「喜寿、すべてが挑戦」五木ひろし、一世一代の『喧嘩安兵衛』に挑む~坂本冬美と語る明治座公演への意気込み
五木ひろし(右)、坂本冬美(左) (撮影:塚田史香)
五木ひろしが、デビュー60周年を記念した特別公演を明治座で行う。特別出演に坂本冬美を迎え、自身6度目となる『喧嘩安兵衛』を上演。主人公は、のちに『忠臣蔵』のモデルとなった赤穂義士のひとり、中山安兵衛(堀部武庸)だ。大立廻りもある本作について、喜寿を迎えた五木は「今回が最後では」とも語る。
公演の第一部は芝居、第二部は五木と坂本のスペシャルショー。ふたりが揃って取材会に応じた。取材後、「喜寿」の意味を確認しなおしたほど、五木は若々しくエネルギーに満ちていた。
■6度目に挑戦の『喧嘩安兵衛』
———1987年初演。 昨年11月に、大阪新歌舞伎座で22年ぶりに再演され、このたびの明治座で6度目の上演となります。
五木ひろし(以下、五木) 明るく、楽しく、そして豪快に。小野田勇先生が脚本が書かれ、三木のり平先生に素晴らしい演出をつけていただき、1987年に初演された芝居です。1980年代あたりから、僕は小野田先生とのり平先生のコンビで、何作もやらせていただきました。『喧嘩安兵衛』も、思い出深い一作です。僕は、もう50年以上芝居をし、これまでに79演目をやってきました。そのうち『雨あがる』(原作:山本周五郎)と『沓掛時次郎』(原作:長谷川伸)は、6回上演しています。『喧嘩安兵衛』も、今回でそこに並び、最多上演となります。
———大阪公演では、おかん婆さん役を、笹野高史さんがつとめました。22年前に続くキャスティングであり、明治座でも笹野さんが出演されます。
五木 前回の笹野さんのお芝居が、本当に面白かったんです。その思い出もあり、またお願いしました。笹野さんは「20数年前の婆さんの元気があるかは分かりませんが、五木さんが安兵衛をやるならば」と引き受けてくださいました。
———坂本さんは、気丈で男勝りな武家の娘、堀部幸を演じます。
五木 第二部では、歌のステージもあります。あまり負担をかけてもいけませんから、冬美ちゃんには過去の芝居のビデオをみていただき、了解を得ました。
坂本冬美(以下、坂本) 映像を拝見した時は、「できるかな?」と頭にたくさんクエスチョンが浮かびました。ですが五木座長が安兵衛をなさる。笹野さんもお出になる。そのチャレンジ精神をうかがってしまっては、「できません」なんて言えません。
五木 (笑)
坂本 「私も」と奮い立たせていただき、お引き受けしました。
五木 たしかに「できません」とは言えなかったでしょう(笑)。それでも「やります」と言ってくれたことが、僕はとても嬉しかった。僕の相手役は彼女しかいませんから。おかん婆さんが決まり、冬美ちゃんもOKしてくれた。昨年は三木のり平先生の生誕100周年。そのような経緯で、『喧嘩安兵衛』に挑戦したんです。
■これではいけない、と気がついた
———初演の頃の思い出はありますか?
五木 有名な話ですが、小野田先生は台本を書くのが遅い方でした。時間をかけるほどに面白くなるんです。本番前日の舞台稽古の時に、やっと後半の台本ができあがるようなこともあったくらい(笑)。でも、のり平先生はコンビでしたから演出が頭の中にできあがっていて、まるで焦りはない。一方で、僕は台詞を覚えなくてはと、初演はいつも精一杯だったように思います。
でも、再演のたびに理解が深まり、台詞への気持ちも変わります。歌にも言えることですが、歌うほど、月日がたつほど見えてくるものがある。芝居の場合、回を重ねるほど凝縮されて、実際に上演時間も縮まるんです。歌の場合は演奏者がいて、テンポも決まっていますから、それはありません。これは芝居の醍醐味だなと感じます。『喧嘩安兵衛』は、おそらく今回が最後。「だからこそ、ここはこうしてみよう」など、今も頭にアイデアが浮かんでいます。集大成をお見せしたいです。
———坂本さんからご覧になって、座長としての五木さんはいかがですか?
坂本 役者さんであると同時に、プロデューサー的な目をお持ちです。演出の先生のように、全体も見ていらっしゃいます。常に神経を張り巡らされていて、五木座長がお疲れになってしまわないか、心配にもなるほど。でも本番には「え!」と思うぐらい、長屋の安兵衛になり、歌のショーでは、歌手の五木ひろしさんに。本当に器用な方だと思います。周りを気遣ってもくださるので、座組は和気あいあいとしています。
五木 芝居に慣れていなかった頃は、今とは少し違いました。お芝居の仕方や動きなど、学ぶことばかりでしたから、誰よりも早く台詞を覚えなくてはと思っていたんです。だから本読みの翌日には、もう台本を持たずに芝居をしていました。でも、僕だけが台本を手放している状況に、周りがあ然としてしまったんです。これは、かえって皆さんにプレッシャーを与えてしまう、迷惑をかけていると気がつきました。だから、あえて覚えないようにしたりして。そうしたら、今度は人のセリフを全部覚えてしまった。結果的に、台本を一冊覚えてしまい、人の間違いにすぐ気がつくようになってしまった。歌でもそうなんです。誰が何小節目でどの音を間違えたかに、すぐ気がついてしまう。
一同 (笑)
五木 以前、本番の舞台でトチった人は、一回1000円を入れる「トチリ箱」を設置したことがありました。そのお金で千穐楽に食事会をするんです。僕もトチッた時は入れましたし、共演の皆さんは、僕が人の間違いに気がつくことを知っていたんですね。自己申告制でしたが、ちゃんと入れてくれて、千穐楽には、思いのほか大きな額が貯まっていました(笑)。今はもう、トチリ箱はやりませんが。
坂本 安心しました(笑)。
五木 でも緊張感は必要ですよね。楽しく真剣に、皆で集中して挑みたいです。
■安兵衛の男魂と、じゃじゃ馬娘のかわいらしさ
———安兵衛を演じる上で大切にされていることはありますか?
五木 男の友情、そして失われつつある男魂です。安兵衛は、日頃は飲んだくれていますが、剣客で腕っぷしが強く、情があり、人にやさしい。『沓掛時次郎』にも言えることですが、そういう男のやさしさや義理人情に、僕は惚れ込んでいます。そういったお芝居に凝縮されたものは、歌の一曲や二曲では表現しきれません。しかし芝居で演じられるようになれば、一曲の中でも、その世界を歌えるようになると思っています。芝居は、歌にも大変プラスになると考えています。
———坂本さんの幸は、いかがでしょうか。
坂本 幸は凛としているのですが、安兵衛さんの男らしさ、情深さに惹かれていき、急にかわいい女の子に変わります。その変化と、かわいらしさをお客様にお伝えできるよう、一生懸命演じます。
五木 そういえば大阪公演では、最初、声のトーンも一生懸命高くして、がんばりすぎていたんだよね。
坂本 じゃじゃ馬娘を意識しすぎてしまい、プレッシャーもあって(笑)。五木座長から「もっと普通にしていいよ」と言っていただき、千秋楽に近づくに連れて肩の力が抜けていったんです。明治座公演では、より自然体の幸をお見せできると思います!
五木 冬美ちゃんは、ご自分が座長の単独公演もされる方です。僕の公演では、ふだんしないことに挑戦してほしい。そして、笹野さん、冬美ちゃんに挑戦いただくからには、私も最後の立廻りまで、演出を変えずやらせていただくことにしました。昨年の大阪は大勝負でしたが、僕なりにやりきることができた。自信もつきました。年齢は、もう関係ありません。舞台の上で安兵衛として、このお芝居の上演にかけたいと思っています。
■歌のステージでは和楽器の合奏も!
公演の第二部は、五木ひろしと坂本冬美のスペシャルショーだ。今年1月から4月にかけて、ふたりは、27公演にわたるジョイントコンサートを成功させている。その際に好評だった和楽器の合奏を、明治座公演にも採りいれる。
五木のプランに、誰よりも楽しそうに耳を傾けていた坂本。ショーの内容については、この時が初耳だったという。それでも「五木さんは、私のことを誰よりもわかってくださっていますので」と全幅の信頼を寄せ、「今回も新たな一面を見いだしてくださると思います」と笑顔で続けた。五木の最新曲『母の顔』、坂本の最新曲『浪花魂』ももちろん披露される。
■僕がエネルギーを与えなくては
———五木さんは、歌手デビュー60周年。現在77歳ですが、お芝居の演出も歌のキーも、変えることなく舞台に立たれています。
五木 すべてが挑戦です。感覚のギャップが出てくると思いますが、今は「まだやれる」と感じます。僕の歌、芝居で元気になって帰ってほしい。僕がエネルギッシュでないと、観てくださる人もエネルギッシュにはなれません。僕がエネルギーを与えなくてはと思うんです。去年はね、年齢にあわせて76曲を歌うコンサートをやりました。メドレーも入れながら、先輩の歌、自分の歌も含めて。1歳増えて、今年は77曲になります(笑)。
坂本 えー! (そのコンサート)今年はいつですか?
五木 明治座の前に。
坂本 えー!!(一同笑)
五木 誰に言われたわけでもなく、自分でやると決めて選曲をして。疲れたなんて言っていられません。なによりも、それを考えている時間が楽しいんです。
———そんな五木さんの安兵衛が、ますます楽しみになりました。最後に、公演への思いをあらためてお聞かせください。
坂本 いつの時代にも変わらない人の優しさというものはあると思います。でも、安兵衛のいた江戸時代は、もっと人のために生きる人が多かったのかもしれません。義理人情があり、純粋な人も多く、ささやかな幸せを受け取る力は、今の時代よりもずっと強かったんじゃないかな。いい時代だったから、今も時代劇、お芝居として演じられているんだと思うんです。じゃあ、今の時代をお芝居に残そうとする人がいるだろうか。物語になるようなものが、あるだろうか。そんなことも考えます。 『喧嘩安兵衛』をきっかけに、人を思いやる気持ちを少しふり返ってみて頂けたらと思います。
五木 最近は、世界に誇る赤穂浪士の美談をご存じない方が増えているそうですね。先日、歌について話していた際にも、日本の流行歌の基礎となった「古賀メロディー」を知らないと言われ、驚きました。新しい文化も大切です。しかし同時に、忘れてはならないものもある。日本の優れた文化を継承していくという意識を持って、失ってはならない作品を、自分の手で取り上げていく責任を感じています。
五木ひろし特別公演、坂本冬美特別出演『花のお江戸の快男児 喧嘩安兵衛』と『スペシャルショー』は、明治座にて2025年7月5日(土)より7月27日(日)までの上演。
取材・文・写真撮影:塚田史香
公演情報
五木ひろし特別公演 坂本冬美特別出演
■日程:2025年7月5日(土)~7月27日(日)
■作:小野田勇
■演出:三木のり平
■補綴:吉本哲雄
■補綴・演出:金子良次
五木ひろし
坂本冬美
笹野高史
太川陽介
麻乃佳世
曾我廼家寛太郎
江口直彌 ほか
<声の出演>講談師 六代目 神田伯山
五木ひろし 坂本冬美 豪華な共演でお届けするショータイム開演!
■構成・演出:松園明 構成・演出