舞台『No.9』×石井琢磨コラボ連載、最終回は稲垣吾郎が登場!~4度目のベートーヴェンにどう向き合うか? 改めて思う「音楽の力」
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新キャストも迎え、常に新鮮な気持ちで向き合いたい
石井:ピアニストも同じ曲を演奏することはありますが、舞台はかなりの公演数があるし、しかも今回は4度目の再演。そうやって何度も演じることで、役づくりというものは変わったりするものなんですか?
稲垣:そうですね。まず、4度目の再演とはいえ初めてご覧になるお客さんも多いでしょうし、自分の中でもちゃんと「鮮度」は保っておきたいと思っています。だからマンネリ化しちゃいけないし、前回の成功体験みたいなものをなぞっていくのも良くない。
石井:ほぉ~。
稲垣:だけど繰り返していると、どうしても一種のルーティンみたいになるというか。目をつぶっていてもできるくらいになるまで稽古しているしね。それはたぶん、ピアノもそうですよね。みなさんきっと、本当は目をつぶっても弾けるでしょう? だけどそうなると、心が動いていないのに勝手に口が喋っていたりするようになる。それって危ないんです、相手の話が聞けてないのに機械的に会話ができてしまうので。
石井:何度も同じやりとりをしていると。
稲垣:そう、だからそこをちゃんと毎回リセットして、新鮮な気持ちでやろうという思いを常に持っています。それはお客さんが変わることでリセットされることもあれば、今回みたいに新しいキャストの方が加わることで初心に戻ったりすることもあります。
石井:なるほど。
稲垣:逆に、石井さんはどうですか? だって、子供の頃から何度も弾いている曲だってあるでしょう。
石井:フレッシュさ、というのは非常に難しいですよね。僕の中では、必ずしもずっと向き合っていなくてもいい、というのがセオリーでもあって、それはつまり、「いったん離れてみることも大事」だと思っています。今回の吾郎さんみたいに4回公演を重ねるとしたら、その合間にある充電期間が僕にとってはすごく大切です。というのも、ピアノで自分を表現するためには、いろいろな経験が必要ですから。
稲垣:あぁ、なるほど。
石井:その期間は曲のことを、わざと忘れて過ごしたり。
稲垣:あえて封印して。
石井:その上で、いろいろな経験をします。美術館に行ったり旅行をしたり、海を見たり空を見たり。そうすると、青色が一色じゃないことに気づけたりする。
稲垣:お~、素晴らしい。
石井:そうやってさまざまな経験をしたことが、また戻ってきた時に作品をフレッシュにしてくれるんです。そう考えると、逆に寂しいんですよ、ピアニストって。常に一人なんで(笑)。
稲垣:そうかあ!(笑)
石井:自分以外の要素で、変えてもらえることが少ないというか。
稲垣:今の僕だと共演者やお客さんの力があったりするけど。ピアノがパートナーということになると、孤独ですよね。
石井:孤独です。その孤独をどこまで愛せるか、ということですね。
ベートーヴェンの「音楽の力」に助けられ、同時に振り回されている
石井:改めて、こうして4度の上演を重ねているこの作品の最大の魅力とはどういうところだと思われますか。
稲垣:そうですねえ、なんだろうなぁ……ストーリー展開も含め、もちろん総合力だとは思いますけれども。でもやはり、ベートーヴェンが生み出した音楽の力だと、僕は思いますね。『第九』を始め、ベートーヴェンの音楽はどれも飽きさせないですし、いつ聴いても色褪せることがない。何度演じていても、『第九』が流れた瞬間にゾクッとする感覚というのがあります。今でも。
石井:そうですか!
稲垣:そこが、ずっと続けていける魅力なのかな。それほど、ベートーヴェンの音楽が偉大なんだろうとも思います。本当にありがたいことにこうして4度目を迎えられましたが、自分自身は飽きていないし、まず一番に音楽の力によって助けられている。押されてもいる。いまだに、ベートーヴェンという名の嵐に振り回されている感もある。
石井:アハハハ!
稲垣:これ、台詞にもあるんですけどね(笑)。「追い求めても追い求めても、すごく遠い存在である」。そういう掴みきれない感覚もあります。
石井:吾郎さんの演じるベートーヴェン像には、音楽の創始者というか、そういう印象も感じます。
稲垣:僕もピアノが弾けたら、また感じ方が違うんでしょうけど。だけどなんだか怖ろしいほどの音楽の力、感じませんか。もちろんそれはベートーヴェンだけの話ではないですけど。
石井:そうですね。僕も音楽の力には、とんでもないものがあると思います。今、ピアノを弾けたらとおっしゃいましたけど、この舞台では吾郎さんは指揮もなさっていて、そこも見どころの一つだなと思っていますが。
稲垣:いやいや! ちょっと、指揮も教えてほしいですよ! ピアニストの方も指揮をやるイメージがありますけど、石井さんは?
石井:いやいやいや、勉強はしましたけれども……。
稲垣:ピアニストも、指揮の勉強をするんですか。
石井:指揮法といって、一応オーケストラを前に振ったこともあります。
稲垣:まだ僕も正解がわかっていないので、いろいろとご指摘をいただくんです。『第九』は手は横に行かないはずだ、とかね。まあ、いろいろな考え方があるし、しかも今は偉大な指揮者の映像も見れますから形だけはとりあえず、見よう見まねで勉強していますけど。どんなことが大切なのか、教えてほしいです。おそらくプロから見たら、僕の指揮はちょっとずれてるだろうから。
石井:いやいや、それが素晴らしかったんですよ。それで僕、すごくびっくりして。
稲垣:そんなことないでしょう。ともかく今回も、もうちょっとがんばります(笑)。だってやはり音楽をされている方、詳しい方も大勢観に来てくださるでしょうし、フィクションだと言ってもなるべく嘘のないようにしたいですし。指揮ができることはすごく楽しいのですが、僕自身は、指揮者って性格的に合ってないとは思うんですよ。全員がこちらを向いている真ん中に立つとか、こういう仕事をやっているわりに、とても苦手なことでもあるので。指揮者の性格とか資質って、どうなんですか。人にもよるでしょうけど。
石井:僕はオーケストラと何回か共演させていただいていますが、指揮者もいろいろな方がいて、リハーサルの仕方もさまざまです。そういえば、昨日稽古を見ていて、演劇の場合は演出家の方が指揮者に近いと思いました。
稲垣:ああ、そうでしょうね。今回で言えば、白井さん。
石井:全体を見て、細かな指示も出し、大きな指示も出し、交通整理をするみたいな。そういう感じです。
稲垣:うんうん、わかります!
石井:もう一つ、個人的に気になっていることがあるんです。ちょっと答えづらいかもしれませんが、吾郎さんがベートーヴェンを演じる上での内面の話で。『No.9』の劇中にも何度か出てきますが、「耳が聞こえなくて雑音が入らなくてよかった」という時と、「耳が聞こえないからストレスで苦しい」という時があって。この対照的なベートーヴェンの気持ちを、吾郎さんが繊細に表現されていたのがとても印象的だったんです。本当のベートーヴェンの気持ちはおもんばかるしかないですけど、演じてみてどっちだったと思いますか?
稲垣:うわあ、すごく良い質問だけど、すごく難しい質問ですね。
石井:ですよね。答えはないですし(笑)。
稲垣:でもこれってピアニストの方も、きっと考えることですよね。
石井:そうなんです。それで、誰も知り得ないベートーヴェンの内面をどう感じて、舞台であの繊細な表現をしているのか、ちょっと聞いてみたくなって。
稲垣:「今はもう耳が聞こえないんだから、この自分を受け入れるしかない。その上で前向きに考えれば逆に、余計な音を遮断して自分の音楽に没頭できるじゃないか」。そういう風に、彼は解釈してるんじゃないかなと思って僕は演じていますね。ちょっと無理もしているとは思いますけど。でも、そういう状態でなければ、あのような楽曲が生まれなかったのかもしれないとも思うし。2幕の前半あたりでは強がりを言っている感じなんですけど、終盤に同じような台詞を言う時にはもう達観しているような気もする。耳が聞こえなくなったこの世界で自分は神と通じ、それで『第九』が生まれてくる――という風に演じようかな……と、今、思いました(笑)。
石井:アハハ(笑)。
稲垣:石井さんから良いアドバイスをいただけて、嬉しいですよ。
石井:僕も吾郎さんから、ピアノ演奏する上でのヒントをもらえた気がします。だって、ベートーヴェンを演じたことのある人って、世の中でも少ないと思いますし!
稲垣:それはそうか(笑)。だけど僕も、本当にたくさんのヒントとアドバイスをいただいたので、今回は4回目にして、また新たな『No.9』として、新たなベートーヴェンを演じられそうです!
石井:楽しみにしています。ありがとうございました!!