小池栄子、劇団☆新感線『爆烈忠臣蔵』出演において考える芝居のアプローチ「この役回りはほかの誰かでもいいとは絶対に思われたくない」
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小池栄子
2025年劇団☆新感線45周年興行・秋冬公演 チャンピオンまつり いのうえ歌舞伎『爆烈忠臣蔵~桜吹雪THUNDERSTRUCK』が、9月19日(金)~23日(火・祝)の長野・まつもと市民芸術館を皮切りに、大阪・フェスティバルホール、東京・新橋演舞場で順次上演される。
1980年11月、こぐれ修、いのうえひでのりら大阪芸術大学舞台芸術学科の学生が中心となって旗揚げされた同劇団。以降、数々の刺激的な作品を放ち、個性派俳優も輩出。そんな劇団☆新感線の45周年記念作『爆烈忠臣蔵』は、「嘘を真に変える芝居の力」を叩き込まれたお破が、闇歌舞伎の世界へ足を踏み入れていく物語。芝居作りに情熱を傾ける演劇人の姿をエネルギッシュに描いている。
そんな同作でお破役をつとめるのが、近年もNetflixドラマ『地面師たち』(2024年)などセンセーショナルな作品で好演を見せている小池栄子。『爆烈忠臣蔵』インタビュー企画第1弾として、今回は小池に公演の内容に絡めて「芝居」について話を訊いた。
●「私がアシスタントとしてそこにいる意味」をいつも考える
小池栄子
――『爆烈忠臣蔵』は「芝居」に情熱を傾ける演劇人たちの物語です。ちなみに私はずっと、きわめて高い期待感を持って小池さんの演技を見続けてきました。映画『犬猫』(2004年)や『接吻』(2008年)のような作家性が強いものから、ドラマ『新宿野戦病院』(フジテレビ系/2024年)や『地面師たち』のようなメジャータイトルまで、あらゆる作品において、小池さんの動きを目で追ってしまいます。小池さん以外、その役をやる俳優の選択肢は考えられないんですよね。
常に「チャレンジしてみたい」という気持ちがあるのと、客観的に自分を見て「この役を小池栄子という役者にやらせたい」という考えのもとで役をお引き受けしているところがあるかもしれないです。というのも、実は私自身、役を演じて「自分の想像通りに落ち着いちゃったな」と思うことの方が多いんです。もちろんそのときのベストを尽くしていますが、理想や想像を超える芝居をすることの難しさをいつも感じています。
――でも鑑賞者としては、こちらの想像の遥か上をいつもいっている印象です。たとえば『接吻』では、万田邦敏監督特有の屈折しながらも美しい愛情の世界をより狂気的に、そして底知れない部分まで突き詰めて表現されていた印象でした。
たしかに『接吻』のときは、自分でも「私ってこんな表情をするんだ」といろいろ発見ができて嬉しかった記憶があります。そしてそのとき「監督や演出家は、役者本人が知らない一面を引き出してくださる方たちなんだ」と思いました。そしてそれが、役者として役を演じる上ですごくわくわくする部分。だからこそ、そういうものを監督や演出家から引き出してもらうために、自分でも想像を超えるようななにかを追い求めたい。年数を重ねるにつれて無意識に「自分ができること」を固めはじめている気がしていて、ちょうど今、それを「どうにかしたい」と考えているタイミングなんです。やっぱり、ご覧になった方には「この役は小池栄子にしかできなかった、小池栄子で良かった」とお土産を持って帰っていただかないと、それこそ「表現をしている意味がない」と感じますから。
小池栄子
――その貪欲さがあるから、あれだけのものすごい演技になるんだなと。
「小池栄子」という名前を見たら、「その作品を観てみよう」と足を運んでもらったり、チャンネルをつけてもらえたりする人になりたい。それは昔から変わらずに思っています。そしてそれは映画、ドラマ、舞台だけではなく、バラエティ番組や経済番組のアシスタントをやるときも一緒。「この役回りはほかの誰かでもいい」とは絶対に思われたくない。アシスタントをつとめるのであれば、「私がアシスタントとしてそこにいる意味ってなんだろう」といつも考えています。
――そういう意味では今回の『爆烈忠臣蔵』は、あらためていろんなことを存分に試すことができる作品じゃないですか。
ただ劇団☆新感線の作品には、新感線の型がしっかりあるので、それはきっちりやりたい。やはり、基本に忠実ですから。その上でいのうえさんの演出は、舞台の見せ方、立ち位置、見得の切り方まで、いのうえさん自身が劇団☆新感線の舞台を好きで作っているのが分かるんです。役者の芝居だけではなく、音響、照明など技術面も含めてそれがみなぎっています。
●「ベタこそ芸術」みたいなものが劇団☆新感線には詰まっている
小池栄子
――小池さんはこれまでも何度か劇団☆新感線の作品には出演されていますが、相性という部分ではどのように感じていらっしゃいますか。
私は東京出身ということもあってか、実は最初、新感線独自の世界観をつかむことに難しさがありました。というのも、新感線は大阪が出発点になった劇団。実際に作品に参加してみると、笑いのルールひとつをとってみても、東京の感覚とは全然違うなって思ったんです。あくまで私自身の解釈ですが、ベタを大切にして笑いをとる文化が根底にある気がしています。もっと言えば、「吉本新喜劇を観て育ったか、育っていないか」がいかに大きな違いを生むのか感じたんです。だけど、ベタって簡単そうに見えるけどものすごく難しいこと。新感線の作品のなかに入ってみると、それを痛感することが多いです。「ベタこそ芸術」みたいなものが新感線には詰まっているのではないでしょうか。だからこそ今回の『爆烈忠臣蔵』でも、得られるものがたくさんあるはずです。
――小池さんが演じるお破は、元役者の父親 荒村荒蔵(橋本じゅん)から、「嘘を真に変える芝居の力」を叩き込まれた人物。ちなみに小池さんは以前、出演映画『八日目の蟬』(2011年)で成島出監督から「芝居とはなんぞや」を叩き込まれたとおっしゃっていましたね。
『八日目の蟬』以前は、感覚で演技をしているところがありました。ただ成島監督から「『役について考える』という作業を意識的にやらないと、いずれ俳優として限界が来るかもしれないよ」とアドバイスを頂戴しました。当時、ありがたいことに順調にいろんなお仕事をいただいていた私にとって、その言葉はある意味ショックというか、いろいろ気付かされるものがあったんです。たとえば、これは古田(新太)さんもよくおっしゃっていますが、「この役だからこういうことは言わない、もしくは言えない」というアプローチは「ない」ということ。
小池栄子
――どういうことでしょうか。
「たしかに私自身はこういう言い方はしない。だけど、この役はこういう言い方をするのだろう」という理解に努める作業をしなければいけないんです。それが重要なことなんじゃないか、と。役者自身が生理的な部分で「それはできません」というのは、ちょっと違う気がします。役者自身はどのように思っても、「いやいや、この役はそれをやるんだよ」と誰より理解し、そして味方でいてあげないと、役を演じることはできないと考えています。
――なるほど。
そういう考え方に行き着いたとき、自分の中にある感性が広がった気がしました。そして、実生活もものすごく楽しくなってきたんです。つまり、普段の生活でも「そんなのありえない、理解できない」ということが極端に減ってきたんです。どんなことでも、「この人はこういうふうに物事を考えて、行動したんじゃないか」と想像するようになりました。それがいろんな仕事に生きてきて、俄然、芝居がおもしろくなってきました。
●「芝居に救われる瞬間がいろいろある」
小池栄子
――ここまでお話をうかがって、お破同様、小池さんも芝居の奥深さに取り憑かれているように思います。
芝居に救われる瞬間っていろいろあるんです。たとえば私生活で悲しいことがあったとしても、芝居をやって、そしてその役の気持ちになることで「3ヶ月はどうにかやっていける」と思えたりします。あと「演じることのおもしろさ」という点でお話しすると、『カンブリア宮殿』(=『日経スペシャル カンブリア宮殿 ~村上龍のトークライブ~』/テレビ東京系)でアシスタントをやるときにも、それを感じるんです。
――作家の村上龍さんがメインとなり、経営者、政界人、財界人らをゲストに迎えてトークをする経済番組ですね。
番組出演のお話をいただいたとき、「これはさすがに私には難しいんじゃないか」と思いました。決して経済に詳しいわけではありませんでしたから。ただそのとき、信頼をしている方から「“アシスタント役”という意識で出演すればいいと思いますよ」とおっしゃっていただき、それが大きなヒントになりました。そしてそれからは、どんな作品やメディアに出るときも、「演じる」という意識を持つようになりました。でも、なにかしら演じているけど、嘘はつかない。自分の言葉で発言しながら、それも含めて演じるんです。そうやって物事との向き合い方を変えてみると、どんなことでも楽しめるようになりました。「アシスタントって、こういうことを言いそうだよね。だったらそれを今日はやってみよう」という感じで。役を通してやってみると、大抵のことは乗り越えられる気がしています。
小池栄子
――芝居に没頭するお破を小池さんが演じるのは、必然だったようにも思えます。
お破を演じる上ではいろいろ考えていますが、お客様には「この子は幸せだな」と観てもらいたいです。とにかく芝居が好きで、山から下りて都会に来た子が、現実の厳しさを叩きつけられても「うるせえ、あたしはオヤジさまとの約束で役者になるんだ」とずっと言い続けますから。今の時代、お破のように現実の厳しさを跳ね返す力や勇気ってなかなか持つことはできないじゃないですか。だからこそ「こういう子がいてもいいよね」って。そしてご覧になったお客様が帰り道「自分もがんばれるかも」と思ってもらえると、最高に幸せです。
――小池さんも、お破を演じながら「自分もがんばれる」となりそうですね。
私自身も演じながら元気になれるはず。なんだかこの役は、私を初心に戻してくれるんです。年齢や経験を積むとどうしても言い訳ばかりしちゃいがち。できない理由を探してしまいます。でも私もこの世界に入った頃「自分はなんでもできる、無限にやってやる」と思っていました。お破ってそういう人なんです。だからこそ、この役から得られるものはたくさんあります。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=高村直希