大阪交響楽団 常任指揮者 山下一史、大いに語る「いつかは大好きな『アルペン・シンフォニー』をやりたいんですよ!」
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大阪交響楽団常任指揮者 山下一史 提供:大阪交響楽団
2022年に大阪交響楽団の常任指揮者に就任し、この2026年度シーズンで5年目を迎える山下一史。シーズン最初の『第287回定期演奏会』は、ファン待望のリヒャルト・シュトラウス交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』でスタートを切ったのだが、これが山下の師匠カラヤンを彷彿とさせるスケールの大きな名演奏。疲れた様子も見せず充実した表情の山下が、 あんなコトやこんなコト を語ってくれた。
「ようやく大阪交響楽団で『ツァラトゥストラはかく語りき』を演奏する事ができました」 提供:大阪交響楽団
――『第287回定期演奏会』の大成功、おめでとうございます。凄い演奏を聴かせていただきました。『ツァラトゥストラはかく語りき』というと、どうしても冒頭の音楽が取り沙汰されますが、今回の演奏はそれに続く第2曲「後の世の人々について」が素晴らしかったです。耳をすますほどの小編成の弦楽アンサンブルから始まって、ホール中を支配する大音響の管弦楽サウンドに至るまで、見事なオーケストラコントロールでした。
ありがとうございます。あの部分はカラヤン先生のリハーサルで聴いたイメージが頭に焼き付いていて、今日はイメージ通りにできました。まずそこに触れて頂いたのは嬉しいです。弦楽器も管楽器も打楽器も、そしてパイプオルガンも皆が集中して臨んだ結果です。5年目を迎えましたが、先日の「大阪4オケ」のラヴェル『ダフニスとクロエ』第2組曲もそうですが、クオリティの高い演奏が出来ていると思います。最後に皆さまの拍手を制して思わず語りかけてしまいましたが、これだけ充実した演奏が出来ているだけに、満杯のザ・シンフォニーホールで聴いていただきたかったです。もう少し集客を増やす努力をしなくてはいけませんね。
第287回定期演奏会(2026.4.24 ザ・シンフォニーホール)より 提供:大阪交響楽団
第287回定期演奏会(2026.4.24 ザ・シンフォニーホール)より 提供:大阪交響楽団
――山下さんらしい真摯な姿勢の表れでしたね。私は思いのほかよく入っていたとは思いましたが、これだけの演奏だったので満席で聴ければ最高でした。得意とされているR.シュトラウスですが、就任披露の交響詩『英雄の生涯』から『ツァラ』まで意外と時間がかかった印象があります。
就任披露の定期演奏会で、R.シュトラウスの『四つの最後の歌』と交響詩『英雄の生涯』を取り上げたので、『ツァラ』は翌年に取り上げるくらいに思われていたかもしれませんね。僕にとって大切なR.シュトラウスですが、室内楽的な『メタモルフォーゼン』や『ブルレスケ』、組曲『町人貴族』、そして比較的中規模の交響詩『ドン・ファン』、『死と浄化』の方に舵を切りました。また、「大阪4オケ」で取り上げた歌劇『ばらの騎士』組曲や交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』も評判は良かったように思います。
大阪交響楽団 コンサートマスター陣 (ソロコンサートマスター林七奈、常任指揮者 山下一史、首席ソロコンサートマスター森下幸路) 提供:大阪交響楽団
―― 一方で、昨年はモーツァルトプログラム、一昨年は外山雄三プログラムでシーズンをスタートされました。
やはり大阪交響楽団というオーケストラの規模を考えれば、モーツァルトでアンサンブルの精度を上げることや、楽団にとって大恩人の外山雄三先生の作品を取り上げることも大切でした。オーケストラとして「今」何が必用かを考えることは、常任指揮者の大切な役割のひとつ。幸いにこのオーケストラは指揮者3人体制で回していますので、バラエティに富んだ色々な側面をお見せすることは出来ますが、やはりその中心となる部分は事務局やオーケストラとしっかり話し合って決めていく必要があると思っています。
大阪交響楽団 指揮者陣 (ミュージックパートナー柴田真郁、常任指揮者 山下一史、首席客演指揮者 髙橋直史) 提供:大阪交響楽団
――それは、あの名指揮者カラヤンが山下さんに伝えられた「自分のオーケストラを持ちなさい」というメッセージの根幹を成す部分ですね。
カラヤン先生のアシスタントをしていた1986年に、先生に代わって急遽ベートーヴェン『第九』を指揮したのですが、本番後にホテルに先生を訪ねた時に言われた言葉です。「小さくてもいいので自分のオケを持ちなさい」という言葉の真意を当時はわからなかったのですが、色々なオーケストラをやみくもに指揮するのではなく、ひとつのオーケストラとじっくり向き合うことで見える景色が変わって来ます。先生自身も20歳過ぎくらいに、ドイツのウルム市立歌劇場から指揮者のキャリアを始められましたが、ウルムでは編成の小さいオーケストラでワーグナーに挑戦したり、歌手にピアノでイチから音楽を教えるといった経験をされたそうです。地道に自分のオケでレパートリーを作って、客演の声が掛かればそれを持っていって演奏する。「指揮者としてどう在るべきか」という基本中の基本を教えて頂いたと、今はとても感謝しています。
「カラヤン先生には本当に感謝しています」 提供:大阪交響楽団
――『第287回定期演奏会』は『ツァラ』に合わせて、モーツァルト交響曲第36番とシューマンの歌劇『ゲノフェーファ』序曲というプログラムでした。
R.シュトラウスとモーツァルトはとても親和性が良いのです。モーツァルトの作品の中から、冒頭の “ド・ソ・ド” のテーマから始まる『ツァラ』の調性を考慮して、ハ長調の交響曲第36番『リンツ』を選びました。『ツァラ』をお披露目するまで時間がかかりましたが、それによって結果的にメンバーとの関係は深まりました。我々がこの4年間で培ってきたことの集大成とも言える、R.シュトラウスのサウンドを堪能して頂けたのではないかと思います。1曲目のシューマン歌劇『ゲノフェーファ』は、僕が日本で初めて全曲を舞台上演したオペラです。他の作品に比べて演奏する機会は決して多くはありませんが、音楽的には素晴らしい作品です。この機会に皆さんにぜひ聴いて頂きたいと思い、取り上げることにしました。
第287回定期演奏会(2026.4.24 ザ・シンフォニーホール)より 提供:大阪交響楽団
――そして10月の定期演奏会はブラームスの『ドイツ・レクイエム』です。
昨年から3年かけて大阪響コーラスと合唱付きの宗教曲に取り組んでいて、今年が『ドイツ・レクイエム』、来年がベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』です。昨年のヴェルディ『レクイエム』は大阪響、大阪響コーラス、そして素晴らしいソリストの皆さんと力を合わせた結果、幸いにも大変な好評を頂きました。『ドイツ・レクイエム』は、外山雄三先生がお亡くなりになった後、先生の八ヶ岳のご自宅へ弔問に伺った際、デスクの上にブラームスの『ドイツ・レクイエム』のスコアが、最終曲「主にあって逝く死者は幸せだ」の頁が開いた状態で置かれていました。先生はクリスチャンで、リビングルームの先生の席から部屋の中央に置かれた十字架をいつもご覧になっていたんです。その時から、『ドイツ・レクイエム』はいつかやるべき曲になりました。今、勉強しているスコアは先生の奥様から譲り受けたその時のもの。先生の思いを乗せて、お聴きいただきます。
ヴェルディ『レクイエム』(2025.9.28 ザ・シンフォニーホール)中村貴志(合唱指揮)、伊藤貴之(バス)、森谷真理(ソプラノ)、山下一史(常任指揮者)、林美智子(アルト)、笛田博昭(テノール)、森下幸路(ソロコンサートマスター) 提供:大阪交響楽団
常任指揮者 山下一史、名誉指揮者 外山雄三 提供:大阪交響楽団
――今シーズン、大阪の4オケが揃って『ドイツ・レクイエム』を取り上げます。偶然のようですが、どんな感想を持たれますか。
記念の年でも無いのに凄いですね。大阪フィルは僕の師匠の尾高忠明先生が指揮されるそうで、お客様に先生の指揮と聴き比べられると思うと、力が入ります。ただ、オーケストラ、合唱団、ソリストの力が合わさっての演奏なので、皆さんの力を結集して頑張りたいです。関西フィルを指揮するのは高関健さんとお聞きしました。高関さんは僕の前にカラヤン先生の元でアシスタントをされていて、先生の『ドイツ・レクイエム』を聴いておられるはず。どんな演奏になるのか楽しみです。日本センチュリー響は久石譲さんですか。音楽監督として年間通してブラームスに取り組まれる中で『ドイツ・レクイエム』をご自身で指揮する決断をされたのですから、この曲に強い思いをお持ちなのでしょう。オーケストラからどんな音楽を引き出されるのでしょうか。いずれにしても、お客様は4つのオケで渾身の演奏を聴き比べられるのですから、こんなに贅沢な話はありませんね。これは楽しまないともったいないです。
第287回定期演奏会(2026.4.24 ザ・シンフォニーホール)より 提供:大阪交響楽団
――名曲コンサートは、菊池洋子さんのピアノでベートーヴェンのピアノ協奏曲5曲とヴァイオリン協奏曲のピアノ版の計6曲を3年で演奏し、CDリリースする「菊池洋子の “ベートーヴェン協奏曲チクルス” 」を無事に終えられたと思ったら、もう1年延長になりました。
チクルスは無事に完結したのですが、菊池洋子さんがせっかくの機会なので、「ピアノと管弦楽のためのロンド」や「ピアノ・合唱・管弦楽のための幻想曲」、「ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲」といった、ピアノが入っている管弦楽曲などを全曲録音したいということになって、当初予定に無かった “ Vol.4” をやる事になりました。これは菊池洋子さんがこれまでの競演を通して大阪交響楽団と僕を信頼してくださった証なので、本当に嬉しいことです。なかなかこんな感じでプロジェクトが発展していくのは珍しいと思います。ソリストも優秀な腕利きが揃いました。「三重協奏曲」では、菊池さんに加えヴァイオリンの郷古廉さん、チェロの笹沼樹さんというメンバーは、あの名盤のリヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチにも引けを取らないのではないでしょうか(笑)。
ピアニスト菊池洋子、山下一史 提供:大阪交響楽団
「今年、予定に無かった “ Vol.4” が出来るのは嬉しいです」 提供:大阪交響楽団
――山下さんは現在、大阪交響楽団の常任指揮者(2022年~)、千葉交響楽団の音楽監督(2016年~)、愛知室内オーケストラ音楽監督(2022年~)、藝大フィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者(2023年~)に加え、2018年からは東京藝術大学指揮科教授のポストに就かれています。大変華々しいキャリアだと思いますが、随分お忙しいのではないでしょうか。
お蔭さまで忙しくさせて頂いています。こんな風にポジションが並ぶと華々しく見えるかもしれませんね。しかしどれもちょっとした偶然で決まったものですし、なかなかやり甲斐のあるものばかり。大阪交響楽団は十何年振りに依頼公演を指揮して、コロナ禍で来日できない外国人指揮者の代わりに定期演奏会を1度指揮しただけです。確かに相性は良かったのですが、楽団はそれだけの実績でよく常任指揮者就任を決断していただいたと思います。音楽面はもちろんですが、堺市を本拠地にするオーケストラとして、行政や市民との関係作りも、僕が先頭になってやっていこうと思っています。
「お蔭さまで忙しくさせて頂いています」 提供:大阪交響楽団
――東京藝大の指揮科の教授も重責です。
尾高先生が、そろそろ後進の指導に関わった方が良いのではないかと勧めてくださったのです。尾高先生と高関先輩の二人の教授の下、招聘教授として働く事になりました。当初の不安に反し教えることは、自分の中にある言葉にならない指揮に対する考えを整理して言語化することが必要で、それが結果的に自分にとってとても有意義でした。指揮者を目指す学生に真剣に向き合うという、今までにない経験もとても新鮮でした。そして3年後、尾高先生が退任されたタイミングで公募になった教授の座をゲットすることが出来、現在に至っています。
「指揮者を目指す学生に対して教えることは、自分にとっても意義のある事でした」 提供:大阪交響楽団
――山下さんが今後やってみたい曲は、何ですか。
R.シュトラウスの『アルペン・シンフォニー』です。この曲は、今でもドイツの古い批評家などに言わせると、カラヤン先生の曲だと言われます。先生が鍛え上げたベルリン・フィルの持つ機動力や色彩感をフルに生かしてこそ、この曲の真の魅力が初めて明らかにされたのだと。先生の振るR.シュトラウスはどれも凄いのですが、『アルペン』は一味違います。約50分から1時間の曲の全編が聴き所ですが、日が昇るところの音楽は雄大ですし、日没は太陽が自然の摂理に逆らって沈むのを拒み、最後にビームを発するような音楽。日本人の感覚だと寂寥感で捉えてしまいがちですが、西洋人の感覚は違います。ただ、大阪交響楽団でやるにはサイズが大きいので、以前『春の祭典』をやったように、僕がポジションを持っている千葉交響楽団と愛知室内オーケストラの合同公演でもやれればいいのですが。
大阪交響楽団・千葉交響楽団・愛知室内オーケストラ合同オーケストラ(2022.7.29 愛知県芸術劇場コンサートホール) 提供:大阪交響楽団
3オケ合同公演(2022.7.29 愛知県芸術劇場コンサートホール) 提供:大阪交響楽団
――『アルペン・シンフォニー』を指揮されたことは?
プロオケでは、仙台フィルや札幌交響楽団で演奏しました。早稲田大学オーケストラのドイツ演奏旅行で取り上げましたし、アマチュアオーケストラでも何度か指揮しました。忘れられないのが1992年1月の札響の公演。まだバブル全盛期です。事務局から「名曲コンサート」で何を演奏したいか聞かれたので、『アルペン』と言ったところ、最初は渋い顔をされましたが、僕はあるプランを温めていたのです。ちょうどこのタイミングで、ベルリン・フィルの日本ツアーが行われると発表が有りました。そこで、ベルリン・フィルのホルンセクションの4人に声を掛けて、前半にシューマンの『4本のホルンと管弦楽のための小協奏曲』のソロをお願いして、後半の『アルペン』では何と彼らに5番から8番のホルンを吹いて貰おうという画期的な案でした。ソリストとの交渉は僕が当たりました。
当時のホルン首席ゲルト・ザイフェルトに直接『コンツェルトシュトゥック』の演奏をお願いしたところ、二つ返事でOK。そして、「もう一つお願いがあるんだよ。後半の『アルペン』で5番から8番を吹いてもらえないだろうか」と話したところ、「俺は吹いたことが無いよ。でもどうせお前が指揮するのだろう。仕方ないなぁ」と渋々了承を得ました。そして、日本ツアーの最後に札響のスケジュールを付けてもらい、名曲コンサート「ベルリン・フィルの華麗なる響き」が実現したのです。メンバーはゲルト・ザイフェルト、ノルべルト・ハウプトマン、マンフレート・クリアー、クラウス・ヴァレンドルフの4人に加え、トランペットのマルティン・クレッツアーも『アルペン』に乗ってくれました。またバンダのホルンの為に、東京から錚々たるホルン奏者が大挙して札幌に集結。アンコールではお祭りみたいな雰囲気の中で、ホルン10数人でフンパーディングの『夕べの祈り』を演奏しました。いちばん鮮烈な『アルペン』の思い出です。
「R.シュトラウスの『アルペン・シンフォニー』をやってみたいです」 提供:大阪交響楽団
――『アルペン・シンフォニー』が実現するといいですね。最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。
先日、「大阪4オケは踊る♫」の本番があって、演奏の合間に4オケの指揮者がステージ上に並びました。大阪フィルの音楽監督 尾高忠明先生は、僕の高校生の時からの師匠。緊張もしましたが、先生と一緒にステージに立てて嬉しかったです。先生と同じ大阪のオーケストラをシェフとして指揮できることは最高に名誉なこと。実際の演奏も、大阪響らしさが出ていて良かったと思いました。あの公演で初めて大阪響を聴いた方も多かったと思いますが、どうか我々の演奏会にも足をお運びください。歌心に溢れたご機嫌なオーケストラで、ザ・シンフォニーホールとフェニーチェ堺がホームグラウンドです。皆さまのご来場をお待ちしています。
大阪交響楽団 (C)飯島隆
これからも大阪交響楽団をよろしくお願いします 提供:大阪交響楽団
取材・文 = 磯島浩彰
公演情報
■会場:ザ・シンフォニーホール
■指揮:山下一史(常任指揮者)
■独唱:石橋栄実(ソプラノ)、甲斐栄次郎(バリトン)
■合唱:大阪響コーラス
■合唱指揮:中村貴志
■曲目:
ブラームス/ドイツ・レクイエム 作品45
■料金:S 6,500円、A 5,500円、B 4,000円、C 2,500円、D 完売、オルガン席 2,000円
■問合せ:大阪交響楽団 072-226-5522(平日10時~17時)
■会場:ザ・シンフォニーホール
■指揮:山下一史(常任指揮者)
■独奏:菊池洋子(ピアノ)、郷古廉(ヴァイオリン)、笹沼樹(チェロ)
■独唱:水野智絵(ソプラノⅠ)、森原明日香(ソプラノⅡ)、堀口莉絵(アルト)
中島康博(テノールⅠ)、孫勇太(テノールⅡ)、桝貴志(バリトン)
■合唱:大阪響コーラス
■合唱指揮:中村貴志
■曲目:
ベートーヴェン/
ピアノと管弦楽のためのロンド 変ロ長調 WoO.6
ピアノ・合唱・管弦楽のための幻想曲 ハ短調 作品80
ピアノ・ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調 作品56
■料金:S 5,000円、A 4,500円、B 3,000円
■問合せ:大阪交響楽団 072-226-5522(平日10時~17時)
■公式サイト:https://sym.jp/