【SPICE対談】ラジオの中の人 第一回 J-WAVE「TOKYO REAL-EYES」ナビゲーター藤田琢己×ディレクター野村大輔(後編)

2016.6.3
インタビュー
音楽

ブレイク寸前!番組イチオシアーティスト 

──今注目してるアーティストっていますか? 

藤田:僕は去年の年末からずっと、ぼくのりりっくのぼうよみを言ってるんで。 
野村:ぼくりりね。 
藤田:またね、ちょっとカワイイんですよ。こないだのコネクトーン(注:ビクター内にできた新しいレーベル)の企画も、キャー!カワイイ!とか言ってお客さんが囃し立てるんですよ(笑)そうすると彼は素でニヤニヤしちゃって、ずっとはにかんでましたから(笑)これから化けるぞとかじゃなくて、既に全然愛されちゃってる。めちゃめちゃいい空気じゃんて。 あとはMy Hair Is Badって瞬間最大風速的には言ってます。ライブに定評がある人達がちゃんと残ってるなぁとは思いますけど。番組でもけっこうかけてます。でも年間100日ライブやってるらしいんで、捕まらないんですよ(笑) 
野村:未だに(スケジュールが)合わない。 
藤田:5パターンくらいだしてもまだ合わない。なので初心に返りましてわたくしは仙台のライブに行くことにしました。 
嘉陽田:おお!すごい! 
藤田:マイヘア行くために休みを取りました(笑)本当にそこしか見れなくて。ついでに牛タン食って帰ってこようかなと。 
野村:僕はD.A.N.です。三軒茶屋発の3人組で、”東京感2016”って雰囲気で注目してます。ロック薄味仕立てが逆にジワジワきてる。あとSHISHAMO。ここしばらくのバンドの急成長っぷりが注目されがちなんですが、実は”歌力”が群を抜いている気がするんですよね。 

──おふたりで、リアライズ以外でやってみたいことってありますか? 

野村:なんだろうね。でもまたラジオになるのかな。 
秤谷:ラジオが好きなんですね、野村さんは。 
野村:ラジオなんて最初、親父の車の中で流れてる程度で聴いたことなんてなかったんですけど、でもやればやる程どハマりしていきましたね。TOKYO REAL-EYESでラジオ以外では過去にはイベントとかワークショップをやりたいとかっていう案もありました。
藤田:コンピなんて話もあったよね。 
野村:思いつくところは一通り話題にも上がったし、なにか動画とコラボレーションしてやろうかみたいなこともあったし。色々アイディアは出るけど、それが別にすごくやりたいことではなかったから一周してラジオでいいのかなっていう考えです。

本物の実力は淘汰されない

野村:自分の幅を広げるために書くとかしゃべるとか、他のことに挑戦するのは全然ありですよね。例えば藤田さんがテレビの音楽番組の司会をやったら、全然できると思う。でも藤田琢己が今までのライフワークで培ったものをどこでアウトプットできるのかって言った時に、残念ながら一番輝くのは10年やってきたラジオだなとは思いますよ。録音まわってない時とかでも密室で2人で喋ってたりする仕事だから、結構相手の凄いところまでザクザク入っていってたりする。それが一番の、他のキャリアでは絶対持てないものだから、それを出していくってなるとラジオじゃないとオレは無理だなと(笑) 
藤田:本質的に持っているスキルとか、培ってきたものってのは他の誰も手にできないんですよ。動画媒体とかどんどん立ち上がったりするけど、僕らは音楽をそうやって表現することをずっとやってきてて、ラジオで聴かれたときにどういうふうに聴かれるかをずーっとトライ&エラーを繰り返してきた。20年弱やってる人間が表現したものって、絶対にかなわないんですよ。 どんなに新しいシステムの新興メディアができても、曲をセレクトして並べるセンスだとか、それを表現する言葉のセンスとか、それをトータルで含めて構成するセンスってのは絶対に僕らのほうがうまい自信がある。だから最終的に淘汰されてくと思うんです。メディアもコンテンツも淘汰されていく

藤田:メディアはいっぱい出てきてどんどん削られる。もしくは形を変えていくと思う。たとえば動画媒体だって今盛り上がってるけど、その中にいる人は10年後ひとりで作っている動画と言葉と編集で成り上がれるのかなぁと思うんですよ。僕らが切磋琢磨してきた表現力のように研ぎ澄まされたアウトプットができているか。そうすると「質」の問題になってきたときに、飽きられた先がないんですよ。なんでかって言うと、切磋琢磨してきてないから。そう考えた時に、表現の方法を研ぎ澄ましてきたメディアは確実に僕は生き残れると思うんです。もしかしたらそれが、ラジオっていうハードじゃない可能性もあるかもしれない。料理でいうと、和食の料理人が下積みを経ていっぱしの料理人になったあとにフードビジネスの再編があったとしても、ベーシックなスキルさえ錆びついていなければどこに行っても重宝される。それぐらいのことをやっとかないとなーとは思いますよ、今。基礎体力を鍛えてるので、ひょんなことから全然違うところに行っても、今あるベーシックなスキルをちょっと変えるだけでなんか生き抜ける気がするんだよね。 じゃあテレビの構成やってとか、テレビの音楽番組でこういうものを作りたいと思ってぱっと受けたら、培ってきた今までのスキルと表現力で原稿はこう書くし、技術的なことにはやっていくうちに慣れりゃ良い話で。 

──できるでしょうね。ハードが変わってもコンテンツは残っていく。 

藤田:それをどう取捨選択してアウトプットできるかっていうことって、メディア関係なくなってくるなって思うので。でも僕らが今まで何を目指してどう研ぎ澄ましてきたかって言うと、それが一番おもしろいと思ってラジオでアウトプットしてるので、もちろん他の人がちょっと一生懸命頑張って工夫したとしても、こっちが作ったもののほうが絶対おもしろく聞こえてるはずなんですよね。 どの人間もこれぐらいのどハマりを経験すれば、どの業界でもたぶん成功してくんですよね。 
野村:僕は実際にテレビの構成もやったり、番宣のキャッチコピー作ったり他媒体で経験したこともラジオフォーマットで考えてラジオフォーマットでやってまたラジオに還元されるって感じになっちゃってるから。もはや病気(笑) 

ラジオでしか伝えられない3秒間のメッセージ

野村:たとえばテレビスポットの番宣の一行で「地上波初登場!アンジェリーナ・ジョリー」っていうキャッチを3秒の尺のナレーションで作ったとする。同じ3秒をリアライズに置き換えるともしかすると言葉じゃなくて、ライブ終わった後に楽屋でアーティストと抱きついて背中を叩いた「パンパンパン」の音だけを流したほうが伝わるかもしれないって思うわけです。
藤田:完全に24時間ラジオマンになってる(笑) 
野村:僕画があるとか、画がないとかあんまり関係ないと思ってて、画がないなりにその魅力ってあるんです。たとえばさっき言った韓国のライブをどう伝えようかってなった時がありまして。その時に言葉で「凄くお客さんと一体化して素晴らしいライブでした。」ていうのを熱く語ってもいいけど、そのライブは見に来たお客さんがほとんど韓国人で、日本語は通じない。だからそのステージに居たバンドマンが「韓国と日本ていうのは歴史的に色々あったけど、僕らの時代はこうやって音楽を通して純粋な気持ちでやりとりできていることが本当に嬉しい。お前たちもそう思うよな!」って日本語で言っても伝わってない。でも、その後「今の僕の話を韓国語に訳せる人いる?」って、手上げたお客さんにそのマイクを渡すんですよ。で、その人が韓国語で訳す。するとその3秒後ぐらいに、言葉の意味がちゃんと伝わってからウワー!って歓声が上がるの。それを放送するときは、その3秒間の間が一番意味があるわけですよ。音がしてないんだけど伝わってる3秒間っていうか。その無音があるからこそ、その言葉が伝わってる感じがラジオから聞こえてくるっていうのはラジオじゃないとできないことで。 みたいなことばっか考えるようになっちゃって困ったなぁと思ってます(笑) 
藤田:テレビマンはテレビマンで同じように常に考えてるんでしょうね。 
野村:あるんでしょうね、そういうの。 
藤田:仕事だからこうっていう感覚じゃなくなってくんでしょうね。ライフワークってのは多分そうだし、仕事だから契約した時間の給料と、このセッティングされた時間だけ稼働してたらここに辿り着かないんですよね。もう入り込んで夢中になるしかないっていう。 
野村:夢中ですよね。 
藤田:もしそれで結果出てるんだったらアドバイスひとつしかないよね。夢中になるしかないですよって。無我夢中でそこに行ったらなんかあるんですよって。たぶんその夢中の熱が伝わるかどうかかもしんないですよ。今。 
野村:でも、「キミたち夢中になりなさい!」て絶対それは言わないから(笑) 
藤田:そう言われると冷めるんですよね(笑) 
野村:みんなも夢中になろう!とか(笑)そこじゃない。だって転職しても夢中になれるかもしれないし、今やってるバンドも辞めて違うことをやったら夢中になれるかもしれないし。 

──最初って食えないじゃないですか。それでもバイトしながらでもやっていく覚悟ができるかできないかだよね、って話を先日もしていたところで。 

藤田:たとえばHIKAKINだって最初から儲かると思ってYoutuberやってないと思うんですよね。夢中だったんじゃないですか?楽しくて。もちろんそれだけで稼げてない人もいっぱいいると思うんですけど。それはどの業界もたぶん一緒で、才能があっても売れない奴ってもしかしたらどの世界にもいるかもしれない。サラリーマンもそうだし。
野村:企業の社長さんだったら後継者探したりしなきゃいけないと思うんですけど、現場から言うと全然いなくても大丈夫(笑)オレが楽しくてやってるから。
藤田:そうなっちゃうよね(笑) 
野村:(琢己さんは)後継者出てきたら逆に仕事なくなっちゃうしね。
藤田:本当に摘んで行きたいですね、芽はね(笑) 

夢中で楽しんだ先には何があるか

藤田:でも僕新人さんが出てきた時にアドバイスを求められたら「楽しんで下さい。この仕事が楽しいなと思ってくれないと、俺も切ない」っていう。これだけやってきたし。 
野村:どんだけ優しいの(笑)オレが悲しむから、楽しんでねキミも! 
藤田:だって悲しいじゃないですか、ラジオ楽しくないって喋り手が言ってたら俺超凹みますよ。めちゃめちゃ楽しいし。 
野村:凹むよね~。 
藤田:めちゃくちゃ凹むよ!(笑)仕事で成り上がるとか、成功したいなら夢中になりなさいって言うし。ディレクターさんでも喋り手さんでも、ファーストコンタクトでは「楽しんでもらうことじゃないですかまずは!」って言いますね。僕はずっとラジオっ子だったので、ラジオができるなら何でもしちゃうよって思ってたんですけど、数ある仕事のうちのひとつ、って人もいるじゃないですか。その人もラジオ楽しいなって思ってくれたらいいなと。それをベースにして外の世界に出ていく人もいるし、ラジオが最初っていう喋り手さんもけっこういますしね。テレビで活躍してる喋り手さんだってラジオのレギュラーずっとやり続けてたりするし、ラジオの醍醐味は薄れてないでしょうね。だから、魅力は変わらないんですよ絶対。でも逆にそれが魅力的じゃないって思わせてるんだったら喋り手の責任(笑)夢があるって思わせてあげないと色んな人に。 
嘉陽田:そうなんですよね。夢。 
藤田:夢あるよとは言えるな、オレは。 
嘉陽田:憧れられたいですよね。 
藤田:憧れられたいですよ。でもオレよりもっとクリス・ペプラーさんとかいるじゃん(笑) 
野村:憧れられてないと思うなぁ、俺らへんは(笑) 
藤田:タレント然とすることも、評論家然とすることも好きじゃないし、そういうふうに扱われてみて嫌だって思うので。たぶん(憧れられるのを)心の何処かでは求めてるんですけど、ぶっちゃけそんなに好きじゃないと思う。いちリスナーの喋り担当みたいなイメージかな。特にリアライズみたいにリスナーともアーティストとも距離が近い人って、メディアだからって上から行く感じは自分が嫌なので。 

──バンドマンから信頼されているのは、たぶんそういうところなんでしょうね。目線の高さが同じというか。 

藤田:自分の本質を隠してそうしてるわけじゃなくて、そうなってしまうんですよね。逆にタレント然とできるなら全然肩で風切って現場入ってみたいなぁ(笑)できないんですよね残念ながら。
嘉陽田:そういう、人柄が伝わりやすい媒体なんでしょうねラジオって。 
藤田:ああ、かもしれないですね。取り繕っても伝わってしまう。ほら台本ないんで(笑)取り繕えないんですよ。いい意味で憧れたくはありますよ、もちろん。僕があの時、夢を持ってラジオを聴いていたように。 
野村:うん。 


普段はなにげなく耳にしていたラジオ番組ひとつに、こんなにもドラマが溢れていたなんて想像できただろうか(リアライズは特殊なのかもしれないけれど)。でも、こんなにも真剣に何かに取り組んでいる大人たちがいるなんて、なんだかこの業界楽しそうである。
「ラジオの中の人」対談第二回は6月更新予定。


●伝える人:ナビゲーター 藤田琢己さん 
1976年5月20日生まれ。中学時代を米カリフォルニア州バークレーで過ごす。2000年にラジオDJデビュー。現在はテレビナレーターとしてのキャリアを積みながら、年間100本以上のライブに足を運び、音楽現場の生の声を伝えるラジオ番組のナビゲーターとして活躍。特に日本のロックシーンのアーティストからの信頼は絶大で、ご指名での単独インタビューやライヴイベントMCを数多く担当。

●番組を作る人:ディレクター 野村大輔さん 
1976年8月8日生まれ。1999年に明治大学卒業後、番組制作会社を経て2012年からフリーランスとして活動。主に音楽番組を中心にラジオ番組の演出やテレビ番組の構成に携わる。J-WAVE「TOKYO REAL-EYES」は2005年4月の立ち上げ当初よりディレクターを務めている

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