菊池亮太の“ガーシュウィンマラソン” 4大コンチェルトで魅せた圧巻の一夜
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タクティカートオーケストラコンチェルトシリーズ『菊池亮太 ガーシュウィンの世界』2024.11.1(FRI)東京オペラシティコンサートホール
ジャンルを超えた独創性と卓越した技巧で、クラシック、ジャズ、ロック、ポップスと幅広い活動を展開するピアニスト菊池亮太。彼が、ガーシュウィンの残したピアノ協奏曲4曲を一夜で演奏した『コンチェルトシリーズ 菊池亮太 ガーシュウィンの世界』が大成功を収めた。
共演は国内外で活躍する若手音楽家たちによって結成された「タクティカートオーケストラ」。勢いのある彼らのサウンドを束ねたのは指揮者の和田一樹だ。
今回の公演に向けて「《ラプソディー・イン・ブルー》だけではない、ガーシュウィンの魅力を知ってほしい」と熱意を込めて話していた菊池。ガーシュウィンだけでなく、菊池自身の新たな魅力を感じさせた伝説の一夜をレポートする。
オーケストラがチューニングを終えたステージに、和田と一緒に登場した菊池。この日着ていたTシャツに書かれた「無敵」の文字を客席にアピールし、はにかむと、客席からもつられて笑いが起こった。
和やかで温かい期待感のもと、十分に気合のはいった、うなりを上げるようなクラリネットのソロと共に曲が始まる。おどけたトランペットソロを経て、ピアノソロへ。輪郭を保ちながらも、菊池流に遊び、実に楽しそうに演奏していた。ソロを待っている間から、うれしさが込み上げてきている様子が客席からもうかがえ、ついに生み出された一音一音にも噛みしめるような喜びが込められていた。
続くオケと絡み合いながら奏でるパートは、ムードたっぷりの遅めのテンポ。直前のおしゃれな高音が混じった爽やかなアレンジから雰囲気をガラリと変えた。
祝祭的なはれやかなトゥッティを経て、再び菊池の長いソロ。高音から低音まで、鍵盤を縦横無尽に駆け回り、アイデア豊富なフレーズは一瞬も聴き逃がせない。《ねこふんじゃった》を挿入し笑いを誘ってみたり、クラシックの和音を使ってみたりと、いつもの菊池節はここでも健在である。
中間部のオケは壮大なフレーズ感に明るい響きで、ニューヨークをオレンジ色に照らす夕日を思わせる。その旋律を引き継いだ菊池のソロは、日が沈んだあとのしんとした夜空のような間から始まる。しっとりと歌い上げられたテーマは星空のように瞬き、続くダンサブルなパートではスペイン風の旋律から、ラヴェルを思わせるようなフレーズに一瞬の変容を見せ、再びオケと踊りだす。勢いを増したオケと、菊池が最高潮に達し、最後の音の余韻が客席を包むと、まだ1曲目だというのにせきを切ったような拍手とブラヴォーの声が響いた。
2曲目の《セカンド・ラプソディー》は、ガーシュウィン自身が「最高の出来栄え」と言葉を残した作品。《ラプソディー・イン・ブルー》と比べると、ピアノとオーケストラが並走しながら進行する作品。オケとピアノの縦の線がピタッとハマりつづける瞬間が多く、「協奏曲」というよりは、ピアノとオケとの対等な会話(ときには別の話題を振ったり、相槌を打ったり、声を揃えて笑ったり)を楽しむ曲だ。菊池はときにオケの方を見やりながら、その“会話”を仕草でも音でも楽しんでいた。
オケはハーモニーや印象的なトゥッティの八分音符のリズムを、厚みをもたせながらも軽やかに響かせ、和田のタクトはゆったりとした大きな音の波を引き出していた。
続いて、菊池の《サマー・タイム》ソロを挟み、3曲目《アイ・ガット・リズム変奏曲》へ。冒頭のクラリネット・ソロにピアノが呼応し、オケが入ってきて《アイ・ガット・リズム》の旋律が変容される。曲調やリズム、オーケストレーションの変化に富む曲で、この曲も《セカンド・ラプソディー》同様、オケとピアノが並走する構造。まるで菊池と和田が一心同体であるかのように、オケもピアノも同じノリを貫き、その分楽しさが倍増するような演奏だった。
本日最後の曲は3楽章形式からなる《ピアノ協奏曲ヘ調》。パーカッションから始まり、管楽器、弦楽器と次第に厚くなっていくオケ。ハーモニーは次第に明るくなっていき、力強いティンパニーからピアノのソロへと引き継がれる。これまでのオケの雰囲気とは違った、都会の夜の気だるげな雰囲気。後をつけるような左手の間のとり方が怪しさをさらに演出する。緊張感のある不思議な和音に導かれて入ってきたオケは急加速し、まるでそれまでの夜の色合いを朝日で包んでしまうかのような見事な変化を生み出した。
パーカッションのムチとピアノは絶妙に心地の良いリズム感。その後のピアノソロは、ピアノ全体をよく響かせ菊池がそのピアニズムを発揮した。その呼びかけに応えるかのように、オケもノリよくエネルギッシュで、華やかに第1楽章を終えた。
ブルース風の第2楽章はホルンソロ、木管アンサンブル、トランペット、オーボエソロによってブルース風に紡がれる。心地よいまどろみにすっかり身を委ねていると、トランペットソロを引き継ぐ形でピアノとドラムスが立ち現れる。弦楽器と、絶妙なリズム感のピアノが戯れ、ピアノソロが主題で牽引する。その後もヴァイオリン、再びトランペットとソロが紡がれ、再びピアノソロへ。ここまで20年代ニューヨークのひとときを映し出していただのだが、現代を思わせるような洗練された透明感のあふれるアドリブで、観客を魅了した。その後はオケが歌い上げ、ピアノとフルートがまるでバーカウンターの端での会話のように小声でささやかれ、第2楽章が静かに終わる。
前打音と共に衝撃的に始まる第3楽章は、波打つような連打の応酬。呼吸するのを忘れそうになるぐらいドキドキしながら聴いていると、ピアノのソロが始まる。カプースチン風な超絶技巧から始まり、空を飛ぶように浮遊したかと思うと、また都会の景色を思わせる洒脱さへ。左手は淡々と一定のリズムを刻みながらも、右手は高音部で華やかなトリルを華やかに連続させる。浮遊し、加速をつけながら勢いよくオケと合流。全オケパートフォルティシモで高らかにブルースを歌い上げ、ピアノソロが連打で加速をつけフィナーレへと突き進む。全音符のオケを下敷きに菊池の華麗なピアノソロが鍵盤を駆け抜け、華やかなグリッサンドを経ての終曲。その瞬間、菊池が立ち上がり、和田も振り返り、ふたりともガッチリと目を合わせた。客席からの拍手とブラヴォーを聞きながら握手をし、肩に手を回し合う二人。客席からは自然とスタンディングオベーションが湧き上がった。
ソリストアンコールは、ガーシュウィンの《プレリュード2番》。この日、演奏した曲のモチーフが散りばめられたアレンジを聴きながら、誰しもがこの一夜の興奮と余韻を胸に刻んだことだろう。
取材・文=東ゆか 撮影=Kenji Agata