浅利慶太企画・構成・台本・演出による、『ミュージカル李香蘭』が4月より上演

2025.2.28
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『ミュージカル李香蘭』          撮影=石阪大輔

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2025年4月25日(金)~5月11日(日)自由劇場にて、『ミュージカル李香蘭』が上演される。

“昭和”という時代と、“戦争の悲劇”に真正面から向き合い、時代の真実に迫った『ミュージカル李香蘭』。1991年の初演以来、900回以上というオリジナルミュージカルとしては圧倒的な公演回数を誇る人気作だ。“日中戦争”“満州国”を巡る史実を背景に、日本人でありながら、中国の歌姫として数奇な運命を辿った“李香蘭”こと山口淑子の半生を描いている。1992年には日中国交回復20周年記念公演として中国4都市(北京/長春/瀋陽/大連)を巡演。1997年にはシンガポール公演も行われるなど、国際的にも高い評価を得た。

戦後80年が経過。若い世代にとって戦争は遠い出来事となり、また戦争体験世代の高齢化によって、語り部も失われつつある。“昭和の戦争”がどのようなものであったのか、その実相に迫る作業は今後ますます難しくなっていくのではないか。「悲劇が繰り返された“昭和”という時代を、決して風化させてはいけない。あの戦争の悲劇を語り継ぐ責任が僕にはあると思っています」と、『ミュージカル李香蘭』を企画、製作した、演出家、故・浅利慶太の言葉だ。

撮影=荒井健

『ミュージカル李香蘭』の原作は、山口淑子・藤原作弥共著「李香蘭 私の半生」(新潮社刊)。女優“李香蘭”の半生と、昭和史の断面を描いた山口淑子初めての自伝。1987年刊行以来、ロングセラーとなっており、中国でも広く読み継がれている。2004年12月に新聞寄稿をもとに発表された山口淑子著の「李香蘭を生きて」(日本経済新聞社刊)は反響を呼び、2007年2月にはテレビ東京で2日連続ドラマスペシャル『李香蘭』が放送され、2008年7月には日本テレビ開局55周年記念特別番組「女たちの中国」、2014年9月、山口淑子が亡くなった翌月には NHK「クローズアップ現代」で特集されるなど、激動の昭和史と共に生きたその波乱万丈な人生は、様々なメディアで取り上げられている。

本ミュージカルには人々の心に響くメロディーが溢れている。ポップス界のヒットメーカーにして、ミュージカル作曲家としても評価の高い、三木たかしによるオリジナルナンバー20曲の他、「夜来香」「蘇州夜曲」「松花江上」など、李香蘭のヒット曲、「月月火水木金金」「海ゆかば」といった昭和の時代を象徴する楽曲が、全編を彩る。

【ストーリー】
1946年、上海軍事裁判所。ここに一人の女性が引き出された。名は“李香蘭”。日本の国策映画に数多く出演したことから、祖国・中国を裏切った反逆者(漢奸)の罪を問われ、裁判に掛けられたのだった。しかし、彼女は告白する「私は日本人。名は山口淑子です」と…。
中国・東北部の撫順に育った山口淑子は、1930年、父の友人である李際春将軍の養女となり、“李香蘭”の中国名をもらう。彼女は、中国と祖国日本への愛とを胸に秘めて少女時代を過ごす。
1932年、現在の中国東北部に“満州国”が建国された。アジアの5民族——満州族、漢民族、朝鮮族、蒙古族、日本人——が平等に暮らす「五族協和」を建国理念に掲げた国の誕生は、日本人に新しい時代の幕開けを感じさせた。
類まれなる美貌、流暢な中国語、そして歌の才能を認められ、淑子は満州映画協会で女優・李香蘭としてデビューする。心ならずも日本の国策映画に次々と出演した彼女を、誰もが中国人だと考えていた。
スターの道を歩む李香蘭。一方で、時代は戦争一色に塗りつぶされていく。軍部の独走は、戦渦をますます広げていき、米英との太平洋戦争開戦以降は、ますます泥沼に追い込まれていく。もはや結果は明白だった。
そして1945年終戦。日本は敗退し、満州国もわずか13年という短い歴史を閉じることになった。その理念、人々の夢や希望。日本人がこの国にかけたそのすべてが打ち砕かれたのだった。
舞台は再び法廷へ。すべてを告白した淑子に、いよいよ審判が下される時がきた…。

 

公演情報

『ミュージカル李香蘭』
 
【日程】2025年4月25日(金)~5月11日(日)
【会場】自由劇場

料金】9,900円(全席指定/税込) ※2 歳以下入場不可
 
発売】
「四季の会」会員先行 3月9日(日)午前 10 時開始
 一般発売 3月16日(日)午前10時開始
 
【公演に関するお問い合わせ】浅利演出事務所 TEL:03-3379-3509
【公式サイト】 https://asarioffice.jp/
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