来生たかおが50年間にわたって磨き上げてきた歌い手として、作り手としての魅力をいかんなく味わう
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来生たかお
『来生たかお 50th Anniversary Concert 2025-2026 ~ The Song~』
2025.11.26(wed)東京・NHK ホール
人生の機微を鮮やかに描いた豊潤な歌の数々を堪能した。11月26日、東京・NHK ホールで開催された来生たかおのデビュー50周年記念のコンサート。今回のこの公演は3都市での開催で、12月10日の愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール、12月20日の兵庫・神戸国際会館こくさいホールとともに、ソールドアウトという貴重なステージだ。コンサートタイトルに“The Song”と冠しているのは、「歌」を主軸としたステージを行うという意図からである。デビューしてからこれまでの50年間にわたって磨き上げてきた歌い手としての魅力と、提供曲も含めて多くの楽曲を生み出してきた作り手としての魅力、その両面をたっぷり味わえるステージとなった。
来生たかお
オープニングナンバーの「明日物語」では、50周年ライブにふさわしく、4人編成のバンドとともに、サプライズで四家卯大(しかうだい)率いる14名のストリングスも参加し、豪華な幕開けとなった。端正なストリングスの調べの中で、マイクスタンドを握りしめながらの来生の味わい深い歌声が会場内にゆったりと広がっていった。曲の後半に向かうほどにエモーショナルになっていく展開となり、いきなり冒頭からハイライトが訪れた。曲名に“明日”とあるように、50周年のアニバーサリーコンサートが、未来への希望の描かれた曲から始まる構成が心憎い。来生のボーカル、バンド、ストリングスが一体となって、歌の世界の中の空気の質感までも鮮やかに描きだしていたのは「針の雨」だ。照明の白い光の筋が雨のように客席に降り注ぎ、憂いを帯びた歌声がじわじわと胸に染みてきた。デビュー50周年、75歳となった今もこんなにも表情豊かな歌声を披露できるところが素晴らしい。
「デビュー50周年を迎えました。半世紀にわたってやってきたのは驚きであると同時に感慨深いですし、大変幸せなことだと思っています。一人でなしえたことではありません。ファンのみなさん、スタッフ、メンバー、そして家族、多くの人々の支えがあってここまでやってこれました」とのMCもあった。さらに、79歳のギルバート・オサリバンのコンサートを観に行って、“まだやれる”という気構えを持ったことが語られた。
来生たかお
「みなさんの心に良き思い出として残していただけたら幸いです」との挨拶に続いて、しばらく来生とバンドによるステージが繰り広げられた。ギルバート・オサリバンとの共作曲「出会えてよかった」も披露された。大切な人との出会いのかけがえのなさが描かれた曲なのだが、哀愁を帯びた歌声が琴線に触れてくる。出会う前のさびしさまでもが伝わってくる歌なのだ。人生の機微をこんなにも繊細に表現できるところが素晴らしい。
メロディーメーカーとしての来生の魅力を堪能したのは、来生が80年代に提供した曲のセルフカバーのメドレーだ。南野陽子の「楽園のドア」、原田知世の「ときめきのアクシデント」、中森明菜の「あなたのポートレート」、松田聖子の「Silvery Moonlight」など8曲が歌われた。あえて当時のアレンジとサウンドのニュアンスを残した演奏によって、80年代の当時の空気感も伝わってきたので、懐かしさを感じた観客も多くいたのではないだろうか。ライブでのメドレーは長くても1コーラスで次の曲へ移っていくのが一般的だが、ほとんど2コーラスまで歌っていた。曲の物語性も含めて表現しているところは、ソングライターとしての来生のこだわりでもあるのだろう。女性シンガーへの提供曲がほとんどだが、メロディと言葉の響きの魅力をしっかりと引き出すボーカルの表現力はさすがだ。8曲21分以上にわたるメドレーをノンストップで歌い切る驚異の75歳に、会場内は拍手喝采となった。
来生たかお
美空ひばりへの提供曲「笑ってよムーンライト」のカバーでは、朗らかな歌声によってスタンダードジャズのスタイリッシュで情緒豊かな世界を堪能した。この曲の制作にあたっては、美空ひばりの自宅を訪問したエピソードも紹介された。50周年記念コンサートということで、曲間のMCでは、この他にも、ギルバート・オサリバン、三浦友和、忌野清志郎など、さまざまな人々との音楽の交流の希少なエピソードも披露された。
中盤ではピアノを弾きながら歌う場面もあった。ストリングスのたおやかな響きの中でたゆたうように、来生がピアノの弾き語りで披露したのは、1976年10月1日リリースのデビューシングル「浅い夢」だ。ステージの後ろには青空と白い雲が映し出されている。ロマンティックでメランコリックな叙情あふれる夏の日の光景が出現したようだった。後半は再び、バンド編成での歌だ。忌野清志郎が作詞を担当した「ねがえり」は椅子に座っての歌。ギターのアルペジオで始まるフォーキーなナンバーで、来生の奥行きのある歌声からは無常観や寂寥感までもが漂っていた。余韻の残る歌の世界が素晴らしい。「ひと月ののち」では、喪失感を癒やしていくような、温かくて柔らかい歌声に聴き惚れた。ふかふかの毛布に包まれるような心地よさを味わった。終盤は代表曲が続けて演奏された。その中の1曲は大橋純子によって大ヒットした「シルエット・ロマンス」。伸びやかさと艶やかさと密やかさを備えた歌声が素晴らしい。
来生たかお
「たくさんの方に足を運んでいただいてありがとうございます。来年は50周年のツアーをやります。話したいことはたくさんあるのですが、次のツアーで」との言葉に、客席から笑い声が起こった。さらに「お休みいただいていたえつこ(来生たかおの姉で、ほとんどの曲の作詞を担当している作詞家の来生えつこ)も元気です。来年も新しい曲を届けられたら」との言葉には温かな拍手が起こった。本編ラストは、ジャズシンガーのしばたはつみへの提供曲「マイ・ラグジュアリー・ナイト」。照明の細かな光の粒が星の光のように輝く中、バンドとストリングスの演奏のもとでの歌となった。たおやかな歌声が、瞬間の中に宿る生命のきらめきを鮮やかに描き出し、至高のラグジュアリーな時間を創り上げた。鳴り止まない熱烈な拍手がこの日のコンサートの充実ぶりを雄弁に表していた。
アンコールでは、バンドとストリングスの演奏のもとで、ピアノを弾きながら、代表曲の「夢の途中」と「Goodbye Day」を披露した。丹念な歌声でありながら、エモーショナルでエネルギッシュ。音楽への情熱がぎっちりと詰まった歌声に揺さぶられた。アンコールも合わせて、2時間超えのコンサートは至福の時間となった。50年積み上げてきた成果が見えてくると同時に、今の瞬間のフレッシュな歌のパワーに触れた夜となった。50周年が大きな節目であるのは間違いないだろう。だが、来生のまなざしは、過去だけでなく、現在、そして未来へと向けられていた。2026年5月からの全国ツアーも予定されている。まだほんの夢の途中だ。
取材・文=長谷川誠