令和の東京ドームで蘇る、平成プロ野球の伝説!「高校野球女子選抜vsイチロー選抜KOBE CHIBEN」
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あの引退試合から5年半——
その男は、「平成」そのものだった。
学生時代、友人の部屋に集まり、パワプロで対戦すると誰かが必ず「オリックスの背番号51」を使っていた。社会人になり、終電でクタクタになって帰宅してテレビをつけると、真夜中のニュース映像で「マリナーズの背番号51」の勇姿に元気づけられた。場外馬券売り場では、イチローが一時期愛用したdj hondaの黒いキャップ姿のおじさんが結構いて……というのは置いといて、我々の日常生活には、いつもそこにイチローがいたのだ。
あと約2カ月で平成が終わる2019年3月21日、東京ドームで開催されたマリナーズvsアスレチックス。背番号51の現役最終試合に詰めかけた4万6451人の大観衆は、それぞれ28年分のイチローの印象的なプレーと平成史を思い出したことだろう。
「イチロー革命」の数々
あの頃、イチローの存在は革命的だった。7年連続首位打者のオリックス時代は、当時集客に苦戦していたパ・リーグに光を当て、日産やアサヒ飲料のCMに出演、少年たちが遊ぶ野球ゲームの『スーパーファミスタ5』や『スーパーパワーリーグ64』ではイチローモデルのキャラがパッケージを飾る。いわば、巨人一極集中時代に球界のパワーバランスそのものをひとりで変えてしまった。
2001年からシアトル・マリナーズへ移籍すると、打撃成績が連日に渡り地上波テレビのトップニュースで報道される。投手とは違い野手は基本的に毎日試合に出る。野茂英雄や大魔神・佐々木とはまた別のベクトルで、イチローは海の向こうのメジャーリーグを日本の野球ファンにも身近なものにしてくれた。要はNPBが生み出した最高の安打製造機が、MLBを日本に広めたわけだ。
WBCだってそうだ。2006年3月3日、その2年前にメジャー年間最多安打記録を更新した全盛期のイチローも参加した第1回WBC、日本代表初戦の中国戦(東京ドーム)はわずか観衆1万5869人だった。
当初はこれだけ注目度の低かったイベントも、イチローが声を出し先頭に立って懸命にプレーすることで、試合を重ねるごとにファンもその熱に乗せられて、WBCをワリカンした。あの伝説的な背番号51のセンター前タイムリーで勝負がついた09年の第二回WBC決勝戦、テレビ視聴率が最高45.6%まで跳ね上がる国民的行事へ成長していくわけだ。
平成の伝説が令和の東京ドームへ
平成球界に蔓延るあらゆる前時代の価値観をアップデートしてくれたのが、背番号51だった。そんな日米通算4367安打を積み重ねた革命戦士イチローが、令和の東京ドームに帰ってくる。引退後に結成した野球チーム「KOBE CHIBEN」の一員として、高校野球女子選抜と対戦するのである。
とはいっても、エキシビジョンマッチ特有の会社の飲み会みたいな内輪ノリのユルい雰囲気は微塵もない。
2023年開催試合では50歳の先発イチローが最速138キロを投げ、116球の完封勝利。この男はいつだって野球に対してガチである。これまでパ・リーグを、メジャーリーグを、WBCを世間に広げていったイチローが、今度は自らが窓口となり女子野球のリアルを我々に見せてくれるわけだ。
なお、昨年は平成の名勝負を繰り広げた盟友の松坂大輔も「四番遊撃」で登場。今年はその松坂に加えて、なんと松井秀喜の初参戦も決定している。つまり、イチロー、平成の怪物、ゴジラが一同に集結するわけだ。まさにあの頃のスーパーヒーローたちが、令和6年の東京に集う球界アベンジャーズ感。それが自由席なら2000円で見れてしまう……なんてさりげなく宣伝をぶっこんでしまうインパクトである。
彼らは、平成そのものだった。我々が生きた、「平成」そのものだったのである。
9月23日、13時30分プレイボール。令和の東京ドームで、あなたも平成プロ野球の生きる伝説を目撃してみてはいかがだろうか。