「刀剣男士が歌舞伎の舞台で踊るなら」演出の尾上菊之丞に聞く、とうかぶ大喜利所作事『舞競花刀剣男士』の見どころ
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日本舞踊尾上流四代家元 三代目尾上菊之丞
歌舞伎『刀剣乱舞』が、2025年7月5日に新橋演舞場で開幕した。人気オンラインゲームを原作とした新作歌舞伎だ。2023年に第一弾が上演されると、好評を博し「とうかぶ」の愛称で支持を集めた。待望の第二弾となるのが本作だ。
4日、ゲネプロ(本番通りの舞台稽古)がマスコミに公開された。出演・演出の尾上松也は囲み取材にて、第一弾は1本の芝居の中に舞踊のシーンが組み込まれていたことに言及。「第二弾では、エンタテインメント性をより強くしたいと考え、お芝居とは別立てで歌舞伎舞踊をご覧いただこうと思いました」と述べた。お芝居のパートと舞踊のパートを分けた構成で、「歌舞伎の幅の広さを観ていただきたい」と語る。
尾上松也は演出だけでなく、三日月宗近と羅刹微塵の二役を早替りでつとめた。
お芝居は『東鑑雪魔縁(あずまかがみゆきのみだれ )』と題され、鎌倉時代を舞台に展開。刀剣男士たちが歴史を守るべく戦い、宿命を背負うからこその悲哀が描かれた。この物語の後に、大喜利所作事『舞競花刀剣男士(まいきそうはなのつわもの)』が続く。所作事(しょさごと)とは、舞踊のこと。刀剣男士たちが、歌舞伎舞踊を華やかに、力強く踊り大いに盛り上げた。
SPICEでは、大喜利所作事『舞競花刀剣男士』に注目。第一弾より尾上松也と共同で演出を担い、振付も手掛ける尾上菊之丞にインタビューをした。刀剣男士それぞれの舞踊のコンセプトや、歌舞伎との融合への思いとは。
客席の演出卓で、打ち合わせをする菊之丞さん(右)。共同演出の松也さんは、公開稽古では舞台の上へ。
■髭切・膝丸で幕開き
——さっそくですが、『舞競花刀剣男士』のコンセプトをお聞かせください。
尾上菊之丞(以下同じ):
原作のゲームには、刀剣男士たちが日常を過ごす本丸で、花見をしたりお団子を食べたりのイベントがあります。その延長で、もし本丸に能舞台のようなものがあり、戦闘から帰還した刀剣男士たちによる魂鎮(たましずめ)の舞踊会があったなら。そこで三日月宗近が踊るなら、どの演目だろうか。そのように想像を広げ、歌舞伎俳優が演じる刀剣男士たちが、刀剣男士として舞台に上がる二重構造に仕立てました。審神者(さにわ。ゲームではプレイヤーを指す)がこれを観ているイメージで、お客様にご覧にいれます。
※これ以降、舞踊パートをより深くお楽しみいただく内容となります。事前情報を入れずに舞台をご覧になりたい方は、ご観劇後にお読みいただくことをおすすめします。
——全六景、それぞれの見どころを伺ってまいります。第一景は「序」。厳かな空気の舞台に、中村莟玉(かんぎょく)さんの髭切と上村吉太朗(きちたろう)さんの膝丸が登場。刀を手に踊りました。
髭切と膝丸は、源氏ゆかりの兄弟刀。今回のお芝居本編で、物語のキーを握る二振りです。歴史の中で散った人々の魂を鎮めるため、「三番叟(さんばそう)」を舞い踊ります。 「三番叟」は、はじまりの「序」にふさわしい踊りです。
中村莟玉の髭切のテザービジュアル。所作事では別の衣裳で登場します(以下同じ)。
——通常の歌舞伎公演でも、はじめに「三番叟」が踊られることがよくありますね。
そして「二人三番叟」として踊る時は、基本的に双璧の2人をキャスティングするものなんです。その意味でも、この兄弟に踊っていただくのが良いだろうと考えました。歌詞は、刀剣男士づくしにしていただきました。他のキャラクターの踊りでも、歌詞には原作にちなんだ言葉が散りばめられています。
上村吉太朗の膝丸。
■三日月宗近の男伊達
——第二景からは四季がテーマとなります。「春」は、尾上松也さんの三日月宗近です。
「男伊達(おとこだて)」を踊ります。男伊達とは侠客のことですね。
——強気をくじき弱きを助ける、二枚目のヒーローのイメージがあります。
はい。ただし、それを歌舞伎の舞台で踊るとなると、「二枚目なら誰でもいい」とはいきません。『刀剣乱舞』における三日月宗近には、圧倒的なスター性があります。『刀剣乱舞』の中で、まずセンターに来る特別な存在。三日月宗近だからこそ、「男伊達」を選びました。日頃から歌舞伎をご覧の方は、衣裳や歌詞から“もじり”やパロディ的な面白さも感じていただけると思います。
尾上松也の三日月宗近。
——歌舞伎では、演目や役ごとに、基本となる衣裳が決まっていることが多々あります。先ほどの髭切、膝丸も、三日月も、歌舞伎の古典に準じた衣裳ですね。
歌舞伎本丸だからこその刀剣男士のいでたちを、新しく創らせていただきました。「刀剣乱舞」は、キャラクターのビジュアルや設定など、ディテールにこだわりを持ちメディアミックスを広く展開をされています。歌舞伎『刀剣乱舞』においても、こだわりを持つ点は変わりません。その上で、歌舞伎の古典に準じた衣裳を許容いただけるのは大変ありがたいこと。演目の幅も広がります。
顔をみせた瞬間、パッと場内に広がる華やかさ。その男ぶりにマスコミ席にも溜息が広がりました。
■同田貫、陸奥守、加州が踊る故郷の民舞
——第三景「夏」。中村歌昇(かしょう)さんの陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)、中村鷹之資(たかのすけ)さんの同田貫正国(どうだぬきまさくに)、尾上左近(さこん)さんの加州清光(かしゅうきよみつ)が登場します。
「祭」をテーマに、民謡づくしの趣向でお見せします。今回登場する刀剣男士のうち、この三振りには、明確に地域の特性があります。刀の生まれ故郷にゆかりのある民舞(民謡にあわせた踊り)を、踊っていただくことにしました。
陸奥守吉行は高知の「よさこい」、同田貫正国は熊本の「おてもやん」、加州清光は「加賀ハイヤ節」。同田貫正国には、心して格好よく「おてもやん」を踊っていただきます。元気印の陸奥守吉行の「よさこい」では、同田貫正国と加州清光のふたりが鳴子をもって参加します。加州清光にはどこかシャイなイメージもありますが、「加賀ハイヤ節」は賑やかな民舞。キャラクターのイメージとのギャップでお楽しみいただきます。
中村歌昇の陸奥守吉行。
——日本舞踊家である菊之丞さんの中で、民舞は、どのような位置づけにある芸能なのでしょうか?
日本舞踊は、歌舞伎の舞踊表現からはじまり、歌舞伎とともに育まれ、近代において一つの芸能として磨かれたものです。洗練させ芸術性を高めていくもの、という感覚があります。かたや民舞は、子どもから大人まで上手い下手ではなく、皆が唄い、踊るもの。土地の生活に密着した芸能です。ですから民舞は、かつて日本舞踊の格式を上げようと奮闘した時代には、日本舞踊界が一線を引いてきた分野とも言えるんです。
中村鷹之資の同田貫正国。
そして僕個人の思いとしては、日本舞踊は見せるための踊りであるのに対し、民舞は五穀豊穣や祖霊供養など、それ自体がある種、根源的な祈りに通じるもの。その清らかさ、潔さには憧れのようなものを感じます。ルーツとしての敬意が、僕の根底にあります。……と、少し大げさな話になりましたが、何よりも「だって民舞って、めちゃくちゃ面白いじゃない!?」と思うんです。
尾上左近の加州清光。
——本当に、キャラクターの魅力はそのままにめちゃくちゃ面白く、つられて体が動いてしまうような楽しさでした。
刀剣男士が、故郷ゆかりの民舞を楽しんで踊る。故郷の民舞ならば、きっと見事に踊れるでしょう。そのような世界観です。お客さんにも刀剣男士にも、くつろいだ気持ちで賑やかに楽しんでいただけたら嬉しいですね。
生命力に溢れ爽快な「夏」!「三番叟」の衣裳から着替えて源氏兄弟も!
■小烏丸が語り魅せる、玉虫の悲恋
——第四景「秋」は、河合雪之丞(ゆきのじょう)さんの小烏丸(こがらすまる)です。
『平家物語』「扇の的」がモチーフです。琵琶の演奏にあわせ、小烏丸が源平の合戦を語ります。素踊りの形式で玉虫御前となって踊り、松也さんの三日月宗近が那須与一として登場します。
——与一が射落とす扇を、船の上でかざしていたのが玉虫御前です。
味方とはぐれた玉虫が与一と出会うところから、物語をコンパクトにお見せします。歌舞伎舞踊には、舞い踊る部分と仕草の部分があります。この景では美しい仕草の羅列によって、非常に分かりやすく物語をご覧に入れます。
河合雪之丞の小烏丸。
——小烏丸を演じる雪之丞さんは、ふだん女形の俳優としてご活躍ですね。
小烏丸は、原作では少しミステリアスな雰囲気をもつキャラクターとして描かれていますよね。
情感溢れる秋。各景ごとに背景も変わる。
歌舞伎の女方には、男性が女性を演じるためのエッセンスやテクニックが、様式化されて詰まっています。女性になりきるのではなく、舞台上で、女性を表現する役割を担う俳優が「女方」。「父なる剣」と言われる小烏丸を雪之丞さんが演じることで、父であり母でもあるような、歌舞伎の女方だからこその味わいで表現いただいています。
■鬼丸国綱の獅子が勇壮に荒ぶる
——第五景「冬」に登場するのが、中村獅童さんによる鬼丸国綱(おにまるくにつな)です。
「獅子」は、歌舞伎舞踊の中でもダイナミックで華やかな踊りです。獅子と言えば、毛の長いあの鬘です。鬼丸のために、角が生えた獅子のかつらを床山さんに創っていただきました。
中村獅童の鬼丸国綱。
圧倒的な存在感! 四季の結びを勇壮に華やかに飾った。
また歌舞伎の立廻りは、からみ(シンの俳優に大勢でかかってくる)がいなければ成立しません。ここでは時間遡行軍が、からみのような役割で登場します。そして第六景のフィナーレでは、刀剣男士一人ひとりが近侍曲で格好良さをお見せし、舞扇子をもって総踊りとなります。
■世界観の融合にみる、新たな可能性
——一言で舞踊といっても、その表現は多彩ですね。美味しいところの詰め合わせのような展開でした!
5分から10分程度の曲をテンポよく並べ、幅のある舞踊で構成しています。とはいえ「歌舞伎『刀剣乱舞』だから」と突飛なことはしていません。これは第一弾を創った時にも、共同演出の松也さんと意識してきたことです。いつもの歌舞伎と同じいつもの歌舞伎の引き出しにあるものに、少しのアイデアをプラスαして構築しています。歌舞伎の引き出しは、まだいくらでもあります。すべての刀剣男士に、歌舞伎舞踊をあてることもできると思いますよ。
刀剣男士の舞踊公演もできそうだな。舞踊だけでなく古典のお芝居もできるのでは。刀剣男士による『忠臣蔵』なんて、面白いんじゃないかな。そんなことを、いくらでも思い描けてしまうのも「刀剣乱舞」という原作の力があってこそ。新作歌舞伎の題材となるコンテンツは世の中に数々ありますが、歌舞伎『刀剣乱舞』においては、新しい物語を創るだけでなく、双方の世界観の融合に面白みと可能性を感じます。
扇子を刀剣に見立てた振りを見せていただきました。
——菊之丞さんは、ゲームもプレイされているそうですね。現在のレベルは……?
この仕事をきっかけに審神者になりまして、レベルは(スマホを確認、起動して)178です。決して「すごい!」という数字ではありませんが、「仕事でちょっと必要だから」という感じではなくなってきました(笑)。今は、とうかぶ第二弾で初登場の、鬼丸国綱と加州清光を強化してるところです。
——陸奥守吉行も初登場のキャラクターですよね?
彼は初期刀ですし、名前が同じ「よしゆき」(菊之丞さんの本名)というご縁もあり、かねてより贔屓にしております。
刀剣がモチーフとあり、このような振りも。
——審神者の目線、そして歌舞伎や舞踊の演出・振付のご経験をもって、舞台を創られているのですね。
大喜利所作事は、「三番叟」で天下泰平を祈り、祭りの風情は鎮魂そのもの。男伊達も仇討ちを本願とするキャラクターであり、与一は八幡神に守られて扇の的を射落すことができました。祈りを込めた所作事の結びに、獅子の舞踊で邪を払い、お客さまに福をもってお帰りいただきたい。お芝居も舞踊もお楽しみいただければ幸いです。
舞踊家として、自ら舞台に立つ機会も多い。
歌舞伎「刀剣乱舞」は、7月5日~27日まで新橋演舞場。その後、8月5日~11日は福岡・博多座、8月15日~26日京都・南座で上演。
取材・文・写真(テザービジュアルを除く):塚田史香
公演情報
脚本:松岡亮 演出:尾上菊之丞 尾上松也
出演:尾上松也、中村歌昇、中村鷹之資、中村莟玉、尾上左近、澤村精四郎、上村吉太朗、市川蔦之助、河合雪之丞、大谷桂三、中村獅童 ほか
2025年7月5日(土)~27日(日)東京・新橋演舞場
2025年8月5日(火)~11日(月・祝)福岡・博多座
2025年8月15日(金)~26日(火)京都・南座