蘇る感動の名場面! 『長嶋茂雄追悼展』8月大阪会場&9月京都会場の前売券を発売
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「長嶋茂雄追悼展 ミスタージャイアンツ 不滅の背番号『3』」が8月20日から大阪髙島屋、および9月10日から京都髙島屋S.C.で開催される
長嶋茂雄読売ジャイアンツ終身名誉監督の生涯を振り返る展覧会「長嶋茂雄追悼展 ミスタージャイアンツ 不滅の背番号『3』」が、8月20日(木)~31日(月)に大阪髙島屋(大阪府)、9月10日(木)~21日(月・祝)に京都髙島屋S.C.(京都府)で、それぞれ開催される。
その活躍と人柄で戦後の日本を明るく照らし、昨年6月3日に野球に捧げた生涯を閉じた長嶋終身名誉監督(1936~2025)の歩みを、豊富な写真や資料、映像など約150点でたどる。
昭和・平成を通じて、日本のプロ野球界をけん引し続けた長嶋氏は、「我が巨人軍は永久に不滅です」「メーク・ドラマ」「勝つ!勝つ!勝つ!」などの名言を発しながら、多くの感動を国民に与えてくれた。その数々の名場面は記憶に刻まれ、野球を国民的スポーツとして根付かせた。その功績は、スポーツの枠を超えて多くの人々に影響を与えたと言える。
第1章は「燃える男 スター誕生」(~1958年)。佐倉一高から立教大学に進んだ長嶋氏は、東京六大学リーグ新記録の8号本塁打を放つなどの活躍を経て、ジャイアンツに入団。背番号3としてプロ野球スターの道を歩み始める。
第2章は「栄光の背番号3」(1959~74年)。長嶋氏は1959年6月25日の天覧試合でのサヨナラ本塁打を放つ。同氏は国民的スターに、野球は国民的スポーツに押し上げられる。現役時代の17年間で、ジャイアンツは13回のリーグ優勝、11回の日本一に輝き、王貞治氏とのON砲が野球人気をけん引した。しかし、日本一がV9で止まった74年。長嶋氏は「我が巨人軍は永久に不滅です」の名言を残して引退した。
第3章は「屈辱を土台に」(1974~80年)。38歳の若さで就任した背番号90の監督初年度は、球団史上初の最下位に終わるも、翌年はリーグ優勝を果たす。そして、79年には「地獄の伊東キャンプ」で若手を鍛え上げるが、3年連続で優勝を逃した責任を取り、80年に監督を辞任した。
第4章は「充電の旅」(1981~92年)。監督引退後の12年間、長嶋氏はエチオピアの難民キャンプ訪問や、五輪取材など、野球以外の活動に、精力的に取り組んだ。本人は「野球界に復帰するための勉強と充電生活だった」と語っている。92年秋には監督復帰が決まり、ドラフトでは松井秀喜氏を獲得。以後、長く続く師弟関係がスタートした。
第5章は「燦燦と輝く」(1993~2001年)。1993年に背番号を「3」を並べた「33」に変更。翌94年には、中日ドラゴンズとの「10.8決戦」で「勝つ!勝つ!勝つ!」とチームを鼓舞してリーグ優勝を決めると、日本一にも輝いた。96年には11.5ゲーム差を逆転する「メーク・ドラマ」を実現。2000年には、日本シリーズで盟友・王監督率いるダイエーホークスを下して、2度目の日本一となった。01年には2度目の退任となるも、監督としての功績は、今も燦々(33)と輝いている。
第6章は「ミスターを全うする」(~2025年)。2002年に野球日本代表監督に就任、03年にはアテネ五輪出場も決まるが、五輪直前の04年、脳梗塞で倒れ、五輪で指揮を執ることはかなわなかった。しかし、不屈の精神でリハビリに励み、13年には、愛弟子・松井秀喜氏とともに国民栄誉賞を受賞。21年には東京五輪聖火ランナーも務め、野球界初の文化勲章も受章した。その後も、グラウンドで後輩を励まし続けた「ミスター」は、いつまでも野球とジャイアンツを愛していた。
展覧会公式図録
展覧会では、本展の全出品写真やゆかりの品など計158点をオールカラー画像で収めた公式図録(税込2800円)や、オリジナルグッズも販売される。ロゴボール(税込1320円)、トートバッグ(全5種=各税込2,750円)、アクリルキーホルダー(全10種=各税込880円)、文字のしおり(税込1,650円)などのアイテムがあるが、在庫には限りがあるので、会場で早めにゲットしたい。
大阪会場・京都会場の前売券は、一周忌にあたる6月3日(水)に販売開始。大阪会場は8月19日(水)まで、京都会場は9月9日(水)まで、イープラスで受け付けている。
料金は一般1,000円、高校・大学生800円で、当日券は各200円増しとなる。中学生以下は無料なので、ぜひ家族で足を運ばれてはいかがだろう。
イベント情報
『長嶋茂雄追悼展』
<大阪会場>
日程:8月20日(木)~31日(月)
場所:大阪髙島屋7階グランドホール(大阪府)
<京都会場>
日程:9月10日(木)~21日(月・祝)
場所:京都髙島屋S.C.(百貨店)7階グランドホール(京都府)