The Rev Saxophone Quartet 名曲の新たな可能性へのチャレンジ
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上野耕平、宮越悠貴、都築惇、田中奏一朗によるサクソフォン・カルテット「The Rev Saxophone Quartet」(以下、Rev)が、2025年1月13日、東京・浜離宮朝日ホールでリサイタルを行った。今年結成12年を迎えるRevは、これまでもバラエティに富んだ意欲的なプログラムで演奏会を重ねてきたが、今回はジョージ・ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」を軸に、アメリカものを中心としたスタンダード・ナンバーを揃えた。しかし、ただの定番では終わらないのがRev。完売となった客席に大いに期待を抱かせつつ、舞台の幕が上がった。
とにかく「楽しそう!」なプログラム、まずはガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム」から。Revとの親交が深い和仁将平アレンジ版の世界初演だ。パンチの効いた音が弾(はじ)け、テーマパークのゲートを通ったように会場が一気に華やぐ。メンバーそれぞれに見せ場があり、テーマがあちこち泳ぎ回るのを聴衆が一体となって追いかけ、ウキウキムード全開だ。1930年、世界恐慌の最中に発表されたこの曲が、どれほど人々の心を明るくし、勇気づけたことか、そんなことを思わずにいられない。
メンバー紹介を交えながらのトークの後も、ガーシュウィン作曲、和仁将平編曲作品の世界初演が続く。語るように始まった「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー」の、遠くに想いを馳せるような、メロウで、寄りかかりたくなるような旋律、吸引力のあるユニゾン、煌めくような装飾音など、同じガーシュウィン、同じアレンジャーでもまったく違う世界を見せた。
「3つのプレリュード」は、もともとピアノ・ソロの曲だが、このサクソフォン・カルテット版はRevがデビュー前から演奏している十八番。それだけに、メンバーは演奏中に何か面白いことを仕掛けようと思わずにはいられないらしい。本番での裏テーマは「どうやってみんなを(笑って)吹けなくさせるか」だそうだ。
第1曲、アルトサックスの挑発するような冒頭に触発され、次々にバトンが渡されていく様子に、こちらも思わずニヤけそうになる。リズミカルなバリトンに支えられ、時折瞬間風速を上げながらの疾走が小気味いい。
打って変わってブルージーな第2曲は、アルトサックスの気だるく妖艶な雰囲気、ソプラノサックスの美しくもどこか呑気な歌い回し、バリトンサックスのコミカルな中間部、どこをとっても魅力たっぷりだ。
第3曲は、ニューヨークの酒場や街中の喧騒を思わせる、都会的な雰囲気。都築曰く「みんなの優しさで生まれた」冒頭のテナーサックスのメロディーパートは、骨太な存在感を示し、そこからはノリノリの掛け合いで一気に駆け抜けた。
ガーシュウィンの憧れの存在でもあったラヴェルは、今年生誕150年を迎えるが、Revも7月にオール・ラヴェル・プログラムのリサイタルを予定している。この日もアルバム「for」から、旭井翔一のアレンジによる「亡き王女のためのパヴァーヌ」を取り上げた。
ピッタリと縦が揃ったアンサンブルながら、精密な時計のように刻む伴奏と、感傷的なメロディーが、それぞれの時間軸で横に進んでいく。ラヴェルの多くの作品に見られる特徴でもあるが、素材一つひとつがそのままの形を残し、色が混ざらない。しかしそこにひとつの温かな空間を生みだした、ピアノ・ソロ版ともオーケストラ版とも違う響きは、サクソフォンとラヴェル作品との相性の良さを存分に示した。
前半最後は、今回で4度目となるプロデュース企画。音楽家を目指す高校生以下の学生を対象にオーディションを実施し、合格者がRevのメンバーそれぞれから個人レッスンを受け、Revのリサイタルで4人との共演を目指すというもので、今回は沖縄在住、高校2年生の柏原睦玖さんが出演した。メンバーは「予測不能な子」、「未だにつかめない」などと印象を語りつつも、彼独特の雰囲気に魅了されているようだ。客席にも、柏原さんの成長を配信などで数ヶ月にわたって見守ってきた人は多く、舞台に登場した本人を温かい拍手が迎えた。
曲は自ら希望したダリウス・ミヨーの「スカラムーシュ」。第1楽章は、目まぐるしく動き回りながらも、場面ごとに多彩な音色を使い分ける。最強のバックに背中を押され、本番中も成長し続ける姿が眩しい。
第2楽章は、目の前の視界が広がっていくような歌。まだ学生で、未完成の部分もあるかもしれないが、何かハッとさせられるような瞬間があり、心洗われる思いがした。
第3楽章は、さらに力みがとれ、水を得た魚のように伸び伸びと、しなやかに楽器を鳴らす。ギラギラした灼熱の太陽ではなく、温かく爽やかな海風を感じるようなサンバで、会場を多幸感で満たした。
演奏後、「楽しかったです!」と最高の笑顔を見せた柏原さん。彼には、「なんか、好きだな」と思わせるものがある。そして、上手く説明できない「なんか」という部分が、実は演奏家には大切なのかもしれない。Revとの出会いで大きく成長し、さらに飛躍していくであろう若者を、これからも応援し続けたい。
後半は、没後10年になるジャズサクソフォンの巨匠、フィル・ウッズの「3つの即興曲」で始まった。サクソフォン・カルテットのために書かれたオリジナル作品で、Revにとっても重要なレパートリーだ。
都会的で、どこか危険な香りが漂う第1曲は、終始切れ味抜群。ソプラノサックスの甲高い音、ラストのテナーサックスが最高にエキサイティングだ。
第2曲は、面で揃った和音に、妖艶なメロディーが浮き立ち、何とも不気味な雰囲気。
第3曲は、目まぐるしい変拍子と、煙が出そうな超絶技巧のオンパレードで、息つく間もないほどだが、引き締まった見事なアンサンブルは「さすが」の一言。
「今日のプログラム、全部難しくないですか?」、「珍しく、休憩中も全員が練習してました」と話すほどハードなリサイタルのトリは、いよいよこの日のメイン、Revのために旭井翔一がアレンジした「ラプソディー・イン・ブルー」。
バリトンのトリルから焦らすようなポルタメントをつなぎ、遊び心たっぷりのオープニングのあとは、ピアノ、打楽器、そしてクラリネットもファゴットもホルンも、すべてが聞こえてくるよう。本当にサックスだけ? 本当に4人だけ? と思わずにいられない豊かなサウンドが広がる。音域の幅、音色の多彩さでオーケストラの響きを思わせたかと思いきや、サクソフォン・カルテットならではの、機敏で小回りのきくコンパクトなスピード感も見せつける。全員でのハチャメチャな大騒ぎ、自由自在な緩急、おどけたようなバリトン、テンションを一気に上げるソプラニーノ、と「Revらしさ」満載だ。オーケストラよりもぐっと親密感のある響きで、うっとりと歌った中間部から、ラストへ向けては3+3+2のリズムに乗ってエキゾチックな旋律がアクセル全開で突き進む。ボルテージをどんどん上げ、圧巻のフィナーレで世界初演を締め括った。
巧みな音使いで原曲の響きを目指すだけでなく、メンバー各々の個性を生かしたソロパートをたっぷり聴かせる、原曲とは方向性の違う場面をふんだんに盛り込んだアレンジは、この曲の新しい可能性を見せ、十分過ぎるほどの聴き応えだった。上野の「旭井さんは5人目のRev」という言葉に納得。曲を書きたくなる演奏家がいて、演奏家の魅力を引き出す曲を書く人がいて、名演が生まれ、音楽は進化していくのだと改めて思う。そして、誰もが自分の中に「これ」と思う理想を持つ名曲に、まったく新しい形でチャレンジしたメンバーの勇気と、熱演で聴衆を納得させた、その力量を讃えたい。
アンコールは、「熱いプログラムが続いたので、ほっと一息ついていただきたい」と、「バークリー・スクエアのナイチンゲール」を演奏。長く弾き込み、身体に馴染んだ曲は、1+1+1+1が4ではなく、1になるようなアンサンブル。先のラヴェルの時の印象と違い、いくつもの素材・色が、液体のように完全に混ざり合い、ひとつの色になっていくよう。そして、これからも熟成を重ねていくのだろう。ホロリとするような余韻を残し、リサイタルの幕を閉じた。
次回、Revのリサイタルが聴けるのは7月。演奏予定曲目も一部発表となった。アニヴァーサリーイヤーである2025年、至る所でラヴェル作品が演奏されるが、きっとここでしか聴けない響きに出会えることだろう。
取材・文=正鬼奈保 撮影=岡崎雄昌
公演情報
日時:2025年7月6日(日) 14:00開演(13:30開場)
会場:浜離宮朝日ホール(東京)
演奏予定曲:
ラヴェル:水の戯れ
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル:ソナチネ
ラヴェル:クープランの墓
ラヴェル:ツィガーヌ 他