矢野まき、出会いも別れも愛で包んだ『矢野まき Live “愛のしかた”』ライブレポート

2025.12.30
レポート
音楽

矢野まき

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矢野まき Live “愛のしかた”
2025.12.26 東京・銀座王子ホール

矢野まきが、12月26日に東京・銀座王子ホールにて『矢野まき Live “愛のしかた”』を開催した。

デビュー25周年にリリースした最新アルバム『愛のしかた』を構成する6つの愛の形を綴った楽曲を軸に、旧譜からも珠玉の作品が織り交ぜられるという様々な愛を歌った90分間のスペクタクルは、期待も予想もはるかに超える実に素晴らしい公演だった。

白を貴重とした品のあるクラッシックホール。そのステージにはグランドピアノとアコースティックギターが鎮座し、軽やかに流れるBGMとともに来場者を静かに迎えている。開演を報せる音が鳴り、照明が消え、場内に静寂と緊張が一気に走る中、松岡モトキ(Gt)、浦清英(Pf)、橋本歩(Cello)が登場。そして矢野まきが舞台の中央にスッと立ち、「愛が欲しいんだよ」を歌い上げ、2025年を締めくくるショーの幕を開けた。

間髪入れずに奏でられたのは、「君の為に出来る事」。この日の東京は風が強く、とびきり寒かったのだが、やさしいタッチのピアノと伸びやかなチェロの音、ギターのアルペジオとが重なり合い、比類なき天性の声をこれでもかと押し上げる完璧なアンサンブルは冷えた来場者の体を少しずつあたためていた。秋に行われたビルボードライブではピアノ、ギターとの3人編成であったのに対し、今回はさらにチェロを加えた4人編成での公演となることが事前発表されていたので期待度も高めだったが、新たに創り上げられた矢野まきの音世界に早くも序盤から魅了されてしまう。

ここでこの日はじめて矢野が観客に語りかけた。ライブタイトルが『矢野まき Live “愛のしかた”』とあるとおり、昨年リリースしたEP『愛のしかた』を中心としたライブになることを伝えてから、「師走の大変な中、私のために時間を割いてくれてありがとうございます」と感謝を述べた。「EPの世界と久しぶりの曲を、各々の楽しみ方で、心でキャッチしてもらえたらうれしいです。ゆっくり行こう」と言うと、再び歌の世界へ。「私の真ん中」がはじまった。

阿吽の呼吸でポーズするのも息ぴったりのギターと1番を終えると、今度はピアノとチェロも加わってほんのり賑やかになる。まるで、ひとりぼっちでいた主人公に段々と仲間が増えてくるように聴こえてくるのが面白くて楽しい曲だ。そうして語りかけるように、≪大人だからタフでなくちゃ 平気なふりは朝飯前だよ 心に嘘がつけちゃうからこそ ほんとはなくさないように大事にしたい本音≫というフレーズとハミングがどこまでもやさしく心に届いた。

続いて披露されたのは、「夜曲」。チェロで始まり、主旋律をチェロが弾く新たなアレンジは、川の流れのような人生を歌う重厚で壮大なこの曲の魅力を存分に、美しく表現していた。その余韻を断ち切るようにアカペラではじまった「夢でいいから」では、歌はもちろんのこと、息継ぎにさえ引き込まれていく。愛を歌う人、まさに“矢野まき流の愛のしかた、ここにあり”といった風情の、圧巻の歌唱であった。

「どんな年であろうと出会いと別れがあって。自分の心の中で新しい感情の発見があったり、たまに戻るけど一歩一歩前に、人生という旅を進んでいます。悲しいお別れが多かったり自分の問題と向き合ったり、学びの1年でした」と、悲喜交々だったという自身の2025年を振り返る場面も。「クラシックホールでのライブをやるのはものすごく久しぶりなんです。この先も楽しんでてください」と語りかけた。

一瞬見せた笑顔の後、場内の雰囲気をガラッと一変させるかのように投下されたのは「さよなら色はブルー」。原曲のラテンテイストを残しつつ、肝フレーズをチェロが刻み、ご機嫌なピアノソロを聴かせるなどのジャジーなアレンジで昇華させていた。シェイカーを振りながら極上の音に身を任せ、自由に歌う矢野の姿を印象深く残した後は、緩急をつけるかのように「君のいない朝」がやわらかなアンバーの光に包まれて届けられた。

しっとり歌い上げた後で話題になったのは、この日一際強く吹き荒れていた風のこと。会場に向かう道すがら、近くを警備している人たちが「今日の風の強さはなんだろうね」と話すのが聞こえてきたほどだったのだが、こうした風の強い日に矢野はきまって愛犬サクラを思い出すと打ち明けた。向かい風が好きだったというサクラのエピソードは、続いて披露された「おうちへ帰ろう」で描かれた世界と繋がっているように思えた。またこの日のために作成したというグッズの話では松岡との夫婦漫談のようなシーンも見られ、飾らない人柄をほっこりと覗かせてから「のろいのように」を披露した。

ハイライトと言える場面が多くあった公演だったが、真っ赤な照明に照らされたステージで繰り広げられた「大きな翼」は間違いなくこの日のハイライトだった。チェロもピアノもギターも、すべての楽器が狂気じみた演奏でフルバンドかと思うほどの迫力! そこに矢野の迫真に迫る歌がたたみ掛けてきて、ゾクゾクしっぱなしだった。

演奏後にはNHKドラマの主題歌であったことから日本以外の国でも放映され、海外ファンからも反響が多く寄せられたことや、ドラマの台本を手に自然の場に身を置き、環境を変えて曲を書いたこと、当時のプロデューサーだった亀田誠治との制作秘話などが語られた。また、クリスマスの翌日ということもあり、ファミリーマートでチキンとケーキを買った話や幼い頃に母親を困らせたというエピソードを披露し、もうじき50歳になるものの、赤ちゃんの頃から変わらない一面があると告白した。

一呼吸置いてから、前曲と同時代にリリースされた「タイムカプセルの丘」が届けられた。弦楽器が入ると原曲の持つ世界観にグッと近くなり、より一層ドラマティックに響いてくる。そして歌詞にも≪木枯らしが吹いた頃≫とあるが、冬に聴くこの曲は格別だ。寂しさが倍増し、浸れるからだ。続いて久しぶりに披露された「いつか僕が還る場所」も別れの曲だった。何も語られることはなかったが、彼女の悲しみと溢れる感情が伝わってくるような気がして涙がとめどなく流れた。あなたの大切な人は天に召されてもあなたのそばにいてくれている、そう慰められる、救いある名曲である。そうして心が大きく揺れ動いた後に聴いた「ロールキャベツ」「太陽」は、いっそう心に染み入ってきた。

「びっくりするぐらい、今日も光の速さで時間経っちゃいました。皆さんに愛を込めて、歌を届けてきたつもりです。少しでも穏やかに良い音を紡いで行けるように、またきっと笑顔で会いましょう。最後です」そう告げて、まばゆい光の中で「ただの私」を届けた。

歌い手である自分自身を鼓舞するような力強い歌は、聴く者の明日への力となる。彼女の歌を聴くために集まったすべての人に向けて全力でエールを送る姿は凜々しく、輝いてみえた。きっとこの先もまっすぐ前を見据え、続いてゆく人生という名の旅を楽しんでゆくのだろう。そんな余韻が残る中、アンコールに応えて再登場した矢野は、「良い年を越せそうです。皆さんのおかげで」と笑顔で語り、最後の曲「傘もささずに」をエモーショナルに歌い上げた。去り際には「また来年も元気に会いましょう」と一言を残し、2025年最後となるライブの幕を下ろした。

年の瀬に贈られたライブは、ステージ上で生まれたぬくもりが客席の隅々まで届くような、外の寒さや冷たい風を忘れさせてくれる、あたたかで慈愛に満ちた幸せなひとときだった。

取材・文=早乙女 ‘dorami’ ゆうこ 撮影=青木こず恵

セットリスト

矢野まき Live “愛のしかた”
2025.12.26 東京・銀座王子ホール
1. 愛が欲しいんだよ
2. 君の為に出来る事
3. 私の真ん中
4. 夜曲
5. 夢でいいから
6. さよなら色はブルー
7. 君のいない朝
8. おうちへ帰ろう
9. のろいのように
10. 大きな翼
11. タイムカプセルの丘
12. いつか僕が還る場所
13. ロールキャベツ
14. 太陽
15. ただの私
<ENCORE>
16.傘もささずに
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