西洋音楽と日本人の関係を見つめ直す 気鋭の作曲家による新作ムジークテアター

2026.3.3
コラム
クラシック

「坂東祐大 新作 ムジークテアター『キメラ』 - あるはずのないメソッドの空想」

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2026年3月21日(土)~ 3月22日(日)彩の国さいたま芸術劇場 小ホールにて、作曲家・音楽家で幅広い創作活動を行っている坂東祐大による公演、「坂東祐大 新作 ムジークテアター『キメラ』 - あるはずのないメソッドの空想」が開催される。この度、菅沼起一氏(音楽学者・リコーダー奏者)が本公演について語ったコラムが届いたので紹介する。

 

現代音楽から米津玄師、宇多田ヒカルとの共同作業、さらにはアニメ『怪獣8号』、映画『ルックバック』(2026年公開予定)の音楽まで八面六臂の活躍を見せる作曲家・音楽家の坂東祐大。昨年2月のワーク・イン・プログレスを振り返りながら、本公演に迫りたい。

西洋音楽は果たして
「私たちの文化」になったのか

もし、西洋の音楽が今とは違うかたちで日本に入っていたら——。坂東祐大氏が、西洋音楽と日本人の関係を見つめ直し音楽創作を行うプロジェクト「『キメラ』‐あるはずのないメソッドの空想」が3月に本公演を迎える。
明治以降、本格的に日本に流入した西洋音楽は私たちの文化・生活に深く根付いている。音楽の授業では必ず西洋の五線譜を学び、クラシック音楽に限らずさまざまなポピュラー音楽も西洋音楽の歴史のなかで培われた語法を基盤としている。加えて日本人ピアニストの世界的活躍など、今の我々は日本伝統音楽より西洋音楽を聴く機会のほうが多いのではないだろうか。
しかし、西洋音楽は果たして「私たちの文化」になったのだろうか、それとも未だ遠い異国の「彼らの文化」なのか。西洋音楽を巡る私たちの立場は、これだけの普及を見てもなお、いや、普及のうえでこそ歪(いびつ)で不安定に思える。筆者(坂東氏と同じ1991年生)の師匠世代の留学体験記で見聞きした「留学先で『なぜ日本人のあなたが西洋音楽を学ぶのか?』と聞かれて陥るアイデンティティ・クライシス」という話は、私たちの世代では影を潜めたように思えるが、世界が大きく動いている今、この問題は異なるかたちで現代的な意味合いを帯びているように思えてならない。「ここ数年、自分は音楽を西洋史観・西洋音楽史観で考えすぎているのではないか」と振り返る坂東氏の自問は、東京藝術大学という日本における西洋音楽教育の牙城でアカデミックな教育を受け、芥川作曲賞受賞(2015年)などいわゆる現代音楽のフィールドで活動・評価されつつも、先述のとおり劇伴音楽やポピュラー音楽など広い領域で活動する彼ならではの視点である。本公演は、こうした問題意識に対するアンサーではなく、アンサーを求める過程をひとつの舞台に昇華する試み、と捉えることができるだろう。「私たち日本人と西洋音楽の関係って一体なんなんだろう」→「そもそも西洋音楽ってどうやって日本に入ってきたんだろう」→「じゃあ……もし私たちの出会いが違っていたなら……」。さも、関係が冷え込んだ/関係を見直す段階にいるカップルのような思考回路を経て(実際に経たかどうかは存じ上げないのだが)できあがったのが、if(もしも)の西洋音楽受容史である。そこではいかなる美意識が醸成され、独自の音楽がつくられたのか——リサーチと試行錯誤により「What if」そのものを公演にする、それが『キメラ』である。

エンタメ性と問題意識を
喚起するアート性のバランス

昨年2月に行われたワーク・イン・プログレスは、レクチャー、演奏、アフタートークから構成された。まずレクチャーでは、創作された西洋音楽受容史を坂東氏本人がまことしやかに解説する抱腹絶倒の時間が繰り広げられた。さも史実のようにリアリティを持って説明されていく、しかしよく聞くと史実とのズレや違和感をじわじわ覚えていく捏造・音楽史レクチャーは、奇しくも同時期に公開され話題沸騰した映画『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス) -Beginning-』の前半部分と同じ「こんなことが許されていいのか!?」と衝撃を受ける語り口で、先述のシリアスな問題意識が通底しているとは思えないエンターテインメントとして会場は大いに笑いに包まれていた。
続く演奏のセクションでは、捏造された音楽史の中で独自に開発された(という設定の)4つのキメラ楽器——コキュオリン(胡弓+ヴァイオリン)やコター(琴+ギター)など——による音楽が演奏された。音楽も秘曲《象息之調》(ぞうそくのしらべ)など、構築されたifの音楽史の中で失われた尺八の流派に伝わる秘曲、という設定で作曲されている。この曲では、尺八奏者・長谷川将山氏の身体の限界に挑戦する超絶技巧に心打たれ、「人間ってこんなこともできるのか……本当にすごい」と本能に迫る音楽と演奏を楽しむことができる。
この企画の最も秀逸で、ぜひお伝えしたい点は、背後にあるコンセプトやメッセージは非常にシリアスだが、アウトプットまで四角四面・難解にならず、舞台上で繰り広げられるものに高いエンタメ性があることだ。ユーモアやウィットあふれる表現は、まさに坂東氏の唯一無二の個性である。エンタメ性と問題意識を喚起するアート性のバランスこそまさに本企画の美点であり、ワーク・イン・プログレスを経て洗練された名手たちの鬼気迫る快演と、坂東氏によるさらなる「こんなことが許されていいのか!?」を期待したい。3月はぜひそれを目撃しに劇場へ出かけよう。


文=菅沼起一(音楽学者・リコーダー奏者)

公演情報

「坂東祐大 新作 ムジークテアター
『キメラ』 - あるはずのないメソッドの空想」
 
日程:2026年3月21日(土)14:00/19:00、3月22日(日)14:00
会場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
 
出演:
坂東祐大(作曲家/音楽家)
多久潤一朗(フルート)
長谷川将山(尺八)
尾池亜美(ヴァイオリン)
閑喜弦介(ギター)
 
主催
公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
 
助成
文化庁文化芸術振興費補助金
劇場・音楽堂等機能強化推進事業(劇場・音楽堂等機能強化総合支援事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
 
一般財団法人地域創造
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