上川隆也(大石内蔵助役)が語る舞台『忠臣蔵』の魅力~「皆さまの目に新鮮に受け止めていただければ」
上川隆也
播州赤穂藩主・浅野内匠頭が吉良上野介とのトラブルで無念の切腹に追い込まれ、お家は断絶。遺された家臣たち四十七人が虎視眈々と機会を狙って仇討ちを果たすーー。元禄時代に実際に起こった事件を題材に、歌舞伎となり人気を博した後も、ドラマ、映画、舞台として息長く演じられてきた“あの物語”が、令和のいま、新たな舞台として製作される。その名も『忠臣蔵』。この直球のタイトルから、製作陣の並々ならぬ思いが伝わってこよう。その東京公演(明治座、2025年12月12日〜28日)期間中に、物語のクライマックスというべき討ち入りの日=12月14日が含まれるのも、周到な企みといえる。
今作において、主人公で四十七士を率いる大石内蔵助を演じるのが、上川隆也だ。公演発表の際には「『年末と云えば?』の答えに、かつては必ず名を連ねていた忠臣蔵。今はその限りではないのかもしれません。そうした時勢だからこそ、新鮮に誠実に取り組みたい作品。心を込めて、大石内蔵助に臨みます」との抱負を述べていた。
忠臣蔵は、無念の死を余儀なくされる者、忠義から仇討ちを遂行する者、生き残る者、敵対する者……等々、仇討ちという行いをいろんな角度から見ることができる物語。常にユニークな視点で物語を解釈し、映像も駆使してエンタメ化することに定評ある演出家・堤幸彦が上川とタッグを組むのは『魔界転生』(18年初演、21年再演)以来となるが、今作で更なる期待が生まれることは言うまでもない。
かつてテレビドラマでは、物語の発端となる浅野内匠頭と四十七士のなかの唯一の生き残りの寺坂吉右衛門を演じたこともある上川は今、大石内蔵助にはどんな思いを抱いているだろうか。エモーショナルかつ、迫力の大立ち回りもあるアクション活劇への意気込みや、『忠臣蔵』の魅力を尋ねた。
――上川さんは公演決定時のコメントで「『年末と云えば?』の答えに、かつては必ず名を連ねていた忠臣蔵」とおっしゃっています。忠臣蔵の魅力はどこにあると思われますか。
「武士の忠義」という、現代からは想像がむずかしいかもしれない思想を熱く描いている物語ですが、この物語がはらんでいる「滅びの美学」とでもいえるーー終盤に描かれていく『究極の潔さ』は、散っていく桜を愛するように、どこかで日本人の琴線に触れるのであろうと漠然と思っています。
――上川さん自身は、これまで忠臣蔵をご覧になってどういう部分に心惹かれましたか。
僕自身、時代劇というものが持っている、現代劇とは違う描き方の多様性や、懐の深さみたいなものが好きです。忠臣蔵はその中の一つとして捉えていた部分が何より大きいと思います。
――好きなシーンや好きな登場人物は。
忠臣蔵に関しては、何かに特化して見ていたことはないです。むしろ、物語全体を楽しませていただいておりました。印象に残っているところは、それはもう皆様とさほど変わらないと思います。松の廊下の場面や、その後の内匠頭切腹における辞世の句にこめられた思いですとか……ひとつひとつあげていくと、そのまま物語を語ってしまうことになってしまいそうですので(笑)、そこは大きく皆さんと変わらないということにさせてください。
――これまで、金曜時代劇『最後の忠臣蔵』(2004年 NHK)では寺坂吉右衛門、スペシャルドラマ『忠臣蔵~決断の時』(2007年 テレビ東京系)では浅野内匠頭を演じられています。今回、ついに内蔵助役が来たということに感慨がありましたか。
「ついに」というふうには正直思っておりませんでした。「あゝ、大石内蔵助をやるのか」、この一言だけに尽きます。もちろんこれまで演じた忠臣蔵作品のなかでは、それぞれの物語を内蔵助と違った目線で見ていたわけですが、それはそれでしかなくて。誤解を恐れずに言えば、『魔界転生』で柳生十兵衛の役をいただいた時とその感慨は大きく変わりません。自分がやらせて頂けるとは思っていなかったですし、それぞれの役をいつか演じたいというような期待を抱くこともあまりないものですから。正直に申し上げると、「新鮮に」受け止めました。
――今回の内蔵助を作り上げていく上で、ご自身の中で、かつて忠臣蔵で演じた役が何か影響を及ぼすことはありますか。
これから携わる作品ですので、あくまで想像としてしか申し上げられないことではありますが、全く影響を及ぼさないかといえば、きっとそんなことはないと思います。その一方で、過去に演じた登場人物を骨子として作り上げることもないはずです。その骨子は今回の脚本、今回の堤さんの演出の中から作り上げていくべきものであるのは間違いないですから。ただ、どこかで過去の経験をスパイス的にも振りかけられるようなことがあるとすれば、それは僕だけのある種の持ち味になるでしょう。いずれにしても、使えるか使えないかも含めて、お稽古が始まってからの話になると思います。
――現時点で上川さんの思う大石内蔵助はどういう人物でしょうか。
多分これも、皆さんの持つ、一般的なイメージと大きくは変わらないと思います。ただ、一方で、漠然とした予感としか申し上げられないのですが、通例的に老獪な人物として描かれてきた吉良上野介役に、快活でエネルギッシュな高橋克典さんが臨まれ、この座組に入られたということは、これまでの作品とは大きくその色合いを異にする気がします。その対極にいる大石内蔵助がどうなっていくのだろうという仄かな思いはあります。
――ストーリーのベースはもちろん有名な忠臣蔵の物語だと思いますが、今回の『忠臣蔵』ならではの趣向などはありそうでしょうか。
台本はまだ僕の手元に届いておりません。堤さんとお話はさせていただきましたが、具体的にこうしたものを打ち出していこうというようなことまでは、お話が及びませんでしたので、僕自身も心持ちにしている段階です。
――アクション活劇ということで、殺陣や立ち回りを楽しみにしているお客さんも多いと思います。出演にあたり、殺陣を含め、どのような準備をされようと思っていますか。
この作品に限ったことではなく、演技も殺陣も、すべてを同等のものとして、これまでやってまいりました。常にどれも重さは変わらないものとして受け止めています。ですので、どれに重きを置くこともありません。
――舞台では『魔界転生』、その他、映像でも演出を受けている堤さんならではの作り方はありますか。
映像とお芝居を実際に劇場に乗せたときに、こういうふうな形で融合していくというような最終イメージは、堤さんの頭の中にしかなくて、演じている僕らですら、最終的にお客様にご披露申し上げる時に初めてわかることがあるんです。少なくとも僕がご一緒させていただいた『魔界転生』はそうでした。そこが堤さんのある意味独特というか、堤さんならではの作品作りなのだというふうに僕は解釈しています。
――堤さんを信じてついていくと。
はい。そこに何の疑いもありません。
――稽古中に堤さんに意図を聞いたり、上川さんがアイデアを出したりすることはありますか。
僕はそうしたことで演出家にアプローチすることは少ない方だと思います。ですが、演出家のなさりたいことを表現するうえで必要だと思いついたことがあれば、一つの提案として「こうしてみませんか」と持ちかけはします。あくまで提案ですから、取り上げられようが取り上げられまいが、気にしておりませんが。
――その時間を楽しまれている。
はい。それこそが一つ一つ、ものづくりが積み重なっていく瞬間で、お芝居をする上で楽しみのひとつでもあります。
――堤さんはライブ感を大事にする演出で有名です。本番中も新たなセリフや動きを足すようなこともあると聞きます。上川さんはその体験はありますか。
いえ。僕以外の共演者の方にそうした提案をされているのはよく目にはしておりましたが、僕の演じた柳生十兵衛に関してそのようなアプローチをされたことはなかったように記憶しています。
――上川さん自身が本番中変えてみることはありますか。
それをしようと思ったときは必ずご相談します。その上で了承をいただいてから板に乗せるようにしています。
――急に違うことはしないと。
演劇にはアドリブというものがまた別にあり、その場が要求する何かをそれぞれに感じながら演じています。ご相談するのは、物語に影響する部分においてというふうに言った方が正しいかもしれません。
――今回、内蔵助の妻・りくを演じる藤原紀香さんは『魔界転生』や『罠』(24年)と、共演が続いています。藤原さんの印象や今回の共演で楽しみなところを教えてください。
特に去年の『罠』での印象が色濃いです。『罠』は膨大な台詞で語られる作品なのですが、その稽古期間中、藤原さんは別の舞台を務めていらっしゃって、僕らが重ねた稽古期間の半分以下の時間しか稽古場でご一緒できなかった。にもかかわらず、、それまで関わってこられた舞台を終えた翌日から稽古場に参加なさって、その日にはもう、すでにしっかり膨大なセリフが入っていたんです。しかも事前にミザンス※を作ってくださっていたアンダースタディの方からのバトンもしっかり受け継いで、何の遜色もなくそこから稽古に参加なさった。まさに驚嘆でした。それを経た今、僕は彼女に対して本当に全幅の信頼しか抱いていません。今回、舞台をしっかりと盛り上げて支えてくださる人に他ならないだろうというふうに感じています。
(※ミザンス=舞台上での役者の立ち位置)
――上川さん自身は、稽古の初日に全部セリフを入れていますか。
それは演出家の要求によります。
――堤さんはどういう要求なのでしょう。
堤さんはそのようにおっしゃられたことはございません。だからといって台本を持ちながらやるということもしないようにしています。
――藤原さんをはじめとして『魔界転生』で共演した若手俳優の岐洲匠さんや財津琢磨さんなども今作に参加されます。上川さんが若手の方たちと一緒にやるときの楽しさや受ける刺激はありますか。
楽しみの面で申し上げるならば、新鮮さだろうと思います。自分自身では思いもよらなかったようなアプローチや、舞台上での立ち居振る舞いの一つ一つが刺激的ですし、むしろ学びの部分すらあります。一方で、ある意味、役者として過ごしてきた時間だけは僕は多く持っていますから、その中から抽出できるものはできる限り現場で共有したいと思っています。そうした場が稽古だと認識していますので、そこで僕の持っている何かがもし役に立つならば、求められればなんでもお応えします。役の上ではお互いイーブンな存在だと思って、これまでも臨んでまいりました。
――最近、また忠臣蔵を題材にした作品が今作以外にも幾つか上演されつつありますが、上川さんとしては、今の時代に忠臣蔵が上演される意味をどう捉えていますか。
かつて、毎年のように上演や放映がされていた忠臣蔵は「継承」という面を持ち合わせていたのではないかと思うんです。それは日本人が持つべき美徳や、物事に対する考え方の礎足りうるもの、ということができるかと思います。四十七士の精神性や行いが日本人の持ち合わせている気質の一つであると年末に改めて受け止めて、新しい年に向かっていたことが、いまではスタンダードではなくなった。それは時代劇が少なくなったことも要因でしょう。だからこそ、今回、ここのところ年末にお目にかからなくなった忠臣蔵を改めてお届けしたときに、もしかしたら皆様の目に少しだけ新鮮に受け止めていただけるのではないかと思います。
――最後に、『忠臣蔵』東京公演の会場となる明治座の魅力を教えてください。
最近では多様な作品を手がけられている明治座さんではありますが、それを踏まえた上でも、正しく芝居小屋であると思うんです。積み重ねてこられた長い歴史が、そうさせているのだろうと思うのですけれども、まさにお芝居のための空間であると。そこに立てる醍醐味が役者側からも十分に味わえる場所だと僕は受け止めています。
取材・文=木俣冬
公演情報
東京公演ちらし(表・裏)
■脚本:鈴木哲也
■特設サイト:https://chushingura-ntv.jp/
■期間:2025年12月12日(金)〜28日(日)
■会場:明治座
■一般発売日:2025年9月6日(土)
■主催:日本テレビ
■問合せ:Mitt
03-6265-3201(月~金 12:00~17:00/土日祝 休)
■期間:2026年1月3日(土)〜6日(火)
■会場:御園座
■一般発売日:2025年9月6日(土)
■主催:中京テレビ放送・中京テレビクリエイション
■問合せ:中京テレビクリエイション
052-588-4477(月~金 11:00~17:00/土日祝 休)
■期間:2026年1月10日(土)
■会場:高知県立県民文化ホール
■一般発売日:2025年10月4日(土)
■主催:高知放送・デューク
■問合せ:デューク高知
088-822-4488(月~金 11:00~17:00/土日祝 休)
■期間:2026年1月17日(土)
■会場:富山県民会館
■一般発売日:2025年10月25日(土)
■主催:キョードー北陸・(公財)富山県文化振興財団
■共催:KNB北日本放送
■問合せ:キョードー北陸
025-245-5100(火~金 12:00~16:00/土 10:00〜15:00)
■期間:2026年1月24日(土)〜27日(火)
■会場:梅田芸術劇場メインホール
■一般発売日:2025年9月21日(日)
■主催:梅田芸術劇場・読売テレビ
■問合せ:梅田芸術劇場
0570-077-039(10:00~13:00 14:00〜18:00)
■期間:2026年1月31日(土)
■会場:長岡市立劇場
■一般発売日:2025年9月6日(土)
■主催:TeNYテレビ新潟
■問合せ:TeNY
025-281-8000(月~金 10:00〜17:30/土日祝 休)