伝説の“超弩級”交響曲が蘇る!——山田和樹、水野修孝/『交響的変容』への挑戦

2025.11.21
レポート
クラシック

山田和樹 (撮影:安藤光夫)

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今から30年前(1992年9月20日)、一夜限りの花火のように、超弩級の交響曲が大きく打ち上がった。オーケストラと合唱を合わせて総勢700名で演奏されたこの作品は、幕張メッセイベントホールで岩城宏之によって初演が行なわれ、長らく再演は不可能とされてきた。

2026年4月1日より東京芸術劇場音楽部門の芸術監督に就任する予定の山田和樹が、就任後初の公演として選んだのが、この作品、つまり水野修孝作曲の『交響的変容』だ。指揮・プロデュースは山田和樹、演奏は、読売日本交響楽団、東京混声合唱団、栗友会合唱団(合唱指揮:栗山文昭、碇山隆一郎)、林 英哲(太鼓)、武藤厚志(ティンパニ/読売日本交響楽団)。そして水戸博之が総合監修を務める。

水野作品の大ファンと語る山田は、11月11日に行なわれた記者懇談会で、蘇演への意気込みと水野作品の魅力、そして東京芸術劇場が目指すあり方について語った。

(c) 読響


 

■音や人が混じり合う場所を目指す「交響都市計画」が、水野修孝/『交響的変容』で開幕

今年(2025年)2月に亡くなった音楽評論家で、東京芸術劇場の運営委員を務めていた岡部真一郎氏にちなんだ思い出話から会見は始まった。

「この企画をぜひ岡部先生にもお伝えしたかった。岡部先生とはサントリーホールの『オレステイア』公演のときからのお付き合いでした」

出演者が100人にも及んだ『オレステイア』公演。全員が一丸となったその熱量は、山田にコンサートホールのもつ、設立理念の存在を感じさせた。

「コンサートホールには理念があります。例えばオーチャードホールのあるBunkamuraはさまざまな文化複合施設の一つとしてオープンしました。プロデューサーの田中珍彦さんは、オープン当初、年齢、服装、目的の異なる人々が同じ施設に集っている“ごちゃ混ぜ感”をとても喜んだそうです。そしてこの“ごちゃ混ぜ感”を音楽で体現しているのが水野修孝先生です」

(撮影:安藤光夫)

山田が初めて水野作品を振った際、「これは自分が作曲したんじゃないだろうか?」という、不思議な感覚を覚えたのだという。それ以来水野作品のファンであり、『交響的変容』の蘇演の機会をうかがっていた。「現在91歳の水野先生の目の前でこの作品を再び演奏したい」。芸術監督就任のこの機会に、今回の上演が決まった。

上演のあいさつのため水野邸を訪れた山田。山田は水野を“作曲界の岡本太郎”と表現する。水野の部屋を訪れた様子を、山田は興奮気味で話してくれた。

「部屋の中には楽譜やメモ書きが山積みになっていて、ものが散乱していました。ここで水野作品が生まれていることが腑に落ちるような場所でした」

憧れのクリエイターの創作空間の中で、山田は水野から力強い“お墨付き”をもらったのだという。

「『交響的変容』は幕張メッセで演奏される前提で書かれた作品なので、芸劇(東京芸術劇場)の舞台で同規模の演奏をするのは困難です。そこで、合唱やオーケストラのサイズ感を縮小させていただけないかという許諾をいただくために、ご自宅にお邪魔しました。そこで『すべてお任せします』という力強いお言葉をいただくことができました」

とはいえ、3時間超に及ぶ演奏時間に、混声合唱、総勢10名の指揮者、ソロの和太鼓、ティンパニー、ソプラノとそのスケールの大きさは変わらない。

「この作品は、演奏時間も編成も全てが規格外。時間と空間を超えていく、未来型の作品です。この公演をやり遂げるためにはスタッフの方々も一苦労。しかし、これだけの人たちを巻き込める幸せがあると思っています」

本公演をはじめとした芸劇と山田によるシリーズには「交響都市計画」とネーミングされている。

「これはスタッフの方のアイデア。コンサートホールが活動を広げていくにあたっては、自らが存在意義を証明していく時代に入っていると思っています」

訳語を Symphonic City Project ではなく、Harmonic City Project とした理由は、都市計画の一環として音や人が混じり合う場所という意味を込めたからだ。「東京芸術劇場の初心に帰る思いで挑みたい」と、山田は強い意気込みを見せた。

(撮影:安藤光夫)


 

■『交響的変容』に未来と世界平和を託したい〜質疑応答

山田のユーモアを交えた語り口と本公演にかける情熱は、会場に集まった記者たちの高い関心を買い、相次いで質問が投げかけられた。

◎Q1 音楽的にどのような面で『交響的変容』に惹かれていますか?

ジャズの要素を取り入れながら、メロディー、ハーモニー、ビートが4部にわたって変容していきます。基本的には美しいハーモニーに満ちていますが、それがぐちゃぐちゃになってしまう第4部の“カオス”が聴きどころです。コンサートのフライヤーに印字されている数字と記号のメモは、水野先生によるカオス部分の指示書です。

6つに分かれた合唱団が、日本、スリランカ、インドネシアなどの異なる民族音楽を歌います。とても一人の指揮者では統率を取れないので、6人の合唱指揮が登場します。題材は、原爆、宗教、民族と多岐に及びます。

◎Q2 再演のお話をされたとき、水野先生はどのような反応でしたか? 先生もまさか再演されるとは予想してなかったのでは?

涙を流して喜んでくれるに違いないと思っていたのですが、そんなことはなく、「あ、そうですか」と、全く素っ気ないものでした(笑)。「初演時の資料があるから用意しておきますね」と淡々とされていました。水野先生は音楽界の一匹オオカミ。しかしとても売り込み上手なんです。以前僕が先生の『交響曲第4番』の演奏をしたときにお会いしたら、先生はご自身の作品リストを渡してくださいました。そのリストの中に『交響的変容』も入っていて、「いつか演奏してほしいんです」なんてお話されていたので、先生としては当然の反応なのかもしれませんね。

(撮影:安藤光夫)

◎Q3 初演時は合唱団が客席に迫って来たり、指揮者が9人も登場するなど空間構成を工夫する要素があったとのことで、佐藤信さんが演出を務めていました。今回の演奏では演出のクレジットが見当たりませんが、そういった部分は山田さんが担当されるのでしょうか?

コンサートホールで演奏するにあたっては、演出家を置く必要はないと考えています。僕が指示できる範囲の動きや、舞台監督による照明演出の範囲で演出を行う予定です。

◎Q4 『交響的変容』は音楽史においてどのように位置づけられるとお考えですか?

これを言ってしまうと元も子もないのですが、歴史的な意義はほとんどないのではないでしょうか(笑)。先生ご自身も再演することは考えておらず、花火のような、ドカンと打ち上げることに意味があると考えていたのでは。しかし、それこそが芸術だと思うんです。

もちろん再演されたら素晴らしいと思いますが、その1回のぶち上げ感が凄まじく、おそらく水野先生には、日本人である自身が世界で一番大きな作品を書こうという意気込みが強くあったのだと思います。しかし先生は、その作品を歴史的に位置づけようとされる方ではないような気がします。みんなが面白がってくれれば良いのだ、と。

この作品の前後で音楽史の何かが変わったわけではないけれど、その作品が存在すること自体に、大きな意義がある。水野先生が何年もかけて作曲された重みがそこにある。それだけで意義深いのだと僕は思っています。

◎Q5 初演時は700人で演奏されましたが今回はおよそ何人ぐらいで演奏予定ですか?

オーケストラで100人、合唱150人、その他を加えて、300人程度の予定です。

(撮影:安藤光夫)

◎Q6 「劇場の理念」というお話がありましたが、その理念に立ち返るためと今回の公演とはどのようなつながりがあるのでしょうか?

僕の芸劇との出会いは小学6年生のとき。まず驚いたのは、コンサートホールへ昇っていく、あの長いエスカレーターでした。あのエスカレーターに乗ることが恐怖でしたし、コンサートホールの構造自体が宙に浮いているようで、その不思議さに興奮したというか、未来を見ました。僕の中の芸劇は未来を見せる場所。ゼロから何かを作り出すことも重要ですが、先人の力を借りながらキャンバスからはみ出していきたいと思っています。そんな想いで、突き抜けるような作品として『交響的変容』を選びました。

◎Q7 初演の1992年はバブル崩壊の時期。当時と現在とは背景も、そして演奏の規模も異なりますがどのようなメッセージを込めますか?

もともとバブル期がなければ完成も演奏もできなかった作品だと思います。僕は今、音楽活動をするうえでの難しさを感じています。ロシアによるウクライナ侵攻の際も、ロシア作品の演奏を制限せざるを得なくなるなど、音楽と国際情勢が無関係だと言い切ることはできなくなってしまいました。そんな中、『交響的変容』は何もかもごちゃ混ぜにして、カオスを作ることで調和が見えてくる、そこに平和的な光が見えてくる気がしています。

『交響的変容』を演奏することはお祭り的な意味だけでなく、国境も宗教も民族も人種も、その違いをぶつけ合うことで、世界平和を感じてもらえるのではないか。そんな願いを込めたいと思います。今の世の中において、この作品を演奏することが僕の中ではとても意義のあることなのです。

(撮影:安藤光夫)

取材・文=東ゆか

公演情報

山田和樹&東京芸術劇場 交響都市計画
水野修孝/『交響的変容』

【日程】2026年5月10日(日)12:00開演(11:00開場 16:30終演予定)
【会場】東京芸術劇場 コンサートホール

 
【曲目】水野修孝/『交響的変容』(1962-87)
第1部 テュッティの変容 (1978)
第2部 メロディーとハーモニーの変容 (1979)
第3部 ビートリズムの変容 (1983)
第4部 合唱とオーケストラの変容 (1987)

 
【出演】
■指揮・プロデュース:山田和樹 [東京芸術劇場 次期芸術監督(音楽部門)]
■管弦楽:読売日本交響楽団
■合唱:東京混声合唱団、栗友会合唱団(合唱指揮:栗山文昭、碇山隆一郎)
■太鼓:林 英哲
■ティンパニ:武藤厚志(読売日本交響楽団)
■総合監修:水戸博之

 
【主催】東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
【事業提携】読売日本交響楽団
【協力】東京音楽大学、豊島区仏教会、株式会社 全音楽譜出版社

 
【発売日】
■芸劇メンバーズWEB先着先行:2025年11月22日(土) 10:00 ~11月28日(金) 23:59

■e+座席選択先行受付:2025年11月22日(土) 12:00 ~11月28日(金) 18:00
■一般販売:2025年11月29日(土) 10:00~

 
【問合せ】東京芸術劇場ボックスオフィス
 0570-010-296(休館日を除くを除く10:00-19:00)
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