有村竜太朗はなぜ個人活動を行うのか? Plastic Treeとは似て非なる“実験”の歩みを紐解く

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有村竜太朗

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Plastic Treeのボーカル・有村竜太朗が今年2026年で個人活動10周年を迎える。『デも/demo』と名付けた個人作品集のタイトルが示すように、その制作やライブには様々な“実験”が行われてきた。Plastic Treeとしても精力的に活動を継続しながら、有村竜太朗はなぜ個人活動を行うのか? その理由と個人活動をする中で芽生えてきた変化とは。そして、生まれてからこれまでに住んだことがある街を回る『Home Sweet Home』ツアーについて、話を訊いた。

個人活動だけど、これはひとつのプロジェクトだと思ってるし、それが今凄くいいプロジェクトに育ってきてるから、もっと多くの人に聴いてもらえたり、楽しんでもらえたらいいな。

――個人活動が今年で10周年を迎えるとのことで、2月から3月にかけては『有村竜太朗 10th Anniversary BIRTHDAY LIVE TOUR 2026 -ROOM306 Home Sweet Home-』が行われます。ここではあらためて竜太朗さんにこの10年を振り返っていただきつつ、ここからのお話についてもうかがっていきたいと思っております。まず、2016年当時に竜太朗さんが個人活動を始めることになった動機として、特に決定的だったのはどのようなことだったのでしょうか。

決定的っていう意味だと、これは当時も自分にとってそれが大きい理由だなって考えていたのは、やっぱり長いこと音楽家としてバンドをやってきていた中で作詞作曲もしていると、単純に世に出していない曲、バンドで出さなかった曲のストックがかなり多くなってきたなぁ、っていうのがひとつあったんですよ。

――作ったからにはそのままにしておくのはもったいないですものね。

バンドに曲を出す時って、最終的にメンバーの納得感と俺の納得感が一致する必要があるじゃないですか。そして、俺は自分が考えたものをそのまんまバンドにやってもらうことは好まない人なんです。でも、だからって自分でも作りきれない何かをメンバー側と探っていくのはなかなか難しい時があったりして……まぁ、俺がそこは曲作りに対してちょっと神経質なところがあるせいなんでしょうね。曲作りをしていく中での遊びがあんまりないんですよ。で、そうやって初期段階で行き詰まっちゃうと、うちはほかのメンバーも全員が曲を書けるわけだし、俺から「あ、じゃあもうこれはやめとくわ」みたいな感じになる曲がけっこうあったんです(苦笑)。でも、それはそれで曲たちがかわいそうだなと。

――ごもっともなお話ですし、個人活動へのビジョンはとても明確だったのですね。

作った当時から時間が経っている曲もいろいろあったから、なんとなく「昔はできなかったけど、今だったらできるかな」っていう想いを持ち出したのも10年くらい前で。昔みたいに自分でもよくわかってないものに対して固執するとか、今だったらそこまで神経質じゃないからやれるんじゃないか、ということで始めたのが個人活動だったんですよ。それと、もうひとつの動機としてはhiro(te')くんっていう亡くなっちゃったお友達がいた時に、彼とはずっとコピーバンド(ネジ)でセッションをよくしていたから、どうしても彼とはカタチに残る音楽も一緒に作ってみたかったっていう気持ちも凄く大きかったですね。だから、別にバンドに対しての不満とかがあって始めたとかでは全然なかったし、それまでどおりPlastic Treeをやりながら、自分の個人活動という名のもと、バンドの方とはちょっと違う可能性を音楽仲間と音源制作をする、っていうことが今ならできるだろうなと感じたのが10年前だったということなんです。むしろ、ここで始めないともうできないだろうなという年齢的な焦りもありました。ほんと「今やらないと!」って思った途端、もうそういう風に動いちゃってましたね(笑)。

――ちなみに、2016年11月に発表された初の個人作品集のタイトルは『1996-2013「デも/demo」』でしたし、hiroさん、高垣良介さん、鳥石遼太さんなどネジのメンバーを主軸としたサポートバンドにはDEMONSTRATIONsとの名前が冠せられることになりました。そのことを踏まえますと、竜太朗さんにとっての個人活動は“実験的”な要素を含むものとして当初から認識されていたことになりますか。

うん、そうですね。俺はそこまでの時点で既にバンド歴が20年以上と長かったから、個人活動をすること自体がかなり実験的なことだな、と自分の中で位置づけしてたところがありました。それに、音楽を作るという点ではバンドも個人活動も基本的には同じなんだけど、アプローチとしてはバンドで今までやってきたこととはちょっと角度だけでも違うようにできるようになった方が、提供するものとしてもいいのかなと思ったりもしたんですよ。ただ、それは今思えば個人活動をする上での「こうしなきゃいけない」的な建前でもあったのかなという気はします(笑)。でも、それ以上に実験というかたちで好きなように全部やりたかったっていう気持ちの方が大きかったかもしれないですね。バンドサウンドで録った曲は、絶対アコースティックでも録ってみるとか。自分のできる範囲で思いつくことは何でもやってみたかったんでしょうね。

――実験性が強い分、実際に個人活動を実際に始めてみた時に予想をしていなかったことも時には起きたりしたのでしょうか。

なんかあったかな? 予想してなかったこと……あ、あります。意外と「俺は頑張り屋さんだったんだな」ってちょっと思いました。ずっと怠け者として生きてきたんですけどね(笑)。

――怠け者だなんてそんな(笑)。とはいえ、バンドで4人で活動している時と個人での活動では何かと担うものが増えるのは間違いないのでしょうね。

そこはもう本当に、バンドと個人活動ではワケが違うなぁと感じました。でも、幸いというか個人活動をしていて人に恵まれてるなと感じることはとても多いです。hiroはまず「このプロジェクトをやるなら」って自分のことのようにいろいろ考えてくれてたし、hiroが薦めてくれたメンバーに参加をお願いすることになったり、もともとの友達が一緒にやってくれることになったり。スタッフとかもいろんなご縁でつながっている人たちなので、自分は恵まれてるなってほんとに思います。でもまぁ、だとしても自分から動かないと何も生まれないのが個人活動ですからね。10年前に経験したあの1年くらいに渡った立ち上げ期間にやったことを、仮にもし「今やれ」って言われたら「無理!」ってなるかも(苦笑)。動きの面で大変っていうよりは精神的な面で。

■大変なこともあるけどやってて楽しいし、バンドも個人活動もそれぞれ大事な場所だから。

――正味な話、何かと責任を負わなくてはならない場面もあるでしょうし。

新しいことを始める大変さ、っていうのは経験しましたね。でも、だからこそ個人活動という場を大事に思えているところもあるんだと思います。そして、そこもバンドと似てる気がする。大変なこともあるけどやってて楽しいし、それぞれ大事な場所だから。

――そもそも、音楽的にも竜太朗さんの個人活動はPlastic Treeと180度までは違わない印象です。似て非なるものを感じられる作品たちであると感じます。

特に僕が作った曲に関してはそうでしょうね。

――その反面で、明らかに違うのは先ほどもおっしゃっていたように個人活動では「バンドサウンドで録った曲は、絶対アコースティックでも録ってみる」という指針があるそうですし、ライブについてもバンドスタイルとアコースティックなスタイルをフレキシブルに使い分けていらっしゃいますよね。

アコースティックもバンドも、両方とも続けていきたいっていうことは最初から決めてるんです。あと、自分はもともと弾き語りが好きだから、それはそれで唄声喫茶・黒猫っていう名前でやってますけど。個人活動でのライブとしては、アコースティックとバンドをずっと並行してやってきています。

――直近ですと2025年のクリスマスにはアコースティックライブ『「密劇/mitsugeki」@横浜市開港記念会館』が開催されていて、なんでもその場では宮澤賢治作品を朗読される場面もあったそうですね。

未知な領域だけに前からやってみたかったんですよ、朗読。昔、プラのCD購入特典イベントかなんかでBGMをナカヤマさんが作って、俺が歌詞を朗読したことは1回だけあったんですけど、あれは半分おふざけでしたしね(笑)。このあいだのアコースティックのツアーをやるってなった時に、ライブの中で生まれる独特な間というのがあるから、そこに朗読というかたちで違う角度からの表現も入れてみることにしたんです。それが入ることによって、曲たちの持ってる深度がより深まるんじゃないかなと思ったんですよ。

――横浜市開港記念会館は講堂のような場所でもあるので、さぞかし朗読が映えたことでしょう。しかもクリスマス。素敵ですねぇ。

そもそも古い建物が凄く好きだし、横浜っていう場所も好きだし、もう自分的には最高のクリスマスでした(笑)。

 

――ところで。ここからは具体的にここまでを振り返っていただくという意味で、各音源についてのコメントをあらためていただきたいと思います。まずは、先ほども話題に出ました2016年11月発表の初作品『個人作品集1996-2013「デも/demo」』について。あの作品は竜太朗さんにとってどのような存在になりますか。

いやーもう……あれはPlastic Treeじゃないものに全力を注いだ初の音源、っていう感じですよね。当たり前のことを説明してるだけなんですけど。そういうイメージです。

――2年後となる2018年9月の『個人作品集1992-2017「デも/demo #2」』については、1作目を作られた経験をフィードバックできたところもあったのでしょうか。

それも当然あったし、1枚目を作ってからライブをやったのも大きかったです。もっとこういう要素が欲しいなと思ったりとか、1枚目で取りこぼした部分とかもあったので、1枚目の時に詰め切れなかった曲とかもひっくるめて、作品化することができました。

――2枚目については、1枚目からさらにさかのぼって1992年に作られた曲も収録されていたところが大変興味深かったです。

そうなんですよ、最も古い曲は19歳くらいの時に作ったものですからね(笑)。それと同時に新しい曲も1枚目と2枚目の両方に入れてるんですけど。俺は曲を日記みたいなものとして捉えてるところもあるので、それを音楽としてちゃんと記録に残すことができているのが嬉しいです。

 

――2年前の2023年にはリアレンジアルバム『re-arrange ALBUM「≒demo」』がリリースされていますが、こちらを作ろうとなったきっかけは何だったのでしょう。

俺はそんなに曲を大量生産できる人じゃないから、ストックがあるといってもメロディーのある曲はそんなにたくさんはないんですよ。だけど、ワンマンライブをやってアンコールが来たら出たいじゃないですか。で、当初は本編でやったのと同じ曲をまたアンコールでもやってたんですけど、さすがにそれが毎回だとちょっと来てくれてる人たちに対して申し訳ないなと(苦笑)。そうしたら、hiroくんとかが「違うアレンジしようぜ!」って言いだして、俺も「あ、それ面白そう!!」ってなったのがきっかけでした。

――リアレンジアルバムを作ろう、ではなく必要から生まれたリアレンジ曲を取りまとめたのが『re-arrange ALBUM「≒demo」』だったのですね。

最初は「このアレンジもこれはこれで面白いし、かっけー!」ってなったのが2曲か3曲あって、みんなで「じゃあ、録音しよう」ってなったのが2019年だったのかな。でも、そのあとコロナがあったり、2021年にhiroくんが亡くなっちゃったので、しばらく個人活動ができなくなっていたんですけど、どうしてもリアレンジアルバムは出してみたかったので、制作再開後は俺とドラムのタミフル(高垣良介)でまずはリズムと歌をやって、そこから悠介(lynch./健康)くんだったり、鳥石(遼太)くん、野村(慶一郎)さんに手伝ってもらいながら、完成させていくことになりました。あと、オリジナルの方の音源で関わってくれている小林祐介くん(THE NOVEMBERS/THE SPELLBOUND)にも関わってもらっていて、そうやって曲たちを再構築していくことでも凄く実験的なことができたと思います。個人活動の中で新しい一歩が踏み出せた作品でした。

――それにしても。Plastic Treeの方でも30年以上ずっと動き続けていらっしゃるわけですし、個人活動も含めて近年の竜太朗さんはますますお忙しそうです。

わりと生き急いでいますねぇ。

――ご自身の中におけるPlastic Treeと個人活動での棲み分けといいますか、両者間でのスイッチングというのは御本人としてはスムーズなのでしょうか。

今は違和感ないです。前はちょっとあったんですけど、最近はもう全部ひっくるめて自分の活動みたいになってる感じがわりとあります。なんか、プラの打ち合わせをしてる場に俺の個人活動の方のメンバーがいる時もあるし(笑)。かなりボーダレスなんですよ。いても「あぁ、いるなぁ」くらいの感じ(笑)。

――個人活動のメンバーといえば。昨今、悠介さんと竜太朗さんの関係性が傍目からも大変良好なものに見えていますよ。

悠介くんに限らず、サポートメンバーに関しては各々が自分の活動もしている人たちばっかりなんですけど、俺としてはみんな理由があってお願いしてるんですよ。だから、ずっとやってくれてるタミフルとか鳥石くんにしても、感覚的には“サポート”っていう呼び方にちょっと俺は違和感を感じるくらいですね。自分自身がもともとバンドマン気質だから、基本的にはメンバーだと思ってお願いしている感じですから。もちろん、どうしてもスケジュールが合わない時とかが出てくるので、そういう時は違う方にお願いすることもあるんですが、それがまた新しい刺激になることもあったりします。悠介くんに関しては、自分にとってリスペクトできるギタリストとか、仲のいい人たちとかがいっぱいいる中でも、hiroくん亡きあとに参加して欲しいと強く希望してたのが彼だったんですよ。その想いを受け止めてくれてやってくれているという意味で、確かにDEMONSTRATIONsの中での悠介くんの存在は大きいですね。

――今さらではありますが、竜太朗さんと悠介さんが最初に出会われたのは何時のことになるのでしょう。その昔『Plastic Tree 秋ツアー 2016 「Black Silent/White Noise」追加公演~喧騒の名古屋編~』というツーマンライブがあったことは記憶していますし、悠介さんから「Plastic Treeをよく聴いていた」「アキラさんのギターの音が好き」といったお話は、取材の場などでうかがったことがあったのですけれど。

最初にちゃんとしゃべったのは、まさにその名古屋のツーマンの時でした。経緯としてはプラの方から対バンをお誘いしたんですけど、その時の打ち上げで悠介くんから「Plastic Tree、めっちゃ聴いてました」って言われて(笑)。でも、僕もlynch.は前から好きだったんですよ。あれは新木場COASTか渋公か……昔のことなんで場所は何処だったか忘れちゃいましたけど、でっかいイベントかなんかでたまたま観て「へー、こういうバンドがいるんだ。かっこいいな」って思ったんです。そして、名古屋でツーマンした時にもあらためて観て「このギターの人、凄いなぁ」って悠介くんに対して感じたんですよ。

■俺が多分、人間関係ありきで音楽をやりたいタイプなんです。ほんと、個人活動はお酒が縁をつないでくれてるところがかなりあるかも(笑)。

―― 2016年というとこれまた10年前ということになりますけれど、当時その打ち上げではほかにどのような会話をされたのですか?

「実は僕プラが大好きで、この時のこの曲にはこういう思い出があるんです」とか、凄いいっぱい話しかけてくれましたね。しかも、その時に「竜太朗さん、hiroさんと一緒にやられてますよね。僕はte'も大好きで、hiroさんのギターも本当に好きなんです」っていうことを言ってて、それをhiroに伝えたら「そうなんだ? 今度会わせてよ!」って、めっちゃ喜んでましたね。なんか、俺としてはそこで急に距離が近くなった感じがしました。

――もっとも、対外的にはPlastic Treeとlynch.ではサウンドのカラーがずいぶんと違いますので。背景を詳しく知らない方からすると、竜太朗さんの個人活動に悠介さんが参加することになったという事実は少し意外だったかもしれません。

だけど、彼の出す音をよく知っている人は普通にしっくりくるみたいです。単にギターを弾いてくれてるっていうだけじゃなくて、制作の面でもいろいろ力を貸してくれてるし、去年の6月に出した配信シングル「共犯遊戯/kyōhanyūgi」は悠介くんの作曲ですからね。今や友人としてもけっこう濃い関係で、ここ名古屋なの?っていうくらいしょっちゅう一緒にいます(笑)。

――音楽を通して人間関係が深まっていく、というのは実に尊いことですね。

俺が多分、できればそういう人間関係ありきで音楽をやりたいタイプなんですよ。あと、メンバーのみんなとはめっちゃ呑みますしね。ほんと、個人活動はお酒が縁をつないでくれてるところがかなりあるかも(笑)。

――クリスマス公演の時にも参加されていたキーボーディスト・SYUTO(3470.mon / Mani・Key)さんも、なにやらお酒を介してつながったそうですね。SYUTOさんはLAID BACK OCEAN時代に何回か取材させていただいたことがあったのですけれど、まさか竜太朗さんと絡むことになるとは予想していませんでした。

そうそう、SYUTOくんは飲み友達からの紹介だったんですよ。彼はミュージシャンとかバンドマンっていう以上にアーティストな人で、独特な感性を持ってるなと思います。それに、彼もお酒がほんとに大好きな人で。このあいだのクリスマスの時も、朝5時まで飲んでました(笑)。

――それから、2025年3月の配信シングル「春光呪文 / syunkojyumon」ではあらたに三島想平(cinema staff/peelingwards)さんが編曲で参加されていましたよね。

一応あの曲は僕が作ったんですけどね。でも、作ったはいいけどプラでも個人活動でもちょっとカタチにしたことのないタイプの曲だったので、これは「客観視してくれる人の眼が欲しいなぁ」ということになったんですよ。hiroと一緒にやってたネジはドラムがもともとcinema staffの久野(洋平)くんで、そこからの繋がりで三島くんとはちょこちょこお話をする機会があったし、俺は彼の書くシネマの楽曲が好きなので、彼の持っているセンスを編曲っていう方向から加えていきたいなと思ったんです。ちなみに、三島くんはタミフルとか鳥石くんのやってるバンド(chouchou merged syrups.)にプロデューサーとして入ってるから、ふたりのことをよくわかったうえでアレンジしてくれるだろうっていうところもありましたね。なんか、この曲は俺の曲っていうよりはみんなで作った感がとても強い仕上がりになりました。

――そうした一方、個人活動におけること作詞の部分についてですが。バンドで書く時と比べて自覚的に違いを感じていらっしゃる点はありますか。

個人活動で書く時の方がより感覚的ではあると思うんですよ。プラの場合だと、もうちょっと起承転結とかは細かく詰めて書くことが多い気がしますね。といっても、プラでも感覚的に書いた歌詞は山ほどあるからあくまでも自分の中での話なんですが。

 

――言語感覚的には「恋ト幻 / rentogen」や「色隷/sikirei」など、個人活動ではひとひねりしてある曲タイトルが往々にして見受けられる印象です。

そういう変な曲名に関しては、自分の中でちょっと気持ち悪いタイトルにしたいなと思って意図的につけたりもしてます(笑)。あんまり素直に言いたくないみたいな時は、個人活動の場合ちょっとひねくれた表現を使ってみるんですよ。さっきも言ったけど、曲や詞は自分にとって日記みたいなものだし、曲名とかはもっと記号化したいと感じる時もけっこうあって。プラだと「こうしなきゃ」「こう作らなきゃ」って意識しながら作ってることがわりとあるせいか、たまに考え過ぎちゃって自家中毒みたいになっちゃう分(苦笑)、個人の時はもっと感覚的にも書きたいし、ただの日記のように「こういうことをここで一瞬思ったんだよね」みたいに、出口を少し楽にしておきたいという気持ちはあるかな。

――それゆえに、個人活動での詞は竜太朗さんらしさがさらに色濃く感じられることも多く、竜太朗さんのことをずっと追ってきた人にとってはより沼れる要素が満載かと。

そう思っていただければ之幸いです。そういうところもひっくるめて、面白がれる人には面白がってもらえたらいいなっていう感じですかね。

■どの街も住んでた期間がそんなに長くないから郷土愛みたいなものはそんなに強く持ってはいないんだけど、縁のある土地をツアーで巡ることができるのは凄い楽しみです。

――かくして、今年は2月4日から3月6日のお誕生日当日まで続く『有村竜太朗 10th Anniversary BIRTHDAY LIVE TOUR 2026 -ROOM306 Home Sweet Home-』が開催されますが、今回のツアーはこれまでに“住んだことがある街”を回ることから『Home Sweet Home』というツアータイトルがつけられているそうですね。

福岡から始まって、浅草、千葉、浦和、江坂、名古屋、千葉、恵比寿(=東京)を回ります。まぁ、住んだといってもたった3ヶ月くらいだったところもありますけど(笑)。福岡がまさにそうで、母親が福岡生まれだから俺を産んでしばらくいたみたいな。

――いわゆる里帰り出産をされたのですね。となると物心は当然ありませんよね?

ないです、ないです(笑)。でも、2回目の福岡の記憶はありますよ。小4から小学校卒業まで住んでたので。今回のツアーで福岡を2デイズにしたのはだからなんです。っていうか、このあいだ当時通ってた小学校にちょっと行って来ました。びっくりするくらい自分が通ってた頃と変わってなかったです(笑)。

――当時のご学友とも会われたり?

それはなかったですけど、母親から「当時の担任の先生が今は校長先生のはずだよ。せっかくなら会っていったら」って言われてたんで、ちょっと様子をうかがいがてら小学校の中に入って飼育小屋の前にしばらくいたんですよ。で、子供たちが来て囲まれながら「あははー」とか適当に笑ってたら、先生が後から来て「どなたですか?」って訊かれてかなり不審者っぽくなっちゃいました(笑)。一応「いや、昔ここを卒業したので来てみました。○○先生が今は校長先生になってると聞いたんですけどいらっしゃいますか」って言ったら、凄いポカーンとされちゃいましたね。以前まではいたらしいんだけど、もう何年も前に代わって今はもういないっていうことでした。

――それは残念でしたね。場所で意外だったのが浅草です。竜太朗さんが浅草で暮らしていたことがあったなんて初耳です。

でしょうね。だって、僕もこのツアーを決める時に初めて知りましたから(笑)。最初の福岡から戻ってきた後に、1年くらいは住んでたらしいです。当然その記憶は全くないんですけど、でもそのことを聞いてなんか腑に落ちましたね。「あぁ、だから俺は浅草が好きなんだ」って。凄い好きな街なんですよ。

――そして、竜太朗さんといえばなんといっても千葉のイメージが強いわけですけれど。

千葉も実は幼稚園の頃と中学の時で2回住んでるんですよ。千葉市内でそれぞれ別のとこに住んでました。

――浦和はいつ頃いらしたのです?

幼稚園の前に1年くらいですね。おそらく70年代の浦和って今とは全然違ったと思うんですけど、俺が思い出としてひとつだけ覚えてるのは、家で寝てたら深夜にカエルがお腹の上を横切っていったことだけです(笑)。

――そのくらい自然あふれるのどかな環境だった、ということですね(笑)。ところで、大阪にはいついらしたのですか?

大阪はちょっとギャグ的に入れたんですよ。っていうのが、福岡の小学校を卒業する時点で父親の仕事の都合で「次の引っ越し先は千葉か大阪」って言われてたらしいんですね。しかも、それまで3年ごとぐらいに引っ越してたのが次で最後になるだろうっていう話だったんですよ。多分親たちは悩んだとは思うんですけど、最終的には千葉になったわけです。だから、この大阪はパラレル的なホームタウンっていうニュアンスで入れた感じですね。それプラス、興行的にも大阪でやらないわけにはいかないので(笑)。でも、名古屋には小1から小3まで実際に住んでましたよ。

――となると、竜太朗さんは小学校だけでも2回転校されているのですね。当事者からすると激動の日々だったのではないですか?

まずは方言が違いますからね。なじむのにはけっこう時間かかりました。でも、引っ越しが多いのは幼稚園の頃からだったし、そういう状況そのものにはもう慣れてたけど。

――成長期に引っ越しや転校を多く経験されたことが、ご自身の人格形成になにかしら影響を及ぼしている部分というのはあるものですか。

あるとは思いますよ。言葉にするのはちょっと難しいけど、音楽活動を始めるまでは「結局どこにもなじめないな」っていう感覚が常にあったかもしれないです。まぁ、それが何か思春期特有のものだったのか、幼少期からの積み重ねでだったのかはよくわからないですけどね。学校では外面はそこそこいいんだけど、交友関係としては浅く広くみたいな。あんまり自分から友達を作らない方だったし、作ったとしてもまたすぐお別れになっちゃうから。「毎月手紙書くね」とか言っても書かないでしょ。年賀状さえ書かないですよ。当時は携帯とかもなかったし。でも、当時はそれがイヤとか悲しいとかいうよりは、そういうものだって思ってました。

――その点、今度の『有村竜太朗 10th Anniversary BIRTHDAY LIVE TOUR 2026 -ROOM306 Home Sweet Home-』は、竜太朗さんがご自身の意思で縁のある地をたどっていくツアーですので。さまざまな歴史をたどりつつも、あらたな思い出を重ねていくことができそうですね。

うん、そうなんですよ。どの街も住んでた期間がそんなに長くないから、良くも悪くも郷土愛みたいなものはそんなに強く持ってはいないんだけど、逆にこういう仕事をやり出してからはしょっちゅうお世話になってる場所も多いし、いろんな思い出が詰まっている土地、縁のある土地をツアーで巡ることができるのは凄い楽しみです。

■敢えて明言しちゃえば『個人作品集「デも/demo #3」』を出したいです。

――ことツアーの内容、ライブに向けたビジョンについてはどのようにお考えです?

2025年はいろんな対バンでもライブもやったし、12月には台湾でツーマン(『LM.C × 有村竜太朗 「參龍會」in 台北』)もやらせてもらったんですけど、とにかく今のDEMONSTRATIONsはバンドっぽさとか一体感が強いんですね。最近は作曲活動も再開してますし、とてもいい“塊=かたまり”になっているので、その良い雰囲気を10周年という節目でやる最初のツアーでしっかり伝えていけたらいいなと思ってます。個人活動だけど、これはひとつのプロジェクトだと思ってるし、それが今凄くいいプロジェクトに育ってきてるから、もっと多くの人に聴いてもらえたり、楽しんでもらえたらいいなっていうような気持ちもあります。

――ここから始まっていく10周年を祝うタームの中で、竜太朗さんが新たに何かやってみたいと考えていらっしゃることはありますか。

曲作りをしているからには、それを作品として出したいですね。敢えて明言しちゃえば『個人作品集「デも/demo #3」』を出したいです。

――満を持しての6年ぶりとなるアルバムですね。これは期待したいところですが、曲作り段階でそのことをいちはやく記事化してしまっても大丈夫ですかね。

むしろ、ここはハッキリ書いてもらわないとやらないんで。「今年はアルバム出すって言ってたじゃないですか!」ってみんなから言われないように頑張ります(笑)。

取材・文=杉江由紀

ライブ情報

唄声喫茶 ⿊猫 弾き語り公演〜壽 初春唄始メ〜 
1月20日(⽕)晴れたら空に⾖まいて(東京) 
 
[サポートメンバー]
SYUTO (3470.mon/Mani・Key)


10th Anniversary 有村⻯太朗 BIRTHDAY LIVE TOUR 2026 -ROOM306 Home Sweet Home- 
2月4日(⽔)福岡INSA (福岡) 
2月5日(⽊) 福岡INSA(福岡) 
2月10日(⽕) 浅草VAMPKIN (東京) 
2月11日(⽔祝) 千葉ANGA (千葉) 
2月25日(⽔) 浦和Narciss (埼⽟) 
2月28日(⼟)江坂MUSE (⼤阪) 
3月1日(⽇)名古屋JAMMIN' (愛知) 
3月6日(⾦)恵⽐寿LIQUIDROOM (東京) 


有村⻯太朗 「誕⽣⽇前夜企画公演 2026 -ルックルック305   
Where It All Started (1985-1999)-」 
3月5日(⽊)千葉LOOK(千葉) 
 
[サポートメンバー]
悠介 (lynch./健康)(Gt)
⿃⽯遼太 (Ba/ex. chouchou merged syrups)
⾼垣良介 (Dr/ex. chouchou merged syrups)
SYUTO (3470.mon/Mani・Key)

Plastic Treeライブ情報

Plastic Tree Phylogenetic Tree Tour Act.3

■2026年5月1日(金) 開場 17:30/開演 18:30
神奈川・横浜 BAY HALL ※ファンクラブ限定公演
-a piece of “シロクロニクル”-

■2026年5月10日(日) 開場 16:00/開演 17:00
宮城・Rensa
-a piece of “剥製”-

■2026年5月16日(土) 開場 17:00/開演 18:00
大阪・松下 IMP ホール
-a piece of “剥製”-

■2026年5月17日(日) 開場 16:00/開演 17:00
兵庫・神戸 Harbor Studio
-a piece of “シロクロニクル”-

■2026年5月29日(金) 開場 17:00/開演 18:00
愛知・NAGOYA ReNY limited
-a piece of “シロクロニクル”-

■2026年5月31日(日) 開場 16:00/開演 17:00
京都・京都 FANJ
-a piece of “剥製”-

■2026年6月5日(金) 開場 17:00/開演 18:00
埼玉・HEAVEN 担 ROCK さいたま新都心 VJ-3
-a piece of “剥製”-

■2026年6月7日(日) 開場 16:00/開演 17:00
千葉・柏 PALOOZA
-a piece of “シロクロニクル”-

■2026年6月21日(日) 開場 16:00/開演 17:00
東京・豊洲 PIT
-a piece of “シロクロニクル”-

■2026年6月28日(日) 開場 16:00/開演 17:00
東京・EX THEATER ROPPONGI
-a piece of “剥製”-

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【料金】
・2026/5/1(金)ファンクラブ限定公演 オールスタンディング 7,500 円(税込) ※来場者特典グッズ付
・2026/5/16(土)大阪公演・2026/6/21(日)東京 全席指定 7,500 円(税込)
・2026/6/28(日)東京公演 指定席・スタンディング 7,500 円(税込)
・その他 オールスタンディング 7,500 円(税込)
※大阪公演以外、ドリンク代別途

◎一般発売日
2026年3月28日(土)12:00~
※5月1日(金)神奈川公演(ファンクラブ限定)の取り扱いなし。
※先行受付の状況によっては、一般発売を行わない場合もございます。

関連リンク

■Plastic Treeオフィシャルサイト
https://www.plastic-tree.com/

■有村竜太朗オフィシャルサイト
https://arimuraryutaro.com/
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