
レポート
舞台

昼の部『星合世十三團』佐藤忠信実は源九郎狐=市川團十郎 /(C)松竹

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2024年7月1日(月)に歌舞伎座で、『七月大歌舞伎』が開幕した。昼の部(11時開演)では、市川團十郎主演の通し狂言『星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)』が上演される。2019年7月の初演以来、2度目の上演。古典歌舞伎の名作『義経千本桜』のドラマを凝縮し、新たな趣向を加え大胆に再構成した作品だ。登場人物のうち13役を、團十郎が早替りで勤める。歌舞伎になじみのない方にも、歌舞伎ファンにもおすすめの作品だ。

■13役早替りで描く團十郎の『義経千本桜』

発端は、満月の福原湊。定式幕が開くと壇ノ浦で散ったと思われていた平家方の猛将・能登守教経(團十郎)が圧倒的な迫力で登場。拍手や大向こうの余韻も冷めぬうちに、花道から高貴な身なりの平維盛(團十郎)が逃げのびてくる。美麗な貴公子のピンチを、あわやというところで救うのは着物の裾に波の模様の頼もしい男、渡海屋銀平、実は平家の名将・新中納言知盛(團十郎)だ。

開演から1秒の出し惜しみもなく團十郎が登場し、登場のたびにキャラクターがガラリと変わる。明らかに別の役になるのだが、どの役になろうとも歌舞伎俳優としての大きさ、華やかさが、紛れもなく團十郎だった。場内の空気は一気に熱を帯びた。

昼の部『星合世十三團』市川團十郎 /(C)松竹

発端と序幕の間には、柿色に三升の紋の裃姿で登場(これも早替り!)。舞台に大きく映し出された人物相関図を背に、『義経千本桜』のあらすじを解説する。

再興を目指す平家の残党、源頼朝の追っ手から逃げる義経一行、それを取り巻く人々……。立役、女方、若衆から老け役まで團十郎が勤める13役は次の通り。

左大臣藤原朝方、卿の君、川越太郎、武蔵坊弁慶、渡海屋銀平実は新中納言知盛、入江丹蔵、主馬小金吾、いがみの権太、鮨屋弥左衛門、弥助実は三位中将維盛、佐藤忠信、佐藤忠信実は源九郎狐、横川覚範実は能登守教経。

昼の部『星合世十三團』武蔵坊弁慶=市川團十郎 /(C)松竹

團十郎が「13倍のご声援を」と呼びかけるとワッと拍手が起き、ふたたび『義経千本桜』の世界へ。

■古典歌舞伎で培われた説得力

昼の部『星合世十三團』渡海屋銀平実は新中納言知盛=市川團十郎 /(C)松竹

全体をコンパクトにまとめながらも、古典で人気の「渡海屋・大物浦」の知盛、「すし屋」の権太、「四の切」の狐忠信の見せ場はたっぷりと描かれる。満身創痍の知盛が岩場を登っていく時、客席は物音ひとつ立てずに見守った。知盛が崖の向こうに消えた瞬間の拍手は、歌舞伎座が震えんばかりだった。権太の憎めない悪さは観客の心をつかみ楽しませた。女房小せん(中村児太郎)と倅を見送る無言は、ただ事ではない何かが起きていることを雄弁に語っていた。團十郎が『義経千本桜』でつとめてきた役だからこその厚みが、涙を誘った。

舞台は軍兵や捕手、花四天も総動員。これを支えるスタッフワークも大変なものに違いない。古典歌舞伎の色をより濃厚にするのが中村梅玉の源義経、中村魁春の典侍の局、中村雀右衛門の静御前、市川右團次の相模五郎をはじめとした共演者たちだ。義経は清廉な華と品格をまといながら、希望の見えない旅を続けているであろう悲劇を滲ませた。安徳帝を抱きかかえた典侍の局は、立ち姿や声に無念と覚悟が張りつめ、その目に沈んでいく平家方の船が映り込むようだった。ラストのカタルシスに繋がる助走となっていた。

昼の部『星合世十三團』(左より)静御前=中村雀右衛門、源義経=中村梅玉、川越太郎=市川團十郎 /(C)松竹

■古典歌舞伎が生み出す、新たな魅力

台詞が潔くまとめられたやり取りからは、登場人物たちの心の動きがクリアに伝わってくる。こんなにすっきりするものか、とハッとするところもあった。はじめて観る方にとっても、馴染みのないせりふ回しの演劇から受け取れる、必要充分な情報量だったにちがいない。

昼の部『星合世十三團』(左より)相模五郎=市川右團次、お柳実は典侍の局=中村魁春、渡海屋銀平実は新中納言知盛=市川團十郎 /(C)松竹

この日の客席は、歌舞伎に馴染みのない方が多かったようで、「すし屋」で権太が桶を取り違えた時は、アラアラと素直で楽しい笑いがおこり、「四の切」で狐忠信が正体をあらわした時は一斉に揚幕に注目。ややあって本舞台の團十郎に気づき、キツネにつままれたかのようなどよめきが広がった。外国人の来場者も「彼がビッグスターなのだな」とすぐに理解した様子。目の前の舞台への瑞々しい反応が、明るく軽やかな空気を作っていた。

では古典歌舞伎を見慣れている方にとっては、どうだったのだろうか。早替りへの工夫や、ここをこう繋いだのか、という面白さ、想像を何度も上回ってくるエンターテインメント精神に溢れた演出への驚きは、原作を知る方ほど大きかったに違いない。「すし屋」で、ワンシーンに團十郎が3役で登場した時は、團十郎の権太でもっと余韻を楽しみたいのに(團十郎が3人いれば解決するのに!) と、じれったく思ったことは否定しない。しかしその絶妙な物足りなさは、次は通し狂言で『義経千本桜』をみたい! という前向きな観劇欲に直結した。古典歌舞伎があるからこそ生まれた、古典歌舞伎に繋がる新たな作品だった。

昼の部『星合世十三團』主馬小金吾=市川團十郎 /(C)松竹

補綴・演出は、織田紘二、石川耕士、川崎哲男、藤間勘十郎。團十郎だけでは上演できない、しかし團十郎だからこそ生まれた舞台。幕切れは、奮闘した團十郎への歓声と万雷の拍手で結ばれた。『七月大歌舞伎』は2024年7月1日(月)から24日(水)まで。夜の部では、松本幸四郎の『千成瓢薫風聚光(せんなりびょうたんはためくいさおし)裏表太閤記(うらおもてたいこうき)』が上演される。

取材・文=塚田史香

公演情報

『七月大歌舞伎』
日程:2024年7月1日(月)~24日(水) 【休演】10日(水)、16日(火)
会場:歌舞伎座
 
昼の部 午前11時~
 
竹田出雲 作
三好松洛 作
並木千柳 作
織田紘二 補綴・演出
石川耕士 補綴・演出
川崎哲男 補綴・演出
藤間勘十郎 補綴・演出

通し狂言 星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)
成田千本桜
市川團十郎十三役早替り宙乗り相勤め申し候

 
左大臣藤原朝方
卿の君
川越太郎
武蔵坊弁慶
渡海屋銀平実は新中納言知盛
入江丹蔵
主馬小金吾           市川團十郎
いがみの権太 
鮨屋弥左衛門
弥助実は三位中将維盛
佐藤忠信
佐藤忠信実は源九郎狐
横川覚範実は能登守教経
 
静御前         中村雀右衛門
相模五郎        市川右團次
小せん         中村児太郎
片岡八郎/若葉の内侍  大谷廣松
伊勢三郎        市川男寅
鷲尾十郎/お里     中村莟玉
逸見藤太        市川新十郎
お米          中村梅乃
亀井六郎        市川青虎
駿河次郎        市川九團次
猪熊大之進       片岡市蔵
五人組作兵衛      市村家橘
梶原平三景時      市川男女蔵
お柳実は典侍の局    中村魁春
源義経         中村梅玉
 
 
夜の部 午後4時30分~
 
奈河彰輔 脚本
藤間勘十郎 演出・振付

千成瓢薫風聚光(せんなりびょうたんはためくいさおし)
裏表太閤記(うらおもてたいこうき)
松本幸四郎宙乗り相勤め申し候
 
豊臣秀吉/鈴木喜多頭重成/孫悟空  松本幸四郎
明智光秀/前田利家         尾上松也
織田信忠/加藤清正         坂東巳之助
光秀妹お通/毛利輝元        尾上右近
鈴木孫市/宇喜多秀家        市川染五郎
服部弥兵衛             大谷廣太郎
十河軍平/天帝           市川猿弥
重成妻関の谷            市川笑也
重成母浅路             市川笑三郎
出井寿太郎             市川寿猿
僧日計実は四王天但馬/猪八戒    市川青虎
沙悟浄               市川九團次
多喜川一益             松本錦吾
織田信長              坂東彦三郎
天帝大后              市川門之助
淀殿                市川高麗蔵
松永弾正/徳川家康         市川中車
北政所               中村雀右衛門
大綿津見神             松本白鸚
 
 
 
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