谷崎文学の美の世界「極上文學」第10弾『春琴抄』
鶯:鈴木裕斗、春琴:伊崎龍次郎、佐助:和田琢磨
谷崎潤一郎ならではの耽美で陰影に富んだ世界、そして日本的情緒が全編に散りばめられた名作『春琴抄』が、若者に人気の「極上文學」の第10弾として、6月16日から新宿の全労済ホール スペース・ゼロで上演中だ。(19日まで。大阪公演もあり)
極上文學は“読み師”と“具現師”が登場。読むことで原文の言葉の美しさを伝え、同時に“読み師”と“具現師”の動きも含めた芝居的な表現で、視覚としても物語を受け取ることができる。単なる朗読劇より演劇的な面が多い舞台となっている。
この方法によって、たとえば今回の谷崎文学のように、現代人にとってやや古めかしい日本語で書かれている言葉でも、その美しさを損なうことなく伝えることになり、日本文学にあまり馴染みのない若い観客にとっては、文学を読む楽しさ、深さへと誘われる大きな機会となっている。
利太郎:足立英昭、春琴:伊崎龍次郎、鶯:鈴木裕斗、佐助:和田琢磨
今回の『春琴抄』は、谷崎文学ならではの倒錯的な愛の先にある、魂そのもので結ばれた春琴と佐助の物語で、春琴には和田琢磨と伊崎龍次郎(ダブルキャスト)、佐助には和田琢磨と藤原祐規と松本祐一(トリプルキャスト)、ぼんぼんの利太郎は富田 翔と足立英昭(ダブルキャスト)、春琴が可愛がる鶯は鈴木裕斗と桝井賢斗と松本祐一(トリプルキャスト)、語り部ともいうべき「私」は大高洋夫と川下大洋(ダブルキャスト)が演じて、日替わりでマルチキャスティング、さまざまな組み合わせを楽しめる形となっている。
利太郎:足立英昭、鶯:鈴木裕斗、春琴:伊崎龍次郎
初日の配役は春琴を伊崎龍次郎、佐助には和田琢磨、利太郎は足立英昭、鶯は鈴木裕斗、「私」は川下大洋というメンバー。初の女性役という伊崎が、春琴の華やかな美しさとともに、気性の激しさやその裏にある佐助への想いなども感じさせれば、佐助の和田琢磨は「お師匠さま」への想いを秘めてひたすら尽くす姿に、静かな中にも佐助の強さを見せてくれる。
ぼんぼんで春琴に言い寄る利太郎の足立英昭は、金持ちで姿の良い男の軽薄さや傲慢さを巧みに表現。春琴に可愛がられている鶯の鈴木裕斗は、春琴の周りを軽やかに動きながら、時折り観察者のような鋭い視線で全体を見つめ、物語をまさに「良い声で啼く」ように読んでみせる。
そして、さすがの芝居心で1つ1つの言葉を伝えてくるのが「私」の川下大洋で、実力派のベテランが物語の一角を担うことで、舞台全体に重厚さが加わっている。
佐助:和田琢磨、私:川下大洋、鶯:鈴木裕斗
さらに芝居の始まる前から会場内で、雰囲気を盛り上げる5人の“具現師”たち、赤眞秀輝、福島悠介、神田友博、浜仲太、太田守信。登場人物の一部になったり、ときには「文楽」の人形遣いにもなったりというパフォーマンスだけでなく、文字通り黒子として進行を助けたりと、作品全体に関わる役目をみごとに果たしている。
また、“奏で師”橋本啓一の作る劇中音楽は、現代的でありながら抒情もあって、生のピアノ演奏という贅沢な音で作品を盛り上げる。
佐助:和田琢磨、鶯:鈴木裕斗、春琴:伊崎龍次郎
このシリーズならではの出演者の若さがこの『春琴抄』の純愛にはよく似合っていて、悲劇を経てさらに強く結ばれる春琴と佐助の愛が、観る者に真っ直ぐに刺さってくる。「極上の文学」を新しい表現で伝えるこのシリーズ、この10作目を経て、これからの展開に大きな弾みがついた。
【春琴:和田琢磨、佐助:藤原祐規バージョンフォト】
佐助:藤原祐規
鶯:松本祐一、春琴:和田琢磨、佐助:藤原祐規
私:大高洋夫、春琴:和田琢磨
具現師たち、春琴:和田琢磨、利太郎:富田 翔
キービジュアル:中村明日美子