上白石萌音 「心が軽くなったり、元気になってもらえる何かを手渡せるように頑張ります」、優しくて温かな空気が漂い続けたツアー東京公演をレポート
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上白石萌音
“yattokosa” Tour 2024-25《kibi》
2025.2.2 東京ガーデンシアター
8昨年12月から全国ツアー『“yattokosa” Tour 2024-25《kibi》』をスタートさせた上白石萌音。彼女が全国ツアーを行なうのは今年で4年連続。今回は自身過去最大となる全10ヶ所11公演で開催され、各地
柔らかな電子音が場内に流れ始め、1曲目の「あくび」が始まると、ステージにかけられた紗幕に、上白石のシルエットが浮かび上がった。この曲には《淡いカーテンの その先》という一節があるのだが、まさにそれをイメージしたかのような演出だ。カーテンの向こう側から届けられる透明感のある歌声に耳を傾けていると、サビで幕が開き、椅子に座って歌っている彼女の姿が飛び込んできた。客席から拍手が起こる中、上白石は一言一言を丁寧に、思いを込めて届けていく。続けて「Loop」を伸びやかに歌い上げると、ポップなサウンドが弾ける「skip」では「みなさん、立っていいですよー!」と客席を促し、ハッピーな空気が場内に広がっていった。
今回のセットリストは、昨年11月に発表したアルバム『kibi』を軸にしたもの。本作は、“1日の時間の流れの中にある様々な情景や感情の機微を表現する”というコンセプトで制作されていて、上白石自身が作詞を手がけたものや、洒脱ていて温かな響きを持ったポップスやジャズテイストの楽曲が並んでいた。それらがサポートバンドによる豊潤な演奏で繰り広げられていく時間は、まさに極上。もちろんその中心には上白石の美麗な歌声があるのだが、たとえば「かさぶた」では、椅子に腰をかけて足を組んだり、ふてくされているところから、曲が進むにつれて少し悲しげな面持ちになったりと、歌唱はもちろんのこと、表情やちょっとした目線の動きなども交えながら、歌詞の世界観を表現していく。そんな俳優としての顔を覗かせる瞬間も多々あった。
上白石のライブでは、ステージのライティングをより美しく見せるために、彼女の呼びかけで観客が手持ちのサイリウムを消す“消灯式”と呼ばれる時間がある。今回のツアーでは、ステージに置いてあるテーブルランプの灯りを上白石が消したら、観客はサイリウムをオフにするという流れになっていた……のだが、どうもランプの調子があまりよくない模様。上白石がスタッフを呼ぶと、舞台袖から姿を現したのは、いきものがかりの2人。予想外の展開に客席から驚きの声が上がる中、吉岡聖恵と水野良樹が作業をして、無事ライトは復旧。しかし、2人は特に何を言うわけでもなく、そのまま舞台袖に戻っていき、再び場内が大きくどよめくと、「なんか見たことある顔だったよね……」と、上白石。そんなサプライズ演出でも観客を楽しませていた。
ライブ中盤には2つのコーナーが用意されていた。ツアー各地でその土地にゆかりのある楽曲をカバーしてきた「ご当地コーナー」では、「戦後の空気に浸ってみましょう」ということで、美空ひばりの「東京キッド」をアコースティック形式で披露。椅子に腰をかけて朗々と歌い上げると、続けて「ロンドンコーナー」へ。昨年、舞台『千と千尋の神隠し』の公演でロンドンに3ヶ月滞在し、昼は観劇、夜は自身の舞台に立つという生活を送っていたという上白石。そのときに受けた刺激を共有できたらということで、ロンドンにまつわる楽曲が3曲演奏された。1曲目は、ザ・ビートルズの「Yesterday」。上白石が師と仰ぐ翻訳家・河野万里子の手ほどきを受けながら和訳した歌詞が、紗幕に縦書きで映し出されるその光景は、まるで映画を観ているような雰囲気も。続く『メリーポピンズ』の「お砂糖ひとさじで(a spoonful of sugar)」では、シュガーポットをスプーンで鳴らす粋な始まりで、生き生きとメロディを客席へ運ぶ。この2曲もアコースティック形式で届けられたのだが、まるで旅先の思い出を親しい友人に話すようなアットホームな空気が心地よかった。サポートバンドが再び定位置に戻り、「ロンドンコーナー」のラストを飾ったのは『レ・ミゼラブル』より「夢やぶれて(I dreamed a dream)」。徐々に感情を高めていく情熱的な歌に、鳴り止まない拍手が送られていた。
その余韻が残る中、スロウナンバーの「変わらないもの」を、キーボードの弾き語りで披露。スポットライトを浴び、柔らかなタッチで鍵盤を奏でながら、儚さや切なさをたたえた繊細な歌声を響かせていた。そこから軽快なシティポップの「hiker」で空気をガラリと切り替え、「白い泥」では、カジュアルな衣装に早着替えした上白石が、その勢いのまま疾走感のあるバンドサウンドにのってパワフルに歌い上げる。伸びやかなフェイクを響かせた「ひかりのあと」では、ラストの一音に合わせてテーブルライトの灯りを消す上白石。そこから彼女がアカペラで歌い始めたのは、「なんでもないや(movie ver.)」だ。ステージ背面に満天の夜空が輝く中、彼女はまっすぐ前を見つめ、優しくも凛とした歌声でメロディを紡いでいた。「私は、“おやすみ”とか“ゆっくり寝てね”っていう挨拶がすごく好きです。みなさんが気持ちよく眠りにつけますように──そんな願いを込めて最後に歌います」と、アルバム『kibi』のエンディングを飾った「スピカ」を、本編のラストナンバーとして届ける。柔らかでゆったりとしたアンサンブルと、彼女の温かな歌声が場内に広がり、観客を包み込んでいた。
アンコールでは、いきものがかりの2人が改めて登場。小学校の頃から憧れていたアーティストとの共演に、心の底から喜ぶ上白石。いきものがかりとしては、今回のような形でゲスト出演するのは初めてだったそう。賑やかにトークを楽しんだ後、水野が上白石に楽曲提供した「まぶしい」を3人で披露。吉岡のコーラスを受けて嬉しそうに歌う上白石の横で、水野がギターソロを伸びやかに奏でる。ラストでは上白石と吉岡がリズムに合わせて飛び跳ね、満面の笑みを浮かべていた。さらに、上白石がいきものがかりを知るきっかけとなった「YELL」もコラボ。儚くも力強いドラマティックなスロウナンバーに、観客は深く酔いしれていた。
いきものがかりの2人を送り出した後、その場に座り込み「どうしよう……こんなことがあっていいんだろうか……頑張れる!」と叫んだ上白石は、水野が手がけた「夜明けをくちずさめたら」を、この日の最後の曲として披露。コロナ禍でリリースされた同曲について「歌詞の内容とか曲の温度感が、今を生きる私たちの小さな温かいお守りになるような曲だなと思って、大切に歌ってきた」と話す彼女は、柔らかな笑みを浮かびながら、客席に歌いかけていた。曲を終えると、オープニングで耳にした電子音が再び鳴り響き、「あくび」のAメロが流れ始める。幕がゆっくりと閉まっていく中、上白石はステージ中央の椅子に座る。そして最後の一音と共に、幕がはらりと美しく閉まる。そんなシアトリカルな演出が深い余韻を残すエンディングだった。
この日のMCで、いきものがかりの2人が上白石のライブについて、「神聖な空気」(吉岡)、「みなさんが気づかないうちに、上白石の空気になってるんですよ」(水野)と話していたのだが、本当にその通りで、優しくて温かな空気が終始場内に漂い続けていた。それは間違いなく上白石の歌声と、そこから滲み出てくる彼女の人柄から生まれていたものだろう。「これからも、ちょっとでも心が軽くなったり、元気になってもらえる何かを手渡せるように頑張ります」と話していた上白石。そんなアーティストとしての彼女の魅力を存分に堪能できたステージだった。
取材・文=山口哲生
撮影=板橋淳一 / 柴田和彦
公演情報
2月14日より帝国劇場にて上演
※上白石萌音はFプログラムに出演。
『Happy Mother's Day!~母に感謝のコンサート2025 inTOKYO~』
5月6日(火祝)Bunkamura オーチャードホール
【ストーリーテラー】内田也哉子
【出演】森山直太朗、上白石萌音 and more…
【オフィシャルピアニスト】桑原あい
【オフィシャルバンド】須原杏カルテット