獅童と菊之助が魅せる「自分らしさ」と「歌舞伎らしさ」に万雷の拍手、松緑はダークな存在感! 歌舞伎座『あらしのよるに』観劇レポート
-
ポスト -
シェア - 送る
『あらしのよるに』(左より)がぶ=中村獅童、めい=尾上菊之助 /(C)松竹
2024年12月3日(火)、歌舞伎座にて『十二月大歌舞伎』が開幕した。本公演は26日千穐楽まで、1日三部制で開催される。その第一部で上演中の『あらしのよるに』をレポートする。充実のキャストで描き出す絵本の世界は、大人も子供も分け隔てなく魅了する、物語と歌舞伎と俳優の魅力に溢れた舞台となっていた。
■ともだちなのにおいしそう
本作は、発刊から30周年を迎えたきむらゆういちの絵本『あらしのよるに』を原作に、今井豊茂の脚本、藤間勘十郎の演出・振付で歌舞伎化されたもの。主人公はオオカミのがぶとヤギのめい(原作ではガブとメイ)だ。
ある嵐の夜、ふたりはお互いの姿を知らないまま意気投合し、「あらしのよるに」を合言葉にまた会う約束をする。あくる日、待ち合わせ場所で、お互いがオオカミとヤギだと気がついた二人は……。
がぶを演じるのは中村獅童。2015年に新作歌舞伎として初演されて以来、この作品を盛り上げ、育ててきた。今回めいを勤めるのは尾上菊之助。そしてオオカミのぎろには尾上松緑。菊之助、松緑は本作初出演となる。また澤村國矢改め二代目澤村精四郎(きよしろう)が襲名披露し、獅童の息子、中村陽喜と中村夏幹も新たなシーンに登場する。
『あらしのよるに』(左より)がぶ=中村獅童、めい=尾上菊之助 /(C)松竹
■歌舞伎で描く、嵐の夜
物語の発端は、風が吹く満月の夜。市川門之助演じる絵師が筆を走らせると、歌舞伎座の客席に現代とも過去とも、現実とも空想ともつかない空気が広がった。
明暗鮮やかに、緩急織り交ぜたテンポのよい展開の中に、歌舞伎ならではの見せ方が自然に溶け込んでいた。たとえば風や吹雪の表現には、歌舞伎で風や雪を表す音を響かせながら、リアルな効果音を重ねる。さらに視覚的にも新たな演出が加わり、吹雪が吹き抜つける臨場感を作っていた。
作中の歌舞伎らしさといえば、竹本の義太夫も外せない。初めて歌舞伎を観る方は、「舞台の高い所に、強い声で語る着物の人たちがいる」というだけで“歌舞伎らしさ”を感じるかもしれない。しかし本作はそこで終わらせず、竹本が登場人物の心情や状況を語る役割を果たしていることを自然と伝える作りになっている。しかも、それをレクチャーするのではなく、あくまでも遊び心ある見せ場として成立させている。歌舞伎の見方が自然と沁み込んでいく作りなのだ。歌舞伎が一度きりの体験に終わらず、歌舞伎と仲良くなれる歌舞伎だと感じた。
■俳優の個性が舞台の魅力に
そんな舞台の何よりの見どころは、歌舞伎俳優たちの個性。その筆頭にいるのが獅童だ。幼い日のがぶ(夏幹)とのシーンではオオカミの長としての威厳をみせて、「自分らしく」というメッセージを強く印象付けた。そして自らががぶとして登場すると、一転して愛嬌たっぷり。獅童は、がぶと獅童を自在に行き来して、時にはずるいほどの格好良さをみせる。いつもより幅広い客層の歌舞伎座をあっという間にひとつにした。がぶがこれほど愛らしいのは、陽喜と夏幹という「愛らしさのお手本」がすぐそばにいるおかげかもしれない。
『あらしのよるに』(左より)たぷ=坂東亀蔵、みい姫=中村米吉、めい=尾上菊之助、狼のおばば=市村萬次郎、ぎろ=尾上松緑 /(C)松竹
客席にはお子さま連れも多く、客席を使った演出のシーンでは「うわ! 近い!」など愛らしい反応も聞こえ、大向うのように芝居のエッセンスになっていた。中村米吉のみい姫の登場シーンでは気品と美しさに、心配になるほど可愛く長いお子さんの溜息が聞こえてきた。しかし松緑が演じるオオカミのぎろが登場した時は、ぴたりと鎮まった。松緑は手加減なし、説明不要のラスボス感で観客を圧倒。見得をすれば場面が美しく引き締まり、花道の六方には歌舞伎の美しさとオオカミの殺気が同居していた。終盤の「みーつけた」の一言は、色気と無邪気さが入り混じる凄みがあった。青い隈取をみれば「悪い人! 怖い人!」と、客席の子どもたちにも十分すぎるほど印象づいたに違いない。
菊之助が演じるめいは、存在そのものがファンタジック。無垢でいて、ハラハラするほど好奇心旺盛。花道から駆け出せば野辺の草の匂いを運んでくるかのよう。大詰めではハッとするほど鮮やかな身のこなし。歌舞伎俳優の身体性を存分に示した。そして、なぜか本当においしそうだったので、がぶが「ともだちなのにおいしそう」と葛藤するたび「仕方ないよね、おいしそうだもんね」と同情せずにはいられなかった。弱肉強食は自然の理。オオカミがヤギを食べることは「悪」ではない。だからこそ、めいとがぶが並び、満月に映し出されたシルエットは温かく美しく脳裏に焼き付いた。ふたりが追い詰められていくほどに、もどかしい気持ちに駆られ、こみ上げてくるものがあった。客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえた。
初演以来同じ役を勤めているのが、市村橘太郎の山羊のおじじ、河原崎権十郎のがい、市村萬次郎の狼のおばば、市村竹松のはく。子どもの頃によく読んだ絵本の登場人物たちに、ふたたび出会うような親しみを覚えた。オオカミのばりいを演じる精四郎は、オオカミの群れを率いるがごとく迫力の群舞を牽引。“オオカミ怖い”と“歌舞伎かっこいい”を、同時に見せつけた。
■二代目! 紀伊国屋!
『あらしのよるに』(左より)ばりい=澤村國矢改め澤村精四郎、がぶ=中村獅童 /(C)松竹
劇中では、「ここでご挨拶をしたらいかがでやんすか」という、がぶの提案で、精四郎の襲名披露口上も行われた。獅童は精四郎を「本当に大好きな方」と紹介し、「古典歌舞伎をはじめ、新作歌舞伎、お互い挑戦する気持ち、時代を切り拓いていく気持ちを忘れず、時に励ましあい切磋琢磨しながら、役者人生をともに歩んでいければ」と激励した。精四郎は、この襲名が皆の支援と理解、そして獅童の後押しにより実現したことを語る。澤村藤十郎に弟子入りし、このたび芸養子となったことに「門閥外より歌舞伎界に飛び込んできた者」として感謝を述べると、「この後も紀伊国屋の繁栄、そして門閥外にとっての希望ある歌舞伎界のため、何卒ご後援のほどを」と覚悟が漲らせた。二代目! 紀伊国屋! の大向うが降り注いだ。獅童も精四郎も汗と涙に濡れて美しく湿っぽくなりかけたところで、獅童はがぶに戻る。「何を泣いているんでやんすか」と笑いをさらい、「お先に。じゃあねバイバイ!」と舞台を去っていった。涙も乾かぬうちに客席は笑いでいっぱいになっていた。
■自分らしく生きること
友だちや仲間の中で、自分らしく生きること。自分らしく生きた結果、周りにいてくれるのが友だちであり、仲間であるということ。そんなテーマを、どの登場人物よりも体現していたのは獅童自身かもしれない。陽喜や夏幹、さらには次の世代にも受け継がれるに違いない『あらしのよるに』。気の早い話だが、がぶと言うキャラクターを、次の世代の歌舞伎俳優たちはどう演じるのだろうか。獅童の人間的な魅力があってこそのがぶだから、きっと途方にくれるに違いない。そんな想像をするととても楽しい気持ちになり、そんな作品が今育まれていることに希望を感じる。
幕外のがぶとめいに贈られた拍手は、芝居の終わりを名残惜しむように長く長く続いた。一年を結ぶのにもふさわしい、心地よいお芝居の幕切れだった。
『あらしのよるに』(左より)めい=尾上菊之助、がぶ=中村獅童、ぎろ=尾上松緑 /(C)松竹
歌舞伎座『十二月大歌舞伎』は、12月3日(火)から26日(木)まで。なお、12月21日(土)には「イープラス貸切公演」が開催される。独自の席割と価格設定が好評の公演だ。座席選択が可能となっているため、検討中の方は早めの予約をお勧めする。
取材・文=塚田史香
公演情報
『十二月大歌舞伎』第一部『あらしのよるに』
きむらゆういち 原作(講談社刊)
今井豊茂 脚本
藤間勘十郎 演出・振付
あらしのよるに
二代目澤村精四郎襲名披露
めい:尾上菊之助
たぷ:坂東亀蔵
みい姫:中村米吉
はく:市村竹松
のろ:市村光
幼いころのめい:中村陽喜
幼いころのがぶ:中村夏幹
ばりい:國矢改め澤村精四郎
山羊のおじじ:市村橘太郎
絵師:市川門之助
がい:河原崎権十郎
狼のおばば:市村萬次郎
ぎろ:尾上松緑
日程:2024年12月21日(土)11:00開演
会場:歌舞伎座
《イープラス貸切公演》ならでは
☆一部を独自席種に、全席を独自価格
特等席(事前トークイベント)19,800円 ※1階1~7列まで、7~26番保証
1等席(定価)16,000円→ 12,650円(e+独自価格)
2等席(定価)12,000円→ 9,350円(e+独自価格)
3階A席 (定価)5,500円→ 4,950円(e+独自価格)
3階B席 (定価)3,500円→ 3,300円(e+独自価格)
1階桟敷席(事前トークイベント+お座席弁当付)22,550円
※未就学児童は満4歳よりおひとり様につき1枚が必要です。
※差額はイープラスが負担(全席指定・税込)
・サイン入り筋書(筋書売場で購入の際にサイン入りが無作為に当たるチャンスあり)
関東の公演情報 @eplusplm_kanto
関⻄の公演情報 @eplusplm_kansai
九州の公演情報 @eplusplm_kyushu
公演情報
会場:歌舞伎座
第一部 午前11時~
絵本発刊30周年記念
きむらゆういち 原作(講談社刊)
今井豊茂 脚本
藤間勘十郎 演出・振付
あらしのよるに
二代目澤村精四郎襲名披露
めい:尾上菊之助
たぷ:坂東亀蔵
みい姫:中村米吉
はく:市村竹松
のろ:市村光
幼いころのめい:中村陽喜
幼いころのがぶ:中村夏幹
ばりい:國矢改め澤村精四郎
山羊のおじじ:市村橘太郎
絵師:市川門之助
がい:河原崎権十郎
狼のおばば:市村萬次郎
ぎろ:尾上松緑
河竹黙阿弥 作
盲長屋梅加賀鳶
一、加賀鳶(かがとび)
本郷木戸前勢揃いより
赤門捕物まで
天神町梅吉/竹垣道玄:尾上松緑
日蔭町松蔵:中村勘九郎
春木町巳之助:中村獅童
魁勇次:坂東彦三郎
磐石石松:坂東亀蔵
虎屋竹五郎:中村種之助
天狗杉松:中村玉太郎
昼ッ子尾之吉:尾上左近
お朝:中村鶴松
妻恋音吉:尾上菊史郎
金助町兼五郎:尾上菊市郎
数珠玉房吉:國矢改め澤村精四郎
御守殿門次:中村吉之丞
番頭佐五兵衛:市村橘太郎
雷五郎次:市川男女蔵
御神輿弥太郎:中村松江
伊勢屋与兵衛:河原崎権十郎
女按摩お兼:中村雀右衛門
萩原雪夫 作
一、舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)
上の巻 さくら
中の巻 松虫
下の巻 雪達磨
桜の精/松虫/雪達磨:中村勘九郎
松虫:中村長三郎
泉 鏡花 作
坂東玉三郎 演出
今井豊茂 演出
二、天守物語(てんしゅものがたり)
富姫:坂東玉三郎
姫川図書之助:市川團子
亀姫:中村七之助
小田原修理:中村歌昇
侍女撫子:中村歌女之丞
薄:上村吉弥
朱の盤坊:市川男女蔵
舌長姥:市川門之助
近江之丞桃六:中村獅童