尾上右近、自主公演第九回『研の會』10年目の思いと挑戦「アマチュアっぽい感覚も大切にしたい」
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尾上右近 撮影=翼、
今年も7月11日(金)~12日(土)大阪・国立文楽劇場、7月15日(火)~16日(水)東京・浅草公会堂にて尾上右近自主公演第九回『研の會』が開かれる。今回挑む2演目のうち「盲目の弟」は、尾上右近の曾祖父・六代目尾上菊五郎が1930年に初演した作品だ。その後、1982年に現在の松本白鸚と中村吉右衛門で上演。今作は43年ぶりとなる。右近は写真集でこの作品を知った10年前から、「いつかやりたい」と思い続けてきた。これら演目や「アマチュアに立ち返る」視点で続けてきた自主公演に対する想いを、横尾忠則によるポスタービジュアルがサプライズ解禁された取材会の模様も含めてお届けする。
●「好きだからこそやりきりたい」次で『研の會』は最終回
「盲目の弟」について右近はこう話す。「歌舞伎は何をしゃべっているかわからない、歌舞伎は敷居が高いと思われがちですが、この作品は、歌舞伎独特の表現方法というよりは、歌舞伎の多面性を感じてもらえる作品です。いうなれば『着物を着た現代劇』。現代ものでもおかしくない内容で、兄弟の人間くさい話。家族それぞれの距離感や絶妙な関係値を描いたリアルな現代ドラマで、現代劇の感覚で観られる作品だと思います」。
子どもの頃、思わぬことから盲目となった弟・準吉(中村種之助)は尺八を吹いて生計を立て、兄・角蔵は弟の杖となり、身の回りの世話をしていた。ある日、不思議な男(中村亀鶴)が現れ、ひとりになった準吉に「五円札をやったよ」と告げて立ち去る。やがて兄弟の運命は思わぬ闇に飲み込まれていく。
この物語を、令和の時代にどう復活させたいと考えているのだろうか。「『ザ・兄弟愛』ですね。中村種之助さん演じる弟が、僕が演じるお兄ちゃんのことを誤解してしまい、関係がこじれるのですが、お客さんは「お兄ちゃんはそんな人じゃないよ」と思いながらご覧になると思います。そういう真実はお客さんしか見ていないという目線が、なんともいえず好きです。一昔前の時代の作品なので、その当時の日本人の生活感をリアルに感じてもらえるよう、仕上げたいと思います」
種之助は右近と同期で、長年の同志。「お互い30代を迎えて、二人で「盲目の弟」をやってみようという気持ちが一致したのが今でした。自主公演で共演できること、しかも2都市で開催できることが非常にうれしいです」
さらに尾上松也の妹の春本由香も出演し、今回は重要な役どころである「お琴」に挑む。春本とは高校時代からの親友で、妊娠中にも関わらず快諾してくれたことに右近は「夢の初共演」と感無量の様子だ。尊敬する先輩という中村亀鶴も出演、「心強い存在」と感謝を口にする。
曾祖父の六代目菊五郎が俳優学校を立ち上げ、歌舞伎を“演劇”としても捉えていたことを知った今、「祖先のまなざしを自分なりに受け継ぎたい」という使命感も抱いている。「“これも歌舞伎だ”と知ってもらいたい」と意気込む。
もう一演目、「弥生の花浅草祭」は、定番の古典舞踊作品だ。こちらも種之助と「一緒にやるならこの演目」と以前から話していた。「それぞれ四役を早変わりで演じる50分です。詰め込み、詰め込みの、まるでトライアスロンのような作品。飽きる隙もないと思います。歌舞伎をご存じないお客様にも、運動的な活発な表現が多分にあるということを感じてもらえると思います。浅草の浅草寺の観音様がいかにしてご本尊になったかということにちなんだ舞踊ですが、神事に近い作品というわけでもなく、おしゃれな人と田舎からきたお侍さんの踊り、悪玉、善玉の魂が乗り移って踊り出したり、最後は激しく毛振りしたりと、歌舞伎のエンタメ性に富んだ作品です」
ポスタービジュアルは横尾忠則が手掛けた。この日、初めてポスタービジュアルを見た右近は、「夢で見る謎の生き物みたい。微妙にわけわかんないことになっていますね(笑)。いいわ~」と声を弾ませた。「横尾さんに初めてお会いしたときは緊張しましたが、10分後には爆笑していました」と振り返り、その印象を「相手の心をほどけさせる魅力の詰まった方。関西のうまみ、おいしさが詰まった方でした」と表現した。
来年の第十回をもって『研の會』を一旦終了すると宣言している。役者として多忙を極める中、自主公演の準備をする時間を確保することが難しくなってきたという。「好きでやっているからこそ、やりきりたい。けれどこのペースを続けるとパンクしてしまう」と本音もこぼす。それでも、「歌舞伎のため、自分ができることを全力でやる。その姿勢を見せ続けたい」と前を向く。今後も清元や歌舞伎俳優としての自分にしかできない表現を模索していくつもりだという。
●兄・清元斎寿には「開き直り甘え症」
ポスターと同じポーズで
続いて、個別取材の模様をお届けしよう。
――『研の會』は当初、何かを渇望する思いで始めたとのことですが、渇望する思いとは?
目立ちたいという願望です。
――それは歌舞伎界で、ですか? それとも世間ですか?
全部です。でも、まずは歌舞伎界の中でということでしたね、当時はね。目立ちたい、認められたい。
――『研の會』を始めて10年になりますが。
未だにその願はあります。でも、結果的に丁寧が強いと思っています。やると決めた仕事や、いただいた仕事を丁寧にやる。今年の4月に歌舞伎座で「春興鏡獅子」を踊らせてもらったのですが、これ以上できないというくらい丁寧に打ち込みました。そうすると、おのずと自分なりに純度の高いものになるんですよね。丁寧な上に成り立つ純度の高い、美しいものを自分は本質的には求めているんだなとすごく思いましたね。過去の映像を観て、「ちょっと丁寧じゃなかったな」って思いますよ。でも、自主公演はしょうがないのかもと思うんですよ。空回りしてこそみたいなところがあるし(笑)。自己発信のものと、やってくださいと言われて取り組むものとはやっぱり違うんですよね。プロの仕事とはまたちょっと違うというか。アマチュアに立ち返る作業みたいなとことだから。
――「アマチュアに立ち返る」という視点もおありなんですね。
あります、あります。僕、めちゃくちゃアマっぽいと思っています。アマっぽい感覚もある種の客観性だと思うので、それを自分の中では大事にしたいなと思いつつ。でも例えば長く続けるということをちゃんと考えるとか、人に教えるとかの面ではプロ目線はすごく大事で、それは興行でしか培うことができないかもしれない。なので、自主公演はアマである大切さを忘れないためにもやっています。
――では、六代目菊五郎さんへの思いを、もう少し詳しく聞かせてください。
「日本俳優学校」を創設して、演技についてすごく考えた人だと思います。型の前に気持ちを大事にした人だと思うし、型だけをやっていたら、歌舞伎がものすごく幼稚な演劇として扱われる時代が来るという危機感もあったと思うんですよね。世の人々も共感するような役作りをする必要があると考えたのだと思います。六代目菊五郎の今後の歌舞伎に対する考えが、「盲目の弟」を生み出させたと思います。
――「盲目の弟」のセリフは現代語に近い、古典の歌舞伎のような言いまわしではないのでしょうか?
ほとんど何を言っているか聞き取れると思います。そんな歌舞伎があるのかって思うじゃない!? もちろん、ありますけどね。その中でもかなり現代劇に近いです。
――当時は新作歌舞伎ということで上演されたのでしょうか?
昔は新作のことを書き物と言っていたのですが、「盲目の弟」も書き物の一環だったと思います。立て続けにそういうものを上演していたので、新しい歌舞伎をやるという感じだったはず。再演しているくらいだから、作品としても良かったのだと思います。
――当時の台本は残っているのでしょうか?
初演の時の台本は残ってないな。でも、山本有三さんの原作はあるみたいです。43年前に上演された時も、原作とは違う表現がありました。今回はその43年前とも変えていたりするので、逆に初演の時の様子に戻った部分もあったりします。人の気持ちの動き方、細かく言うと「そんな急に仲直りとかしないでしょ?」みたいなこととかね。演出家さんとそういう話し合いをしましたね。
――右近さんもお兄様(清元斎寿)がいらっしゃいますが、お兄様との関係性はいかがですか。
いや~、兄は僕にす~ごく愛情を持って、常に心配してくれていると感じるんですよ。兄の目線は、すっごい愛情だと思ってます。僕は割と、芸人をやっている家族という目線で見ている気がする。だから結構、僕が思ったことをガンガン言ったりします。同期とかだったら、伝え方、言い方を気にするけど、兄にはあんまり気にしないで言うし。「開き直り甘え症」みたいな感じです(笑)。でも、兄貴のおかげでということはいっぱいあります。
――来年で『研の會』は終えられるということですが、歌舞伎や芸に関わらず、右近さんは変わらないことと、変わること、どちらに重きを置きますか?
変わる方です。
――変化を取る。その心を教えてもらっていいですか?
面白くないでしょ。変わらないのは(笑)。面白い方を取りますよね。リスクはありますよね。変わらない方がいいことまで変わってしまうかもしれない。でも、そんなことを考えていたら、なんっにも楽しくないでしょ(笑)。楽しくないと思っちゃうんですよ。
――歌舞伎に対してはどう思いますか。
同じです。どんなに意思があっても変えられないものもあるし、変わらないものもあるし、変えるべきこともあるし、変わっていくこともある。果たして自分たちがどこまでそれをコントロールできるかはわからないですよね。コロナ禍を挟んだことによって微妙に変わったこと、なくなったこともあります。だから、それによってどうなるの? と思うこともあります。じゃあ、また復活させればいいんじゃないかという思いはあるんですよ、自分の中では。
――では、右近さんは変わり続ける。
変わり続けると思います。
――最後に、『研の會』を楽しみにされている大阪、関西の皆様にメッセージをお願いします。
大阪の皆様、1年ぶりです。自分の意思で皆様の前で歌舞伎を披露できることをうれしく思います。今回は、あえて江戸を感じていただけるお話です。江戸をお届けに参ります。『研の會』は来年で一旦、幕を閉じるので今がチャンスです。ぜひ観に来ていただきたいと思います!
取材・文=Iwamoto.K 撮影=翼、
公演情報
場所:国立文楽劇場
2025年7月11日(金)昼の部11:00開演 夜の部16:00開演
2025年7月12日(土)昼の部11:00開演 夜の部16:00開演
観劇料(税込):特別席 23,000円※特典付き/1等席 13,000円/2等席 9,000円
主催:尾上右近事務所/関西テレビ放送株式会社 協力:松竹株式会社
場所:浅草公会堂
2025年7月15日(火)昼の部11:00開演 夜の部16:00開演
2025年7月16日(水)昼の部11:00開演 夜の部16:00開演
観劇料(税込):特別席 23,000円※特典付き/1等席:13,000円/2等席:9,000円/3等席:5,000円
字幕タブレットを貸出いたします(7月16日)
音声ガイドを実施いたします(7月15日・16日)
主催:尾上右近事務所 協力:松竹株式会社