太鼓芸能集団「鼓童」十二月特別公演『山踏み』~演出の住吉佑太と韓国太鼓のチェ・ジェチョルに聞く「歩いて生まれるリズム」とは
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左から、チェ・ジェチョル、住吉佑太(鼓童) (撮影:塚田史香)
太鼓芸能集団「鼓童(こどう)」の十二月特別公演2024 『山踏み(やまぶみ)』が全国ツアー中だ。11月23日に彼らの拠点である新潟県佐渡島よりスタート、新潟、茨城、愛知、大阪、静岡、そして京都を巡り、12月19日からの東京公演で大千穐楽を迎える。
鼓童のメンバーであり本作の演出を手掛ける住吉佑太は、「今回の新作は、韓国太鼓(チャンゴ)演奏家のチェ・ジェチョルさんをお招きしてのツアーです。その化学反応を楽しんでもらえたら」と語る。
チェは「歩みの中から生まれてくるリズム」を提唱し、3000キロを自ら歩きチャンゴを叩いてきた。和太鼓を中心とした伝統音楽の表現の可能性を模索する鼓童が、チェとともに歩いて出会うリズムとは。住吉とチェに話を聞いた。
■叩くことと歩くこと
――新作『山踏み』ツアーのコンセプトをお聞かせください。
住吉 歩みから生まれるリズムを探求することが一つのテーマです。これはチェさんが、ご自身の活動として続けておられる「チャンゴウォーク」の考え方に基づいたものです。チャンゴを叩きながら、チェさんはこれまでに3000キロぐらい歩いてらっしゃるんですね。僕らは普段、色々な土地に行くことはあっても、車や電車で通り過ぎることの方が多い。自分の足でその土地を歩く場面は限られます。でもチェさんは、歩くことでリズムが生まれるのであり、そこで初めて見えてくるものがあるとお話しされていて、感銘を受けました。日本、韓国に限らず、世界中の民俗芸能は、常に動作とともにあると思うんです。自分の身体の動作と音楽がどう関係しているかを、鼓童でも探求したいと思いました。
――「歩きながら叩く」ことにどのような意味があるのでしょうか。
チェ まず歴史的に、どの文化圏にも放浪芸能者がいっぱいいるんですよね。100年前の韓国でプンムル(農楽)をやっていた人たちも、歩きながらほうぼうを周り、サーカス団のように芸を披露していました。
住吉 日本でも伊勢大神楽とか岩手のさんさ踊りなどがありますよね。縁あって初めてチェさんとお話をした時、「ステップと踊り、ステップと音楽はリンクしている。踏み込むことでリズムが生まれる」という話に感銘を受けました。また『音楽と数学の交差』(桜井 進/坂口博樹 著)という本では、人間がリズムを生み出した時、その前に、まず数の認識があったはずだと書かれていて、人間の2本の足の左が出て1、右が出て2。歩行行為に1、2、1、2のリズムが生まれたのではないかと。その着眼点とチェさんのお話に繋がりを感じました。そして「サエキ囃子」というイベントでチェさんと共演させていただいた時、歩いて叩くチェさんの太鼓に、リズムの起源と繋がるものを感じたのです。
住吉 チェさんの演奏に対しては「どう刻んでいるのか分からない!」という驚きもあったんです。西洋音楽の譜面的に割り切れるようなものではなく、良い意味で訛りがあって、音楽家としてそれなりにやってきた自分が認識できないリズムに触れたことに驚きを感じました。音楽をやる者として理解したいと思った。そこでチェさんに、チャンゴ(韓国の伝統の太鼓)を教えてほしいとお願いしたところ、「それもいいけれど、まず歩いてみたら? 歩けば分かるから」って。それで、半信半疑のまま歩き始めたのです。
——歩いてみて、何か分かりましたか?
住吉 それが……分かったんです(笑)。
チェ 分かったでしょう?(笑)
住吉 チェさんと2人、6時間ほどかけて22キロ歩いた日がありました。チェさんの音を聞きながら歩速を合わせ一緒に叩く。足さえ合わせていれば適当に叩いていいよと。歩くということは、前へ前へ重心が動いていくということ。チェさんの足に合わせて歩くと、チェさんの重心の動きに自分の重心も重なります。ある時「あー! だからこうなってるんだ!」とどんどん体で分かってきて。西洋音楽的な視点では辿り着けない、民族音楽的なリズムを体感しました。
——大事なのは、重心の移動ということですか?
チェ エネルギーの循環というのかな。僕らが地球の上にいて、空があり地面があり、前に進むと空や自然のエネルギーが(巻き込むように)どんどん循環されていく感覚。これが連鎖して、僕らは前に進む。これが連なっていくことが「=歩く」。歩いてみれば、どのタイミングにリズムがはまるかは分かるものなんです。でも歩かないことには分からない。
——チェさんは、チャンゴウォークでこれまでに3000キロを歩いて来られたそうですね。東京から博多まで、フェリーや船も使いながらおじいさまの故郷である星州(ソンジュ)まで。そのご経験の中から、佐渡島にはどのような感想を持たれましたか?
チェ 佐渡を初めて一周したのはコロナ禍の2021年でした。その時は基本的にひとりで歩きました。2回目の今年は、鼓童のみんなと一緒に歩きました。そのどちらの時も感じたのが、美しい景色がずっと続くということです。島を時計回りに歩くと、左手の海も、右手の山も自然が近いんです。それに佐渡は良い感じで道にカーブがあります。特に大佐渡(島の北側)はすごく面白かったですね。道自体が生き物のようで、道に沿ってリズムがどんどん変わっていくんです。
——歩く道により、生まれるリズムも変わってくるのですね。
チェ たとえば真っすぐの道があまりに続くと、リズムも単調になるのでちょっと飽きちゃう。
住吉 上り坂になると、人はよいしょ、よいしょと足を踏み込みます。下り坂だと自分でブレーキをかけながら歩いたり。
チェ あるいはかっ飛ばして走ったり。
住吉 道により、歩き方により叩きたくなるリズムが変わってくるんです。
■足を合わせて、あとは自由に
——創作のプロセスや稽古の進め方も、これまでとは違うものになったのではないでしょうか。
住吉 従来の公演では1年以上かけて丁寧に作り込むのですが、今回は決めきらずに、いい意味で雑に作りたいと思いました。まずチェさんと一緒に「チャンゴウォーク」ならぬ、鼓童の「太鼓ウォーク」を始めました。『山踏み』の演目の練習は直前までせず、とにかく歩く。後輩たちからは「まだやらないんですか?」と言われましたが、「やらないやらない。まずは歩きに行こう」と(笑)。佐渡島を1周する210キロのコースを、皆で日を分けながら少しずつ、太鼓を叩きながら一周しました。そこから生まれてきたグルーヴ感、フレーズ、リズムは、『山踏み』の一番重要な根っこの部分になっています。いつも以上にGroovyで、民族音楽的なパワフルさのある作品になったと思います。
——「足を合わせて、あとは自由に」についてもう少しお聞きできますか。
住吉 リズムは何拍子でもいい、ただ足だけは先頭の人に合わせて欲しい。あとは自然に合ってくるからという発想なんですよね。
チェ 佑太くんは僕より脚が長いので、歩幅は違う。でも彼の体の真似をしていくと、彼がどこで叩いてるか肩の位置、息遣いみたいなものが、ちょっとずつ感じられるようになる。
今回のクリエイションの一環「太鼓ウォーク」。先頭に歩みを揃える。太鼓は自由に。
——一歩につき1打というわけではないのですね。
住吉 はい。足が地面につくタイミングがあっていれば、四拍子の「ドン」、2、3、4、「ドン」、2、3、4でも、三拍子で「ドン」、2、3、「ドン」、2、3でもいい。五拍子の「ドン」、2、3、4、5、「ドン」、2、3、4、5で入ってもいい。
チェ 「ドン」があっていれば、結果的に、なんだかリズムも合って、気持ちのいいものになってくるんです。
住吉 それができる包容力を感じます。譜面に起こせるリズムが悪いのではなく、身体感覚から生まれるリズムを線で捉え直すアプローチができるようになったのは、鼓童として大きいことです。ヴァリエーションにもなるし、単純に質感も変わってくる感じがあります。佐渡で初演した時も、「とにかくグルーヴ、ノリがすごかった」とめちゃくちゃ言われるんです。何キロも歩いて共有した、この歩みのグルーヴ感なんだろうな。
楽器を演奏しながら佐渡ヶ島を一周。
——今回の『山踏み』に限定せず、おふたりは「グルーヴ」という言葉をどのように捉えていますか?
チェ 僕の言葉では「ノリ」です。日本語で言うなら「ノリが良いね」のノリ。韓国語で「ノリ(놀이)」は「遊び」という意味です。韓国伝統打楽器の芸能グループ「サムルノリ」の「ノリ」もそう。日本語のノリとも共通している感じがあって、僕の中でノリは遊び。それがグルーヴ。
(一同:へえー!)
住吉 僕のイメージは、グルーヴって円運動なんです。Grooveの語源は溝、元々レコード盤の溝のことをグルーヴと言っていたらしいんです。そこにもやはり回転がある。ただ一定のタトタトタトタト……には、あまりグルーヴは感じられないけれど、タントンタントンタントンとなるとグルーヴしてくる感覚があります。歩く行為にはエネルギーの円運動があり、このタントンタントンの感じが必ず生まれるから。
(一同: へえ——!)
■佐渡で実践、グルーヴ獲得
――今回のクリエーションは、メンバーの皆さまにとって大きな影響を与えるでしょうね。
住吉 芯の部分、経験や体験を皆で共有することで、出てくるものが必然的に揃ってくる。それを目指したいなという挑戦でもあるんです。そう思ったきっかけの一つが、『山踏み』でも演奏する『サエキ囃子』です。以前に鼓童の研修生だった佐伯篤宣さんが、チェさんと始めたものなんですよね。
チェ そうです。毎年続けて、今年で4年目。
住吉 面白いのは、太鼓のパフォーマンスとして公演で発表するためではなく、あくまでも地元に根差したお祭りの中で演奏するために作られたもの、お囃子であること。お囃子を核としたお祭りを、というムーブメントなんです。思えば祭り囃子は、子供から老若男女誰でも叩ける。育ってきた環境も年代も年齢も違う人たちの個性がバンバン光ってるし、「あのおじさん、ちょっと不思議だけれど太鼓の音がやたらとかっこいいな」などと言うこともある。細かいところは自由だけどリズムは合っていて、そこに確かにグルーヴがある。あの感じを、鼓童の舞台でも出したいと思ったんです。
チェ 鼓童の皆さんは普段から生活を共にしながら稽古をされているので、演奏における息遣いはばっちりだろうなと思っていました。研修所から一緒に暮らし、メンバーとなってからも皆でご飯を食べたり。その暮らしから、お互いの顔や性格、演奏の時にその相手の出方がわかる仲間たち。ならば僕は、あえてもっともっと、別の顔を引き出したいと思いました。
(撮影:塚田史香)
——皆さんがお互いに知っている顔、以外の顔もあるはずだと。
チェ それをどんどん炙り出していくような。いつもの演目の練習だと、それは難しいでしょう。ゴールが決まっているから。でも外に出て感覚を開いて、長い時には1日6時間ぐらい。6時間、ただただ道端を歩いて叩き続ける。
——6時間叩いていると、どのような感覚になるのでしょうか?
住吉 トランス状態です(笑)。先ほどお話した地元の祭り囃子も、きっとそうですよね。大人たちはお酒も飲んで長時間叩き続けて、意味分からないくらいになって。
——太鼓ウォークでは、お酒の代わりに。
住吉 歩いて叩き続ける。休憩時間以外は叩いて歩いて、言葉ではないけれど太鼓で会話をして、6時間セッションし続ける感覚です。
チェ たまに太鼓でチャチャを入れたり、歩き方を変えてみたりしてね。
住吉 スタジオで6時間のセッションなんてさすがにしませんが、歩きながらだと景色もどんどん変わっていくから、気づいたらできている。普段の鼓童は再現性を大事にし、練習して練習して緻密に作り、昨日やった舞台を明日も同じクオリティでできることを強みとしていました。今回は、それを1回手放してみるところから始めたんです。
■舞台への還元、際立つ個性
——特別公演『山踏み』の見どころは?
住吉 1年をかけて皆で歩き、体に染み込ませてきたリズムは、もう座っていても演奏で再現できます。ただ、せっかくですので公演では、客席通路も活用して、会場内の坂道の勾配に合わせて歩きながら演奏したり、段差によってリズムも変わっていくといったものも、『即興』でお見せしたいです。真っ青に染まったホリゾントの前を歩けば、佐渡が見えてくる感じがあります。佐渡で公演した際は、「新しいのに懐かしい感じがした」という感想をいただきました。奇をてらった新しさではなく、新曲と分かっているけど皆に響く。それは「歩く」という根源的な動きから生まれてきたものをベースにしてるからかなと思っています。
(撮影:塚田史香)
チェ 僕が思う見どころは、メンバーの皆さんそれぞれの個性。個性が際立っている感じがする。それは(住吉)佑太の演出の力があってこそなんです。僕を入れて13人が必ずどこかで目立つ仕掛けがされています。それが一番発揮されるのが、今お話しされていた『即興』でしょうね。
住吉 鼓童では、即興の経験がほとんどない人たちばかりです。そこに今回チェさんが来て、「即興やるよ、即興!」と皆にやらせてくれた。今まではソロパートがあれば、1から10まで決めて練習したフレーズを毎日叩くものでした。でもチェさんは、各自が用意していたフレーズをやってそのまま終わろうとしても、終わらせてくれない(笑)。
チェ 面倒くさいおじさんでしょう?(笑) でも、考える間もない状況に投げ込まれて「何かやって!」と迫られることで、引き出されるものがある。皆さん戸惑われたかもしれませんが、できるんです。だって鼓童のメンバーとして、ずっと練習してきてきた方々ですから。みんな「ウオー」って(笑)、いい意味で野性的な感覚を開いて。そういう環境を作るためにも、そのロードワークはすごく大事。外を歩き、6時間色々なものに気配を配り、気配を外に向いていく。
住吉 そうやって道で6時間叩いていた演奏は、まさに即興だったんですよね。6時間やってたことを短くすればいいんだ、という感覚です。皆で並んで歩いた時間は、自分との対話の時間でもあったわけです。「自由に叩いて」だったからこそ、それぞれの中にフレーズがどんどん湧いて、6時間1人で叩き続けられるようになった。あれに比べたら、8小節のソロなんて短いものです。
——鼓童に対し、緻密に磨かれた演奏、削ぎ落した統一美のような美学を感じる部分がありました。今回、新たな魅力に出会えそうです。
チェ 佑太くんがしっかり作り、構成し、演出するアンサンブルの中で、とてもいいバランスで、個性が出てくると思います。これは、例えば何百回も何千回もやって、手が決まっている『三宅』のような鼓童の定番曲でも、もともとの良さの中でまた生きてくる。
住吉 鼓童は、ある意味で没個性の中での格好良さみたいなものが、魅力の一つでもあります。見た目的にも、同じ鉢巻で少し離れてみたら誰が誰か分からないような。そして演奏では、刻むリズムをあらかじめ決めて、皆がそれを1曲1曲に時間をかけて死ぬほど練習して、というものをやってきました。ですが今回は、回によってまるで違うものが生まれると思います。ぜひ何度でも足をお運びください!
取材・文=塚田史香
公演情報
■出演:鼓童(中込健太、小松崎正吾、住吉佑太、地代純、鶴見龍馬、北林玲央、木村佑太、平田裕貴、定成啓、中谷憧、新山萌、野仲純平)+チェ・ジェチョル(崔在哲)
12.04(水)13:00 茨城県つくば市 つくば市立ノバホール 大ホール(終了)
■公式サイト:https://www.kodo.or.jp/performance/performance_kodo/47316