「笠置シヅ子も自分の歌に勇気づけられた」キムラ緑子、ジャズでならした歌声で"ブギの女王"を令和によみがえらせる
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キムラ緑子 撮影=福家信哉
舞台『わが歌ブギウギ-笠置シヅ子物語-』が、2026年1月2日(金)~20日(火)に東京・三越劇場、1月24日(土)~2月1日(日)に京都・南座で上演される。“ブギの女王”と謳われた笠置シヅ子を演じるのは、数々の舞台やドラマで大きな存在感を放つキムラ緑子。「東京ブギウギ」「ラッパと娘」などをヒットさせた大スターを、パフォーマンスも織り交ぜながら演じ切る。笠置と親交の深かった小野田勇が執筆した名作を、令和版として約20年ぶりに再演。生涯の友となる作曲家・服部良一とともに、力強い歌声で戦後の日本を明るく照らした笠置シヅ子は、どのように才能を開花させ、数々の名曲を生み出していったのか。その波乱に満ちた人生や、同作に描かれる「愛」について、稽古中のキムラ緑子に話を聞いた。
キムラ緑子
――笠置シヅ子さんの役作りは、どこからアプローチしていかれたのでしょうか。
まず関西弁ですね。今はあまり使わない「なんとかでっせ」みたいな言葉が多いので、最初はそれらがスムーズに出るようにするところからでした。ただ、関西弁で芝居ができるのはすごく楽しいです。自分自身も普段関西弁なので、どこか本気になりやすく、自由になりやすい感覚があります。そういう意味では、笠置シヅ子さんという人物を想像しやすかったですね。
――笠置さんは大阪松竹少女歌劇団(OSSK、のちのOSK日本歌劇団)に入団後、大スターとなり、その後東京に進出。戦後の日本を「東京ブギウギ」などヒット曲で勇気づけました。
明るくて強いパワーを持っている、この時代が生んだスターだなと思います。
――現在お稽古をしながら、笠置さんの歌についてはどんな印象を持たれていますか?
とても簡単そうに聞こえるのですが、実際に歌ってみると本当に難しい! あんなふうに魅力的には、なかなか歌えないです。やはり声の質や歌い方が重要。声の質というのは、その人にしかない、周波数みたいなものです。歌ってみて初めて、「笠置さんは相当歌が上手かったんだ」と実感しました。普通に音符を追って歌っても、全然いい感じにならないのですよ。だから、そこはもう割り切って、役として向き合っています。
キムラ緑子
――この舞台は歌いながらのパフォーマンスも特徴的ですね。
途中で息が切れてはいけないので、稽古では走りながら歌ってみたりも。やはり“ブギの女王”と言われた方だからこそ、歌の場面は一番のプレッシャーです。笠置さんの歌はどれも、聴いていておもしろいけれど、それを「ショー」として成立させるには、なかなか一人では無理なんですよね。だから、後ろで他のキャストの皆さんがたくさん踊ってくれています(笑)。みんなが盛り上げてくれるからこそ成立している。それに一流の振付師である前田清実さんが、曲ごとにきちんとショーに仕立ててくださるので、見応えはかなりあると思います。
――特に2幕の「ブギウギ・メドレー」は盛り上がりそうですね。
あそこは完全にショーのようになっているので、きっと迫力があると思います!
■洒脱な「ドリー&タニー」のライブが意外にも役に立つ!?
キムラ緑子
――もともと歌うことはお好きだったのですか。
はい。幼い頃から、今でも歌うのは好きです。
――ミュージカルの舞台にも出演され、大谷亮介さんとのライブ「ドリー&タニー」ではジャズにも取り組まれていますね。
そうなんですよ! 考えてみたら、繋がっているなと思って。この舞台の中に出てくるジャズの譜面を見て、「これ知ってる曲だ」と思いました。楽譜を見てすぐに音が分かるのは、「ドリー&タニー」をやってきたからで、「続けていてよかった!」と思います。ジャズの原曲をずっと聴いてきた、というのは大きいですね。
――もともと作曲家の服部良一さんがジャズの感性を取り入れ、日本語の歌を生み出されていかれたと。
日本語で歌って、ジャズの心を伝えるという点では、「ドリー&タニー」と方針は似てると思います。関西弁で歌う、というところまでも似ている……内容は全然違いますけどね(笑)。
――服部さんとの関係性は、やはり彼女の大きな軸でしょうか。
大きいですね。人生で、ああいう人に出会えるかどうかで、運命が決まるのではと思います。誰にでも、「この人に出会ったから今がある」という存在がいらっしゃると思います。仕事の面でも、結婚でも、運命の人がいるんですよね。
――笠置さんにとって、服部さんはどんな存在だと思われますか?
自分を「笠置シヅ子」にしてくれた人、なのではないでしょうか。笠置さんは、この先もずっと日本人に愛されていく歌手。その基盤を作ったのが服部さんだから。ふたりとも天才だと思います。服部先生が笠置シヅ子さんを見つけたときはうれしかったでしょうね。出会うべくして出会った天才のふたりです。時代が求めていた、必要としていたというのもある。その時代に生まれて出会った、運命の人だと感じます。
――キムラ緑子さんご自身にとって、服部さんのような存在は?
芝居の世界に立つキッカケをくれたのは、家族であり、劇団を一緒にやっていた人。物書きで演出もする人です。長い付き合いですし、運命の人と言えばそうかもしれないですね。
――キムラさんが看板女優として活躍されていた、劇団M.O.P.の主宰者であり劇作家でもあるマキノノゾミさんですね。
はい、でも全然仲良くないですよ(笑)。
■戦後にヒットした「東京ブギウギ」の背景まで考えて稽古に励む
キムラ緑子
――作品を通して、どんなところを観客の皆さんに観てほしいですか?
笠置シヅ子が物語の中心にいますが、描かれているのはそれぞれの関係、深い繋がりです。服部先生と生徒、長年一緒に音楽をやってきた、歌のためになくてはならない存在の演奏家たち。そして、歌以外の選択を迫られ苦しんだけれども、笠置シヅ子が愛し抜いた人。
――運命的に出会った、花森興業の一人息子・花森英介さんですね。
はい。ほかにも、戦後の時代に自分の体を売って生きている女性たちが、彼女の歌を聴き、苦しみに耐え、のちに彼女もこの人たちのために歌いたいと友情を育むなど――。いろいろな人との濃い関わりが描かれているので、ドラマとして、ものすごくおもしろいと思います。
――出会いと別れも含めて……。
形は違うけれど、すべてが「愛」なんですよね。
――齋藤雅文さんの演出で、特に感じることはありますか?
戦中や戦後という「時代」のことを考えながら、心の奥底にあるものを想像する、ということを稽古場のみんなでやっています。例えば賀集利樹さんが演じるピアニストの木暮五郎は、時代に翻弄され、お酒におぼれて一度落ちぶれてしまう。でも腕のあるピアニストだから、服部先生と笠置シヅ子が「あなたの人生、そんなものじゃないだろう?」と説得して救おうとします。その背景にある「時代」を考えながら、うわべだけの言葉にならないように、と稽古場では言われています。
――服部良一さんを演じるのは松村雄基さんです。
お芝居でしっかりご一緒するのは初めてなのですが、服部先生みたいな人です。松村さんの品の良さから、人と少し違う匂いを感じていて、派手ではないけど独特の大きさ、優しさがあります。演出の齋藤さんは、アインシュタインみたいな、少し変わった人物像を彼に望まれていて。きっと彼の「違い」を伸ばしたいのではと思います。もともと人を俯瞰で見られる、大きな力を持っている方だから、私は身を任せて「服部先生!」と何度も呼びかけ、お稽古をしています。
キムラ緑子
――花森英介役の林翔太さんとは、以前にもご共演されているそうですね。
前も私の恋人役でした。本当に優しく、恋人役に徹してくださっています。抱き合うシーンもあり、「角度はどうする?」ときちんとお話をして。いろいろ決めておかないと、かえって恥ずかしいので(苦笑)。
――笠置さんは生涯、英介さんを愛し抜いたのですよね。
彼女は歌に夢中で、必死に舞台に立つ毎日のなか、衝撃的な恋に出会ってしまいます。でもふたりが一緒に暮らせたのは、たった数か月。病気や戦争もあり、会えない時間が長かったのです。燃えるような恋で、だからこそ切なくて。若いふたりならではの、超ラブロマンスですよね。
――そんな笠置さんの歌手活動は決して長くはなく、約10年で潔く引退され、その後は女優やタレントとして活動されます。その人生について、どんなことを感じられますか?
愛する人を失った後、自分をなぐさめ、勇気づけてくれたのが「歌」だったのでしょう。悲しみを歌とともに乗り越えてこられた方だと思います。「東京ブギウギ」に自分も勇気づけられ、それらの歌で浄化され、歌手としては燃え尽きたのだと思います。台本を読んで感じるのは、笠置シヅ子さんは力強く人を愛し、人との繋がりがとても深い方。誰かを励まし、誰かのために力になろうとするので、大きな「愛の話」になると思っています。とても濃い、人と人との繋がりを私たちが体現し、それをお客様に観ていただけたらうれしいです。
取材・文=小野寺亜紀 撮影=福家信哉
公演情報
※未就学児童は満4歳よりお一人様につき1枚切符が必要です。