第58回グラミー賞を振り返ってみる
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主要4部門で振り返る第58回グラミー賞
2月15日、第58回グラミー賞が発表され、アメリカはLAのステイプルズ・センターで授賞式がとり行われた。グラミー賞はアメリカ最高峰の音楽賞と言われ、映画のアカデミー賞、TVのエミー賞、舞台のトニー賞とならび、非常に影響力が高い賞ともいえる。事実、グラミー賞の受賞や表彰式でのパフォーマンスをしたアーティストの作品が翌週のチャートで急上昇するなどの事例には枚挙にいとまがない。その今年のグラミー賞を、主要4部門を中心に振り返りながら総括をしてみたい。
グラミー賞は、ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンス (NARAS)という団体の主催であり、NARAS会員の投票によりノミネートや受賞者が決まる仕組みになっている。賞自体は83の部門に分かれており、それぞれに5組がノミネートされ、その中から1組が受賞となる。それ以外にも功労賞や会長賞などの特別賞も用意されており、アーティストはもとより、ソングライターやマネージメント、音楽教育者に至るまで対象は音楽産業全体に及んでいるのが大きな特徴と言える。また、グラミーで最も重要なことは、選考対象がその1年間にアメリカで発表された作品であるということだ。グラミーはあくまでもアメリカの賞であり、アメリカの市場での評価ということになっている。ジャンルは、ロック、ポップス、メタル、ラップ、カントリーなどと細かく分かれており、クラシック関連の賞の数も多い。とにかく、グラミーはその1年のアメリカの音楽を総括するものだといっていいだろう。
先ず、グラミー賞の主要4部門とは、最優秀アルバム賞、最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞のこと。最優秀アルバム賞は文字通りその年でもっともすぐれたアルバムに贈られる。それに対して最優秀レコード賞がシングルに当たるもので、そのシングルで歌唱しているアーティストが受賞する。最優秀楽曲賞は発表された楽曲の作家(作詞・作曲家)に対して送られるもので、ソングライターの賞と言っていい。最優秀新人賞はこちらも文字通り、年間を通じてもっともすぐれた新人アーティストが受賞するもの。
それでは、上記各部門のノミネート作品と受賞者(太字表記が受賞者)を以下に挙げてみたい。
1. 最優秀レコード賞(Record Of The Year)
Uptown Funk マーク・ロンソン Feat.ブルーノ・マーズ
Really Love ディアンジェロ&ザ・ヴァンガード
Thinking Out Loud エド・シーラン
Blank Space テイラー・スイフト
Can't Feel My Face ザ・ウィークエンド
2. 最優秀アルバム賞(Album Of The Year)
1989 テイラー・スイフト
Sound & Color アラバマ・シェイク
To Pimp A Butterfly ケンドリック・ラマー
Traveller クリス・ステイプルトン
Beauty Behind The Madness ザ・ウィークエンド
3. 最優秀楽曲賞(Song Of The Year)
Thinking Out Loud エド・シーラン
Alright ケンドリック・ラマー
Blank Space テイラー・スイフト
Girl Crush リトル・ビッグ・タウン
See You Again ウィズ・カリファ Feat. チャーリー・プース
4. 最優秀新人賞(Best New Artist)
メ―ガン・トレイナー
コートニー・バーネット
ジェイムス・ベイ
サム・ハント
トリ・ケリー
最優秀レコード賞はマーク・ロンソンFeat.ブルーノ・マーズの「Uptown Funk」が受賞。マーク・ロンソンはこの賞を含め計3部門の受賞となった。ここにノミネートされていた他のアーティストは、『ブラック・メサイア』と「リアリー・ラヴ」がそれぞれ最優秀R&Bアルバム賞と最優秀R&B楽曲賞を受賞したディアンジェロ&ザ・ヴァンガード、「Thinking Out Loud」で最優秀楽曲賞を獲得したエド・シーラン、『1989』で最優秀アルバム賞を受賞したテイラー・スイフト、最優秀R&Bパフォーマンス賞と最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞を獲得したザ・ウィークエンドと、全員が多部門受賞者と強豪ぞろい。
セールスもインパクトもマーク・ロンソンのこの楽曲が頭一つ出ていたのは事実だが、実際の受賞のスピーチでもそうだったが、どうしてもフューチャリング参加しているブルーノ・マーズのほうが目立っている感があるのは事実だろう。シングルチャートを席巻したこの楽曲が最優秀レコード賞を獲得したのは納得できることではあるが、他の誰もがこの賞を獲得してもおかしくないほどに注目されていた作品であることを考えると、今年の最優秀レコード賞は熾烈な賞レースであったことがうかがえるだろう。
次に、最優秀アルバム賞はテイラー・スウィフトの『1989』が受賞。このカテゴリーもノミネートされたのは強豪ばかり。セールス面ではテイラー・スイフトが飛び抜けてはいるが、ルーツミュージックの側面が色濃い骨太のバンドサウンドが身の上のアラバマ・シェイク、JAZZやROCKまでもを飲込みHIP HOP / RAPのジャンルを軽々と越えてしまった天才ケンドリック・ラマー、今年のカントリー界を代表する才能クリス・ステイプルトン、そして前作に続き世界の音楽シーンをアッと言わせた鬼才ザ・ウィークエンドと、いずれも話題の作品がノミネートされていた。
女性アーティストとして初の2回目の最優秀アルバム賞を受賞したテイラー・スイフトに敗れながらも、アラバマ・シェイクは最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバムを始め3部門、ケンドリック・ラマーは最多の9 部門にノミネートされ「最優秀ラップ・アルバム」など5部門を獲得しHIP HOP / RAPの部門を独占した。クリス・ステイプルトンは最優秀カントリーアルバムを受賞し、ザ・ウィークエンドも最優秀R&Bパフォーマンス賞と最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞を獲得するなどの輝かしい成果を上げている。これらの結果を見ても、最優秀アルバム賞は誰がとってもおかしくはなかった。
前述の2部門と異なり概ね予想通りだったのは最優秀楽曲賞だろう。受賞したエド・シーランは、2014年発売のアルバム『X(マルティプライ)』が米英での両チャートで初登場1位を記録する大ヒットをとばし、その中でも名曲の呼び声の高い「Thinking Out Loud」でのノミネートということもあり、順当の受賞と言っていいだろう。本カテゴリーの受賞者を発表するプレゼンターとして登場したスティーヴィー・ワンダーが「この曲は、最初に聴いた時からいい曲だと思った」とコメントをしたことも深く印象に残った。
最優秀新人賞を制したメ―ガン・トレイナーは、予想通りとも意外ともいえる結果だった。アルバム、シングル共にセールスでは堅調だったが、新人としての存在感はオーストラリアから突如として現れたコートニー・バーネットや、イギリス出身のシンガー・ソングライターのジェイムス・ベイの方が勝っていたように思う。この両者を、まさにアメリカン・ポップスの今を体現しているといえるメーガン・トレイナーが抑えたことは、グラミーがアメリカの賞であることを再認識させられた出来事ともいえるのではないか。
このように主要4部門を眺めてきたが、特に意外だったのはザ・ウィークエンドが最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞のいずれも受賞を逃したこと。売上、話題性、作品の完成度と全てそろった彼の作品が主要4部門の受賞を逃し、最優秀R&Bパフォーマンス賞と最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞の2冠に終わったことは意外な出来事と言っていいだろう。
また、HIP HOP / RAPのカテゴリーにおいて5部門の全てを獲得したケンドリック・ラマーも、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞にノミネートされながら主要4部門での受賞を果たせなかった。2012年の前作『グッド・キッド、マッド・シティー』が無冠となりそのことが物議を醸しだしていたため、今年はどこまで躍進するのかが大いに注目を集めていたが、今回の結果もまた複雑なものとなった。授賞式で圧倒的なパフォーマンスを見せ、プレゼンターからの言葉通り期待値も最も高かったといえるケンドリック・ラマーが最優秀アルバム賞を逃したことを前にすると、HIP HOP / RAPのアーティストがこの賞を獲得するのは無理なのではないかと思えてくるほどだ。邪推ではあるが、ここにはジャンルの壁があるのではないかと思ってしまうのも仕方がないかもしれない。
全ての結果を眺めてみると、ザ・ウィークエンドは2冠、テイラー・スイフトは3冠、アラバマ・シェイクスは4冠、ケンドリック・ラマーは最多の5冠という結果になった。この数字を前にすると、テイラー・スイフトが、ザ・ウィークエンド、アラバマ・シェイクス、ケンドリック・ラマーを抑えて最優秀アルバム賞を獲得したことはかなり大きな意味を持つだろう。また、改善されてきているとはいえやや保守的な傾向が強いといわれるグラミー賞らしい結果となったといってもいいのかもしれない。
主要4部門以外の賞で特筆すべきものとして真っ先に挙げられるのは、小澤征爾が最優秀オペラ録音賞を受賞したことだろう。これによって日本人として9人目の受賞者となった小澤征爾はこの受賞の報に触れてと「びっくりしている。仲間と一緒にやったという気持ちが大きいので分かち合いたい。本当にうれしい」とコメントしている。
そして、最後にあくまでも個人の感想としては、ルーツ・ミュージックの色を打ち出して大きな成功を収めているアラバマ・シェイクの台頭とその評価の大きさに驚くとともに、喜びを感じている。決して「今」のものとは言えない彼らのサウンドがケンドリック・ラマーやテイラー・スイフトなどと対等以上に戦えたことは、アメリカのシーンの懐の深さを示した好例だと思っている。
主要4部門にノミネートされたアーティストと作品はジャンルを超えて、この1年間を代表するにふさわしいものであると言える。これらの音をチェックすると、今のアメリカの音楽シーンはもとより世界のシーン全体の動向を感じることができるだろう。これらの音にあらためて触れながら、また来年のグラミー賞を楽しみに待ちたい。