「今はデザインの時代というよりも、チョイスの時代」Nolzyが自身のルーツを選び抜いたデビューアルバム『THE SUPREME REPLAY』
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撮影=ハヤシマコ
指先1つで無数のものにアクセスできる今。あれもこれも好きだけれど、自分が心から愛しているものは何なのか。11月27日(水)にリリースされたNolzyのデビューアルバム『THE SUPREME REPLAY』は、こんな疑問を抱いたNolzyが、自身のルーツである1990年代のR&BやHIP HOP、J-POPと相対した1枚である。「『あなたに歌ってんだよ』が1億回再生されるのが現代だと思う」と語ったNolzyの音楽は、それぞれが隠している醜く恥ずかしい部分と共鳴する私の歌であると同時に、インターネット由来のワードを織り込んだ「#それな」や他者と繋がり続けてしまうが故の孤独感を歌った「Outsider」をはじめ、時代を映す鏡だ。現代社会が鳴らされることを待っていた全12曲を届けたNolzyの視線は、あなたに注がれている。
自身のルーツと対峙したデビューアルバム『THE SUPREME REPLAY』
ーー11月27日(水)にデビューアルバム『THE SUPREME REPLAY』がリリースされました。1990年代のR&BやJ-POPを念頭に置きながらも、中盤に「<広告> ※5秒後に報酬を獲得」を挟み込むなど、メッセージを現代風にアップデートしていくことに焦点を当てた1枚だと感じています。改めて本作を振り返って、Nolzyさんはどのような1枚になったと感じていらっしゃいますか。
おっしゃっていただいた通り、1990年代後半から2000年代初頭の音楽を再解釈することを前提に、アルバムを作り始めました。J-POPという言葉は1990年代くらいに始まったもので、洋楽になれなかったと言うと変ですけど、洋楽からの影響を多大に受けながらも、日本ならではの独特な進化を遂げてきた音楽を指すじゃないですか。
ーーそうですね。JAPANのポップスであることを宣言するのがJ-POPであり、そこには対海外のニュアンスが含まれていた。
そういったニュアンスを含みながら日本的な要素をブレンドしていった結果、どこの国にもないポップスになったのがJ-POPだと思うんです。自分はそこに魅力を感じていて。だから、サウンド感や機材は当時の洋楽を研究して忠実に制作していったんですが、歌やメロディーは日本的、J-POP的なアプローチを意識したんですよ。そういった意味で、自分が子どもの頃に流れていた音楽やルーツと向き合えた1枚だと思いますし、デビューアルバムだと胸を張って言える1枚になったと感じています。
ーーデビューアルバムであることが念頭にあった上で、Nolzyさん自身のルーツに迫るアルバムを目指していったのでしょうか。それとも、ルーツを深堀りするアルバムにしたい思いが先行しており、結果的にデビューアルバムらしくなっていったんですか?
音楽の原体験を見つめ直す必要を感じていたことが、最初にありました。というのも、インディーズ時代にリリースした2枚のアルバムは、ボン・イヴェールやジェイムズ・ブレイクをはじめ、歌が強くありながらもオルタナティブな音像の建付けに惹かれていたこともあり、その空気感を日本語で表現しようとした作品だったんですよね。そういう自分のモードやその時ハマっている音楽の影響を受けて楽曲を作っていく中で、自分が一番好きな音楽が分からなくなった。ジャンルレスに音楽が好きだからこそ、自分の色を見失ってしまったんです。
ーーそうしてNolzyらしさを探した結果、至ったのが子どもの頃に流れていたJ-POPだったと。
その通りです。宇多田ヒカルさんやMISIAさん、平井堅さんの音楽って今でも新鮮に聴こえると思うんですけど、それでもやっぱり懐かしさがあるじゃないですか。その部分に魅力を感じましたし、この時代感をテーマにアルバムを作りたいなって。
ーー幅広いジャンルに挑戦したことでアイデンティティを見失っていた時期において、このタイミングで原点であるJ-POPに戻るべきだと気づけたキッカケは何だったのでしょう。
『Outsider』でやりきった感覚があったので、その作品以降の1年ぐらいはどうするべきか悩んでいたんです。そうした中で方向性を決めることができたのは、「#それな」の制作が大きくて。レフティ(宮田“レフティ”リョウ)さんとアイデアを出し合いながら制作のセッションを進めていくうちに、自分が漠然とやりたいと思っていたことに対して、明確な根拠を持ってアプローチできるようになっていったんですよ。それまではデータのやり取りで制作を進めていくことが多かったけれど、現場で一緒に音楽を作ることで、「こういう選択をすれば、このイメージが形になるんだ」と気づけた。これまで体系化されていなかった理論や根拠を改めて教わって、掘り下げていなかった手法があることを自覚しましたし、イメージ通りにいかない部分がなくなったんですよね。そうやって、やりたいことがきちんと実現できたことで、改めてこれがやりたい方向だと思えました。
ーーテクニックが身に付いたことで、目指す音像に対して真っ直ぐにアプローチできるようになったとお話いただきましたが、いわゆる丸サ進行に挑戦した「Outsider」や、イントロを一聴するだけで冬のJ-POPだと分かる「Throwback (slowjam)」をはじめ、本作では脈々と受け継がれてきたコード感やムードを昇華することに目を向けていると思うんです。そうしたリファレンスを落とし込むプロセスにおいて、影響を受けてきた作品はNolzyさんにとってどのような位置づけだったのでしょうか。
超えなければならない壁だったとかではなく、むしろリファレンスが今作にとっては一番の材料だったというか。今の時代は技術が進歩したことで、誰もが良さげな作品を作れてしまうと思うんですよね。平均点が上がっている時代だからこそ、突き抜けなきゃいけないと考えていますし、そのためには作品そのものだけではなく、その作品の示し方が大事だなと。美味しい料理を作るだけじゃなくて、盛り付け方や組み合わせ、料理名にもこだわっていく必要があり、それは今までのアーカイブを理解していなければ実現できない。このアルバムはコンセプトをどう提示するかを大事にしながら作っていった1枚だったから、リファレンスやアーカイブを研究し尽くしましたし、「この質感を出すためにはこのクラップだな」「この雰囲気はこのリバーブだな」と考えている時間が長かったんですよ。
ーー無数の作品の中から突出した1枚を生み出すために、先輩たちの手を借りてくる感覚が近かったんですね。
まさに。今はデザインの時代というよりも、チョイスの時代だと思うんです。0から1を生み出すよりも、100万ある中で何を選ぶか。無から有を作るのではなく、あり過ぎるものの中から何を選んで、どうやって提示するかを意識したかな。
ーー今のお話は、沢山のことに手を付けてやりたいことが分からなくなってしまった状態から、自分のルーツを選択できたという先ほどのお話と重なると感じました。
やっぱり「選ぶ」が今回の重大なテーマなんですよね。「luv U」でもそういったことを歌っていますし、ある意味「luv U」はこのアルバムにとってのテーマソングで。沢山のものにアクセスできる時代において、本当に好きだと言えるものを選んでいくことが今回の主題だった気がします。
誰もが共感できる言葉を選ぶことは、実は一番誰も共感できない気がする
ーーアルバムのコンセプトについて伺ってきたので、リリックについても聞かせてください。「それな」で簡単に感情を処理されてしまうことのもどかしさを歌う楽曲「#それな」や誰とでも繋がり続けてしまうゆえの孤独感を歌った「Outsider」を筆頭に、現代の暗い部分や葛藤を中心に綴っていらっしゃいますが、こうしたメッセージが登場する背景は何なのでしょう。
インターネットのワードを出すというか、これまで歌詞に登場してこなかった言葉を使うことは、昔からやってきた自分の軸で。こういうワードを使うようになったのは、国武万里さんの「ポケベルが鳴らなくて」が1つのキッカケだったんです。ポケベルという単語が使われていることで、実際にポケベルを使ったことがない自分も当時のコミュニケーションの寂しさや伝わらないもどかしさをリアルに追体験することができた。だから、たとえ将来「何それ?」ってなったとしても、LINEやマッチングアプリのような言葉が1つの引っ掛かりになって、よりリアルに現代を切り取れるんじゃないかなと。ポップミュージックは時代を映す鏡であることが使命だと考えていますし、現代社会をリアルタイムで反映したいと思っていますね。
ーー過去のインタビューではジャーナリズムやドキュメンタリーの精神を大切にされているともおっしゃっていましたが、現代社会を映すことを命題に掲げている点で今のお話と繋がるなと。
そこは変わっていないんだと思います。どんな音楽性を選んだとしても、ジャーナリズム性がポップスだと思っている部分があるかもしれない。
ーーそれを踏まえた上でお聞きしたいんですが、「自演奴」の資料にはこの曲をキッカケに「誰かに自分の音楽を届けたい」という思いが強くなったと書かれていて。ジャーナリズムが持つ客観性と、表現欲求が含むエゴや主観的な部分は一見相反するようにも思うんですが、この両面のバランス感をNolzyさんはどのように考えていらっしゃるんですか?
誰もが共感できる言葉を選ぶことは、実は一番誰も共感できない気がするんですよ。昔は作品を手に入れるまでのハードルが高かったからこそ、1個1個と向き合うことができたけれど、今は1つに限定する必要がないじゃないですか。時間さえあれば全てを体験することができるし、何なら聴けば聴くだけ得する感覚もある。そういった忙しい時代において、誰にでも当てはまることを言ったとしても「自分に言われているわけじゃない」と思われてしまうなって。自分の恥ずかしい部分やより醜いところにシンクロしないと、スルーされてしまう。だからこそ、ある意味で主観的になっていくこと、範囲を狭めていくことが多くの人にハマりやすい作品に繋がっていると思っています。
ーー最初から普遍的なワードを綴るのではなく、限定的な範囲に狭めた結果としてそれぞれの共感を得られるようになっていく。
そうですね。10年前であればもう少し広い視点で書いた言葉の方が伝わりやすかった一方で、今「私の歌だ」と思ってもらうためには尖っている必要がある。皆さんに届けるじゃなくて、「あなたに歌ってんだよ」という感覚が大事だと考えていますし、「あなたに歌ってんだよ」が1億回再生されるのが現代だと思う。最初から1億人に聴かせようとするわけではないんです。
ロックバンドへ立ち返った1つの到達点「匿名奇謀」
ーーアルバムを締めくくる「匿名奇謀」は、強いロック色を放つ1曲です。「Closet Lovers」や「自演奴」「Virtual Drugs (fxxkin’ search)」を連ねることで「匿名奇謀」をアルバム内に位置づけていったと思うのですが、アルバムの音楽性と離れたこの曲を収録することにした理由は何だったのでしょう。
確かに、1990年代のR&Bというアルバムの音楽的な文脈には絡んでいないんですけど、メッセージとしては一貫していると思ったんです。というのも、そもそもこのアルバムのテーマは、自分のルーツを掘り下げることや自分が好きなものを提示することにあったので。僕はNolzyを始める前にバンドをやっていましたし、「匿名奇謀」のバンドメンバーは、自分が学生時代に聴いていたロックバンドの皆さんでもある。そういった意味で原点に立ち返るストーリーは繋がっていると感じましたし、自分が学生時代に熱狂していた音楽を出すことができた1つの到達点なんですよね。
ーー音楽性というよりも、アルバムの根底に流れるコンセプトに強く共鳴する部分があったと。
コンセプトもそうですし、メッセージとしてもこの曲が入る正当性を感じていて。作品を通じて人間関係のままならなさやインターネットのモチーフを描いてきた中で、「匿名奇謀」にはそれが一番ぶっ壊れた形で爆発した強さがある。だから、そうやって目盛りが振り切れるまでの過程を描くことができれば、この曲を入れる筋が通るなと思ったんです。人生ってメロウになる時期も大人になれる時期もあれば、大失敗をして「大人になった気がしていたけど、俺子どもじゃん」と気づくこともあると思うんですよ。僕はそういう人生の流れをそのまま作品にしたいから、自分の感情がオーバーヒートする「匿名奇謀」で終わるのはアルバムとして美しいんじゃないかなって。
ーー個人的な激情を込めた楽曲でアルバムの幕が閉じられる点も、先ほどの主観的になっていくことで、より多くの共感を得ることができるというお話と繋がると思いました。
まさしくそうですね。あとは、より広い話をすると、僕はジャンルとジャンルのハブになりたいと思っているんですよね。ロックバンドともR&Bの畑の人とも交友関係がありますし、ある意味どのミュージシャンともハモれる自信があるというか。アルバムの中で「この1曲は作りたい気持ちが分かるよ」と言ってもらえるのは、Nolzyの強みだし、1つのジャンルにしか興味がないのは勿体ない気もするし。手軽に何でも聴ける時代だからこそ、選んだ上で色々な音楽を好きになっていきたい。そういう意味も含めて、R&Bだけで終わるのではなく、最後にロックパッケージを見せられる「匿名奇謀」を入れたんです。
ーー「匿名奇謀」でロックの側面を提示しているとはいえ、本作の軸はR&Bにあったと思うんです。ジャンルのハブになりたいといったお話もありましたが、Nolzyさんは邦ロックのシーンをどのように捉えているんですか。
邦ロックは、一番日本の時流だけが流れた音楽なんじゃないかなと。例えば、邦ロックをフェス文化と切り離すことはできないですし、他の国のどんな音楽を聴いても存在しないバランス感だと思うんですよ。もちろん、上の世代になれば洋楽の影響を自覚しているバンドもいると思うんですけど、今の世代は邦ロックの独特なシーンをナチュラルなものとして受け入れている。だからこそ、そことそこを組み合わせて自然になっちゃうんだっていう驚きもあり、独自の進化を遂げ続けているジャンルだと感じているんです。そうやって、やりたいことをやっていく、言い換えれば、レンジを狭めていったり尖っていくほど、時代と噛み合った時に爆発力を生むことができるんじゃないかな。
ーー文脈以前に好きなものを選択してきたからこそ、進化を遂げてきた音楽。
そうです。そこにはやっぱり、好きなものをチョイスすることへの美学がありますし、個人的であること、範囲が狭いことの強さがある。それはまさしく今日お話してきた、僕が今向き合っているテーマなんですよね。
3組が出会うべくして出会ったNolzy初の自主企画『Nolzy pre. FAV SPACE_』
ーー2月2日(日)に東京・渋谷WWWにて『Nolzy pre. FAV SPACE_』が開催されます。ODD Foot Works、紫 今との共演ということで、セッション感の強いHIP HOPとインターネットカルチャーの文脈が繋がる1日になると思います。まさしくNolzyさんがハブとしての役割を果たしているイベントだと感じましたが、今回このお2組にお声がけしたのはなぜだったんですか?
音楽的な文脈でのアンダーグラウンドを考えた時に、ODD Foot Worksが浮かんできますし、今さんもネット的な文脈のアンダーグラウンドから登場してきた人なので、ストーリーが似ていると思ったんです。しかも、2組がやっている音楽は自分のやりたいことともシンクロしている。そういう意味で、自分がいることでこのイベントが完成するというか、この3組であれば、タイトル通り、お気に入りの空間ができるなと。あとは、ODD Foot Worksは「卒業証書」、今さんは「Server Down」で明確に1990年代のR&BをJ-POPに落とし込んでいて。それは僕が今回のアルバムでやってきたことと重なりますし、平成カルチャーのリバイバルの文脈でもこの3組は通じ合っていると思うんですよね。だから、出会うべくして出会ったイベントなんじゃないかな。
ーーおっしゃっていただいたように、バチッとピースが噛み合ったイベントだと思います。『Nolzy pre. FAV SPACE_』はNolzy初の自主企画となりますが、どのような1日にしたいですか。
伝説の夜にします!
取材・文=横堀つばさ 撮影=ハヤシマコ
ライブ情報
会場:東京・渋谷WWW
時間:OPEN/START 16:30 / 17:00
※Nolzyはバンドセットでの出演となります
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学割(U-22):¥3,300 (税込/ドリンク代別)
※小学生以上
※U-22割は、2002年4月2日以後に生まれた方対象
※U-22割の方は年齢確認のできる写真付き身分証明書1点、
写真がない場合は2点(学生証・健康保険証など)を入場時にご提示ください。
リリース情報
配信リンク : https://Nolzy.lnk.to/TSR
01.Bittersweet
02.Throwback (slowjam)
06.<広告> ※5秒後に報酬を獲得
07.luv U
08.Scar
09.Closet Lovers
10.自演奴
11.Virtual Drugs (fxxkin’ search)
12.匿名奇謀
公式サイト:https://nolzy.jp/