小曽根 真(ピアノ) 「チック・コリアとのデュオ・ツアーは20年越しの夢でした」
小曽根 真 (写真:中村風詩人)
こんな陳腐で月並みな言い回しは使いたくないのだが、しかしあえて言ってしまおう。これはもう、一つの事件である! なにしろ、チック・コリアと小曽根真―現代最高のジャズ・ピアニストと呼んでも過言ではない2人が、約1ヵ月にわたって初のデュオ・ツアーを敢行するのだから。
もっともこのプロジェクト、実はずっと以前からその萌芽はあったのだという。
「1996年にパルテノン多摩のジャズ・フェスでモーツァルトの2台ピアノのコンチェルトを演奏したのが初めての共演だったんですが、その時に、いつかデュオでやりたいねという話はしていたんです。その話がもう少し本格的になったのが2002年、アルバム『トレジャー』でデュオを録音した時。この時チックは、すぐにでもツアーをやりたそうな勢いだったんですが、当時お互いにいろんなプロジェクトを抱えていたせいで、これもおあずけになってしまいました。そして一昨年、チックが来日した時に食事をしながら、本当にそろそろデュオ・ツアーをやりませんか? と持ちかけたら、彼も今がその時だと思ったんでしょうね、やろう!ということになった。まさに20年目の夢の実現です」
温めに温めてきたデュオ・プロジェクト。その、満を持しての舞台で彼らはどんな曲を演奏してくれるのか。ジャズのスタンダード・ナンバーか、はたまた決めごとなしのフリー・インプロヴィゼーションか。
「もちろんそういう曲もやると思いますが、チックがぜひやりたいといっているのが、彼が書いた『Fantasy for Two Pianos』という曲。これはかつてフリードリヒ・グルダと録音を残しているんですが、この曲をもう一度取り上げたいと。これ以外にこのツアーのために今僕が書いているオリジナルを2曲ほど。クラシックですか? それはちょっとわからないけれど、彼はスカルラッティやスクリャービンは弾いているし、僕もゲイリー(・バートン)とスカルラッティを録音しているので、そのあたりは可能性がなくもない。一応リクエストは承っておきます(笑)」
ところで小曽根は過去、塩谷哲やエリス・マルサリス、ハービー・ハンコックともデュオ・パフォーマンスの経験があるが、彼はこの“ピアノ・デュオ”という編成についてどう考えているのだろう。
「合えば最高、合わなければ最悪(笑)。キー・ポイントは、相手が聴いてくれているかどうか。音楽で一番大事なのは、結局“聴くこと”だと僕は思うんです。聴いて、応える。といっても、単にフレーズやリズムを合わせるということじゃないんです。相手がどんな気持ちでそれを弾いているのか読み取り、どんな答えを返してほしいのかを想像してみる。それがうまくいった時は最高に幸せですよ。そういう観点からいうと、チックのそれは本当に素晴らしい。こちらが投げけたもののもう一歩先、さらに深いところを返してくるから、こっちのほうが、え?え?と戸惑っちゃうくらい。迂闊な音を弾くと、本当にその音でいいの?って表情をするし(笑)。常に心を開いていないと、彼の音は受けとめきれないですね」
最後に、チック・コリアというピアニストの、何が一番すごいと思うかをたずねた。
「音楽が本当に自由、というところでしょうか。チックという人は、自分をすごく信頼していて、奏でる一音一音が確信に満ちている。演奏にウソがないんです。自分をごまかしていないから、どんな時でも堂々と自由でいられる。彼、演奏中に時々パッと弾くのをやめることがあるでしょう。あれ、イマジネーションが降りてくるのを待ってるんです。ああいう場面を見せるのは、ミュージシャンとしては怖いことなんだけど、彼はそれも音楽の一部だと自信を持っているから平気なんです。すごいですよね」
音楽が自由、弾く音にウソがない―だがそれはすべて、小曽根真自身にいえることでもある。そんな彼らが交わす魂の交感。もう一度言おう。これは事件である。決してお見逃しなきよう。また、彼ら2人がモーツァルト「2台のピアノのための協奏曲」でソリストを務めるNHK交響楽団の定期公演もある。こちらも楽しみだ。
取材・文:藤本史昭 写真:中村風詩人
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年4月号から)
プレイズ・アコースティック
5/19(木)19:00
サントリーホール
問合せ:カジモト・イープラス0570-06-9960
http://www.kajimotomusic.com
※全国ツアーの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。
Aプログラム
尾高忠明(指揮) チック・コリア(ピアノ) & 小曽根 真(ピアノ)
曲/モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲 K.365 他
5/14(土)18:00、5/15(日)15:00 NHKホール
問合せ:N響ガイド03-5793-8161
http://www.nhkso.or.jp