『ヒルマ・アフ・クリント展』がアジア初上陸 抽象絵画の魅力と先駆性に迫る
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3章「神殿のための絵画」展示風景 東京国立近代美術館 2025年
スウェーデン出身、抽象絵画の先駆者。アジア初となる大回顧展『ヒルマ・アフ・クリント展』が2025年3月4日(火)に東京国立近代美術館にて開幕した。約140点の作品は全てが初来日となり、日本でヒルマ・アフ・クリントの画業を広く伝える貴重な機会となる。
記者発表会で、東京国立近代美術館 館長の小松弥生氏は「ヒルマ・アフ・クリントは、自身の没後20年間は自分の作品を公開しないように希望していたとされる。その後ブレイクするまで50年ほどの期間が空いている。そして、21世紀に人気が出て評価が高まったことは興味深い」と話した。ヒルマ・アフ・クリントの魅力とは何か、そして美術史ではどのような先駆性があったのか。担当研究員のコメントを挟みながら、会場レポートをお届けする。
植物図鑑のように写生する技術力の高さ
展示室で最初に目にするのは、描写力の緻密さが際立つ初期の絵画だ。ヒルマ・アフ・クリントは、スウェーデンで最も優秀な学生たちが集まるという王立芸術アカデミーで正統的な美術教育を受け、当時の女性としては珍しく職業画家として活躍していたという。
1章「アカデミーでの教育から、職業画家へ」展示風景 東京国立近代美術館 2025年
10代から関心を持ち始めていた精神世界
彼女は17歳の頃からスピリチュアリズムに関心を持ち始めたとされている。東京国立近代美術館 美術課長の三輪健仁氏は、「ヒルマ・アフ・クリントは神秘思想によって、アカデミックな絵画とは全く異なる表現を生み出した。両者が1人の作家の中で共存していたことが大きなポイントになる」と解説する。
「5人」《無題》1908年 ヒルマ・アフ・クリント財団
特に親しい4人の女性と「5人(De Fem)」というグループを結成したヒルマ・アフ・クリントは、交霊術で霊的な世界との交信を試み、そこで得たものを描いた。「何を描いたのかは彼女たちもわからなかった」という解説に思わず鳥肌が立つ。一体どのようなトランス状態に陥っていたのだろうか。
「5人」《スケッチブック、ブック13:1905年1月24日から1906年1月10日》1905–06年 ヒルマ・アフ・クリント財団
そうして彼女が追究した絵画は、1906年から1915年にかけて制作された代表的な作品群、全193点からなる「神殿のための絵画」のシリーズに結実する。時代的には20世紀美術に分類されるが、その色使いや表現の斬新さは、より現代的なコンテンポラリーアートのようにも見える。
〈エロス・シリーズ、WU /薔薇シリーズ、グループ II〉1907年 ヒルマ・アフ・クリント財団
この点には三輪氏も注目しており、「戦後に展開していく現代美術のメインストリームが、実はヒルマ・アフ・クリントの絵画では予見されていたようにも見える。現代美術との比較による、彼女の表現の先駆性への注目も興味深い」と近年の研究成果を伝えた。
圧倒的スケールを誇る〈10の最大物〉
本展の見どころのひとつが、高さ3m強にも及ぶ10点組の絵画〈10の最大物〉だ。展示室に足を踏み入れた瞬間、そのダイナミズムに圧倒される。見上げるほどの大画面からは、色彩とエネルギーが放たれているかのようだ。
3章「神殿のための絵画」展示風景 東京国立近代美術館 2025年
広大な空間の真ん中に配置された10点の絵画を、鑑賞者はぐるりと一周しながら鑑賞できる。人生の4つの段階(幼年期、青年期、成人期、老年期)を表す絵画をそれぞれ味わいながら二周、三周とすれば、それはまるで命の円環を辿るような、まさに神秘的な体験だ。照度を落とした展示室の薄暗い雰囲気は、より一層の内省を促す。
3章「神殿のための絵画」展示風景 東京国立近代美術館 2025年
「ヒルマ・アフ・クリントはやがて、メッセージに従うままにというよりも、自身が主体的に作品を制作していくようになった」と小松氏は紹介していた。なにかに導かれつつ、能動的に絵筆を動かした彼女。その表現は留まるところを知らず、さらに哲学的に発展していく。
《知恵の樹、W シリーズ、No. 1》1913年 ヒルマ・アフ・クリント財団
《祭壇画、グループ X》1915年 ヒルマ・アフ・クリント財団
ヒルマ・アフ・クリントは晩年になると、「神殿のための絵画」を収めるための神殿を建てる構想をしていたそうだ。「彼女は、それがこの作品群の理想的なあり方だと考えていた」と三輪氏は言及する。
実現はしなかったものの、「全193点の中でさらに細かくシリーズが分かれているところにも、厳密な体系性が見て取れる。これこそヒルマ・アフ・クリントの本質。個々の作品だけではなく、体系化してその総体を後世に残すことに意識的であった部分は、今回の展覧会でも非常に重要なものとして強調している」と熱意を込めた。
体系の完成へと向かう水彩
晩年まで絵を描き続けたヒルマ・アフ・クリントの世界観は、さらに洗練されていく。抽象的な絵図は難解だが、彼女が生涯をかけて追い求めた世界の一端と、その営みを目の当たりにすることに意義を感じた。そして、この時期の絵画にも彼女の原点といえる植物が登場し、自然科学と精神世界の双方に関心を持ち続けていたことがわかる。
《グループ3、No. 10–17》1919年 ヒルマ・アフ・クリント財団
《無題シリーズ III、スミレの花とガイドライン(複製)》1919年 ヒルマ・アフ・クリント財団
《無題》1941年 ヒルマ・アフ・クリント財団
ヒルマ・アフ・クリント財団 CEOのイェシカ・フグルンド氏が「今回、日本で初めてヒルマ・アフ・クリントの展覧会が開かれることを嬉しく思う。多くの方に知っていただけることを願っている」とコメントしていたように、本展は彼女の作品と世界観を十分に感じ取れる貴重な展覧会に違いない。
『ヒルマ・アフ・クリント展』は6月15日(日)まで、東京国立近代美術館にて開催中。アジアで初となる待望の展覧会、その神秘と先駆性を味わってほしい。
文・写真=さつま瑠璃
展覧会情報
◆会期:2025年3月4日[火]~6月15日[日]
◆休館日:月曜日(ただし3月31日、5月5日は開館)、5月7日[水]
◆開館時間:午前10時~午後5時(金曜・土曜は午前10時~午後8時)
※入館は閉館の30分前まで
◆会場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
◆主催:東京国立近代美術館、日本経済新聞社、NHK
◆協賛:大林組、DNP大日本印刷
◆特別協力:ヒルマ・アフ・クリント財団
◆後援:スウェーデン大使館
◆お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)