帝国劇場を支えた人々《前編》~あなたにとって帝国劇場とは?【支配人&客席案内係編】

2026.3.21
特集
舞台

帝国劇場内部/ロビー吹き抜け空間

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帝国劇場規模の劇場になると、1作品に関わるスタッフの人数は150人とも200人とも言われる。なんとなく想像はすれど、実際はどんな仕事があるのか、観客からは見えない劇場スタッフの仕事。小川洋子さんの『劇場という名の星座』(2026年3月5日集英社より発売)は、そんな帝国劇場に関わる各セクションのスタッフの思いも丁寧に掬い取った小説だ。30名に及ぶ関係者を取材し丹念に練り上げられた作品には、リアリティとフィクション、そして少しのファンタジーが詰められ、二代目 帝国劇場の姿を立体的に浮かび上がらせる。

SPICEでは、小説刊行を記念して特集「帝国劇場」を連載中。二代目 帝国劇場にゆかりある人々の話を通じて、改めて帝国劇場とはどんな場所だったのか、どんな人々が集まり、何をつくり上げていたのか、その姿を記録していく。ぜひ小説と併せて楽しんでほしい。

今回は、《誌上ロケ地巡り》を裏テーマに、小説に登場する場所やアイコンを巡りながら、小川さんが小説執筆にあたり取材した人たちを中心に、改めて帝国劇場スタッフの方々に迫る。第1弾は私たち観客と最も近い場所で働くお二人に登場してもらおう。

H.Yさん[元 帝国劇場営業係/客席係]

帝劇客席空間

――Yさんは小川洋子さんの取材も受けられたそうですね。おそらく帝劇を語るにふさわしい方だと会社から推薦されたのだろうと推測しますが、帝劇はもう長いのですか?

案内係としては4年働きました。最初はアルバイトで入って、その後は案内係をまとめるポジションになり、最後の数年は営業として、帝劇閉館まで勤めました。

――営業とはどういうお仕事ですか? 一般企業でいうところの、いわゆる飛び込み営業のようなことをするわけではないというのはわかるのですが……。

多岐にわたります。まずはの管理。キャストまわりのもですし、プレイガイドをはじめ一般窓口で販売するものの管理、また公演中、受付でのお客様対応もしています。あとは公演の準備が大きいですね。公演を行う際の“表まわり”を整えるのは営業の仕事です。例えばキャストボードを作ったり、耳が聞こえない方に台本を貸し出すことがあれば、カンパニー側と連携して準備するとか。帝劇閉館以降はそれらは他部署と連携を取り分担して行っています。

――キャストボードって制作側が準備しているのかと思っていました。営業さん管轄なんですね!

そうです。あとは(劇場まわりの)チラシ、ポスターの管理や掲出、販促を考え来場者プレゼントを作成したりもします。劇場内の装飾関係は宣伝とチームを組んでやります。

『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』(2023)劇場外観装飾(撮影:SPICE編集部)

『ダンス オブ ヴァンパイア』上演時の劇場内装飾(写真提供:平野祥恵)

――劇場装飾、『ムーラン・ルージュ!』や『ダンス オブ ヴァンパイア』など凝っていて楽しかったです! そして案内係に関しては、『劇場という名の星座』にも印象的に登場しています。具体的にはどんなお仕事ですか。

言葉通り、お客様をご案内、誘導するお仕事です。細かく言うとお座席へのご案内を始め、を販売したり、をもぎったり、クロークでのお荷物お預かり返却対応、お化粧室の列を整理して開演に間に合うように誘導したり、介助やお手伝いが必要な方の優先的なご案内をしたりです。お忘れ物の管理もしていました。帝劇の場合は、1公演で20人くらいいます。

――このお仕事の面白いところ、やりがいを感じたところは。

やはりお客様とコミュニケーションを取れることですね。何度も来てくださる方もいて、劇場ではないところでばったりお会いして声をかけてくださったり。逆に一度しか来られない方も「この日のために2か月前から家族に頼んで時間をあけていたんだ」というようなお話を聞かせてくださったりすると、一回一回を大切に、楽しい時間を過ごしていただけたらいいなと思えます。そう思えることがやりがいでした。

――お客様のこと、覚えるものですか?

もちろん全員は覚えられないですよ。でも、よく話しかけてくださる方や、例えば毎回ひざ掛けをご所望になる方とか、きっかけがあれば覚えます。

『劇場という名の星座』の中には様々な観客の姿も描かれる。大階段が印象的なシーンも。

――客席係の重要なお仕事として、上演中に入退場される方のご案内というものがあるかと思います。本当に細かく、どのタイミングで案内するか、どのタイミングなら作品の邪魔にならないか考えられている。あれはどうやって決めるのですか?

1回の公演に入る案内係は20人弱なのですが、休みのローテーションもありますので、総勢で言うと40人くらいいます。その40人、新人からベテランまで全員がゲネプロで「開始何分にどこの扉からどの俳優が入ってきた、どのシーンで誰がどこにはけた」ということをメモします。それを集約して「この時間は席へのご案内はやめましょう」という一覧を作ります。また、危険なシーンがある作品や客席降りを多用する作品は、ゲネプロの前の舞台稽古の時からチェックに入れさせてもらったりも。ほかにも意外と花道を使うシーンも気を付けますね。花道でお芝居をされている時に、近い場所のお客様が移動なさると、観ている方も気になってしまうと思うので。そういう場合は、後方のご案内はいいけれど前方はダメということにしたり。また、“投げるもの”があるシーンも気を遣います。客席に飛んで来る危険性があれば、その時間はやはり前方の案内は止めます。『エリザベート』でルキーニが鳥を飛ばすシーンなどですね。

――Yさんが案内係としてお仕事する中で、印象に残っている出来事あれば教えてください。

自分の話で言うと、やはりお手紙をいただくという経験はとても嬉しいです。ご夫婦で来場され、旦那様が扉もご自分では開けられないお体の方なのですが、その方がお一人でお席を立たれた時にご案内したことに対して、後日感謝のお手紙をいただいたことがありました。また研修時代に励ましのお手紙をいただいた方からは、数年後に「立派になったね」とお声を掛けてくださり、成長を見守っていただいている気がしてとても嬉しかったです。話は尽きませんが、そういうことはとてもよく覚えています。

小説の一編「ホタルさんへの手紙」は、ミュージカル『屋根の上のヴァイオリ ン弾き』のパンフレットに差し込まれた新人案内係からの手紙を見つけるところから物語が始まる

1階客席

――『劇場という名の星座』では、長い年月の間で状況が変わっていくお客様の姿も描かれています。そんな、時の経過を感じることはありますか。

私は案内としては4年でしたので、リアルタイムでお客様の年月を感じるというほどではないのですが、最初はお元気に通われていた方が、次第にご案内(お手伝い)をする機会が増えることも。そういう経験は切なくもあり、それでも通ってくださるありがたさを感じるところです。ほかには学校行事で来た学生の方が「もう一回自分でを取って来ました」というお話を聞くと嬉しいですね。

――ちなみにそもそもYさんがこのお仕事を選んだきっかけは。

もともと私自身が役者を目指し、いつか帝劇に立ちたいと思い、バイトも演劇関係のものをと思って応募しました。関西出身なので実は上京するまでは帝劇に来たことはなかったのですが、もちろん存在は知っていて「憧れの劇場」というイメージを持っていました。最初に足を踏み入れたのは面接の時なんです。営業時間外だったので薄暗かったこともあり、私の知っているほかの劇場とは違う、厳かな印象を受けました。絨毯がふかふかだなと思ったことも覚えています。ですので、小川さんの小説で、登場人物の何人かが絨毯の柔らかさを語っていることに、とても共感を覚えました(笑)。

2階ロビー

――帝劇が休館してちょうど1年になりますが、帝劇最後の日は劇場にいらっしゃいましたか?

はい、いました。

――どんな心境でしたか。

正直、すごくバタバタしていて、懐かしむ、惜しむという気持ちはありませんでした。最終日は私はパーティの準備の担当だったので、最後のお客様を送り出すところを見られなかったんです。逆にそこはすごく寂しかったです。

――Yさんが帝劇で好きな場所といったら、どこですか。

……どこでしょう。あの空間、今は懐かしいですが、当時は当たり前すぎて……。どこも落ち着ける場所ではありました。そう考えると不思議です。でもあえて言えば、ロビーでしょうか。あの古代紫の絨毯の醸す雰囲気が何とも言えず、ちょっと一人になりたい時や集中したい時にロビーに出ていたので。よくいたのは、3扉前のソファ。あそこは夕方、陽が入るんですよ。エレベーターホールの隙間から。その光が見えつつ、程よく死角でもあり、正面扉の方も見えるので、公演がない時間帯とかはそこによく行っていました。

3扉前付近から見える外光(写真提供:平野祥恵)

――最後に、Yさんにとって帝国劇場とは?

難しい……! 言葉になりません。お客様や諸先輩方に比べたら、すごく少ない時間しか劇場に関わっていないのですが、思い出すと泣ける……。私は帝劇が閉館して、職場環境もやる仕事も一番変わった人間の一人だと思うんです。劇場の仕事はやりがいがあったし、あの空間が逃げ場にもなったし、感謝しかありません。少ない年数だけど、ここまで自分の中に染みついているとは、私自身も思いませんでした。やっぱり本当にお客様と接する時間が長かったので、お客様のおかげだと思います。お客様に泣かされたこともありますが(笑)、お客様にたくさん学び、助けていただき、お客様がいたからこそ、こんなに帝劇のことが好きになったのだと思っています。私はお客様に恵まれました、本当にありがとうございますと申し上げたいです。