ウィーンで暮らし、ブラームスの精神に近づく佐渡裕&三浦文彰のエネルギッシュで緊迫感あふれる演奏 新日本フィル日本ツアー2026 特別インタビュー
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世界各地で活躍する指揮者の佐渡裕が、新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任してから間もなく丸3年を迎える。これを記念し、2026年5、6月に3度目、全国9公演のツアーを開催することになった。
プログラムは前半にヴァイオリンの三浦文彰をソリストに迎え、ブラームスのヴァイオリン協奏曲が組まれ、後半はブラームスの交響曲第1番が演奏されるというオール・ブラームス・プログラムである。そんなおふたりにブラームスについて語っていただいた。
佐渡「これまで、新日本フィルとはウィーン・ラインとも呼ぶハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、マーラー、ブルックナー、R.シュトラウスなどのウィーンで活躍した作曲家をレパートリーの根幹に据えてきました。こうした作曲家たちの作品は、どの楽器も役目がはっきりしていて、みんなが気をゆるめることなく、自分の役目に目覚めることができるのです。
ただし、なぜかブラームスはあまり演奏してこなかったのです。そこで今回のツアーでは、ぜひブラームスの交響曲第1番を取り上げたいと思いました。そして、三浦さんとはブラームスのヴァイオリン協奏曲で初共演します。実は、彼とはウィーンを拠点にしていることもあり、以前から親しく交流し、飲み友だちでもあるんですよ(笑)。そんな彼とのブラームスでの共演は、とても楽しみですね」
三浦「佐渡さんとは、確かにコンサートでは初共演になります。実は、だいぶ前のことになりますが、テレビ番組の関係で1度共演したことがあるんですよ。今回は本格的な共演になりますから、私もすごく楽しみにしています」
佐渡「新日本フィルは、この3年間で大きな変貌を遂げていると思います。最初のころに色彩を作るのに難しさを感じることがありました。
現在はクラシックの演奏のみならず、ゲームの音楽や他のジャンルの音楽なども演奏することが多いのですが、そうした多種多様な曲を演奏することにより、オーケストラに対応力は着実に付いてきます。しかしながら、クラシックの王道をいく作品と対峙する場合においては、やはり色彩感が大切ですし、音程をどう作るかがもっとも大事で、さらにハーモニーをいかに作っていくかも問われます。
そうした面をよりよい方向にもっていくことを、私自身もっとも力を入れて考えてきました。現在は、そうしたバランスが整い、満を持してブラームスに取り組む時期がきたと感じているのです。リハーサルは、私自身が求めている音になるまで忍耐強く繰り返します。オーケストラもそれに応え、“ひとつの光”になるような音楽が生まれたとき、全員が苦しさから解放され、美しい音楽が誕生するわけです。
オーケストラにとっても、こういう経験が音符の隅々まで検証することにつながり、作品のとらえ方を深めることになります。ブラームスでもそれを実現します」
新日本フィルハーモニー交響楽団(C)K.Miura
マエストロ佐渡も三浦文彰もウィーンで暮らし、ブラームスをはじめとする偉大な作曲の生きた時代の空気をじかに感じている。
佐渡「私はウィーンで過ごすことが多いのですが、ここは徒歩でどこでも行かれますし、時間の流れがゆっくりしている。カフェでのんびりお茶を飲んだり、作曲家ゆかりの場所を散歩したりしていると、音楽家としての自分をすごく意識することができ、幸せな気持ちになれるのです。
私が住んでいるのは、モーツァルトが亡くなった家や最後に演奏したところの近くで、そうした作曲家の息吹をじかに感じることができますね」
三浦「私も佐渡さんの家のすぐ近所です。日本にいると、さまざまな面で忙しく、時間に追われ、あわただしく毎日が過ぎていってしまう。まさに佐渡さんのおっしゃるように、ウィーンでは音楽家としての自分を取り戻すことができるのです。
ブラームスが実際に歩いた道をたどると、作品へと自然に近づくことができ、解釈が深まります。佐渡さんとは一緒にホイリゲに行くのが楽しみです(笑)」
ブラームスの交響曲第1番は、ベートーヴェンを崇拝していたブラームスが43歳で初めて書いた交響曲。構想は長年胸の内にあり、これは21年という年月を費やして書かれ、ようやく完成した交響曲である。調性もベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と同じくハ短調であり、内容も悲劇的なものから力強い勝利へと向かうなど、ベートーヴェンを意識したことがわかる。さらに終楽章に現われる主題がベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」に似ていることも指摘されている。
佐渡「ブラームスの交響曲第1番は、第1楽章の冒頭がとても強烈ですが、これはブラームスがピアノで作曲していたことが見えてきます。彼はピアノが得意でしたからね。
重々しく力強く緊張感にあふれた序奏で始まります。第2楽章はとても美しく、寂寥感がみなぎり、アンサンブル能力が必要とされます。すべての楽器が他の楽器の音に耳を澄ますことが不可欠ですね。第3楽章は散歩しているような雰囲気に満ちていてマーラー的でもある。ヒーローが現れて、あたかもダンスをしているようです。この楽章は、ひなびた曲想を備えた素朴な味わいが、いかにもブラームスという感じで、とても魅力的です。
そして第4楽章の冒頭は指揮者にとって非常に難しい箇所といえます。再びきびしい現実がハ短調の序章で登場し、ドラマティックに展開していきます。この部分は、若いころからかなり勉強させられました。コーダは興奮に包まれ、エネルギーが爆発しますので、それをオーケストラとともに盛り上げたいと思います。この楽章の難しさを考えると、指揮者コンクールなどでは取り上げたくない作品ですね(笑)」
ブラームスはベートーヴェンと同じく、ヴァイオリン協奏曲を1曲しか書いていない。しかし、このコンチェルトは、当時ヴァイオリンの名手といわれ、ブラームスの親友であったヨーゼフ・ヨアヒムのために書かれていたため、古典的な様式を踏まえた威厳に満ちた作品となっている。
因みに、3大ヴァイオリン協奏曲は、ベートーヴェンとメンデルスゾーンとブラームスの作品といわれている。
第1楽章は情熱的なオーケストラの響きと独奏ヴァイオリンの雄弁な対話が特徴で、ブラームスの美質が全編に表現されている。とりわけヴァイオリンの重音奏法が聴きどころである。第2楽章は「ヴァイオリンによるコロラトゥーラアリア」とも称される美しく歌謡的な楽章で、45歳のブラームスが作り上げたオペラ風の主題が秀逸だ。第3楽章はハンガリー・ロマ風の主題による活気あふれた楽章で、フィナーレはエネルギッシュで華やかな盛り上がりを見せて大曲にふさわしい締めくくりを見せる。
よく、アーティストは「自分の音を出せる音楽家になりたい」と語る。1音聴いただけで、すぐにその人の名前がわかるような音楽家になりたいと。声楽家の場合はそれが可能だが、器楽奏者の場合は非常に難しい。しかし、三浦文彰はすでに確固たる「自分の音」を備えている。彼は3歳でヴァイオリンを始め、6歳から徳永二男に師事して本格的なレッスンを開始。小学校3年で「Art of the violin」のビデオを見てヴァイオリニストになろうと決意する。やがてウィーンでパヴェル・ヴェルニコフに師事することになり、オイストラフの弟子だった彼からはロシアの伝統、作品が内包するさまざまな様式、解釈、奏法、表現など多くを学び、有意義な日々を過ごした。
三浦「ブラームスというと、北国特有の渋くて暗くて重い音楽だというイメージを抱いている人もいるようですが、私はけっしてそうではないと思います。このコンチェルトも親密的で内面的であり、輝かしい旋律や美しいリズムが随所にちりばめられています。ブラームスは、さまざまな避暑地に出向き、陽光を求めて輝かしい旋律を書き続けました。
ヴァイオリン協奏曲の第1楽章は情熱的でエネルギーにあふれ、オーケストラとの掛け合いがとても興味深い。そして第2楽章になると、あたかもオペラアリアを思わせるような歌心あふれる旋律が美しく奏でられます。最後の第3楽章は、ヴァイオリンの重音奏法が特徴で、ロマ風のリズムが登場し、ブラームスらしさがあふれんばかりに展開されていきます。
全編を通してオーケストラとヴァイオンとの音の対話がとても大切で、私はオーケストラの各セクションの音に集中して耳を傾けながら演奏を楽しみたいと考えています。佐渡さんとはリハーサルからしっかり音合わせをして、本番では最高のブラームスになるよう尽力します」
マエストロ佐渡の指揮は常に真っ向勝負で、はげしくドラマティック、一瞬たりとも弛緩しない音楽に聴き手もともに呼吸しているような感覚を抱く。一方、三浦文彰のヴァイオリンはみずみずしく情感に富む響きが特徴。演奏する姿も魅力的で、聴き手も集中力を要求される。両者のブラームスはこれまでのイメージを覆すに違いない。
取材:伊熊よし子(音楽ジャーナリスト)