坂本彩・坂本リサ姉妹が大阪で初リサイタルを開催、二人が語るピアノデュオの魅力とは
-
ポスト -
シェア - 送る
ピアノデュオ 坂本彩・坂本リサ(右より) (C)Felipe Araya
若手演奏家の登竜門として知られる『ARDミュンヘン国際音楽コンクール』(2021年9月開催)のピアノデュオ部門で、日本人として初めて第3位に入賞し、併せて聴衆賞も受賞した坂本彩・坂本リサの姉妹が、今年10月に初めて大阪でリサイタルを開催する。
関西では、ミュンヘン国際音楽コンクールの翌年に日本センチュリー交響楽団と、現音楽監督の久石譲作曲「Variation 57 ~ 2台のピアノのための協奏曲 ~」管弦楽版を、作曲者自身の指揮で世界初演して以来の登場となる。
あれから3年半が経過するが、今では全国でオーケストラとの共演や単独でリサイタルを開催するなど、活動の幅をグッと広げている二人に、リサイタルの聴き所などを聞いた。
日本センチュリー交響楽団「第262回定期演奏会」(2022年3月4日 ザ・シンフォニーホール) 写真提供:日本センチュリー交響楽団 (C)s.yamamoto
●ピアノデュオの知られざる魅力が、お客様に伝われば良いのですが。
――この前お話を伺ったのは、日本センチュリー交響楽団『定期演奏会』を含む3公演ツアーのソリストとしての取材でした。あれから3年半、お二人を取り巻く周囲の環境は大きく変わったのではないですか。
坂本彩:ミュンヘン国際音楽コンクールが2021年の9月。翌年3月に、日本センチュリー交響楽団のソリストとして呼んで頂きました。しかし、まだまだ学びが必要だと感じていた私たちはドイツでの留学生活を続けることを決意し、ロストック音楽大学の国家演奏家資格過程で学び始めました。日本に戻って来たのは2024年2月です。帰国してからは、社会人としての自覚が芽生え、演奏家としての覚悟も決まって来たように思います。これまでのように「二人でデュオすることが楽しくて、それをお客様に聴いて頂きたい!」という思いだけでは足りないのだと気付き、自分たちが培ってきたことをどのように社会に還元できるのかと、日々考えさせられています。
坂本リサ:帰国してから腰を据えて活動を始めました。日本には常設のピアノデュオが少ないこともあり、活動のチャンスを沢山いただきました。いちばん大きな出来事としては、昨年5月にレコーディングをして、11月にデビューアルバム『Duettist』を発売した事ですね。私たちの名前も知られるようになり、演奏を聴いていただく機会が広がりました。これからもいろいろな所でコンサートを行い、もっと多くの方に演奏を聴いて頂きたい。ピアノデュオの知られざる魅力を伝えていければと思っています。
(C)Keishi Asayama
――デュオを始められた頃の話は、後ほど聞かせてください。まずは、大阪で初めて行われるリサイタルで、このプログラムを決められた経緯を教えてください。
彩:リサイタルを行うザ・フェニックスホールの評判は聞いていました。天井が高く、豊かな響きを湛える300席の贅沢な空間。今回はステージ部分の大きさから判断し、全曲連弾だけのプログラムに特化して、私たちの息の合った演奏をお聴きいただこうと思いました。全ての作品が連弾のために書かれたオリジナルであり、いずれも連弾だからこそ表現出来る、壮大でありながら繊細な世界です。ソロとデュオでは、響きや表現力がどのように違うのか、皆さんにとってオーケストラで馴染みの曲たちが、実は連弾の為の曲であった事実を知っていただき、演奏上どのような違いがあるのか。最高の空間でお楽しみください。
(C)Keishi Asayama
――オープニングは、ドビュッシーの『小組曲』とラヴェルの『マ・メール・ロワ』から始まります。
彩:オーケストラでも良く取り上げられる曲なので、聴いた事がある方も多いのではないでしょうか。この2曲とも、実は連弾がオリジナルなのです。共にフランスを代表する作曲家の曲ですが、キャラクターは随分違います。ドビュッシーの『小組曲』は、18世紀ロココの画家ワトーが好んで描いた貴族な優雅な宴「艶なる宴」と深い関係があり、ヴェルレーヌやバンヴィルの詩からインスピレーションを受けています。「小舟にて」、「行列」、「メヌエット」、「バレエ」の4曲から成り立っていて、演奏していても、詩的な世界を感じます。繊細なタッチで描かれた優雅な世界をお届けいたします。
リサ:この曲に関しては、オーケストラバージョンをよく聴き、そこから音色のインスピレーションを得ています。私にとってドビュッシーは、水のキラキラしたイメージです。『小組曲』も艶やかな音色で、水分量の多い水っぽい感じがします。オーケストラだと管楽器やハープで表現されている音をイメージしてピアノで弾きます。ピアノデュオ版のドビュッシーの音色がお気に召すと良いのですが。
彩:「マ・メール・ロワ」は「マザー・グース」が題材となっています。背景にストーリーがあるので聞きやすく分かりやすいのではないでしょうか。「眠れる森の美女のパヴァーヌ」、「親指小僧」、「パゴダの女王レドロネット」、「美女と野獣の対話」、「妖精の星」の5曲から成り立っていますが、どれも音数は少ないのに和声の響きが美しいのが特徴と言えます。ラヴェルの曲はセコンドで演奏していても、4つの声部がそれぞれ横向きに成り立っているように感じられ、彼ならではのオーケストレーションが連弾作品にも流れているのが魅力的です。
(C)Keishi Asayama
――続く曲は、シューベルトの『人生の嵐』です。先日初めて聴いたのですが、衝撃を受けました。素敵な曲ですね。
彩:死を感じさせるシューベルト最晩年の作品です。『人生の嵐』は、『ファンタジー』、『ロンド』と並んで、シューベルトの連弾作品の代表作です。地獄で苦しむような激しい葛藤と、シューベルトならではの転調を経た先の救われるような美しい表情との対比が印象的で、心に刺さります。
リサ:「人生の嵐」は曲自体は1曲ですが、ソナタの一つの楽章を想定して作られたとも言われています。本当に名曲だと思います。ドイツでこの曲のレッスンを受けていた時、私のパートを先生が代わりに弾かれたことがありました。激しい部分から一転、天にものぼるような美しさが顔を見せる場所があるのですが、先生の澄んだ音色が部屋いっぱいに広がり、どこか理想の世界へ誘われるかのような経験をしたことがあり、とても印象に残っています。シューベルトだから書ける、日常の苦労や悩みが浄化される作品。お客さまにも、そのような思いを感じていただけましたら嬉しいです。
(C)宗次ホール
――プログラムの後半に、ブラームスの作品2曲が並びます。
リサ:ブラームスの『シューマンの主題による変奏曲』は、思い出の曲なんです。この曲の元の曲、『天使の主題による変奏曲』といわれている作品の清書中、シューマンはライン川に飛び込み、入水自殺を図ったそうです。私は原作を演奏したことがあります。好きな曲なのですが、弾いていて精神的に参る曲でもあります。広く知られる、躍動感のあるシューマンとはかけ離れた枯れた音楽。その曲のテーマを基に、シューマンの死から5年後、ブラームスが連弾の為にこのバリエーションを作曲しました。そこにブラームスの深い思いを感じます。彼の曲は、シューマンの書いた変奏曲とは全然違う展開をしていきます。私は勝手に、ブラームスがシューマンの奥さんのクララに対して、シューマンとの思い出を音楽で綴っているように感じます。深みがあり、最後は葬送行進曲のリズムで、魂が少しずつ天へと昇り、残された者の胸には温かい光が灯るような素晴らしい作品。ブラームスが連弾の為にこの作品を残してくれたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
――最後は『ハンガリー舞曲』です。
彩:「第1集」といわれる第1曲から第6曲は、皆さまご存知の聴き馴染みがある曲です。私たちも、いろいろな所で演奏していますが、今回は最後の部分に当たる「第4集」の第17番から第21番を弾きます。ロマの激しい音楽が、ブラームスの美学を通してクラシックの名曲へと昇華されています。ハンガリー舞曲を演奏する時はいつも、ブラームスのエキスを感じつつ、その時々で即興的に楽しむ部分も多いです。「第4集」は、ドヴォルザークが管弦楽版を書いている事でも知られています。『スラブ舞曲』でも知られているドヴォルザークの編曲は実に見事。オリジナルの連弾版とも聴き比べて頂こうと思い、今回は「第4集」を演奏します。「第1集」に比べると少し渋い曲ですが、かなり技巧的な曲で、演奏するのは大変なのです。
リサ:なかなか取り上げられない「第4集」をこの機会に聴いていただき、「こんな曲もあったんだ!」と、新たな発見をしていただけると嬉しいです。
(C)Keishi Asayama
――クラシカルな作品を中心とした魅力的なプログラムですが、一方で現代曲にも積極的に取り組んでおられるようですね。
彩:以前、世界初演させていただいた久石譲先生の作品『Variation 57』もそうですが、私たちは現代曲を演奏するのが大好きです。
リサ:2年前に作曲家の向井響さんにお願いをして、『交響的ソナタ』という2台ピアノのための作品を作っていただきました。東京、名古屋、福岡でお披露目の演奏をしたのですが好評でした。大阪でも別の機会に演奏したいと思っていますが、YouTubeで見る事が出来ますので、まずはそちらをご覧ください。私たちのオリジナル作品を増やしていく取り組みも続けて行きたいです。
(C)アクロス福岡
●憧れのピアノデュオと違った私たちのカラーを如何に表現すべきか、模索し続けました。
――ピアノデュオを始めるきっかけを教えてください。
彩:ピアノを始めたのは、私が4歳の時からで、妹は3歳からです。ピアノデュオは私が6歳、妹が4歳の時からで、遊びの延長のような感じで弾き始めました。本格的にピアノデュオでやって行くことを考えたのは私が大学院、妹が大学に在学中、留学を考えていたタイミングです。私たちにとって大きな決断でしたが、勇気を持って、習っていた先生に相談して決めました。
リサ:いつかは一緒にデュオが出来たら良いなと思っていて、試しにコンクールを受けたら想像よりも良い結果をいただくことができました。二人で留学してデュオを突き詰めてみようということになり、偶然聴いたステンツル兄弟の演奏に感銘を受けて、お二人が教鞭を取る学校、ロストック音楽大学に決めました。デュオ科がある学校は限られています。クラスメイトは双子や夫婦などで特殊な環境でした。友人たちとはいつもピアノデュオ談議で盛り上がっていましたし、ラベック姉妹、ぺキネル姉妹、ステンツル兄弟、やユッセン兄弟など、憧れる魅力的なデュオが数多くいらっしゃる中で、私たちはどのように自分たちのカラーを表現できるのか、模索しました。
最初にふたりで連弾した時 リサ4歳、彩6歳
坂本リサ、坂本彩(左より) (C)Felipe Araya
――姉妹でピアノデュオをやる強みを教えてください。
彩:私たちは同じクラスだったら絶対仲良くなっていないだろうなと思うくらい性格が違うのですが、なぜかとても仲良しです。音楽のことになると、お互いの解釈や考えについて遠慮なくぶつかり合いますし、それでも縁が切れることはないだろうと心のどこかで安心しながら(笑)、ふたりが納得のいく音楽を作って行けることは強みだと思っています。
リサ:昔からずっと私がプリモ、姉がセコンドという役割です。姉が音楽の土台を作り、その上で私が自由に歌っている感じです。性格の違いなどが、演奏をすると上手くはまります。これは私たちデュオの強みだと思います。
東京交響楽団「第51回モーツァルト・マチネ」(2022年10月8日 東京オペラシティ) (C)東京交響楽団
――2024年11月にフォンテックよりデビューアルバム『Duettist』が発売になりました。
彩:先ほど妹も少し話していましたが、CDで私たちの演奏を聴いていただくのは夢でした。 今回、連弾の為の作品と、2台ピアノのための作品を全部で4曲、収録しました。今回のリサイタルで取り上げる『マ・メール・ロワ』も入っています。心の底からお聴き頂きたいとお勧め出来る、私たちの名刺代わりの渾身の1枚が誕生しました。全国のCDショップで販売中ですし、リサイタル当日はサインも入れさせていただきますので、お買い求めいただけますと嬉しいです。
(C)岡本寿
――今年はピアノの国際コンクールの多い年です。お二人も難関といわれるミュンヘン国際音楽コンクールで結果を残したことで世に出て来られた訳ですが、国際コンクール至上主義的な現在の状況や、これだけ若いアーティストの方が次々と世に出て来られる状況を、どのようにご覧になられていますか?
リサ:コンクールに出て演奏を聴いてもらい、結果を残すことが次に繋がる道だと思って、私たちも頑張ってコンクールと向き合って来ました。しかし、私はコンクールで思うような順位が得られず落ち込んだり、コンクールへのストレスで大きく体調を崩してしまった経験もあるので、結果にとらわれすぎて “音楽” と向き合うことへの本質を見失わないことは大切だと思います。結果を残すための演奏になってしまったり、自分の存在を発信するために音楽を利用したり、見せ方ばかりに気を取られて音楽と真摯に向き合うことがおろそかになってしまうのは恐ろしいことだと思います。コンクールにおいても、私たちはミスを恐れず、自分たちがそれぞれの作品で表現したいことを一番大切にしながら演奏しました。反対に、コンクールで良い順位がもらえなくても、別の方法を模索して世に出てくる方もいらっしゃいます。なので、コンクールに出ることや、その順位が必ずしも全てではないのかなとも思います。「分かりやすさ」が求められる世の中なので、競争社会と深い芸術が同居しているこの状況については、私たちにとっても難しい問題です。だからこそ、私たちはこれからも、音楽そのものと真摯に向き合う姿勢を何より大切にしていきたいと思います。コンクールに向けての練習や準備は、自分自身の精神的成長や音楽的熟練という意味で、格段に伸び代があるものです。結果ばかりに捉われることなく、そういう事も押さえつつ、楽しんで挑戦する向き合い方もあるように思います。
彩:審査結果はその場の数名の審査員の判断でしかありません。コンクールには運もありますし、現在の国際コンクールは何と言ってもレベルが高い。コンテスタントは皆さん、命を削って音楽と向き合っているように思います。途中で落ちても、素晴らしい音楽を奏でていれば、注目してくれる世界はきっとあると私は信じています。コンクールという大きな舞台をきっかけに、音楽や人など、一生ものの出会いがあれば素敵でしょうね。結果に捉われ過ぎずに、コンクールと向き合うことが大切だと私は思っています。
第70回ARDミュンヘン国際音楽コンクール ピアノデュオ部門 第3位入賞と聴衆賞受賞(2021年ミュンヘン)
第70回ARDミュンヘン国際音楽コンクールのバックステージ
――最後にメッセージをお願いします。
彩:今回のリサイタルで取り組む5つの作品は、連弾のために書かれた名曲ばかりであり、それぞれ異なったキャラクターを持っています。様々な角度からお聴きいただくことで、ピアノデュオの響って特別だなと感じていただけたら嬉しいですし、幅広い表現をお楽しみいただけるよう、私たちも全力を尽くしたいと思います。そして演奏会が終わった後は、大阪の “粉もん” をたくさん食べたいです!
リサ:ピアノ1台の連弾ならではの近い距離で生まれる音楽のコミュニケーション。一人で弾くのと二人で弾くのではこんなに違うのかと、初めてデュオの世界を聴かれる皆さまは驚かれるかもしれません。倍音が飛び交うコンサートホールで、ぜひ生の音楽をお楽しみください。新たな発見がきっとあると思います。
皆さまを、ザ・フェニックスホールでお待ちしています! (C)岡本寿
取材・文 = 磯島浩彰
公演情報
■日時:2025年10月16日(木)19:00開演(18:30開場)
■会場:あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
■出演:坂本彩、坂本リサ(ピアノ)
■曲目
ドビュッシー/小組曲
ラヴェル/マ・メール・ロワ
シューベルト/アレグロ イ短調 『人生の嵐』op.144, D947
ブラームス/シューマンの主題による変奏曲 op.23
ブラームス/ハンガリー舞曲集 第4巻 (第17番~第21番)
■入場料:5,000(全席指定)
■問合せ:0570-00-8255/03-5379-3733
■公式サイト:コジマ・コンサートマネジメント
https://kojimacm.com/digest/251016/251016.html
『坂本彩・リサ ピアノデュオ Charity concert』
■日時:2025年11月30日(日)13:30開演(13:00開場)
■会場 : 福岡市民ホール
■出演:坂本彩・坂本リサ(ピアノ)
■曲目:
グリーグ/ペールギュント第1組曲
(1 朝、2 オーセの死、3 アニトラの踊り、4 山の魔王の宮殿にて)
モーツァルト=グリーグ/ピアノソナタハ長調 k.545
ブラームス/ハンガリー舞曲 第17番、21番
ショスタコーヴィチ/コンチェルティーノ
ラヴェル/マ・メール・ロワ
ラヴェル/スペイン狂詩曲
■入場料:4000円(全席自由)
■問合せ:090-1514-9346